晴天なり
………
…………
……………
……………………ここどこ?
いつから僕は道に迷ってしまったんだろう?
そういえばさっき通った時は焦っていて、帰り道なんて覚えてなかったや。
あっ、鬼がこっちに向かってくる……
「ちくしょう!なんて日だ!あの妖怪、いってえ何もんだ?俺の獲物を横取りしやがって!気が付いたらこっちの世界で寝てたなんてよ……狐にでもつままれたか?」
しかもあれ……僕を襲ってきたあの鬼じゃないか!か、隠れなきゃ……
「にしても、黄泉返しが出来る妖怪だ、さぞかしとんでもねえ妖怪なんだろうなぁ。あの人間も可哀想に。オレに食われてた方が良かったかも知れねぇのに」
黄泉返し、ソラがあの鬼を消した術?か。やっぱり空亡なんだな。
空亡は退魔の術が得意ってのも聴いたことがある。お爺ちゃんはほんとに物知りだ。
「んぅ~?また人間の臭いがするなぁ?」
や、やばいっ!こ、こないでくれ……
「黄泉の国に迷い込んだ人間が居るのか?珍しいが、良いタイミングだ!何処にいるのかなぁー!?」
息を潜め、目を閉じる。こっちに来るな、こっちに来るな……
「こっちから漂ってくるぞ~?」
「やばっ」
「今、声が聞こえたなぁー!?」
も、もうこうなったら強行突破だ!隙をついて脇から逃げ出すしかない!
「今だっ!」
「何っ!やっぱり人間か!しかもお前っ…あの時の人間か!?」
「うわぁぁぁー!」
なんとか脇を抜けることは出来た!けど───
「ウォオォオオオ!!逃がさねえぞぉぉ!!」
「やっぱり追ってきてるぅぅー!!」
ど、どうすりゃいい!?速さはともかく体力的にきつくないか……?
「おい、あんなとこに人間がいるぜ!」
「あっ!バカ!あの獲物はオレが見つけたんだよ!」
「うるせぇ!捕まえたもん勝ちだ!」
「あらぁ、人間じゃないか。食べちゃいたい。待ってぇー」
「おやつ!おやつ!」
はぁっ!はあっ!まだ追ってきてるかな……?
「「「「まてーっっ!」」」」
「なんか増えてるぅぅッッ!?」
だ、誰か助けてくれっ!誰か──
「ぐえっ!」
「キヒヒヒヒ」
急に足が取られて転げる。転んだ場所を見ると地面から腕だけが生えていて足を捕まれたみたいだ。ウーン、SAN値がガリガリ削られてる音がする。ていうかどうやって喋ったよ!?
「へへっ!いつも生えてるだけの雑草が役立ったなぁ!」
「これ花なの!?」
「花びらが5枚生えてるだろう?」
「それ指じゃないかなっ!」
「んなこたどうでもいい!餌だ!!」
や、囲まれてしまった!!逃げ場はない!!
「ぐへへへ!オレが一番乗りだ!」
「ちょっ、まてよ!俺だろ!」
「私も食べたいわよ!」
「うるせぇ!いただきまーすっ!!」
「や、やめっ!!」
───カキンッ
と、何かを弾くような音がする。噛みつかれそうになった瞬間、目を閉じたが衝撃は一向にやってこない。
「ひゃ、ひゃにぎゃ起こったんら?」
「うわっ!こわっ!!」
目の前スレスレに鬼が大口を開けて迫ってきていた。しかし、その口が僕に到達することはなく鬼は口を閉じられずにいる。
「なんだそれ?もしかして御守りでも張られてるみたいじゃねえか」
「く、くひょっ!ホレのくひがひまらねえ」
「あはははっ!バカみたいな鬼だ!!」
「う、うるひぇ!」
た、助かったのか……?もしかしてさっき天照さんが……
───ミシミシ……
あっ、これダメなやつ。鳴っちゃいけない音がなってるよ?もうそろそろバキンッて言っちゃうから。待って?
「う、うおわぁぁぁ!」
「また逃げる気か!」
「当たり前だろぉ!」
だ、誰か助けてくれる人は居ないのか!?
いやあんなところに人がいる!なんとか助けてもらおう!幸い鬼たちから距離もすこしはある!
「あ、あの!」
「へぇ、なんでございやしょう」
「はぁ、よかった。話が出来るみたいで。はぁ……はぁ……あの!鬼に、襲われてるんです!助けてください!」
「おや、そんなことが」
向こうを向いたままこっちを見ない男の人。は、速くしないと後ろからまた来ちゃうから!
「お願いします!ほ、ほら!もうすぐそこまで──」
「もしかして、その鬼って……こーんな顔してますぅ?」
「えっ」
振り替える男の人。
その顔は鬼。恐ろしいつり目に、ひきつり上がった口。そこから覗く大きな牙。
「この展開どこかで見たことあるぅ!!?」
「まてえ!」
「うぉぉ!見つけたぞ!こっちだぁ!!」
「獲物だぁい!!」
「まてまてぇ!!」
いやぁぁあ!もっと増えたぁぁ!?何人いんの!?もう大群みたいになってるから!大勢対一人とかズルくないですかね!?
「はぁ……っ!はぁ……っ!もう!限界だ……っ!逃げ込む場所もない……追い付かれるっ!!」
体力に限界が来た。真後ろには鬼やら妖怪やらの大群。もう、どうしようもない。
「くそっ!一思いにやってくれ!」
「キヒャヒャヒャ!ついに観念しやがった!」
「いただきまーす!!」
「ばかやろう!ほほオレが最初に見つけたんだ!オレが最初に食べるんだよ!!」
「やっぱ許して!」
し、死ぬ───
「───やっと見つけたわ。手間取らせおって……」
「「「「「な、何!?」」」」」
突如として聞こえた声に、妖怪共々声をあげる。しかし、この声は、このしゃべり方は聞いたことがある。
「ソラっ!」
「───儂の客を喰らおうとは愚かな奴等よ!忌々しい!吹き飛ぶがよいっ!」
どこからか飛んできた血のような赤い液体が妖怪たちをグサグサと串刺しにする。
い、痛そうだ…
「ぐわっ!な、なんだこれは!?ち、力が吸いとられ……」
「何だこの力は!?に、逃げ切れない!?」
「ぐぅっ!…なんてこった…っ!」
「この赤い血……それに、あの太陽は!?」
「───我が名は『空亡』!!神威を知れっ!!」
赤い血に貫かれた妖怪たちがどんどん溶けていく。そしてそれは地面へと落ちていき、そのうちその姿を消した。
「はぁ……ソラ?」
「うむ!儂じゃ!危なかったのぅ!大丈夫か?」
「あぁ、うん。ありがとう」
ソラが手を差し出す。その手をつかみ、起き上がる。足が震えてるや。恥ずかしいな。
「怖かったろう。すまないな遅くなって」
「いや、大丈夫だよ。足は震えてるけどね。それよりあの妖怪たちは死んだの?」
「いんや、黄泉の国に『死』という概念は存在せん。消えただけで、しばらくしたらまたひょっこり現れる」
「そっか、ならよかった」
こっちは殺されそうになったんだ。すこしの間はどこか僕の知らない場所に居てほしい。そして頼むから僕を食べないベジタリアンになって欲しい。
「じゃあ僕も食べられたところで死なないんだね」
「いんや?ラクは元が人間じゃからの。何十年住んでいたならともかく、来たばかりの人間が食われたらそれこそ魂がバラバラになって永遠にさ迷うことになったじゃろうな」
「ゾッとしない話だな……」
更に震えてきた……怖かったぁ。
「また儂のウチに来ないか?ラクの住む場所が決まるまでいくらでも居ていいからの」
「本当か?ありがとう、ソラ」
「うむ」
ソラは腕を組み、うんうんと頷く。僕があんな風に突き放したのに、気にもしてないみたいだ。
ってそうだ!そのことを謝らなきゃ!
「ソラ!」
「ぬ、そういやラク。すまなかったな、勝手にこの国の食べ物を食べさせて。怖がらせたよな。本当にすまなかった」
「はっ?いや、なんでソラが……」
心底申し訳なさそうに、頭を下げるソラ。
違うだろ、そうじゃないだろ?僕が勝手に勘違いして出ていって……それに襲われてた僕を二度も助けて……なのにっ!なんでそんな顔をするんだよ!?
「違う!違うんだソラ!僕が悪いんだ!ごめん!ソラ!さっき天照さんに会って聞いたんだ、僕を助けるために白湯を飲ませてくれたんだろ?」
「しかし、ラクを驚かせたことに代わりはないしのぅ……」
「ありがとう!ソラのお陰で助かった!本当にありがとう!」
「ふぉっ!?」
感極まってソラを抱き締めてしまう。ソラは戸惑ったような声をあげるが、突き放すことなく、背中に手を回してポンポンと背中を叩く。
「気にするでないわ。全く。あの天照め、余計なことを言おってからに……」
「天照さんのこと嫌いなの?」
「嫌いというか、相容れないのぅ。なにせ向こうは神様の王。儂は妖怪の王。存在からして対極しておる」
「なるほど」
そりゃあそうだ。例えるならそう、片や善、片や悪みたいなもの。善悪の区別なんてつかないけど、相容れないと言われたらそうなのだろう。
「というか、そろそろ離しても良いかのう?」
「あっ……と、ご、ごめんなさい!」
「良いのじゃ。どうじゃったか?儂の胸は」
「へっ!?胸!?」
「そうじゃ。ラクが喜ぶと思って押し付けておったのじゃぞ?」
やっべっ!さっき天照さんに抱き締められたときの大きさと違いすぎて意識してなかった!いやこれもかなり失礼か!?
「ラク……?顔に出ておるぞ?」
「な、何が?」
「天照にも抱き締められたのか!?そういや確かに……ラク!ちょっとビリビリすると思ったら御守りを授けられておるな!?」
「いや、でもこれのお陰で助かったし……」
「ラク!お前さんが弱いのが悪いんじゃ!ようし!こうなったら特訓じゃ!黄泉の鬼になど負けてたまるか!そうじゃろう!?」
そうかなぁ……?
「善は急げ!まずは家に戻るぞ!話はそれからじゃ!」
「手を引っ張らないでって……ははは」
ソラはそれはもう名案を思い付いたとばかりに走り出す。つられて僕も笑ってしまう。
───空を見上げると、雲一つさえない。
───今日の天気は晴天なり。
プロローグ、完!!