11☆気だるい朝
本当に長い夢を見ていた気がした。氷が解けて水になるように気がついたら屋敷の裕福な生活に戻るだろうと思っている自分がいた。
肌に残る薄い火傷の跡。
ソクラティスは未だに目を覚まさない。騒動がひと段落したあと、サンドラは彼女を連れて家に戻っていた。
一睡もできなかった。いつまた刺客が送られてくるかわからなかったからだ。結局敵は来なかった。
翌朝まで待ってほしい。それがセリスの残した言葉だった。アリスを連れて、どこかに行くらしい。
ようやく慣れた平穏な日常も、簡単に崩れ去る。道端に転がる石のように、自分ではどうしようもない。ここにいたいと願っても、決して叶わないのだ。
「……起きなさいよ、馬鹿」
昨日は何もできなかった。彼女を守るのがあたしの役目だというのに。
セリスの話によると、能力を使った反動でしばらく動けなくなるらしい。操るものによって反動が大きくなる…らしい。
──そもそもセリスはどこまで知っているのだろう?
彼女は信じるに値するのだろうか。こんな力を貴族共が手にしたら──
ああ、このままふたりでどこかに行ってしまいたい。行くあてなどないが。
「ぐっ…」
寝不足からだろうか。頭が痛む。
ソクラティスが寝ているベッドに倒れこむ。このまま眠ろうか。そろそろセリスたちが戻って来るころだろう。
「…みゅっ!? サンドラ…!?」
最悪のタイミングで、彼女は目を覚ましたようだ。
「あーもう、五月蠅いわね…」
低い声でそう呟いた後、サンドラは彼女を抱き寝転がった。
「いいから、寝なさい…」
「はっ、はひぃ…」
ソクラティスは顔を真っ赤にして一緒に寝た。
ああ、眠い…ちょうどよい温もりに包まれ、眠りに落ちようとしたが、うまくいかなかった。
「どうやらお楽しみのようだったね」
面倒な奴が来た。
「一応言っておくけど、ボクは彼女の保護者なんだけど」
「全くでございます」
「アリス、来てたんだ」
「大変お久しゅうございます」
セリスに続いて入って来たのは懐かしのメイドだった。面倒な大人がふたりになった。
「ソクラティス様」
「…はい?」
「昨日の無礼お許し下さいませ」
「いえ、いいですよ。ですが、何故?」
「それについてはボクから説明するよ」
沈痛な面持ちでセリスが間に入って来た。
「情報を集めてきたが、どうやら王都では始まってるらしい。人造天使の計画がね」
「何を…言って?」
「天使というのは比喩だが、言うならばソクラティスから作られたコピーだよ」
「侵略に対抗する為の新たなる兵器でございます」
「だからってなんでコイツの前で…!」
「知っています」
「…!?」
サンドラに向かって、淡々と。
「私は造られた人間です」
「知らないのは、私だけだったのね…」
ようやく頭がいつものように回転し始めた。天使の力を利用する為に天使を作る。実に合理的な話だ。だが同時にとても恐ろしい計画だ。
「キミも同じ考えだろう? あそこの馬鹿共には有り余る力だ。それを我々が制御するんだ」
「それはそうだけど」
「アリスが刺客として送られたのが何よりの証拠だろう。ボクたちは動かなければならない」
「キミの力が必要だ。正確にはキミの持つ書類だけど」
セリスの手にはかつてサンドラが盗んだ書類が握られていた。
「いつの間に!」
「革命の準備は整った」
ニヤリと口元を歪める。一体彼女はどこまで考えているのだろうか。仮にうまくいったとしても、人々の暮らしにどんな変化があるのかサンドラにはわからなかった。
「じゃあ、みんなで王都に乗り込もう!」
訂正する。そもそも成功するかどうかも怪しい。




