鬼との出会い
ソラの弟子、という形になり幾数日。
なんとか黄泉の国にも慣れてきた。
黄泉の国と言っても店はあるし、暮らしがある。通貨もあれば、人種ならぬ妖種もある。
人を嫌う妖怪が居れば、僕みたいな人間に好んで近寄る妖怪もいる。そこらにいる俯いている人間は魂が形作っているだけで、本来そこに存在する意味はないらしい。
居ても良いし、居なくてもいい。どうでもよくて、どうなってもいい。ソラはそう言っていた。
で、まあ、肝心の弟子となってからの話なのだが────
「これが辛いんだよなぁ」
「これくらいで何を言うとるか! まだまだ出来てない修行は一杯あるのじゃぞ!」
「気合い入れすぎだよ……」
どこからか持ってきた気の棒を振り回し一喝するソラ。見た目が可愛いから怖いとは思わないけど、こう強く言われちゃあちょっと気が引けるよね。
ちなみに今しているのは『筋トレ』である。健全な精神は健全な肉体から、どこか聞いたことある言葉を盾にソラは筋トレを強要してくる。パワハラだよ、現代に似合わないよ。
「もう、休んで……いいかなっ!」
「まだ100回もいっておらんではないか! 男子なんじゃからもっと気合いを入れるのじゃ!」
「ひぃぃ! なんか性格変わってるよぉー!」
このようにソラは、どうやら教育モードになると性格が変わるようだ。こっちとしては勘弁してもらいたいものだが、これも僕を思ってのことだと考えると無下に出来ない。
「これが終わったら腹筋100回! 終わるまでは晩飯抜きじゃからの!」
「オーバーワークって言葉知ってる?」
「横文字は知らん!」
くそっ!時代錯誤も甚だしいぞ!
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はぁ、ほんと、ひどい目にあったよ。まさかあれから更にうさぎ跳びとか言い出すんだもん。あれ、確か身体に悪いからダメって言われてるんだからね。
まぁ、黄泉の国にそんなの関係ないのかもしれないけどさ。
「にしても、買い物に行ってこいと言われたものの……この『小麦商店』ってのも、こう漠然とした地図で指し示されてもなぁ」
ソラから渡された地図はこの付近の地図のはずだが、いかんせん今と書き方が違う。筆で書かれると潰れて見にくいし、方角だって詳しく書かれてない。
「この丸が書き込まれてるところだから……あの辺か?」
歩いている道から二つ先の曲がり角。そこを曲がって突き当たりにある……と思われる。
曲がり角を曲がろうとしたとき、進行方向から見たことのある影が現れた。
「おっ! てめぇ、あのときの人間じゃねえか!」
「うわっ! あっ、前の鬼じゃん!」
「まあそう身構えるな。 別に今から食ってやるって気分じゃないんだ」
「し、信じないぞ」
「まっ、人間からしちゃそんなもんか。 どうせ襲おうとしてもあの太陽が出てきちまうだろ? 前回で懲りたぜ」
どうやら鬼さんも懲り懲りらしい。あそこまでボロボロにされちゃあね。
「あんなに貫かれてたのに、やっぱり生き返ってるんだねぇ」
「黄泉の世界で生き返るなんて表現はおかしいけどな! それにあれはあれで飛んでもなく痛かったんだぞ」
「むしろそれで済むんだから良いんじゃない?」
死なないだけ増し、と思ってしまうのはまだ死という概念が存在しない黄泉に慣れてないからなのかな。慣れるべきか、いや馴れちゃだめだろ。
「ま、そんなわけでよ。今はてめぇを食べるなんて気は更々ねぇ」
「こっちとしては有り難いよ。ホントはまだ警戒してるけどね」
「だからよぅ……まっ、そんなもんだよな。鬼ってのは昔から忌み嫌われるもんだから」
鬼は笑いとも泣きともとれない、複雑な表情をして言う。
「そういや、鬼はなんて名前なんだ? ずっと鬼って呼ぶにも他にも鬼はいるんだし」
「ん? おぉ、警戒しているわりにそういうのは聞くんだな。オレの名前は青鬼だ。それ以外の何者でもねぇよ」
「それ名前じゃなくない?」
「うるせえな。信頼もねえ人間に真名を教えてやるわけねえだろうが」
「真名って、本当の名前? 隠すもんなのか」
そうか、妖術とか、陰陽とかが流行っていた昔は本当の名前を知られることはあまり良いことではなかったのか。
しかしまぁ、なんというか意外と交友的なんだな。殺気とか、全く感じない。
「僕の名前は語部楽。 ラクで良いよ」
「おう! それよりラク、何処に行くつもりだ? 散歩でもしてるのか?」
「この先の『小麦商店』ってところに行くつもり。ソラから頼まれてね」
「ふぅん」
鬼は興味もなさげに頷く。
「オレも着いていって良いか?」
「……なにするつもりさ」
「なにもしねえって! 何度も言うけどそんな警戒すんなって!な!?」
「その必死さが怪しい」
「じゃあどうすりゃ良いんだよ!」
僕に信頼するに値する何かを証明してくれれば良いよ。うん。
「暇なの?」
「おう、鬼に向かって中々の言い草じゃねえか」
「だって危害は加えないんでしょ?」
「もう一度貫かれるのは嫌だからな!」
「じゃ、大丈夫じゃん」
僕もあんな風にやられたら、二度と襲わないね。それどころか多分、近寄りすらしないんじゃないかな。
「……変な人間だな」
「何か言った?」
「いんや、別に。それより小麦商店ならあっちだぜ?」
「えっ、でもこれにはここに丸が書いてあるんだけど……」
「んー、いやこれの見方はそうじゃなくて……こうだろ?」
地図を回転させ、空に上っている本物の太陽から見方を割り出す。あぁー、これに書かれてる丸って太陽のことなの?分かりにくっ。
「なんか負けた気がする」
「そう言われたら勝った気がして悪くねぇな! がはは!」
「ちっ、もう二度と同じ間違いはしないから。小麦商店はあっちだね」
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「こんにちわー」
「あらー、いらっしゃい」
小麦商店と書かれた看板が出されている店に入り、中へと声をかける。すると、若干しわがれたような声が返ってくる。
「おや、人間とは珍しいねぇ? それにあんたは青鬼じゃないかい。いったいどういう風の吹き回しだい?」
「うるせえなババア。それよりまたくれよ、あの花」
「あいよ」
中から出てきたのは70歳くらいのお婆さん。物腰柔らかく、青鬼に話しかけている。青鬼はばつが悪そうに花を注文している。
「花? そんなのどうするの?」
「あ?別に良いだろうがよ、そんなの」
「ふぅん、まっ、いいや。おばちゃーん、お塩と醤油下さいなー!」
「あいよー!」
店の奥へと花をとりに行ったお婆さんに追加注文を頼む。奥から元気な声が返ってくる。聴覚視覚、受け答えもしっかりしてる。70歳でも全然現役だよね。
「青鬼もここに用事があったんだね」
「……」
「えっ、なに、無視?」
やっと友だちになれるかなって人、いや鬼を見つけたのに?
「あぁいや!悪い、考え事してた」
「なんだよ、妖怪の癖して悩みとかあるの?」
「んなの関係ねぇだろ!」
「なに顔赤くしてるんだよ、もしかして恋の悩みとか言うんじゃないだろう?」
「なっ!バカ!そ、そんなわけないに決まってるだろ!?」
うっそマジでっ?
「えっ、ホントに? 相手は誰?」
「い、いねえって言ってるだろうがよ!」
「どうしたどうした、騒がしいねぇ。喧嘩かい?」
「別にそんなんじゃねえよ! ほらババア、料金だ」
「あい、ピッタリ」
奥からトコトコと返ってきたお婆さんは何かの花と塩、醤油を持ってきてくれていた。
「ありがとうございます」
「いんや、これも仕事だからねぇ。はい20円」
「どうぞ」
ちなみに物価は安い。これは円の価値がどうとかではなく、黄泉の国では資源に困ることがないから料金が良心的だからだ。
黄泉の国の資源ってなにかっていうと、現代で消費されている物がそのまま落ちてくるらしい。お陰で有り余るぐらいの在庫がある。更に黄泉の国に消費期限などもないから、いくらでも置いておくことが出きる。
「はぁー、便利なもんだなぁ黄泉の国ってのも」
現世で働いてるサラリーマンたちが可哀想になってくるね。
「黄泉の国なんて、不便で仕方ないぞ」
「そうか?僕は目新しいもので一杯だけどなぁ」
「……そういうことじゃねえんだ」
青鬼は目を伏せてそう言う。
それから軽く店内を見回ったあとに、その場を後にした。
「じゃ、オレは行くところがあるから」
「ふぅん。僕も着いていって良い?」
「だ、ダメに決まってるだろ!? ダメだぞ! 絶対に! 絶対だからな!?」
「わかったって……」
青鬼は走ってどこかへ去って行こうとする。
はぁー、全く。あんなに拒否されたら行くしかないじゃんか。
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しばらく青鬼に付いていくと、鬼は変な穴?みたいな物の前で立ち止まった。
なんだ、あれ?
あっ、青鬼が入っていっちゃった……うーん、着いていきたいけど、あんまりソラを待たせても怒らせちゃうし、今日は帰ろっか。
「あっ、そういやここどこだ?」
僕って、学習しないなぁ……