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04☆敵か味方かわからない奴は悪い奴だ!

「──なんであたしがこんなことを……」


 ちょっとの距離を引きずられながら連れてこられたのは孤児院のような所だった。話を聞くとどうやらソクラティスの仕事は出稼ぎに行った大人たちの子供の面倒を見ることらしい。さっき出会った兄妹も、この施設で暮らしているらしい。サンドラが今何をしているのかというと、数十人の子供の世話だった。この施設は人手が足りず、半ば強引に働かされた。今はお昼寝を終えた子たちの寝具を片付けている。


「片付けが終わった後は食事の用意、次に子供たちの遊び相手をお願いします!」


「……わかったわ」


 サンドラが黙々と与えられた作業をこなしていると、子供たちが突撃してきた。さっきみ会ったトムがみんなのリーダー格のようだ。彼は誰とでも仲良くなれそうな子だからか。


「ヤケドのねーちゃんだ!」


「あそんであそんでー!」


「掃除が終わったらね」


「いいからー!」


 バタバタと暴れるので、せっかく片付けた部屋がまた散らかってしまう。


「……やめて」


 それでも我慢して同じ作業を繰り返すサンドラに対して、子供たちは一斉に再び同じ行為を繰り返した。気性の荒い彼女はすぐに堪忍袋の緒が切れた。


「やめなさいって言ってるでしょ!!!」


「あははー! ねーちゃんがおこったー!」


「にげろにげろー!」


「まてーっ!」


「ふふっ。サンドラさんったらみんなのことが好きなんですね!」


「んなわけないでしょ!」



──このように、彼女の初仕事は苛烈を極めた。子供たちとも無事打ち解け(扱いはほとんど遊び道具に近かったが)ようやく一息つけるようになった。窓から見える夕日を背景に、二人は施設の階段を上っていた。


「はぁ~。散々な目に遭ったわ……」


「でも、サンドラさんは楽しそうでしたよ?」


「どこが。寿命が縮むくらい大変だったわよ。……まぁ、飽きなかったけど」


「ふぇ? 何かおっしゃいましたか?」


「何でもない。それより、どこに向かってるのよ?」


「……」


 ソクラティスはマイペースというか、どこか独特の雰囲気を持っている。時々おかしな返答をするし、今のように無言で笑顔になるときがある。というか、質問に笑顔で返されてもわかんないわよ……


「ねえ」


「あっ! 思っただけで言ったつもりでした」


「いや……そりゃないでしょ……」


「すみません……ええと、管理人さんの所です。三階ですのですぐに着きますよ?」


「ああ。そう……」


「──本当はもう少し面倒を見てあげたいのですが、今日は保護者の方々が帰ってくるので」


「そういえば週末は親が帰ってくるとか言ってたわね」


「はい」


「……」


 へとへとになったサンドラとは対照的に、ソクラティスはいつもと変わらない様子だった。仕事に慣れているということもあるだろうが、かなりの重労働だったはずだ。にもかかわらず平然としていられる様子に気づいたサンドラは、内心で驚いていた。


(本当にこいつはお人好しだ。だけど、その性格はどこからきたんだろう。あたしはこんなに疲れたのに、こいつは全く疲れた様子を見せないわ)


 疑問を脳内で単純化してから、彼女は質問してみた。


「ティスは、疲れてないの?」


「うーん。あんまり疲れてないですねぇ?」


「どこにそんな体力があるのよ……」


「あっ。そろそろ着きますよ~」


 施設三階にある小さな部屋の前まで到着すると、煙草のニオイが漂ってきた。


「うっ……」


 ソクラティスはそれに気づかない様子でドアの前まで進み、ノックをした。


「どうぞ」


 中からは若い女性の声が返ってきた。煙草のニオイから察するに壮年の男性をイメージしていただけにそれは意外な声だった。


「失礼します」


「……」


 やや警戒しながら、無言でサンドラはソクラティスに続いた。


「やあティス。それに……はじめましてだね、サンドラくん。ボクはセリス。よろしく」


「……ッ!」


 気高い純金のようなセミロング。燃え盛る炎に染まった紅い瞳。片眼鏡と茶色く麗しい男装は探偵を想起させる服装だが体は間違いなく美しい女性だった。しかし、丁寧な所作ひとつひとつから、何よりも纏っている他者を見下した雰囲気から本能的に貴族だとサンドラは確信した。


「セリス様、日々のご援助誠に感謝致しております。本日は彼女の件でお話が……」


「ああ。いいよサンドラくんのことなら聞いてるから。それより彼女と二人きりにしてくれないかい?」


 会話を遮って、セリスは提案する。サンドラは背筋が凍る気がした。


「は、はい……」


 ソクラティスは残念そうにその場を後にした。頼みの綱を失い絶望に堕ちる。間違いなくセリスはサンドラのことに気づいている。相手は貴族。危険だ。雲は月を蝕み、暖炉の火はパチパチと音を鳴らしながら燃え盛っていた。


「さて。貴族のキミに質問だが……何を知ったんだい?」


「……」


 焼かれるような視線でじっくりと射抜かれる。いや、生きたまま火に炙られているように。サンドラは無言で突っ立ったまま、汗が止まらなかった。逃げるか?いやどこへ?まずは彼女が敵か味方かを見極めねば。いざとなったら脱出する。彼女は大きな椅子に座り、机に両肘を置き指を組んでいた。


「あなたは」


「質問に質問で返すのは感心しないな。ボクの問いに答えろ」


 その態度はとても堂々としていて、こちらが優位に立つ一切の隙も無かった。


「安心して。ボクは味方だから」


 とってつけたようなぎこちない弛緩が、逆にサンドラをより警戒させた。彼女は何者だ?その答えはサンドラの脳内にあった。セリスという名前の貴族を知っている。恐らく彼女は……


「……ふう。キミの死体を王都に差し出せばボクの待遇もよくなるだろうねぇ。たとえ答えても答えなくてもボクにとってはメリットしかない。キミが生きられる方法はひとつ。ボクに従うことだ。わかったね?」


「それのどこが味方なのよ」


 反射的に口を開いてしまった。


「君の生死はボクが握っていて、できれば生かしてやりたいと思ってる」


「その方が都合がいいから?」


「答えはわかっているはずだ」


 組んでいた指を組みなおし、セリスは平然と言ってのけた。


サンドラは観念して、すべてを話すことにした。


「わかったわよ。あの時──」


──


「どうやら嘘はついていないようだね」


 彼女は事の顛末を聞いて満足したのか、少し笑っていた。それは悪魔の笑みのようだった。


「それで? あたしをどうするつもりなの?」


「どうって、ここで働いてくれればそれでいいよ」


「え? そこはもう用済みだ消えろとかじゃないの?」


「ボクは味方だってば。生憎、この施設は人が足りなくてね。火傷した猫の手も借りたいくらいさ」


 もう出て行っていいよ、といわんばかりにセリスは手を振った。


「……わかった」


 何故殺さないのか納得はできないが、まあ命があっただけマシだろう。一抹の不安と一縷の望みを胸に抱きながら、サンドラは部屋を後にしようとした。


「ああ。待ってくれ」


「はい?」


 セリスは懐(豊満な胸の谷間から出てきたのは見ないことにした)から封筒を取り出すと、それをサンドラに差し出した。


「今日の分の給料だよ。少し気持ちを上乗せしておいた。有意義に使いたまえ」


「あたしの……? ソクラティスの分は無いの?」


 真っ先に出てきたのはその言葉だった。セリスは意外そうな顔をしたあと、真面目な表情でこう答えた。


「断られた。その金は子供たちの為に使えとさ。面白い娘だろう?」


「どういうこと? そんなんじゃ生きていけないじゃない」


「それがそうでもないのさ。後にわかる、と言いたい所だが、一応彼女の給料もキミに預けておこう。明日は休日だから、隣町に遊びに行くといい。城下町に入りさえしなければ、その姿で出ても大丈夫だろう。これからは彼女の家で寝泊まりしてくれ。おやすみ」


「……ええ。おやすみ」


「さあ。行った行った」


 話が終わるや否や、部屋の外へ追い出されてしまった。まだまだ質問はあったというのに。果たして彼女は敵なのか味方なのか。それともいいように利用されているだけなのかサンドラにはわからなかった。再び煙草のニオイが濃くなったのを嫌がり、しぶしぶ一階に戻ると、ソクラティスが笑顔で出迎えてくれた。


「それじゃあ、帰りましょうか」


「わかった……」


「一緒に暮らすのは私が提案したのですけど、ご迷惑でしたか?」


「いや、別に。迷惑なんかじゃなくもないわ」


「ふふっ。どっちですか?」


 意地を張るサンドラに、小首を傾げるソクラティス。その仕草はとてもかわいらしかった。性格は対照的で、世間知らずなのはお互い同じだったり、違う部分もあったりしたが、二人がいれば足りない知識など無いに等しかった。談笑しながら家に帰り、二人はお互いの距離が縮まったのを感じた。

 しばらくここで暮らすのも、悪くないかもしれない。サンドラは凝り固まった考え方を、少しだけ改めた。


 月は夜空に浮かんで、完全な円を夜空に映し出していた。









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