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03☆棺桶を開けたら悪役令嬢が入ってた

──何故、アリスはあたしを助けたんだろう?あの時彼女は大怪我をしていた。自分を置いて逃げれば良かったのに。どうして、他人の為に生きるの?理解できないわ。


 今まで常に利己的な令嬢として生きてきたサンドラにとって、他人を助けるということは無価値で、無意味なことであった。しかし、貴族として誰にも負けないためあらゆる知識を吸収し、才女としてもてはやされた彼女にとって、この出来事は考え方を変えるきっかけであった。サンドラは暗闇の中必死で他人の為に生きる考えていた。しかし、何度考えても、意味が分からなかった。


(……あれ? あたしはどこにいるの?)


 考えていたらかなり時間が経っていた気がする。自分が寝ていたかどうかもわからないが、そんな気がしていた。とうとう思考を諦めたころ、サンドラは自分が流れていないことに気が付いた。


(陸に上がった? つまり、このまま処刑されるのかしら)


 内側から棺桶は開けられない。サンドラはすべてを諦めた。すると、複数の人間の騒々しい足音が聞こえてきた。いや、それにしては軽い音だ。もしかしたら人間ではなく動物が来ているかもしれない。


(狼の餌になるのかしら。それとも、豚の餌?)


荒っぽく、棺の蓋が開けられた。


「あっ! ヤケドのねーちゃん起きたぞ!」


 子供の声だった。サンドラは何が起きたかわからなかった。


「ティスさまに教えないと! 行くぞリン!」


「うん。おにいちゃん……」


 反応する間も与えず、その兄妹は嵐のように去っていった。


(これは……どういうことなの?)


 サンドラはおずおずと辺りを見回す。質素な民家の室内に棺桶ごと運ばれたらしい。外は明るく、雲ひとつない青空であった。小鳥が外で楽しそうに鳴いていた。冷たく堅牢な鉄格子の内部を想像していたサンドラは呆気にとられていた。しばらくすると、また足音が近づいてきた。


「失礼します」


部屋に入って来たのは、ひとりの少女だった。年はサンドラと同じくらいだろうか。色素の抜けたような真っ白な髪は長く、綺麗な艶を放っており、穏やかなエメラルドのような瞳は、優しい眼差しを向けていた。


「初めまして。ソクラティスと申します。ティスとお呼びください」


 そう言って、手を差し出す。


「……サンドラよ」


 起き上がると、ソクラティスの横にさっきの子供たちがくっついることに気が付いた。


「男の子がトムくん。女の子がリンちゃんです。仲良くしてあげてくださいね」


「よろしくな~! ヤケドのねーちゃん!」


「……よろしくおねがいします」


「……ええ」


(こういうのは苦手ね……)


 サンドラにとって、子供の相手は未知との遭遇であり、どうしていいのかわからなかった。引きつった笑顔を見せていると、偶然にも助け船が流れてきた。


「あら。そろそろお昼寝の時間みたい。ふたりとも。みんなのところに戻れる?」


「はーい!」


 子供たちが部屋を出て、彼女たちは二人きりになった。ソクラティスは不思議そうにサンドラの顔を覗き込んだ。


「お顔、ひどい火傷ですね。何かあったのですか?」


 純粋な瞳に見つめられる。真実を話すのは危険だと判断し、やや後ろめたさはあったがどうせバレないだろうと思い、サンドラは嘘をつくことにした。


「えーと、火事があって川に流されたのよ……」


「まあっ! そうなのですか!」


 純粋な驚きだった。そこには一片の疑いも無かった。こいつは、人を疑うことをしないのだろうか。警戒しながら、サンドラは自分から質問することにした。


「ここはどこ?」


「ここは南端の村アテナイですよ。優しい人が暮らしています」


「アテナイ……って、城下町の外の食べ物すらないっていう貧困街じゃない!?」


「ふにゃ? 食べ物に困ったことは無いですが……?」


「水だって、王都からの生活排水を飲んでるんでしょ!?」


「この地域は川が多いですから。別の流域から来た綺麗な水を飲んで暮らしていますよ?」


「ああもう!そういう問題じゃないわ。王都だからいいのよ!あたし帰る」


部屋を出ようとすると、ソクラティスはサンドラの腕をがっしりと掴んだ。強引に振りほどこうとしても、びくともしなかった。どこか世間とずれた性格のくせに、自分より怪力ではないか。驚きを感じながらも、サンドラは黙っていた。


「待ってください! 外は危険ですから、ここにいてくださいませんか?」


「いやよ。こんな小汚い部屋に居たくないもの」


「うにゅ? でしたら掃除をしますが?」


 そういう問題じゃない、という言葉が喉まで出てきたがサンドラは火山のように盛り上がった激情を抑え、踏みとどまった。そして考え直した。自分はもう王都には戻れない。居場所がないのだ。残された選択肢はここで生きる他無いのだ。


──自分のできることを理解する。そしてその範囲のみで最善を尽くす。


 散々不満を述べても、こうなった以上は仕方がない。アリスに教わった言葉を思い出しながら、サンドラはひとまず現実を受け入れることにした。まずは情報を集め、傷を癒し、手を打つ。そうすれば元の生活に戻り、華々しく返り咲けるかもしれない。再び野心を燃やした彼女は、ころりと態度を変え、固く閉ざしていた唇を開いた。


「……まあ、しばらくならここにいてやってもいいわ」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 ソクラティスは丁寧にお辞儀をして、サンドラを立たせた。凄い馬鹿力である。


「では、着替えましょうか? その、少々過激な格好でいらっしゃるので……」


「あっ! そういえば!」


 ただでさえ露出の多い怪盗装束が、更に破けた状態になり何ともはしたない恰好になっていた。どうにか手に入れた資料は無事だったが、サンドラは赤面した。


「私の服でよければ……」


「うう……お願いするわ」


 その後、彼女は外で水浴びをして汚れを落とし(かなり抵抗があったが我慢した)、再び元の部屋に戻った。どうやらこの川沿いに位置する質素な家はソクラティスの住む場所であり、洗濯をしていたら偶然棺桶が流れてきたらしい。


「なんだかおとぎ話のような出会いですね」


「……ん」


 一息ついたあと、二人は何気ない会話に花を咲かせる。といっても、ほとんど一方的な会話であるが。会話よりもサンドラは、ソクラティスがくれた服の胸の部分が緩く、しかもそこ以外の部分がきつくなっていることに対する怒りのような、妬みのような感情に支配されかかっていた。


「──この街で私と同年代の人は珍しいですね。そういった皆さんは出稼ぎに行ってますのであまり話せないので新鮮な感じです」


「……そう」


(いつまで話すつもりなのよ……あとどうやったらそんなスタイルになれるのよ?)


 聞き流しているが、サンドラは頭がいいので、会話は全て覚えていた。それに、彼女の話を聞くのは苦ではなかった。なぜなら、どこかで会ったような気がしたからである。しかし、貴族である彼女と、貧困街暮らしである彼女はどう考えても面識は無いはずなのだが……?


「──これは噂ですけどね。どうやら城下町で恐ろしい犯罪があったそうです。犯人がわかってないそうですが、そのせいで王都へ行き来することが難しいそうですよ? 外は危険ですよね~」


「ああ。だからあんたはさっきあたしを止めたんだ?」


「ぎくっ。違いますよ?」


 あくまであたしのやることは情報収集。こいつと仲良くする必要なんてない。私から質問をするだけでいいのに、だんだん奴の話を聞いていたくなる。なんだろう。この気持ち。理由はわからないが、楽しい。


「あんたねぇ……表情に出すぎよ」


「むー。あんたじゃないですー。ティスですよー」


「こら、くっつくなー!」


 怪力で腕に抱きつかれるものだから、引きはがせない。距離が近い。サンドラはなんだか恥ずかしかった。


「ティスって呼ばないとずっとぎゅーってしますよー?」


「わかった。わかったから! ティス。やめてね?」


「よろしいー」


「はぁ……」


「今度は一緒に水浴びしましょうねー?」


「いっ……!? 嫌……」


(恥ずかしくて無理。でも、ティスの体には興味がある……ってなんか誤解を招く表現だわ!!!)


「何はともあれ。怪我が治るまで一緒にいてくれるんですよね?」


「……まあね」


「良かった! 嬉しいです!」


 サンドラは少しだけ、自分の中の価値観が変わっていくことに気づいていた。


「では、働きましょう!」


「……は?」


(働く? なにそれ?)


庶民の常識がわからないため、頭の理解が追い付かないサンドラをよそに、ソクラティスは彼女を引きずっていった。

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