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恋敵

 ジャンは話が終わると、鏡の隠し部屋へと戻っていった。

 これから、わたしとお姉さんがVIPルームから出て来たときに、ジャンがこの部屋から一緒に出てくるのを誰かに見られると困るからだ。


 ジャンが隠し部屋に戻る少し前、お姉さんはわたしに、〝ギルマスを呼びに行っていた時の、外でのやりとり〟を、こう教えてくれた。

 曰く、お姉さんは、勇者様の嫁――つまり、わたしをこのVIPルームに通した後、飲食コーナーでお酒を飲んでいた〝執事くん〟に、『少し、手違いがあったので時間がかかりそうだ』ということを伝えただけなのだそうだ。

 そして、それを聞いた〝執事くん〟が、トイレに行ったのを確認してから、架空のギルマスを捕まえて、この部屋に戻って来たということだった。


「えっと、つまりあの隠し部屋は、トイレだったの?」

 わたしの素朴な疑問に、お姉さんは、こう答える。

 

「えーっとね……。ファナちゃんは、男性トイレと女性トイレの間に用具室があることは知ってる?

 実は、その部屋の奥に、あの隠し部屋と繋がっている扉が隠されているの。

 だから用具室に彼が入ったのを見てから、ギルマスを見つけたフリをすれば間に合うというわけよ」


 なるほどね、トイレの前には衝立があるから、他の冒険者には、ジャンのトイレが長いようにしか見えないというわけか……。


「ちなみに万一に備えて、あの部屋の壁にも、鏡が掛けてあるので、運悪く他の人に部屋が見つかってしまっても大丈夫よ」


 お姉さんは、マジックミラーのあった場所を指差しながら、そう付け加えた。



 そんなわけで、ジャンが隣の部屋に入ったのを確認したわたしたちは、VIPルームを出て、受付へと戻って来た。


 わたしは受付で、お姉さんと一言二言、話を済ませてから挨拶を交わして別れた。

 その足で、飲食コーナーに行くと、ジャンがひどく青い顔をしていた。


 その場に居た冒険者の一人が、わたしに言う。

「おう、嬢ちゃん! この兄ちゃん、さっきトイレでゲェゲェ吐いてたぜ。……ったく、飲めないのに無理するから、こうなるんだ。

 酒が不味くなるから、こいつ連れてさっさと帰ってくれや」


 ジャンはさっきまでわたしと喋ってたので、青白い顔はジャンの演技なのだと思う。トイレで吐いてたなんてのも、この冒険者がジャンの顔を見てそう思っているに違いない。


 しかし、そんなことは言えないので、わたしも話を合わせることにする。

「ほら、ジャン! 他の冒険者に迷惑だし、もう帰るよ。あんまりだらしないと、あんたの(いと)しのお姉さんが呆れるよ」

「うっ、うるひぇ〜っ。そんあこといあえあふふぁってわかっふぇあぁ〜」


 凄い! ジャンの酔っ払った演技が、まるで本当に酔ってるみたいだ! わたしも頑張らないと……


「あああーっ。ほら、あんた大きくて、わたし一人じゃ運べないんだからさぁ〜。

 とっとと、この〝サケヌケールZ〟を飲んでちょうだい」


 このサケヌケールZというドリンクは、飲むとすぐに、アルコールが抜ける魔法のドリンクらしい。タケルがよく出先でお酒を飲むので、いつも持ち歩いているのだ。

 わたしは、それをジャンに無理やり飲ませる。一応、酔っていない人が飲んでも害はないという話だ。


「シャキーン! 酔いが覚めたゼーット!」


 よく分からないけれど、この薬を飲んだ人は必ずこう言うらしい。もしかして魔法の副作用なのかな?


「ジャン、もう酔いは覚めたでしょ? わたしの用事は終わったから、これからタケルのところに行くわよ」

「ええーっ? 俺っち、まだ全然飲み足りないんだけど……」


 それはそうだろう、実際には酔ってなかった筈だから。しかし、さっきの冒険者がジャンに忠告する。


「おう、兄ちゃん。お前さんにゃ、酒は合わないみてぇだ。もう飲むの止めときな!」

「あっ……えーっと。迷惑かけたみたいでスミマセンでしたぁぁ」


 こうしてジャンは、無情にも一生お酒を飲むのを禁じられてしまったのでした。

 まあ、自業自得というか、身から出た錆というか、酔ったフリで誤魔化そうとした罰でしょ。


 わたしは、ジャンに話しかけながら、小声で耳打ちをする。


「ジャン、御愁傷様。……まあ、家に居る時は思う存分飲んでも良いからね」

「うううぅっ。お前、実は良い奴だったんだな」


 ジャンが珍しく褒めてくるので、わたしは敢えて普段通りに接することにする。

 

「何よ? 今更気づいたの?」


 すると、ジャンも意図を汲んだのか、普段通りに返してくる。

「……いや、やっぱお前は、ただのチンチクリンなブスだっ」

「あははっ、今度それ言ったら殺すからねっ!」

「んなっ? シャレになってねーよ」


 これがわたしたちのいつものやりとりだ。二人とも言ってることは本心じゃないのを知っているから、酷いことを言い合えるのだった。




 わたしとジャンが冒険者ギルドを出ると、〝庭師〟の一人がこちらにやってくるところに遭遇した。

 彼の任務は、確か…………そうだっ! タケルの貞操が危なくなったら連絡をくれるんだった!


「タケルに何かあったの?」

 わたしが詰め寄ると、庭師が敬礼して答えた。

 

「イエス、マム! 勇者殿が倒れたようであります!」

「えっ? タケルが? それは大変っ! 急ぐわよ、ジャン!」

「チッ、しゃーねーなぁ」


 タケルが倒れたなんて、一大事だ。〝転送屋〟まで行くのも、もどかしい。


 わたしは〝召喚魔法〟を使って、転移門(ゲート)の魔法そのものを召喚する。

召喚(サモン)! 転移門(ゲート)!」


 目の前に、冒険者修練場へと通じるゲートが開いた。


 わたしは、呆然とゲートを眺めていたジャンの手を引っ張って、二人でゲートを潜った。

 ちなみに庭師は、その様子を敬礼して見送っていた。




 冒険者修練場の中に入ったわたしは、タケルの姿を見て愕然とした。

 ぐったりとしているタケルは、なんとソフィアさんに膝枕で介抱されていたのだ。


「そっ、ソ、ソフィアさんっ! なんて羨ま…………あー、こほんっ! わざわざタケルの介抱をしてくれてありがとう。あとは、わたしが看ますから、そこ代わってください」


 わたしは、タケルを膝枕しているソフィアさんにそう言って交代をするように頼んだが、ソフィアさんは、タケルの膝枕を譲る気が全くないらしく、タケルの頭を撫でながら言う。


「えっ? 交代ですか? ……でも、これは私の仕事ですので、こんなことでファナ様の手を煩わせる訳にはいきません。

 どうか、ファナ様はそこで指をくわえて(・・・・・・)見ていてください。そうすれば私が、勇者様を元気にして差し上げます」


 むうぅ〜っ! この女ッ! わたしが少し下手(したて)に出てあげただけで、逆に挑発してくるとか、いい度胸してるわね――


「うふふっ。ソフィアちゃんが勇者くんを元気にしたら、アタシがその精力を吸ってあげちゃいますよ〜。楽しい永久機関ですよ〜」


 わたしがソフィアさんに気を取られていると、修練場の夢魔のお姉さんまで、ソフィアさんの戯言(たわごと)に乗っかってきた。


「……っていうか、そんなこと延々と繰り返してたらタケルが死んじゃうからっ!」


 わたしは、ソフィアさんの膝の上からタケルを無理やり奪って自分の膝に乗せると、二人に文句を垂れる。


「全く、ファナちゃんは、冗談も通じないのね」

 夢魔のお姉さんはそう言ってカラカラと笑う。まあ、彼女はそうなのだろう。でもソフィアさんは――

「私は、本気ですよ。勇者様がファナ様との婚約を破棄して頂けるまでは、何でもしますから」


 ん? 今、何でもするって言っ…………たけど、わたしはタケルとの婚約を破棄する気は毛頭無い。

 タケルは、わたしが前世に、お腹を痛めて産んだ子なので、母親としては幸せになってほしいと思っている。

 でも今のわたしは、タケルの母親とは別人に生まれ変わっているので、タケルと結婚しても何ら問題は無いのだ。

 ソフィアさんがタケルのことを良くしてくれているのは知っているが、わたしにとっては目の上のタンコブでしか無い。きっと彼女もそう思っているだろう。

 つまり、わたしとソフィアさんは、立場上こそ主従関係になっているが、二人ともタケルを愛している『恋のライバル』なのだ。


 私は、タケルの頭を撫でながら、話を逸らすことにする。


「ところで、なんでタケルは満身創痍なの? 凄く強い敵と戦ったの?」


 そう聞くと、夢魔のお姉さんもソフィアさんも、わたしから目を逸らす。


「あれ? なんで二人とも目を逸らすの? ねえ、お姉さん。いったい何があったの?」


 夢魔のお姉さんに問いただす。

「それは――」

「ん?」

 少し言いづらそうにしているお姉さんに、顎で合図をするように続きを促す。


「勇者くん、〝デスペアモード〟に挑戦したと思ったら、1秒もしないうちにやられちゃって、このありさまなんだけれど……、不思議なことに、そのとき彼が戦ってた相手って、レベル1のコボルドのなのよ。駆け出しのFランク冒険者でも、こんな無様な負け方はしない筈なんだけれど……」


 それを聞いたわたしがジャンのほうをチラリと見ると、彼が首を縦に振る。


 あああっ、やっぱりそういうことなのね。

 今までタケルは、わたしと離れたことが無かった。そして、わたしのスキルには〝愛するものの能力を向上させる〟というものが初めからあった。

 だから、本当は一人だとコボルドすら倒せないタケルは、わたしが撫でたり、おっぱいを飲ませるなどして愛情を注いであげることで、ドラゴンだって容易(たやす)(ほふ)る程の〝狂戦士(バーサーカー)〟に変貌を遂げていたのだ。今までのことは、全然タケルの実力じゃなかったのだ。


 わたしは、ジャンを近くに呼んで、他の人には聞こえないように耳打ちする。

「ねえ、これ……タケルの強さ、このままってことに出来ない?」


 すると、ジャンは少し考えてから言う。

「まあ、俺っちは何も見てない(・・・・・・)から、とやかく言う気は()ぇな。それに、お前がずっと勇者様(こいつ)の側に居てやれば済む話だろう」


「そっか……。ジャン。ありがとう」

 どうやら、〝ギルドは、タケルの強さに条件があるかどうかは気に止めない〟というのが、ギルマスとしての意見のようだ。


 タケルの処遇が変わらないことが分かって安堵していると、ソフィアさんがわたしに話しかけてきた。


「うふふっ……。ファナ様の浮気現場、バッチリ見ましたわ!」


「えっ? わたし、別にやましい事なんてしてないけど……」

 わたしが浮気してる? いったい何を言ってるの? と、首を傾げていると、ソフィアさんが話を続ける。

 

「勇者様をお膝に抱えたまま、堂々と自分の執事(浮気相手)とアイコンタクト、そのまま密談までしてたじゃないですか。これ、どう見ても浮気ですよね?」


 え? さっきのやりとり、(はた)から見るとそんな風に見えてたのかな?


「ふふっ……。このことを勇者様が知ったら、一体どうなっちゃうんでしょうね? 私、勇者様に言っちゃいますよ。ファナ様が浮気してたって……」

 ソフィアさんは強気で挑発してくるが、そんなことでわたしとタケルの関係が崩れるはずはない。

 わたしは、ソフィアさんに言ってやる。

「ん〜? そんなに言いたいなら、言ってみたら? まあ、言葉通じないから無駄だろうけど……」


 いくら洞察力に長けているソフィアさんと言えど、言葉の壁は容易には越えられまい。


 すると、夢魔のお姉さんが話に割り込んできた。

「あっ。その辺は大丈夫ですよ、ファナちゃん。勇者くんの住んでた世界〝日本(ヲヘナ)〟の言語は、アタシがバッチリ、ソフィアちゃんに教えときましたから!」

「えっ?」

「モーゥ、ワターシ、ミホンド、ペラペーラ」


 オーマイガッ! なんてことだ。ソフィアさんが日本語を話してるっ! 若干カタコトだったり、単語が意味不明だったりするけど……


「ふふんっ。どうですか? わたしの完璧なヲヘナ語は? これで、勇者様のハートはもう、私のものですっ!」

 ソフィアさんが自信ありげに言う。


「ううっ……。お姉さん、なんでソフィアさんに日本語を教えちゃったの?」

「だって、恋にはライバルが必要でしょう? そのほうが、美味し……こほんっ、愛が深まるじゃないですか」


 うわぁ〜。このお姉さん、絶対に自分の食欲のために日本語を教えたに違いない。


 ソフィアさんが、わたしを指差して言う。

「ファナ様っ! 私、絶対に勇者様を振り向かせてみせますっ! もう、貴女の好きにはさせませんから……近いうちに婚約破棄になるのを、覚悟しててくださいね!」


 この日、ソフィアさんは、わたしに一方的にライバル宣言をしたのでした。

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