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ギルドマスター

 お姉さんは、さっきから、わたしの顔をじっと見たまま、黙り込んでいる。


「あの……お姉さん。他にすることがないなら、今日はこれで帰って良いかな?」

「そ、そうね……。帰っても良……いや、ちょっと待って。うーん、でも……」


 お姉さん、何か悩んでいる……のかな?

 

「あの――」

 わたしが、そう言いかけたとき、お姉さんが口を開いた。

「ファナちゃん、ちょっと私について来てくれるかな?」


 お姉さんは、そう言うと、奥の部屋へ向かって歩き出した。


 何だろう? 向かっている先ってVIPルームだよね。いくら〝勇者様の嫁〟だからって、今まで普通の対応だったのに急に偉い人扱いされるのも何か変な感じだ。やっぱり、わたしのステータスに関係してるのかな?


 わたしは疑問を持ちつつ、お姉さんの後に付いて行った。辿り着いた先は、やっぱりVIPルームみたいだ。お姉さんに案内されて部屋の中へ入る。


 部屋の隅には観葉植物や、西洋甲冑のようなものが置かれており、壁には、高そうな絵画や、無駄に豪華な装飾を施された鏡などが添えつけられている。


 わたしは、部屋の中央のテーブルに案内されて、一人がけのソファに座る。


 このソファの座り心地はかつて味わったことのないほどに最高だった。足元をよく見ると、このテーブルのあるスペースには、地面に大きな魔法陣が描かれていた。


「お姉さん、この魔法陣は?」


 わたしが聞くと、お姉さんは少し忙しそうにしながら答える。

「これは、上に乗った人を回復させる魔法陣よ。それよりファナちゃん、私ちょっとギルマス呼んでくるから、ここで待っててくれる?」


 そう言うと、お姉さんは私の返事も聞かずに慌ただしく部屋を出て行った。よほど急いでいたのだろう。


 それにしても、ギルマスの登場かぁ〜。

 ギルマスというのは、王都の冒険者ギルドで一番偉い人なのだが、その顔を誰も見たことがなく、冒険者の間では「見たら死ぬ」とまで言われている。

 まあ、人間なら誰でもいつか必ず死ぬんだし、当たっているといえば当たっているんだけれど……。


 少し待っていると、お姉さんが帰って来たようだ。部屋のドアが開き、お姉さんの顔がちらりと見えた。……見えたのだが、お姉さんは直ぐに顔を引っ込めて言う。

「ささっ、ギルマス。どうぞお先に……」


 お姉さんの声が聞こえてから、5秒くらい待ったが、開いたドアから誰かが入ってくるような気配を全く感じない。


 ここのギルマスはのんびり屋なのか、客を待たせて怒らせるのが得意なのか、どちらにしても変な人に違いないと思いながら、誰も入ってこないドアを眺めていると、暫くしてからお姉さんが中に入ってきて、ドアを閉めた。


 部屋に入ってきたお姉さんはドアに鍵をかけると、そのまま誰もいない空間に向かって、わたしのほうを指差しながら言った。

「ギルマス、こちらが先ほど言ったファナちゃんです」


 どうやら、お姉さんが向いている方角に、ギルマスがいるらしいが、わたしには何も見えない。

「えっと……、わたしには姿が見えないんだけれど、ギルマスがそこに居るんですか?」

 わたしがお姉さんに聞くと、お姉さんは驚いた表情をしてから、わたしに言った。


「えっとね、ファナちゃんだったら見えるんじゃないかなと信じてたんだけれど、やっぱり貴女も『ギルマスが見えない』って言うのね」

「ごめんなさい」


 わたしは何となく釈然としないまま、ギルマスの姿が見えないことを謝る。


「あっ、良いのよ。今までギルマスに会った冒険者の誰もが皆んな、彼のことを『見えない』って言ってたから、きっと彼も慣れてるはずよ」

「えっ? そうなの?」

「それに、どうやらうちの職員も全員、ギルマスのことが見えていないみたいなのよね〜」


 まさかとは思うけど、そのギルマスって、お姉さんにしか見えていないのでは?

 もしそうだとしたら、このお姉さんが言っている〝ギルマス〟というのは、お姉さんが作ったタルパ――即ち、架空の人物――なのかもしれない。

 あるいはギルマスは実在しているが、何らかの魔術などによってお姉さん以外の人間には視認できなくされている……とか。


 いずれにしても、お姉さんにしか見えない人と会話する事なんて、誰にも出来ない。ここは、わたしの使える魔法で解決できないか試してみるほうが良さそうかな。


「お姉さん、ちょっとギルマスが誰でも見えるようにする方法を試してみても良いですか?」

「えっ? そんなこと出来るの?」

「原因が分からないので、確証は持てないけど、いくつか思い当たる解決策を試してみます」


 わたしは、まずはじめに、『ギルマスが何らかの魔術で見えなくされている』という可能性に対応してみることにする。

 これに対抗できるとすれば、魔法無効化(アンチスペル)の魔法だろう。魔法なのに魔法を無効化するという、実に頭の悪そうな魔法だ。


「アンチスペル!」


 わたしが魔法を使った瞬間、今かけたはずの魔法無効化(アンチスペル)が無効化されたが、別に間違っているわけではない。この魔法自体が無効化された時に、周囲にかかっている魔法が一緒に無効化される仕組みなのだ。

 その証拠に、テーブルの地面に描かれた魔法陣の効果が無効化されている。


 しかし残念ながら、魔法無効化(アンチスペル)を使ってみた結果、ギルマスらしき人物が視認できるようにはならなかった。

 わたしが、魔法無効化(アンチスペル)の魔法を解除すると、今まで無効化されていた、魔法無効化(アンチスペル)が再び有効になり、その魔法無効化(アンチスペル)が無効化される。…………既に何を言っているのかわたし自身が分からないけれど、地面の魔法陣が再び有効になったようなので成功だと思う。


 次に考えられるのは、『ギルマスが実は透明人間だ』という可能性だ。

 わたしはとりあえずお姉さんに傘を渡すと、召喚魔法で、天井から絵の具の雨を降らせてみた。

 しかし、残念ながらこの方法でもギルマスを発見することは出来なかった。

 わたしは削除魔法を使って、部屋に降り注いだ絵の具を消した。


 次は、『ギルマスが、お姉さんの作ったタルパである』という可能性に対応してみることにした。

 この場合、ギルマスはお姉さんの妄想イメージ)だ。

 乱暴な方法になるが、その概念イメージをわたしが〝召喚〟して、〝創造魔法〟でイメージ通りの人物を作ってしまえば良い。

 お姉さんにタルパを作れるほどのイメージりょくがあるのなら、ギルマスを実体化することができる筈だ。


「え〜っと、召喚魔法って咲耶ちゃんのスキルだったから、見よう見まねだけど……こんな感じだったかな?」


 わたしは、咲耶ちゃんがやっていたのを思い出しながらお姉さんの思い描いているギルマスのイメージを召喚し、そのまま創造魔法を使う。


「クリエイト!」


 すると、わたしの目の前に、黒衣くろごのような格好をした人物が現れた。

 しかし、あっという間にその存在が霧散した。つまり、イメージが弱すぎて実体化に失敗したのだ。どうやら、お姉さんのタルパでも無かったようだ。



 さすがにこうなると、わたしにはもう対処する術がない。

 わたしは、両手を上げて降参のポーズをしながら、お姉さんに向かって結論を伝えることにする。


 と、その前に……さっき色々試したときに前髪が乱れた気がするので身だしなみを整えたい。推理物の探偵が、ボサボサの髪で真相を明かしてたら、格好がつかない。


「お姉さん、ちょっとそこにある鏡、使いますね」


 そう言って鏡の前に立ったわたしは、召喚魔法で取り出したブラシで、自分の前髪を直す。暗くて見づらいので、深く考えずに魔法を使う。

 

「ライト!」


 まばゆい光が鏡に反射して部屋中が明るくなる。ちょっと明るくしすぎたかな。そう思った瞬間――――


「グアァァァッ! 眩しいィィィッ! 俺っちの目がァァァッ!」


 わたしとも、お姉さんとも違う、男の声で悲鳴が上がった。しかも、とても聞き覚えのある声だった。


「あっ! ギルマスッ――」

 男の悲鳴が聞こえた瞬間、お姉さんが声の主に向かって呼びかけ、慌てて口を塞いだ。

 

 わたしは、咄嗟に後ろを振り返り、お姉さんの視線の先を追う。


 お姉さんの視線の先に居たのは、わたしだった。


「……なるほどね、これは盲点だったわ」


 わたしは、とても原始的なトリックに、まんまと騙されていたのだ。


「お姉さん。ギルマスの正体と居場所、分かっちゃいました」

「あははーっ。やっぱりファナちゃんにはバレてたみたいね」

「いえ、この勝負……お姉さんの勝ちです。今のが無ければ気づきませんでした」


 そう言って、わたしは壁にかかった鏡を取り外す。

 その向こう側には隠し部屋があり、中には、目を抑えながら蹲る一人の少年が居た。


「まさか、あんたがギルマスだったとはね」

「う、うるせー。それより、さっさと俺っちの目を治せよ、ブス!」

「あ〜、ハイハイ……」

 わたしは、ジャンに回復魔法(ヒール)をかける。


 回復したジャンは、鏡が外された狭い隙間を通り、こちらの部屋までやって来た。隙間が狭すぎるのか、なかなかこちらにたどり着けないようだ。


「それにしても……マジックミラーか。この世界にもそんな技術が有ったのね」

 わたしは手にした鏡を裏返しながら確認する。向こう側が完全に透けて見えるのが分かる。ジャンはこれを通して今までのやりとりを見てたようだ。


 ジャンは、部屋に辿り着くと、テーブルを挟んでわたしの反対側に座った。その斜め後方にはお姉さんが立っている。


「さて、ジャン……じゃなくて、ギルマスと呼んだ方が良いのかな? どうしてこんなことをしたのか説明して欲しいのだけれど――」


 わたしの問いかけには答えずに、ジャンが挨拶を改める。


「やあ、ファナ。初めまして(・・・・・)。俺っちがこの国最大のギルド〝ヘウベカ王都ギルド〟を統べる、ジャン・ジャックウィルだ。

 こう見えても俺っちは元SSランク冒険者だから、お前なんかよりよっぽど強いんだぜ……って言うはずだったんだけどよぉ〜……何だよS5ランクって? ちょっと冒険者カードを見せてくれ」


 わたしは無言で、ジャンに冒険者カードを差し出す。

 ジャンはカードを受け取ると、じっと眺めてから無言でわたしに返した。


「で? 結局、わたしは何のためにここに呼ばれたの?」


 わたしの問いに、お姉さんが答える。

 

「ギルマスは、Sランクを超える人物が現れると、先ほどのように隣の部屋から覗いて、反応を楽しむという変わった趣味をお持ちでして――」

()げーよっ! あの状況で俺っちのことを見つけられる奴を捜していたんだ!」

 ジャンがお姉さんの言葉に反論した。

 

「なるほど。ジャンって覗き魔だったのね。今度からお風呂はいるとき気をつけなきゃ……」

()っがーう! お前みたいなチンチクリンの裸なんて、どんだけ見ても勃たねーよ!」

「……やっぱり、わたしのお風呂、覗いたことあるんだ。この変態!――」


「お二人ともいい加減にしてくださいっ!」


「「はっ、はいっ!」」


 ジャンを揶揄(からか)っていたら、お姉さんに怒られてしまった。わたしとジャンは、お姉さんの迫力に圧されて背筋をピンと伸ばした。


「あー、こほんっ――」

 ジャンは、咳払いをすると本題を告げ始める。


「ファナ、お前のステータスはヤバすぎる。……何というか、お前の能力を知ったら、それを欲しがりそうな輩が世界には沢山いるんだ。

 だから、お前のカードの情報を制限したいんだが、やっても良いか?」

 

「それって、制限されるとどうなるの?」

「俺っちとユーリ以外には、カード作成時の情報しか読めなくなる」


 ユーリというのは、どうやらお姉さんの名前らしい。


「えっと、つまりカード上の情報が偽装されるってことかな? 能力が使えなくなるわけじゃないのよね」

「それは大丈夫だ。……だけど、あまり人前で魔法を使うなよ。カードに載ってない魔法を使えば、当然バレる」


「うん、分かった。あまり目立ちたくないから、情報制限してちょうだい」


 わたしがジャンに再びカードを渡すと、ジャンはカードに細工を始める。魔法的な細工ではないので、アンチスペルで解除される心配は無さそうだ。



「よしっ、これで細工はバッチリだな」


 そう言ってジャンはわたしにカードを返してくれる。


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 名前    :ファナ

 所属ギルド :ヘウベカ王都

 冒険者ランク:F

 職業    :巫女(自称・魔法少女)

 使用可能魔法:無

 特殊職業  :勇者様の嫁

 

 特殊技能1 :異世界『ヲヘナ』の言語が話せる

 特殊技能2 :愛する者の能力を向上することが出来る

 

 

 

 

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 うん、完璧に元どおりになってい……ないじゃん! 無駄な空白のせいで何かを隠していることがバレバレだった。


「ジャン……この無駄なスペース、何とかならないの?」

「別に大丈夫だろう。こんなの誰も気にしねーよ。仮に気づかれたとしても、俺たち以外読めないことは変わりない」


 まあ、そこまで言うのなら大丈夫なのかな。ところで……


「さっきから気になってたんだけど、ユーリさんて、本当はどんな立場なの?」


 わたしの素朴な疑問にジャンが答える。

「ああ、こいつはギルドのサブマスターだ。といっても俺っちが居ない時は殆どの権限を任せてあるがな」

「もうっ! いつもギルマスが居ないから、だいたい全部わたしに回ってくるんですよっ! たまには仕事してくださいよっ!」


 へえー、お姉さんってサブマスターだったのか。って、ちょっと待って?


「じゃあ、わたしとジャンがここに来た時のやりとりは?」

「そんなの演技に決まってるじゃない。彼がギルマスだってことを知ってるのは、私たちと国王陛下だけなのよ。これ、本当は国家機密事項なんだし」


 なんというか、同居人にギルマスが居たってだけでも驚いたけど、それが国家機密とか謎すぎてもう訳がわからない。


「国家機密って……、わたしにバレて良かったの?」

「良いわけねーだろ。だから、おまえはもう共犯者だ。このことは絶対に秘密だぞ! もちろん、おまえの旦那にもな?」


 ジャンが釘をさす。


「ううぅ、分かった。秘密は守る。んで、これからも二人のことは今まで通り接すれば良いのよね」


「そうね」「そう言うこった」


 こうしてわたしは、ひょんな事からギルマスの秘密を握ってしまったのだった。

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