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05☆嫌な奴にはとりあえず石を投げつけろ!

 ようやく金が手に入ったので、サンドラはソクラティスと二人で隣町に買い物に行くことにした。時計の町スタゲイラ。中心部に大きな時計塔があり、時間にうるさい役人どもが信用を得て大きくなった街だという。また、休日の商店街は客で賑わっており、彼女が育った静かな城下町と違い、随分と活気づいて見えた。


「お買い物なんて、行ったことがないのですが……」


 ソクラティスはおどおどとした様子で言った。


「ここに来たのはあたしも初めてよ。でも、何事も挑戦でしょ?」


 彼女の言う挑戦とは良い意味と悪い意味を含んでいるが、どこまでも純粋なソクラティスは良い意味のみで理解し、とても勇気づけられたようだ。


「はい! そうですよね!」


「今日はなんとしても服を買うわ! 絶対だからね!」


「はい!」


 妙にはりきるサンドラ。


(いい加減コイツの胸元がゆる~い服を借りるのは勘弁だわ!)


 嫉妬の炎に焼かれてしまう前に、自分に合った美しさを手に入れなければ。他人をそっちのけで彼女は静かに決意していた。


 ちなみにソクラティスはそれに気づいていない様子だった。彼女の体を見るたび、どんな風に暮らせばそんな体型になれるのか、そんな疑問ばかりが頭にちらついてしまう。サンドラは思い切って、ソクラティスの過去について聞いてみることにした。


「ねえ、ティス」


「なんですかー?」


 いつものようにほわーっとした気の抜けた(正確にはこちらが気を抜かれるような)声で、彼女は答える。


「ティスの過去って、聞いていい?」


 口に出した後、もっと上手な話の切り出し方があるだろう、とサンドラは心の中で自分を叱咤した。


「んーとですねえ……」


 そこそこの間の後に、ソクラティスは口を開く。


「気づいたらこの生活でした、なーんて」


「えっ」


 ちょこっと舌を出し、恥ずかしそうな仕草をするソクラティス。彼女の性格上、嘘をつくような人間じゃない。とすると、この話題には触れないほうが良いのだろうか。暫しの逡巡の後、サンドラは更に彼女の過去に踏み込む決心をした。


「どんなことでもいいから」


 ぶっきらぼうに、彼女は訊く。


「……えっと、変に思うかもしれませんが、私には過去の記憶がありません」


「……」


「──ひとつだけ。半年ほど前から、気づいたらセリス様にお世話になっていました。私にこの国のことや、一般的な学術を授けて下さいました。一般的に私のような人間のことを記憶喪失と言うらしいですね」


「そう……なの……」


 彼女の表情を見るに、やはりあまり話したくない話題だったのだろう。少し雰囲気が暗い。


「これ以上この話はしなくていいわよ。それよりも今日の目的を果たしましょうか」


「は、はい……」


──


 買い物をしたことで、次第にお互いの気分が晴れてきた。サンドラは自分に合ったサイズの服を買えて大満足。そしてソクラティスには、セリスから貰った彼女の分の給料でしっかりと贅沢をさせた。本人は気づいていないが、金を湯水のように使う才能において、サンドラの右に出るものはいないのだった。ソクラティスもまた、他者からの施しを拒否することができずに(正確には彼女の拒否は潜在的に肯定を示すような癖があるがこれも無意識だろう)多くは無いが十分な服、装飾品を与えられた。


 しかし、ソクラティスはさっきの質問以来、ずっともじもじとしていて何かを言いたそうだった。そんな態度を見てサンドラは買い物が終わった後、改めて彼女に聞いてみることにした。


「──で? 心配してるわけじゃないけど、さっきから何なのよ。ずっとその調子だけど」


 大量の買い物袋を軽々と持ちながら、サンドラは問う。


「あの、えっと、ですね」


「サンドラさんの、過去について、です」


 二人は立ち止まり、少し距離を置いた。流れとしては当然だろう。彼女も自分の過去を知りたがっている。それだけだ。


「……あー」


 でも、真実を伝えたほうが良いのだろうか。初対面の時は曖昧に誤魔化したが、これからしばらく一緒に暮らす相手に、不誠実な嘘を貫くのか。


 以前のサンドラだったら、躊躇わず平気で嘘をついただろう。それが貴族の生き方だからだ。都合の悪いことは誤魔化す。これは今までの常識だった。


 しかし、初めての友人。ソクラティスには嘘をつくべきなのだろうか?もし真実を言えば、ではなく、まず嘘をついたことを謝らなければならない。では、嘘を嘘でなくするために再び嘘をつくのか?それが正しい行いなのだろうか?


「あの……」


 ソクラティスが言葉を発しようとした瞬間。


「今だ!捕えろ!」


「えっ?」


 油断した。ほんの少し距離をとっただけで、その手は遠くに行こうとしていた。こんな時でさえ彼女は、身に降りかかる被害の全てを受け入れているように見えた。


「ダメっ!」


 サンドラの叫びも虚しく、一様に真っ黒なコートを着た数人の誘拐犯たちに彼女は連れ去られてしまった。


 なんで私ではなくティスが連れ去られる?いや、考えるのは後だ。すぐに追いついて、彼女を取り返す。あいつは私の──初めての友達なんだから!


 不意を突かれたが、相手の動きは速くない、あたしに比べれば!


「ちっ!」


 誘拐犯どもは徐々に人気のない方向へ走っていった。それはむしろ好都合!


「遠慮無くあんたたちをぶちのめせるからねっ!」


 サンドラは必死に相手に追いつきティスを抱えた男の頭を思いっきり殴った!


「……!」


 男はバランスを崩し、不自然な程にあっけなく倒れた。まるで糸が切れた操り人形のように。


「ティス!」


 サンドラは警戒しながらも、彼女の状態を最優先に考え呼びかけた。


「……はい?」


「大丈夫!?」


「……ええ」


 一番の被害者が何でそんな呑気なのよ……


 サンドラは呆れながらも、敵に目をやったが、さっきの奴らはみんなどこかへ逃げてしまったらしい。これでは何故彼女をさらったのか、分からずじまいだ。


「あいつらが何なのかわからないけど、人間ではないわ。急いで逃げるわよ。今仕掛けてきたってことは、恐らく次もある」


「はい……」


 彼女もようやく自分が危機的状況にあることを理解したのかそうでないのかわからないが、現状は理解してくれたようだ。


「”聖女”の護衛よ。何者か知らんが、ここで消えてもらおう」


「……!」


 男がそう言うと、かつて見たことのある火球がサンドラ目がけて飛んできた。アリスが言っていた話を思い出す。


「ヘラクレイトス……っ!」


「俺の名は誰にでも知れ渡っているようだな。くくく」


 魔法。異国から流入してきた、この国ではいまだ謎の多い能力。目の前の敵は、悦に浸りながら続けた。


「狙いはそいつだ、お前に用はない」


 どういうこと?用はない、というかあたしに気づいていないの?


「お前がスタゲイラに来てくれて助かったよ。アテナイには入れなかったが、ここなら問題なく処理できる。やはり俺は最強!ハハハハハ!」


 その男は上を向いて大声で笑っていた。隙だらけだ。


「こいつ普段はこんな残念な奴だったのね。ティス、逃げるわよ」


 その辺にあった大きめの石を思いっきり奴の顔面に投げつけてから、サンドラは急いで脱出しようとした。ヘラクレイトスはそのまま地面に頭をぶつけて倒れた。


「おっとお嬢さん。ここは通さないよー!」


「さっきの奴ら……」


 ヘラクレイトスには復讐したが、細い路地を囲むようにして、さっきの黒い服の男たちがたくさんいた。コートのような衣装に身を包み、表情は読み取れない。こいつらは魔法で操られているのだろうか?


「待ちな待ちな!」


 突如上から聞こえた強気な女性の声に気づき、サンドラとソクラティスは屋根の上を見上げた。すると、そこには肩くらいまでのトゲトゲとした赤髪の、目つきの悪い少女が、ポーズを決めながら立っていた。


「あたいは王都の何でも屋!!! 誉あるアクロポリス傭兵団! 幹部! クサンティッペだ! ちなみに今そこに転がってんのが副団長のヘラクレイトス。正義の為に、あんたを捕まえ……って聞けやこら!」


「ティス。早く行くわよ?」


 話を無視し、サンドラは先ほど散らばった荷物をまとめた。そしてソクラティスも、まとめて全部背負った。


「あの、サンドラさん」


「今更だけど、サンドラでいいわ。ちょっと捕まっててね?」


「はい……」


「そ、その剛腕だけは褒めてやるよ!だけどな、お前はもう包囲されている!おとなしく降伏しろ!」


 上からカラカラとまるで滑車のような高い声が聞こえるが、サンドラは冷静に状況を分析していた。今周りを囲んでいる黒服たち。こいつらは力が強くない。だったら強行突破も可能なのではないか。ここは高い建物の囲まれた、狭い路地。屋根の上にも敵がいる。どうにか壁をよじ登っても、その間に攻撃されるだろう。ならば、正面切って進むのみ!サンドラの決意は固まった。


 あたしは絶対に王都に返り咲く。それにティスも。見捨てない!


「はあああああ!」


「なっ!? 突っ込んでくるだと!?」


 さっき殴った時と同じだ。強い衝撃を与えたとたん、人形みたいに動かなくなる。何かに操られているのは間違いない。


「ちょっとクレス! アンタの人形の弱点バレてるじゃないか!?」


「すみませんすみません! でも私の魔法はこれくらいしかできないんですー! どちらかといえばお二人の方がしょうもないミスをしてるんですー! 周りが無能な上司ばかりですみませーん!」


「あぁん!? あたいのせいだってのか根暗女ぁ! ってか全然謝る気ないだろぉ!?」


 クレスという眼鏡をかけた銀髪碧眼の少女は、首を横に振る。クサンティッペは子供のような体格でクレスは高身長なので、ふたりのやり取りは子供の癇癪を諫める親のようだった。


「……あいつら、馬鹿で良かったわ」


 敵が争っている隙をついて、サンドラたちは危機一髪、窮地を脱出した。


 














 



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