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黄泉戸喫

 百鬼夜行とは、妖怪の行進である。


 数え切れないほどの妖怪が闊歩することを言う。それを見ると、妖怪に魅入られてどこかへ連れていかれるという伝承だ。


 しかし、今の問題はそんなことではない。


 その百鬼夜行の最後尾に位置すると言われる妖怪。


 妖怪の王と言うと、吸血鬼やぬらりひょんと(のたま)う者もいるが、その中でもアウトレイジ、アブノーマル、異常と表現するべきモノが『空亡』


 その姿は巨大な太陽。妖怪たちを黄泉へと返す最凶の妖怪だ。


 それが、目の前に存在()る怪物。太陽の正体。


「───恐れ(おのの)いたな?むふん、悪くないのう」

「わ、分かったからやめてくれ!目に悪い…」

「───うむ、分かれば良いのじゃ」


 太陽はすぅっと消えていき、いつの間にかさきの女の子、ソラが立っていた。


「い、今のは太陽だよね……?」

「いんや、あれはそうではない。夭力(ようりょく)を可視化したものだ。熱くなかったじゃろう?」

「そういえば……」


 あれだけ近くに存在したのに、皮膚がやけどすることはなく、特に傷はない。


「どうじゃ?これでも儂が空亡じゃないと申すか?」

「……どう考えても空亡だよ、それしか考えられない」

「うむ。それよりお前さん。儂はお前さんを何て呼べば良い?お前さんと呼ぶのも堅苦しゅうていかん」

「僕?僕は語部(かたりべ) (らく)。ラクって呼んでくれ」

「分かったのじゃ!」


 心なしかウキウキとしているソラ。楽しそうだ。


「楽しそうだね」

「ん?まあの!来客は久し振りじゃ!それよりほれ、その白湯を食べてみい。精が付くぞ」

「ありがとう。いただきます」


 床に置かれた食器から白湯を持ち上げて飲んでみる。


 ───あたたかい。身体に染み渡るようだ。妖怪が作ったなんて考えられないくらい優しい味。


「うん、美味しいよ」

「おぉ!喜んでもらえて何よりじゃ!」

「ほんとに美味しい。これはただの米なんだよね?」


 あぁ、もう無くなってしまった。もっと飲みたかったけど……


 それよりここは何処なんだろう?


「ここは黄泉(よみ)の国じゃ。そこの窓から見てみい」

「え?」


 ソラが窓を指差し、立ち上がる。同様に僕も立ち上がって窓から外を眺める。


「……タイムスリップでもしたか?」

「横文字は分からんから使うでないわ。ラクは正真正銘、黄泉の国に来たんじゃよ」


 江戸のようだった。木造建築、瓦で出来た屋根、元気に走り回る子供たち。城のような物さえある。

その光栄は現代において甘受されるとは思えないほどに時代錯誤だった。


「どうじゃ?黄泉の国も中々イケておるじゃろう?」

「……これ、ホントなのか?」

「しつこいやつじゃのう……どこを疑うと言うんじゃ」

「だって、今の今まで僕は森のなかで、それに東京じゃないよね、ここ?」

「トーキョーというのは現代の都市じゃったよな。何度も言うがここは黄泉の国じゃ。それ以上でもそれ以下でもない」


 なんてこった……ここが黄泉の国?死んだものが行き着く先と言われる、黄泉?そんなところに僕は連れてこられてしまったのか……?


「い、嫌だ!母さんや父さんも心配してるはずだ!それにセンター試験だって──」

「落ち着け、ラク」

「こんなの落ち着けるわけないじゃないか!?なんで僕はこんなところに……っ!」

「仕方ないのじゃ。百鬼夜行を見たものは妖怪に魅入られて連れて逝かれる。ラクはもう、現世の住人ではない」

「なんで……っっ」


 ソラは少しだけ表情を曇らせる。けど、そんなのって無いだろ……僕が何をしたって言うんだ?ただ山を歩いただけなのに、すこし気分転換がしたかっただけなのにっ!


「それに、さっきの白湯を食べた時点でもう魂が定着してしまってるのじゃ」

「魂が定着……て、どういうことだ?」

「『黄泉戸喫(よもつへぐい)』じゃ」

「……よもつへぐい?」

「うむ。黄泉の国の食べ物を食べると魂が黄泉に縛り付けられ逃げられなくなる」

「…そんなことって──」

「神様ぐらいにしかどうしようもないじゃろうな」


 ソラは目を閉じて首を振る。


 なんだよっそれ!おかしいだろ!?なんでそんなのを僕に食べさせたんだ!?


「結局……っ!お前もあの鬼と同じなんだなっ!無関係の僕を勝手にこんな世界に閉じ込めて!帰らせてよ!僕の世界に!」

「ち、違うんじゃ!なにか食べないといけないくらい衰弱して──」

「うるさい!!そっちの事情なんて知らないよ!出ていくからね!」

「ま、待つのじゃ!」


 障子を開けて、部屋を出ていく。廊下に出ると、玄関が見当たり、そっちへ走っていく。


 家から出ると、さっきの景色がそのまま目に映り込んでくる。やっぱりドッキリなんかじゃあないんだ。


「くそっ」


 小石を蹴りあげて舌打ちをする。どうすれば帰れるんだろうか。もとの世界に神様なら帰らせてくれるんだろうか?だったらまずは神様に会いにいかないと!


 善は急げ。時間制限なんてあったらどうしようもない。我先にと向こうに見える神社に向かって走り出した。




ーーーーーーーーー



 神社への道中、やっぱりここは黄泉の国なんだと悟った。道行く人はほとんどが鬼や妖怪のようだった。時々居る人間もずっと俯いていたりどこか呆然としていた。


 神様に会えれば自分の世界に戻れるはず!


「……神社、大きいな」


 目の前の鳥居は恐ろしく大きい。高さ何メートルあるんだろうか?目視でも10メートルは下らないだろう。


「て、ここには妖怪は居ないんだな」


 周りを見るが、さっきまでの場所には大勢居た妖怪たちは消え、階段を上っている俺だけしか居ない。


「ソラにはちょっと言い過ぎたかもしれないな」


 若干の後悔を覚える。多分あの時、鬼に襲われたときに僕のことを助けてくれなかったら、きっと僕は死んでいた。


 まあ、結局黄泉の国に来てるんだから変わらないのかも知れないけどね。


「長い階段だった……はぁ」


 階段を登り終え、石畳を踏む。鳥居の奥にはお賽銭箱と神様を奉っている本殿があった。


 鳥居から一歩踏み出す。


 瞬間、背筋が凍る感覚に身を震わす。

それ以上の動きは叶わず、身体はピクリとも動かない。


「おやまぁ、人が迷い込んでしもたかぁ」

「っ!?」

「まあそう構えんとき、なにも取って食おうというわけでもあらへん」

「だ……れだ……?」

「ウチか?そうやなぁ、分かりやすう言うたると、『天照大御神(あまてらすおおみかみ)』やろなぁ」



 ───天照大御神。


 誰しもその名前は聞いたことがあるだろう。伊勢神宮で奉られている神様。日本の神様の大元締め。

 神様を束ねる、いわば神様の親である。


 イザナギとイザナミの子として生まれ日本(ひのもと)という国を造った神様。その目は万里を見通しその手は総てを収めるという。


「まあそんなところに固まっておらんと、こっちにおこしや」

「は……い…」


 さっきまで動かなかった身体が一瞬で軽くなる。が、その代償に勝手に奥の方へと歩いていってしまう。自分の意思とは無関係に身体が動く。


「そうそう、そこをグルゥリと廻ってな。こっちこっち」

「本殿……じゃないんですか」

「神座言うんやけど、聞いたことないか?まぁ、そんなもんやろなぁ」


 幸い口は動く。なんとか用件を伝えて速く帰らせて貰おう。



 しばらく体の動きに任せていると、本殿の後ろにある御扉から中へ入り、その奥の方へと入っていく。


 すると、目の前に障子一つ隔てた部屋が現れた。


「ようきたなぁ。ほんなら挨拶しとうかな」


 障子が音をたてず開いていく。中から現れたのは───


「な……なんて体つきだ……っ!?」

「そんな見つめられると照れるわぁ」

「あ、すっ、すいません!」

「うふふ、いやいや。気にせんといてや。こう見えて容姿には自信あるさかい」


 それは大分着崩した紫の着物を着たお姉さんが現れた。透き通るような白い肌に、吸い込まれそうな瞳。着崩れた着物から覗く二つの丘はまるで絶対に理性潰すと言わんばかりである。


 その女性はおっとりとしたような垂れ目で、眠くなるような優しい声で喋りかけてくる。


「現世に戻りたいんやなぁ?」

「あっ、えっと!はい!そうでございます!」

「そう固くならんと……あんまり胸を凝視するもんちゃうで?」

「あっ……とっ……す、すいません…」

「ええよ。ウチもちょっとからかってやろう思うとったさかい」

「そ、そうですか、あはは」


 いや笑えない!笑えないよ!着崩れすぎだから!胸が溢れ落ちんばかりですよ!いやらしい!もっとやれ!


 しかもこれ……の、ノーブラ?

 

「ぶふぅっ!!」

「おやまぁ、鼻血が出てもうたかいな。しょうがないなぁ」

「ドクドクドク……」


 あううぅ……鼻血が止まらない…ノーブラだなんて、そんな……ありがてえことがあっていいのか……?さすが神様…ありがてぇ……


「それで、帰りたいっちゅう話やったけど」

「あ、はい」

「結論から言うと難しいんよな」

「というと…」

「黄泉戸喫は知っとるかいな?」

「え、えぇ」

「おぉ、物知りやんなぁ。よしよし」


 不意に頭を撫でられてしまった。な、なんだこの母性は……甘えたくなってしまう…


「一度この黄泉の国に来てしまって、料理を食べてもうたら、帰れんと考えた方がええわなぁ」

「だ、だけど!僕はなにも……っ!」

「そうやなぁ」


 抱き締められた。ぎゅっと。頭を撫でられ、背中をポンポンと軽く叩かれた。

 僕の中でなにかが堰を切った。目から大量の涙が出てくる。


 もう、帰れないのだ。元の世界には。


 親にも、親友にも会えない。さよならの挨拶だって出来なかった。天照さんはただ『ごめんなぁ』と抱き締めてくれる。




「……もう、大丈夫です」

「ほんまかいな?」

「ほんまです」

「まだ目が赤いで。ほら、茶でも飲んで行きい」

「あ、ありがとうございます」


 あたたかい。そういえば、ここに来る前には白湯を飲んだなぁ。ソラ、今はどうしてるんだろうか。


「自分、何て名前なん?」

「あ、名前ですか。語部 楽です。ラクと呼んでください」

「ええ名前やなぁ。ウチのことも天照ちゃんと呼んでくれて構わんで」

「ちゃ、ちゃんづけはちょっと……」


 この母性バリバリの神様をちゃん付けで呼ぶのはハードルが高い……さん付けでも申し訳なさを感じるほどだ。


「それにしても自分、危なかったなぁ」

「はい?」

「自分、さっきまでギリギリをさまよっとったで」

「ギリギリ?」

「魂というのは、不安定なものやさかい、精神だけの状態じゃあ崩れてしまうんよ。ここに来る前に食べた何かのお陰で黄泉の国に定着出来たから良いものの、下手をすれば黄泉でも現世でもない空間をさ迷うことになってたかもしれへんなぁ」


 もしかして、ソラは僕がそうならない為にあの白湯を?


 なんだ、僕を帰らせないようにするためなんかじゃなかったのか……とんだ勘違いをしてしまったみたいだ。謝らないといけない。


「ええ顔になったやない」

「はい!ありがとうございました!」

「ええよ。自分の元気な顔見たらウチも嬉しくなってくるわぁ。また来なさい。待ってるからな」

「はい!」


 笑顔で手を振ってくれる天照さん。元気付けられるどころか、勇気まで貰ってしまった。よし、ソラに謝ろう。それで、僕のすべきことを探すんだ。


「ん、ちょっと待ち。こっち向いて目を閉じてみぃ」

「えっ」

「ええから」

「……はい」


 ちゅっ。


 おでこに、なんか柔らかくて湿っている何かが触れた。今のは……っ!?


「い、いまままっ!?今なにしましたっ!?」

「うふふふ、ええわぁその真っ赤な顔。なにもしてへんよ?やることがあるんやろ?行ってきなさい」

「は、はい……っ!」


 ひゃーっ!なんか気分も良くなってきた!!もうなんか黄泉の国でもなんでも良いんじゃないかな!?


 僕は神社から走って出ていき、ソラのいた家を目指す。今なら何でも出来そうだ!

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