06☆時計の町をかける少女
「ちっ、アンタを責めてもしゃーないか……とっとと人形使って索敵しな!」
小さな赤髪の少女、クサンティッペは怒った様子で銀髪のクレスを指さした。
「ごめんなさいごめんなさい。もうしてますぅぅ」
「……」
こいつは人を怒らせる天才か。最近傭兵団に入ってきたばかりのくせに、こいつのやることには非の打ち所がない。任務の手際も良過ぎる。まるで軍隊にいたかのようだ。
「この根暗眼鏡。あとで覚えてろよ? だが今はもっとムカつく奴がいる。あたいを無視しやがったツインテ野郎をぶちのめす」
「ごめんなさい。任務は白い女を捕まえることですよ?」
「……わかってる。まずアイツを起こさないと」
クサンティッペは屋根から飛び降り、軽々とした動作で着地し、気絶したヘラクレイトスの近くに寄る。
「このハゲー! 起きろ!」
「……はっ! 呼んだか、この俺をぶっ」
ビンタ。小さな彼女がやってもほとんど痛くないが、ヘラクレイトスは大袈裟にダメージを受けたふりをした。
「目が覚めたかい? アイツらを追うよ!」
「お、おう……」
「クレス!」
「十時方向に敵影あり!」
(クサンティッペは私たちの中で唯一魔法が扱えない。だけどあの素早さと判断力は危険だわ。厄介になる前に潰したほうが良いかも)
クレスは彼女の影を見下ろしながら思う。彼女は傭兵団に所属しているが、その正体は──
「クレスは上から索敵! あたいたちは地上から向かうよ!」
微かな敵意、誰も気づかない。すべては計画の為。クレスは屋根の上を二人に合わせて動いた。
──
サンドラは、スタゲイラの町中を走っていた。この街から脱出する為に。その後、一旦路地の陰に身を隠した。
「……さて。どうしたものかしらね」
街の出入りするための門はあらゆる場所が王都の軍団に包囲されていた。普通に通ろうとしたら間違いなく捕まってしまうだろう。無理やり突っ切ろうとしても、武装した集団相手ではリスクは高い。
「危ないのは大好きだけど……痛いのは嫌だわ」
「何を言っているんですか?」
ニコニコとマイペースな笑顔を浮かべてソクラティスは隣に上品に座っていた。
「はぁ、誰のせいでこうなったと……」
「みゅ?」
もう慣れてきた。こんな性格だけど、こいつはあたしの大切な友達。絶対にこの現状を打破してみせる。
「ティス! 頭を下げて!」
路地に入って来たのはさっきの操り人形たちだ。外見だけは一般人に見える。街中での隠密行動にはぴったりの能力だ。クレスという銀髪の女性が操る”魔法”だ。素早く逃げているのに、しつこく周りを移動していた。敵にはもっと動きの速い奴がいるのだろうか? このままでは捕まるのも時間の問題だろう。
街の中には人形。そして周りには兵隊か。どうやって脱出すればいい? 警吏に頼むのもリスクが高い。相手は王都だ。権力の前に正義など無い。あるのは利己的な人間の欲望のみ。それは貴族として生きてきたサンドラの教訓だ。
「こんな時こそお金があれば……って無理よね」
だが、何かあるはずだ。何か、勝算の高い、刺激的な方法が。
「そろそろ帰らないとセリス様に怒られてしまいます……」
「また関係のないことを……」
ソクラティスは時計塔を見た。この街スタゲイラの特徴だ。中心に一番高い建物の時計塔があり、そこから低い建物が順番に並んでいる。そこでサンドラは気づいた。
「……そうだ。時計塔よ」
闇雲に動くより、人の多そうな街の中心に行けば奴らは攻撃しづらくなるはずだ。そして。
「きっとうまくいくわ! 善は急げよ! ティス!」
「はい?」
ふたりは駆けた。
──
追撃の手は、緩めない。三人は徐々にサンドラたちを追い詰めていった。町の外に部隊を配置してあるが、何としても手柄は自分たちのものにするため、彼女たちは躍起になっていた。
「見つけました。目標は三時方向、時計塔に向かっています」
連絡用にクレスの操る人形が情報を伝える。こんな任務にはまさにうってつけの能力だとクサンティッペは思った。
「よくやった! 人形を使って包囲! 追い詰めたところをあたいとヘラクレイトスで確保だ!」
「おう!」
クサンティッペとヘラクレイトスは路地を走り、クレスは上から指示を出していた。
「ツインテはぶっ殺していいんだよな?」
「ああ。いいはずだが、何かひっかかるな……こんな月が出ていた日、どこかであいつを見たような……」
「アイツら土地勘もないから闇雲に走り回っているんだよ! 予め地図を暗記したあたいたちに隙は無い!」
「……それもそうか」
「この速度で行けば、三十秒で接敵ですぅ!」
「見つけた──」
クレスが言うよりも早く。彼女は敵を見つけた。
「どうやらもう逃げ場がないようだなぁ!? お嬢ちゃん?」
「ちっ……ティス、しっかり捕まってね?」
「はい!」
サンドラはソクラティスを背に乗せ、時計塔の中に入った。
「建物の中に入ったか……人形で窓を含め出入口をすべて固めろ! 決して逃がさないからな!」
(今のところは予想通りね!)
時計塔の中にはサンドラの予想通り、敵はいなかった。また、追手はかなりの精鋭で、地理を充分に把握していることも予想できた。だからこそ建物の中に入る。内部までは把握していないだろうと予想した。そして、予想は見事に的中していた。
「チップ! 俺たち建物の内部はわからない。奴らが出てくるのを待ったほうが……」
「あたいをチップと呼ぶな! 子供みたいだろ! わからないのはアイツらも同じさ! クレスの人形を含めた、屋根の上の精鋭部隊は全部地上に配備したんだから大丈夫だ!」
「む、むう……だが何かひっかかるような」
「まったく、バカなんだからちゃんとあたいに従いな!」
「……ああ」
ヘラクレイトスはしぶしぶ彼女に従い、二人を追った。奴らはどんどん上の階に進んでいった。鬼ごっこのつもりだろうが、時間の問題。相手は人間一人に、ご丁寧に買い物した荷物まで背負っている。あのツインテ女もそろそろ限界だろう。だが、本当にそれだけなのだろうか? 彼の脳内には違和感が去来していた。
「……ヘラクレイトス。あいつらの行動、どうもおかしいよ」
「お前もそう思うか?」
「……うん」
「なにか狙っているような……奴ら、追い詰められているのに全く諦めようとしない。」
「うむ。少し止まって考えようか」
ここは街の中心にある時計塔。この街スタゲイラのシンボルでもあり、最も高い建物である。内部はからくりがほとんどで、点検以外の用途でほとんど人間は訪れない。
「高所から飛び降りて心中する気か?」
「違うね。あたいの勘が言ってる。奴らはあたいたちの行動を読んでいたと仮定すると?」
「クレスたちは外で……屋根の上ではなく地上で待機……しまった、屋根を使って脱出か!?」
「急いで知らせないと!」
「させないわよ! これでも喰らいなさいッ!」
サンドラが姿を現すと、突如上階から大小様々な歯車、ゼンマイ、その他工具が降り注いだ!
「チップ! 危ない!」
「あっ!?」
咄嗟にヘラクレイトスはクサンティッペを身を挺してかばった。
ターゲットは上階へと逃げて行った。彼女はツインテに説教をしているようだったが、じきに見えなくなった。
「ちょっと……アンタ! 大丈夫かい? どうしてあたいなんかを!?」
クサンティッペはヘラクレイトスを見る。彼の背中や腕には痛々しい打撲の跡が残っていた。
「女の子を守るのは……当たり前、だろうが」
「……」
顔を赤らめ、照れ隠しにビンタが飛んできた。最近ちょっと慣れてきたなと、ヘラクレイトスは思った。
一方サンドラたちは、階段を駆け上がり、時計の針の上に立っていた。偶然にも、時計の針は足場となり、隣の屋根へ飛べそうな位置になっていた。
「ティス……跳ぶよ!」
「はいぃ!」
ソクラティスは持ち前の怪力でサンドラにしがみついた。そのまま一気に、跳んだ!
「最っ、高……♪」
何かに勝った。高揚感と疾走感。何度味わっても良いものだ。空中で十三回転し、ひねりも加え綺麗に着地すると、サンドラは屋根の上を走って逃げていった。高所を進めば、町の周辺にいる武装集団もうまくふりきれるだろう。
完全勝利。彼女は悠々と進んでいった。
ソクラティスはしっかり捕まったまま気を失っていた。
──
「あーあ。こりゃあ逃げられたなあ」
やれやれといった様子で、彼女は呟いた。
「クレスに怒られる、か」
「あの毒舌は聞きたくないよ」
ふたりはやれやれといった様子で、色々な人に謝りに行くのだった。