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02☆即答できる二択に迷う悪役令嬢

 目が覚めると、サンドラは夜空に浮かんでいるような、不思議な感覚に浸っていた。空の上の星が、とても近くに感じられたからだ。ゆらゆらと、空の上を流れていくようだ。

 夢から醒めるのにあまり時間はかからなかった。川が温かいのではなく、自分が冷たくなっていくことに気づけたからだ。冷たく、ゆるやかな波に揉まれながら、意識が鮮明に蘇ってきた。


(……どうにか脱出できたみたい。でも、ここはどこだろう)


 辺りを見回すと、偶然にも見慣れた景色だった。そこは、サンドラの家の近くだったのである。先刻侵入した豪邸程ではないが、彼女の家も負けないくらい大きかった。どうにか岸まで泳いでいくと、見慣れたメイドの姿があった。


「おかえりなさいませ。お嬢様。てっきりくたばったかと思い棺桶を用意していましたよ」


 氷のような冷たい水色の長髪に、ロングスカートのメイド服。服の上からでもはちきれんばかりに主張する胸。はっきりとわかるくびれ。完全なプロポーションを誇る彼女は、一切の隙を見せないような藍色の鋭い眼を暗闇で怪しく光らせ、サンドラを見据えていた。


「どうしていつも私が帰ってくるのがわかるのよ?アリス?」


「……お怪我をなされたのですか。手当てをするのでじっとしていて下さい」


 アリスはサンドラを無視して、応急処置を施していた。てきぱきとした動作で、首から腕にかけての火傷を消毒し、包帯を巻いてくれた。サンドラは手前の棺桶に自分の名が刻まれていることは気にしないことにしようと思った。


「……あのさ、聞いてるの?」


「お嬢様」


 アリスは処置を終わると、強い口調で睨み付けてきた。サンドラは何も聞こえないふりをした。どうせいつものように口汚く罵るだろうから。


 ──蹴られるだろうか。殴られるだろうか。身構えていると、アリスはぎゅっと、サンドラの体を抱きしめた。


「……良かった」


「え?」


「いえ、何でもございません」


 何をされたのか理解できずぼーっとしていると、アリスはコホンと咳ばらいをし、いつもの威圧的な雰囲気に戻っていた。


「今日もお嬢様は一段と情けない無様な姿でお帰りで御座いますね。しかも大怪我をして帰ってくるなんて。わたくしは怒っています」


 キッと恐い目で睨まれる。もう慣れっこだ。


「……はいはい」


「これではお亡くなりになった御両親に面目が立ちません」


 サンドラは少し黙った後、早口で答えた。


「ふん。別にあたしが何をしたってあたしの自由でしょ?パパもママも今まであたしに説教なんてしてこなかったし」


「──ですが、今回ばかりはこの家にも危機が迫ることなのですよ?」


 アリスは残念そうに言った。


「え? 何で? お金ならあるけど?」


「相変わらず脳内お花畑ですね。大抵のミスならそれで解決できますが、今回のケースは例外です。なぜなら、犯行の痕跡から、容疑者は貴族に絞られたからです」


 もしかして、透明な紐の存在がバレたのか。あれは貴族の間でしか取引されない希少な素材だからだろうか。サンドラは自分を悔いた。


「そして犯人は火傷を負った女性であること……直にこの家まで捜査の手が及ぶでしょう……」


それに、火球のことも。彼女は頬、肩、腕に残る痛々しい傷痕がずきりと痛むのを感じた。


「まったくもって情けない。バレないようにやるのが愉悦であるととお嬢様の身体に教えてあげたはずなのですけど……」


 アリスは少し身を悶えさせたあと、真面目な顔に戻り説教をしてきた。サンドラは我慢できず言い返す。


「変なマッチョのジジイに邪魔されたのよ。それにいきなり火が飛んできて」


 あたしは悪くない。絶対悪くない。息を荒げなが言い訳をすると、アリスは腕組をしながら、やれやれといった様子で答えた。


「マッチョのジジイは恐らく……わたくしの師匠のプラトーですね。無理もありません。彼の肉体は要塞に匹敵すると言われていますから。それに師の師が相手ではお嬢様は手も足も出ないでしょう」


「……だからあたしの居場所がバレたのか……」


 鼻が利くのは師弟揃って同じらしい。


「その通りです。また、火が飛んできたというのも、魔法使いのヘラクレイトス様でしょう。火炎魔法の使い手です。確認したところ、二人ともリトルゾウ家に雇われていたようですから」


 魔法。最近異国から流れてきた技術のようだが、貴族にすら普及していない技術なので、サンドラが対応できないのも無理はなかった。そんな技術を保持しているなんて。


「魔法って便利よね。素質を持った者しか扱えない超能力なんて、世の中どうかしてるわ」


 そんな技術者を保持しているなんて。妬ましい。彼女はより一層あの役人と、この国への憎しみが強くなるのを感じた。


「左様でございます。おっと、そういえば今日の仕事ではどんな情報を手に入れましたか?」


「実は───」


「……成る程。それはやぶ蛇でしたね。国の秘密を知ってしまえば命を狙われてもおかしくないでしょう」


 命を狙われる。さあっと血の気がひいていった。


「ねぇ、どうしたらいいのよ! こんな怪我してるんじゃ、すぐバレるじゃない!」


 あたし、これから死ぬのかな。


「国の捜索の手はかいくぐれませんね。ましてや向こうには鼻が利く手練れがいる……」


 いやだ。あたしは幸せになって死ぬと決めてるんだから。


 そう考えていると、アリスが重々しく口を開いた。


「お嬢様。ここにいては危険です。城下町から離れてみてはいかがでしょう?」


「はあ!?嫌よ!温かいベッドと広いお風呂が無い場所で暮らすなんて死んだほうがマシよ!」


 今まで貴族として華やかな暮らしを送っていたサンドラにとって、それは死に等しいものだった。


「傷が癒えるまでです。少し狭いですが農村部の家を手配します」


「嫌ッ!」


「国の権力は絶大です。お金も人数もあちらの方が圧倒的に多いのです。城下町は迅速に、草の根を分けられるように捜索されるでしょう。ここにいたら処刑されます。国王の性格上、間違いありません」


 サンドラの性格を知った上で、この提案をしたのだろう。アリスは拒否されるのを承知で、淡々と述べた。しかし、こうなってしまった以上、もはやこの選択しか残されていなのであった。


「……どっちも……やだよ」


「危ない!」


 膝をつき、ぽろぽろと涙を流すサンドラに向けて、どこからか見覚えのある矢が放たれた。


「……!」


アリスは素早く矢を掴み、相手のいる方向に投げ返した!


「フン!」


 そしてその矢が殴られたように粉砕される音と共に、先程サンドラを追い詰めた老人が目の前に現れた。


「懐かしい匂いがするので来てみれば。娘さんにアリスではないか」


 不意討ちをしておきながら、堂々とした態度で近付いてくる彼は、服を脱ぎ、肉弾戦に備えていた。相手を殺す為なら手段を選ばず何でもやる。そんなピリピリとした殺気を二人は感じていた。


「遊びのつもりじゃったが、久々に本気を出すか」


 弓を捨て、ボキボキと指を鳴らした後、静かに拳を握った。人を殺せる武術を遊びと言い切るなんて、いかれてる。


「お師匠様。久方ぶりですね。まだ死んでくれませんか」


 アリスもまた、指を鳴らし、殺気を放つ。サンドラは震えが止まらなかった。いずれも自分では敵わない。泣きながら震えることしかできなかった。


「ほほ、この儂に減らず口を叩く人間もお主くらいのものじゃ。アリスよ」


「恐縮いたします」


 バチバチと視線の火花が飛ぶ。幾つもの死線をくぐった歴戦の武道家のような雰囲気だった。


「どれ、近くで泣き叫ぶ顔を見せておくれっ!!」


「御生憎ですが……くたばれぇッ!!」


 互いにほぼ同時に、踏み込んだ。


 一瞬ごとに、幾千もの打撃が拮抗する。


「ガハハ! そうだそうだ、そうでなくてはなッ!」


「くっ……ジジイが……」


 しかしそれは長くはもたなかった。圧倒的筋肉から放たれる致死の連打にアリスは徐々に押され、ジリジリと後ろに追い込まれていた。


「足が……動かない……」


 サンドラは恐怖で足がすくみ、立つことができなかった。


「ハァァッ!」


「きゃっ!?」


 崩された防御の隙間から、大砲のようなパンチがもろに当たる。アリスの体は容易に石造りの壁へと吹き飛ばされた。


「あ……アリス……」


 今まで師として自分に体術を教えてくれた人間が、目の前であっけなく倒された。サンドラのショックは相当なものだった。


「どれ、次は娘さんかの」


「まだ終わりではありません」


 折れた腕を押さえながら、アリスは瓦礫の中から這い出した。


「お嬢様!今すぐお逃げを!わたくしが時間を稼ぎます故」


「でも……」


「メイドに不可能などありません!」


「では見せてもらおうかぁハハハぁッ!」


「く……!」


 既に限界が近づいている彼女は、顔面にパンチを喰らいながらも、サンドラを守ろうとしていた。


(この命尽きたとしても、わたくしは……)


「肉を潰す感触……何度味わっても拳が飽きぬわ」


「ガァアア!」


 残った腕で渾身の投げ技が決まる。しかし、骨が外れ、両腕はもう使い物にならなくなっていた。喉が潰れたのか、声もややおかしくなっていた。


「ぬ……!」


 老人はそのまま屋根の上まで吹き飛んだ。


「お嬢様。失礼シまス」


 与えられた少ない猶予の時間に、血まみれの体で、どうにかアリスは動けないサンドラを抱え、棺桶に無理やり詰め込んだ。


「え……何するのよ!」


「どウカ……ご無事デ……!」


 蓋が閉まる。


「あっ……」


 サンドラは再び自分が流されてゆくのを感じた。まるで夢でも見ている気分だった。







どうかお気軽に、感想コメント等よろしくお願いいたします。

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