08☆傭兵団長ギーヴの一日
「はぁーっくしょい! ……ああ。くそ」
城下町の外側。時計の町スタゲイラの近くのでかい街。デルフォイ。そこにあるでかい神殿を守るのが傭兵団の主な役目だ。他にも滅多にないが──外国の連中の侵略行為を止めるのも役目。城下町を守る綺麗な騎士団の連中とは違って、外側の汚い仕事を片付けるのが俺たち傭兵団の役目さ。
「あーーー……だりぃ!」
その男性は昼間から安酒を飲み、だらだらとどうしようもない不満を漏らしていた。髭を剃る癖があまりないのであごひげはだらしなく生え散らかっていた。同じくぼさぼさだが一応不快感は感じられない程度の長さの黒髪。彼こそが傭兵団団長、ギーヴである。
「ねえ! ギーヴ団長! あたいたちはなんでアテナイに入っちゃダメなんだよー!?」
その隣にはツンツンとした長い赤髪。小さな不良姿の少女クサンティッペが同じく不満を漏らしていた。
「昨日話したろー? アテナイだけは城下町の外でも騎士団の管轄だ。あっちに任せりゃあいいって」
「でも! あんなトロそうな女がずっと逃げ続けてるなんて絶対おかしいって! 間違いなく誰か……いや、騎士団の連中が国の意向を無視して聖女を匿っているとしか……」
「おいチップ。滅多なこと言うもんじゃねえ。あいつらは、あいつは……」
クサンティッペの聡明さは、血はつながっていないが育ての親であるギーヴと同じものである。また、彼にはチップと呼ばれても怒らない。ふたりはセリスが行っている行為について薄々勘付いていた。
しかし、ギーヴはそのことに介入することができずにいた。理由はもちろんセリスとの過去の関係にある。
(一体、何を考えてんだ。あいつは……)
ギーヴは無駄だと理解しながらも過去を思い出す。貴族である彼女とは身分が違い過ぎる。一時は駆け落ちまで考えたが、彼女の幸せ、立場も考えれば無理な話だ。
「どうしたんだ、団長?」
昼過ぎだが、俺の為に朝飯を用意してくれたのか料理を持ってヘラクレイトスが部屋に入って来た。こいつも小せぇ頃から面倒を見ている居候だ。こんなふうに、俺にも守るべき場所がある。あの時は俺からきっぱりと別れを告げた。今でも少し引きずっている過去だがな。
「いんや。何でもねえ考え事さ。それはおれのメシか?」
「ああ。チップから起きたって聞いたから。今回は最高の火加減だった」
炎を出せる魔法使いな彼は、火を使った料理の腕前も一流だ。性格以外完璧なイケメンなんだがなぁ。
「ありがとよー」
「だからチップはやめろって……」
ボソボソと何かつぶやくチップに気づかず、彼は続ける。
「……じゃ、俺は下に戻ってるから」
空いた酒瓶を持って、ヘラクレイトスは去っていった。奴は気づいていないようだが、最近あいつの前でチップの様子がおかしい。どうももじもじしていて、いつもの強気な態度がない気がする。
「……おい、何故おれの後ろに隠れた? 最近あいつと何かあったのか?」
「なっ、何でもねえよ!」
顔を真っ赤にしながら走って出て行った。うーん。これはあれだな。恋する乙女ってやつか。ふーん。若いじゃないの。
早めに食事を進め、最後にとっておいた肉を口の中に突っ込み、口を拭く。
さあて、そろそろ働きますかね。
ギーヴはようやく仕事の用意をした。
──
「今日の仕事は?」
彼が下の階へ降りると、ヘラクレイトスが聞いてきた。
「隣接国、スパルタの連中が怪しい動きをしているらしい。大家のばーさんから聞いた」
「そうか」
「不戦協定が結ばれているが、スパルタは超軍事国家。いつ侵略をしてくるかわかんねぇ」
「そこで俺たちの出番というわけだな」
「まあな。最近は条約を無視した小競り合いが多いからな。今日もそんな感じだろう」
「団長! あたいも連れて行ってよ!」
横からひょっこりと現れたのはクサンティッペ。
「ダメだ。理由はわかるだろ? 戦争なんて見るもんじゃない」
「……わかったよ」
チップはまだ子供だ。それに、汚れ仕事は俺の役目。
「行くぞ! お前ら!」
「「おう!」」
ヘラクレイトスの他に数十人の屈強な男たちが彼についていく。どの面も悪人に見えるのは、元ならずものや、街の不良をギーヴが倒し、舎弟にしたからである。彼もまた、セリスとは違うベクトルで傭兵団を率いるに値する器量を持ち合わせているのだった。
──
「ふうー、今日も奴らは激しかったな」
やれやれと肩を叩きながら、息をつくギーヴ。
「敵に素手で突っ込んでそれを言うか……」
「ばーか、俺のカラテを舐めるなよ? 東国に旅行した時に身に着けた技だ」
「全く……」
今日も傭兵団は死傷者はおろか重傷者も出さずにスパルタの軍団を追い返したのだった。
「今日のスパルタ共は弱い……」
今日対峙した敵も三十人ほどのならず者たちだった。
「恐らくあいつらはスパルタから逃げ出した奴らだー。本隊はもっとヤバい」
「そうだな……」
「んー。これであいつらも帰るだろ~」
呑気に帰り道を歩いていると、街の人たちがぞろぞろとギーヴの前に集まって来た。
「ギーヴちゃん。今日もありがとな。お礼にこれ、うちでとれた野菜じゃ、受け取ってくれ」
「こっちはお酒。主人のだけど、良かったら」
「じーさん。ばーさん。別にいいって……」
「「いいからいいから」」
そう言ってたくさんの物を渡される。こういう時、彼はなかなか断れないのだった。
「いや酒は断れよ」
ヘラクレイトスを無視して、ギーヴは続ける。
「じゃあ、貰っとくよ」
驚くことに、ずっと傭兵団は国や町の人の為に無償で働いているのだった。その為、ギーヴ以外の団員は何らかの副業をしているのだった。
「団長は羨ましいね。俺は週に三回は城下町でガードマンをやってるのに」
「んー。だろー? 一応、暮らしに困らないからなぁ」
たまに働き、後は楽に過ごす。見ててつまんないと思うけどな。
でも、やるときゃやる。それが俺さ。
「誰に言ってるんだよ……」
「え、聞こえてた?」
「ああ」
「うし、今日も帰ってパーティーだ!」
「「うおおおお!」」
男たちは帰っていった。