生贄
タケルが倒れたあの日から、三年が過ぎ、わたしは13歳、タケルは35歳になっていた。
タケルは、わたしが創造魔法で作った『翻訳機』で、擬似的にヘウベカ語が話せるようになっていた。
なぜ、こんなアイテムを作ったかといえば、ソフィアさんが日本語を話せるようになった所為だ。あの日わたしは、タケルもヘウベカ語を話せないと苦労するかもと考え直していた。
このアイテムを作ったことが原因なのか、タケルがわたしに話しかけてくれる機会は、めっきり減ってしまっていた。
しかし、わたしと一緒にいないとタケルがまともに戦えないため、冒険者修練場に行くときだけは、いつも二人で出かけていた。
そんな帰り道――
「ねえ、タケル。今日こそは久しぶりに二人でお風呂に入ろうよ〜」
わたしは、おねだりをするように、そう言ってみた。
「ダメだ! もう、ファナも〝オトナ〟なんだし、風呂もベッドも一人でするようにっていつも言ってるだろう?」
タケルは、わたしが初潮――前前前世では初経と習ったっけ?――を迎えた頃から、一緒にお風呂に入ってくれなくなっていたのだ。
「もう〜、またそんなこと言って〜。わたし、早くタケルの赤ちゃんがみたいのよ。だから……ねっ。今日だったら、絶対大丈夫だから……」
「絶対ダメだ! 今のファナは、俺の母親とは別人なんだろう? だったらもう俺に拘る必要は無い。もっと自分を大切にしろよ。
それに、ファナにだって他に好きな奴くらいいるだろう。例えば、ジャンなんてどうだ? いつも二人でコソコソと話してるじゃないか」
わたしの提案をタケルが否定する。これって反抗期かしら?
「もうっ! 今、ジャンのことなんて関係ないでしょ? わたしは、前世とか関係なくタケルが好きなの。
それに、タケルの赤ちゃんが一刻も早く欲しいのよっ! だって、あと半年もしたら、わたしたち〝闇の龍〟と戦わないといけないのよ。最期に思い出くらい欲しいじゃないの」
「お前の気持ちはよく分かった! でも、そんな大事な戦いに、お前を妊娠させて連れてなんて行けない! だから、絶対ダメだ!」
ああ〜、言われてみればそうだった。お腹の中に赤ちゃんがいる状態で〝闇の龍〟と戦って、お腹の子に何かあったら大変だ……。
「そ、そうだったわね。だったら、〝闇の龍〟を倒したら、わたしと子作りしましょう。わたしたち、もう歴とした夫婦なんだし……」
「そ、そうだな。そのときは考えてやる」
こうして、〝闇の龍〟を倒した後にやることは決まった。
「わたしたち、〝闇の龍〟を倒したら子作りするんだ!」
ふふっ、どうみても死亡フラグですね、これって……。
「いや、まだ、するとは言ってないんだけど……」
「そ、そんなぁ〜」
タケルが冷静にツッコミを入れたところで、我が家の玄関にたどり着いた。
玄関のドアを開けると、そこにはソフィアさんが待ち構えていた。
「タケル様ぁ〜。お帰りなさいませ〜! お二人のお話は聞かせてもらいましたわ。そこのチビっ子はダメでも、私なら、今すぐ妊娠しても全然大丈夫ですわよ。
さあ、お疲れでしょう。今すぐベッドへお連れいたしますわ」
ソフィアさんは、いつの間に話を聞いていたのか、帰っていきなりタケルを誘惑してくる。
「だっ、ダメですよ。ソフィアさん! タケルの正妻はわたしなんですからッ! わたしより先にえっちなことしたら許しませんからね!」
あまりソフィアさんと争いたくなかったわたしは、彼女にタケルの第二夫人候補ということで落ち着いてもらうことにしていた。重婚が可能なこの世界ならではの策だ。
もちろん、わたしがタケルと正式に結婚するまでは、彼女も正式な第二夫人には成れない。第二夫人候補の彼女は、何をするにしても第一夫人候補のわたしより後にしてもらうことになっている。
もし、彼女がこの禁忌を侵すようなことがあれば、わたしは削除魔法で、彼女が結婚する権利を消すつもりだ。
「あら? 私、タケル様をベッドへ案内すると言っただけで、ファナ様みたいに『子作りしよう』なんて、はしたない事は言ってませんわよ」
ソフィアさんは、そう言ってドヤ顔をしてくる。
「そ、そうね。確かにソフィアさんは『子作り』という直截的な言い方はしていないけど、『妊娠できます。さあベッドへ』って流れは、どうみてもそういう意味でしょ?」
「でも、ファナ様みたいに『子作りしましょう』と言ってない分、私のほうがマシですわ」
あー、ヤバい。これじゃあいつものパターンだ……と、わたしが焦り出していると、タケルが仲裁に入ってくれる。
「まぁまぁ……。二人とも落ち着いて。〝闇の龍〟を倒したら、二人とも相手してあげるから。だから今は〝闇の龍〟を倒すことだけ考えよう」
しばし、沈黙――
「「いやぁったあああ! タケルの言質取ったどぉぉ!」」
「しまった! まんまと二人にハメられた――」
タケルが、わたしとソフィアさんの二人に『〝闇の龍〟を倒した後、子作りする』と約束してくれた瞬間だった!
それから半年が経ち、いよいよ今日、〝闇の龍〟が現われるという運命の日がやってきた。
ここで改めて、わたしとタケルのステータスを見てみることにしよう。
現在の(ジャンに隠匿されている、正しいほうの)ステータスはこんな感じだ。
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名前 :タケル
所属ギルド :ヘウベカ王都
冒険者ランク:F(特殊技能2発揮時、S3)
職業 :剣士
特殊職業 :勇者様
特殊技能1 :異世界『ヲヘナ』の言語が話せる
特殊技能2 :幼女といる時は全能力が上昇する
HDCP :言語未修得(アイテムにより克服済)
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名前 :ファナ
所属ギルド :ヘウベカ王都
冒険者ランク:S5
職業 :魔法少女
使用可能魔法:白魔法・光魔法・天使の御業・削除魔法
特殊職業1 :勇者様の嫁
特殊職業2 :サクヤ教の巫女兼、同宗教の教祖
特殊技能1 :全異世界の言語が理解出来る
特殊技能2 :他人の能力を操作することが出来る
特殊技能3 :創造魔法
特殊技能4 :変身能力
特殊技能5 :全属性攻撃(5つまで同時使用可能)
特殊技能6 :概念召喚
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こうして並べてみると、タケルはわたしよりランクが下なのだが、わたしは支援系の職業なのでタケルに頼らざるを得ないし、タケルもわたしと一緒にいないと力が発揮できない。
そう考えると、わたしたちは二人で一人前なのだ!
「タケル、一緒にがんばろうね」
「ああ、もちろん!」
わたしたちは兵士に、王都の神殿に設けられた祭壇へと連れてこられた。
しばらくすると、神官様と国王様がわたしたちのところまでやって来る。
国王様が口を開く。
「よく来てくれたな、勇者と、その妻よ。予言によると、後2時間ほどで〝闇の龍〟が現れるそうじゃ。名残惜しいが、そなた達には彼奴を鎮める為の生贄になってもらう。
これも我が国の為じゃ。許せとは言わぬ。せめて苦しまぬように、眠るが良かろう」
国王様がそう言うと、兵士がやって来て、私たちに飲み物が入ったコップを渡す。
「さあ、これを飲め!」
おそらく、この飲み物は睡眠薬だ。これを飲んでしまうと、わたしたちには〝闇の龍〟を倒すことができなくなるのだろう。
「国王様、わたしたちは、〝闇の龍〟を倒そうと思っています。このクスリを飲むことはできません」
わたしは、国王様にはっきりと言う。すると、神官様がわたしを睨んで怒鳴り上げる。
「ええいっ! 貴様らは、まだそんな寝ぼけたことを言っているのか! 〝闇の龍〟は、とてつもなく強いのだ! 貴様らごときに倒せるはずがないであろう! おとなしく龍に喰われて死ね! この〝邪教徒〟めっ!」
神官様が人に『死ね』と言うなんて、絶対に狂っている。……というか、わたしがサクヤ教の教祖なのがバレてるみたいだ。これはもう、宗教戦争的なアレなのかもしれない。
その様子を見ていた国王様が仲裁に入る。
「まあ、神官よ。そう目くじらを立てるな。此奴らが死ねば、我々も安泰なのだ。
〝邪教の教祖ファナ〟よ。クスリを拒むと言うならば、そなた達には、地獄の苦しみを味わって死んでもらうことになる。その覚悟は出来ているのだな?」
あれ? 国王様って、わたしたちの味方なのかと思ってたら、神官側に立つのね。
わたしが黙っていると、いつの間にか、たくさんの兵士たちがわたしたちを取り囲んでいた。
国王様が、兵士たちにとんでもない命令をする。
「此奴らを捕らえよ! 心臓さえ動いていれば〝闇の龍〟に捧げることができる。 両手両脚を砕いてしまっても構わぬ! 決して生かして返すな! 全軍、しゅつげ――――」
「国王様、待ってください! わたしたち、別に逃げようなんて思ってませんよ!
それに、〝闇の龍〟を倒すことって、そんなにいけないことなんですか?」
わたしは、今にも兵士を動かそうとする国王様を、既の所で止める。
「ああ、そなた達が〝闇の龍〟に喰われるのは〝勇者〟としての義務だ! 決して曲げることは許されない。……それが、我が国の伝統なのだからな」
もう、国王様に何を言っても無駄のようだ。どうやらこれは、覚悟を決めるしかなさそうだ。
「わかりました。わたしとタケルは、そのクスリを飲んで眠ることにします。……それで良いですよね」
「ハッ、邪教徒め! 初めからそうしておけば良かったのだ!」
「良かろう。そなた達が眠ったのを確認したら、兵士を引くとしよう」
わたしは、眠り薬の入った瓶を受け取ると、国王様に問いかける。
「国王様、〝闇の龍〟が来るのは、2時間後で良いんですよね?」
「ああ、そのクスリを飲めば、5時間は眠ったままになる。そなた達は苦しまずに龍に喰われるだろう」
その言葉に満足したわたしは、タケルの耳元に囁いた後、タケルの唇にキスをする。
「じゃあ、タケル。また、来世で……」
「ファナ……。お前と過ごせたこの数年間、本当に楽しかった。今までありがとう……」
わたしたちは、コップに注がれた睡眠薬を飲み干すと、意識がなくなるまで口づけを交わしながら眠りに落ちていくのだった。
消えゆく意識のなか、邪悪な笑い声が響いていくのを感じながら――――