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07☆騎士団長セリスの企み

 サンドラは気絶したソクラティスを何とか起こし、その後大事無くアテナイの町に帰ることができた。町の外側を囲んでいた騎士たちに見つかることは無かった。わざと無視されたのかと思うくらい不自然な程に。


 サンドラには答えがわかっていた。正確には、答えを知る人物を知っているのだが。


 ソクラティスを自宅に帰し、サンドラは自身が日々働く施設へと向かうのだった。


 煙草の嫌な臭いがする三階。今日は一層不快な気持ちだ。どうして人間はこんな体に悪いものを吸うのだろうか。


「入るわよ」


 ノックもなしに部屋に押し入る。人の気配はないが、まだ発生したばかりの煙の臭いが部屋に漂っている。これはどういうことだろう。


「……」


 この部屋は暗いし臭い。やれやれといった様子で、サンドラは空気を入れ替えようとカーテンを開けた。


「うわぁっ!」


 部屋に光が差すと同時に、聞き覚えのある女性の声が聞こえた。


 ややあって、見下ろすとそこには長い金髪の女性がその紅い眼を丸くしていた。以前見た険しい雰囲気は一切ない、子供のような純粋な瞳だった。


「……何してるのよ」


 見ればわかるが、聞かずにはいられなかった。


「キミは……えーと、誰かな?」


「質問に質問で返さないで」


 サンドラはどや顔で答える。


(こいつ、普段はこんなにだらしない奴なのか。多分ソクラティスと同じ朝起きれないタイプね)


 更に、思い出の中の誰かさんと重ねた。


「ボクはキミと違って大人だからね。簡単に質問には答えないんだ。サンドラくん」


 理屈っぽく口元を歪めると、セリスは徐々に以前の人を見下すような雰囲気に戻っていた。寝起きの朦朧とした意識が徐々にはっきりした様子だ。覚醒と同時に、様々なことを思い出し、同時に新しいことを考えているように見えた。


「今は……ふむ、もうこんな時間か。キミが来たということは、無事に帰ってこれたんだね。おめでとう」


「今日あったことは全部知ってたってことね。まあ当然か……騎士団長さん」


「なんだ、バレてたのか。やはり世間知らずの令嬢では無いみたいだね」


 セリスという女性は、より眼を鋭くする。まるで全身を針で刺されているかのような威圧感だ。だらしない大人のくせに。サンドラは精一杯睨み返し、続けて質問した。


「どうして傭兵団が追ってきたの? どちらも王都の手先じゃなかったの?」


「まあ、待ちたまえ。いったん簡単に情報をまとめようじゃないか。」


 片眼鏡を持ち上げながら、セリスは壁にこの国の勢力図を書いていく。


「この国の治安を守るのは無能な警吏の他に、特別で有能な集団がふたつある。ひとつは傭兵団。おとぎ話にあるように、かつて外国との戦いに命を燃やした伝説の部隊だ」


「伝説なんて所詮おとぎ話よ。今は猫一匹捕まえられない、とてもじゃないけど有能な奴らとは思えないわ」


「ははっ、それに関してはボクも同感さ。でも傭兵団の団長は恐ろしく強いし信頼されていて影響力もある。甘く見ないことだ」


「興味ないわ」


 セリスはむっとした。子供なのか大人なのかわからない人だ。


「まあいい。続いてボクが率いる騎士団。貴族出身が多いのは王都を守るのが主な任務だからなのと、代々高貴な身分の人間しかなれないからだね」


 セリスははフフン、と得意そうに息を吐くが、サンドラは微動だにしない。


 我慢だ……待て……ステイッステイッ。


 まだだッまだだッ。


「ボクたちはこの王都をひっくり返そうと思っている」


「……え?」


 何故、何のために。騎士は国を守るのが仕事じゃないのか。


「キミたちを危険な場所に送り込んだのもキミが本当に味方かどうか試すためだ。失敗したら街の外に待機させた騎士たちを使い回収する予定だった」


 そうか。だから騎士の奴らははあたしたちに反応しなかった……


「もう一度言う。ボクたちはこの国に革命を起こす。貴族たちは、この国の中心は腐っている。そこを正す。キミの待遇は保証する。手を貸してくれ」


 紅い瞳は今まで見た中で何よりも澄んでいて、真剣だった。なにか、彼女には従いたくなるカリスマ性? 強い信念のようなものを感じた。


「じゃあ何をすればいいのよ?」


「ボクたちが活動する間、ソクラティスを守ってくれ」


「はぁ!? 何でソクラティスを!?」


「まだ言えないが、信じてくれ。彼女は計画の為の鍵だ。絶対に生かさなければならない」


「……わかったわ」


 まだ事情は呑み込めないが、状況は把握した。無策に王都に帰還するより、従ったほうが良いかもしれない。それに、今はこうするしかない。後で裏切ろうか。いや、今となっては城下町の生活すべてが恋しい。家があって、アリスがいる。そして何ひとつ不自由なく暮らす。その生活に戻れる可能性があるなら欲張らずそれに賭けよう。大きなリスクを恐れるようになったサンドラはこのように思うのであった。


「ふう。こんなに話したのは久しぶりだ」


 それにしては上手な演説だった。素直に感心しながらも、サンドラはこれからのことについて考えていた。


「話を戻そうか。これからのことについて──」


 セリスとサンドラは同時に、部屋に近づく気配を察知した。


「私からお話しします」


 再び聞き覚えのある声。


 ドアを開け現れたのは眼鏡をかけた女性だった。銀縁の眼鏡に、銀髪碧眼。セリスとはどこか対照的な雰囲気だ。


「あいつは傭兵団の!」


「大丈夫。彼女は味方だ」


 安心したまえというオーラが全開だ。慣れればわかりやすい人だな、とサンドラは思った。


「そういえばサンドラさんには名乗っていませんでしたね。まあ、敵前で名乗るのは愚の骨頂なので、当たり前なのでありますが」


 くいっと眼鏡を上げ、姿勢を正す。それはとても上品な仕草だった。


「クレスと申します。傭兵団に所属しています。騎士団のスパイであります。よろしくお願いいたします」


 いきなりのカミングアウト。


「スパイ……?」


 呆気にとられているとクレスは丁寧に説明しだした。


「スパイ。諜報活動を行い、相手の組織に所属し、有利となる情報を入手するのが目的であります」


 どこか彼女には軍隊チックな何かを感じる。


「まあ、よろしく」


 なんだかなぁ。接しずらい……こいつもやばいが、こんな人間を従えるセリスはもっと……


「ふふっ。面白い子だろう? 最近拾ったんだ!」


 スパイってそんな簡単に任せて大丈夫なのか!?


「なに、ボクの計画はキミたちがいなくても成功できるあてがある。だが、協力してもらったほうがお互い得だろう。人間は群れて進化する生き物さ」


「今度こそ話を戻しましょう」


 またそれっぽい演説が始まる前に、クレスは眼鏡をくいっと上げた。さっき上げたばかりだろう。


「これから騎士団は傭兵団を吸収する予定です」


「えっいきなり!? 出来るのそんなこと!」


「コホン。具体的には言えませんが、うまくいきます」


「ちょっと、雑すぎない!?  何で言えないことばかりなのよ!」


「その間サンドラさんはソクラティスさんの警備をお願いします。以上であります」


「えっもう終わり?」


「頼んだよ。サンドラ」


 しかし、彼女たちの顔には自信があった。恐らく勝算の高い計画なのだろうことがひしひしと伝わってきた。


「ボクはもう少し酒と煙草を……」


「身体に害です。失礼します」


 こいつら自由過ぎる。言いたいことだけを伝えたら、あたしを無視して勝手にしやがった。


「どれ、サンドラも飲みなさい……」


「未成年よ、バカ」


 クレスが席を外したのを見て、サンドラもここを立ち去ることにした。


「しばらくあんたの計画に付き合ってあげるわ。じゃあね」


「みんなつれないなぁ……」




──




 ようやく煙草の臭いから解放された。受動喫煙させるのは立派な傷害だと思うサンドラであった。


「サンドラさん」


「ひゃっ!?」


 階段を下りる途中背後から声をかけられ、びっくりする。そこにはクレスがいた。


「セリス様には言えませんが、ひとついいことをお教えいたします」


「な、なによ」


 クレスの短めの銀髪が近づく。彼女の吐息がかかるくらい、顔が近づいてくる。息遣いが色っぽく、同性なのに何故かドキドキしてしまう。


「セリス様と傭兵団の団長は……昔イイ感じだったそうです」


「え?」


 あの女が恋愛? ありえない。そんな人間には見えなかった。くくくっ、これは傑作だ。


 ああ。だからさっき言えなかったのか。色香で傭兵団を吸収……阿呆か。決めた。頃合いを見てここを出よう。この計画は失敗するだろう。間違いなく。


「ありが、とね。クレス……ふふふ……」


 これで明日から頑張れそうだ。


それに、戻るときの障害だった火傷も癒えてきた。しばらくすれば何食わぬ顔で城下町に戻り、貴族に返り咲ける。いつまで苦しみが続くかわかっていれば、余裕で耐えられる。


 サンドラは腹を抱えながら、施設を後にした。



──



「へっくち! 誰か噂してたのかな?」


 子供というか赤ちゃんのようなかわいらしいくしゃみをしたあと、セリスは再び毛布をかぶり、ひんやりとした床で心地よく寝た。










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