覚醒
ジャンは、わたしの付き添いだが、どう考えても今、ここに居る必要性を感じない。
「ジャン、多分30分くらいはかかると思うから、それまで自由にしてても良いわ」
わたしがそう言うと、ジャンは、「だったら、飲食コーナーで待ってる」と言って席を外した。きっと、お酒を飲むつもりなのだろう。
「まあ、あの子は一応成人してるから、お酒を飲んでも大丈夫かな」
「ええっ? あの執事くんって、大人だったんですか?」
お姉さんにまで、子供だと思われてたなんて、ちょっと可哀想すぎる。わたしがしっかりフォローしてあげて、ジャンの恋路をサポートしてあげなくちゃ……。
わたしは、ジャンが大人だって言うことをお姉さんに伝える。
「18歳だそうよ。まだまだ子供よね」
「あ、あはは〜っ。10歳のファナちゃんにそんなこと言われるなんて、さすがに可哀想ね」
うん、どうやらお姉さんにジャンが大人だっていうことがキチンと伝わったみたいだ。
「じゃあ、お姉さん。早速だけれど、これを……」
そう言って、お姉さんに借りていた本を返却すると、お姉さんは後ろの棚からカードを出して、何かを書き込んだ後、本の巻末にあるポケットにしまった。
お姉さんは、一連の事務処理をすませると、わたしに聞いてきた。
「それで、ファナちゃんは何の魔法使いになることにしたの?」
わたしのなりたい職業はもう決まっている。
「あの、魔法少女になろうと思いまして……」
「えっ? そんな職業、聞いたことないわよ? ファナちゃん、本当にあの本読み終わったの?」
まあ、あの本に載っていた職業ではないので、こういう反応になるのが普通だろう。
「読みましたよ。でも、どれもしっくりこないので、わたし独自の職業を生み出しても良いのかなぁって……」
「それは……確かに、新しい職業が作られることは稀にあるけれど、具体的にどんな魔法を使いたいのか決まってるの?」
わたしの使いたい魔法か……
「そうですね〜、付与魔法、回復魔法、召喚魔法、それから、えーっと、瞬間移動も押さえておきたいところよね。あとは――」
「待って待って! えーっと、ファナちゃんは、もしかして〝神様〟になりたいの?」
神様? それはもう職業じゃないような気がする。
「あはは〜、違いますってば。さっき魔法少女になるって言ったじゃないですか〜」
「……そ、そうだったわね。じゃあ、ファナちゃんの職業を書いた〝冒険者カード〟を発行するわね。……スタンプカードを貸して」
わたしがお姉さんにスタンプカードを渡すと、お姉さんは慣れた手つきで魔術盤を操作して白紙の冒険者カードにデータを書き移した。
「はい、ファナちゃん。これであなたの冒険者カードが完成したわ。
タケルさんの手続きをしてるから知ってるとは思うけど、一応説明するわね。
カードに入っているデータは全て冒険者ギルドに保管されてるから、もし紛失したら30万ジェンの手数料で再発行するわ。
あと、修練場を使うときは今まで通りスタンプカードを使ってね」
そう言って、お姉さんはわたしに冒険者カードを渡してくれた。わたしは早速、自分の冒険者カードを見てみる。
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名前 :ファナ
所属ギルド :ヘウベカ王都
冒険者ランク:F
職業 :巫女(自称・魔法少女)
使用可能魔法:無
特殊職業 :勇者様の嫁
特殊技能1 :異世界『ヲヘナ』の言語が話せる
特殊技能2 :愛する者の能力を向上することが出来る
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「あれっ?」
なんだか少し違和感を覚えたので、タケルの冒険者カードと比較してみる。
タケルの冒険者カードは、こうなっている。
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名前 :タケル
所属ギルド :ヘウベカ王都
冒険者ランク:A
職業 :剣士
特殊職業 :勇者様
特殊技能 :異世界『ヲヘナ』の言語が話せる
HDCP :ヘウベカ語未習得
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やっぱり、何かおかしい。〝巫女〟ってなんだ? あと、〝自称・魔法少女〟って、ただの〝女の子のごっこ遊び〟ってことじゃない。
「お姉さん、この職業欄、どういうことですか? それに、なんでわたしの冒険者ランクがFに戻ってるの?」
お姉さんは、宥めるようにこう言った。
「まあまあ落ち着いて、ファナちゃん。あなたの説明を聞いた感じだと一番近い職業は巫女なのよ。だったら、まずは巫女として修行をしてから魔法少女という新しい職業に昇華させたほうが早いと思うの。
それと、冒険者が職業を変えると危険が増すことになるから、うちのギルドではランクを一つ下げることにしているの。
ファナちゃんは、全く新しい職業を始めるみたいだから、危険も最大級と思うのが普通よね。だから、ランクも一番下まで下げさせて貰ったわ。
でも、前職の能力は特殊技能として、今まで通り使えるので安心してね」
あまり納得したくはないけれど、そんな理由なら仕方がないのかな。
それはともかく、今までタケルがわたしに撫でられたりする度に強くなっていたのは、わたしの能力だったのか。そうと分かれば、これからはもっとタケルに尽くすことにしよう。
「それじゃあ、ファナちゃん。巫女の修行はあそこに居るサクヤちゃんに聞いてね」
お姉さんが指差した方向には、いかにも日本の神社に居そうな巫女装束を着た小さな女の子が、こちらに向かって手を振っていた。
わたしは、お姉さんに挨拶を済ませると、巫女さんのところへ向かった。
「こんにちは、あなたがサクヤちゃん……で、良いのかしら?」
「ええ、わたしがサクヤよ。ファナ、あなたが来るのをずっと待っていたわ」
この子、いったい何歳なんだろう? この喋り方だと、私より年上みたいだよね。
でも、見た感じだと5〜6歳にしか見えないけれど、エルフでもドワーフでもなさそうなのよね……
「私は神様だから、エルフでもドワーフでもないわね。もちろん、人間でも無いんだけれど」
「えっ? 神様?」
わたしが驚いて一歩引き下がると、神様はにっこり笑って言った。
「そんなに身構えなくても良いわ。あなたは覚えてないかもだけれど、あなたの前世の前世の、それまた前世で、私とあなたは親友だったのよ」
「何それ? そんなの知らない」
わたしがそういうと、神様は少し悲しそうな表情をしてからこう言った。
「ファナ、私との記憶、思い出してみる?」
「それをすると、わたしに何かメリットがあるんですか?」
「前世の前世で使ってた魔法が使えるようになるよ」
前世の前世で、わたしは魔法使いだった? いったいどんな魔法が使えるんだろう……。
ううぅ〜、魔法がまだ使えないわたしには魅力的な提案だけれど、これが〝悪魔の囁き〟っていう可能性も否定できない。ここは断っておいた方が……。
「まあ、ファナならそういう反応をするだろうと思ってたけど、私、悪魔呼ばわりされるのって好きじゃ無いんだよね……」
神様はそう言ったかと思うと、わたしに無理やりキスをしてきた。その瞬間、前世の前世と、そのまた前世の記憶がわたしの中に蘇ってくる。
「思い出した……。咲耶ちゃん、久しぶりね」
「華菜、ようやく思い出してくれたみたいね」
わたしの前世の前世は、カナという名前で、こことは違う異世界に住んでいた。
その世界では咲耶ちゃんと、他の何人かの仲間で、悪い魔王を倒したりした覚えがある。
「咲耶ちゃんは、あれから生まれ変わってないの?」
「私は、神様になっちゃったからね。転生は出来ないけど、その代わりに華菜やナギサちゃんたちをいつでも見守ってるよ」
咲耶ちゃんが見守ってくれてるって思うだけで、とても心強い。これなら〝闇の龍〟なんて塵芥に過ぎない。
「残念だけど、私がファナを助けてあげられるのは、ここまでなんだ。でも、気をつけてね。〝闇の龍〟を倒してからが本当の地獄の始まりだから」
「えっ? それはどういう――」
「ごめん、そろそろ行かないと、アマネが大変なことになっちゃう」
そういうと、咲耶ちゃんは世界から姿を消した。
わたしは、咲耶ちゃんが居なくなった空間を茫然と眺めていた。
「よしっ」
私は、自分の両頬をパチンと手で叩いて気合いを入れ直す。
今のわたしは、カナではなく、ファナなのだ。自分の運命は自分で切り開かないとね……。
わたしは、行くあてがなくなったので、再び受付のお姉さんのところへ戻った。
「お姉さん、ただいま」
「あっ、ファナちゃん。一体どこに行ってたの? 突然居なくなるから心配してたのよ」
「えっ? だって、お姉さんが咲耶ちゃんを紹介してくれたんじゃぁ」
「サクヤちゃん……? それはいったい誰のこと?」
もしかして咲耶ちゃん、自分のことに関する記憶を消してから行ったのかな……。まあ、あの咲耶ちゃんだし、そういうことしてても不思議じゃ無いかも……。
「あっ、お姉さん。冒険者カードの更新お願いします」
「えっ? まださっき渡したばかりでしょ? そんな簡単に内容が変わるはずが……」
「いいから、やってみて」
わたしがカードの更新を頼むと、お姉さんはブツブツと文句を言いながら、冒険者カードをテーブルの上に置いて、左手をかざしながら何かを詠唱した。
「すごい! お姉さんって実は魔法使いだったの?」
「えっとね、ファナちゃん。詠唱中に話しかけないで欲しいんだけれど、これは受付嬢の必須スキルなの」
そう言いながらも、お姉さんは右手で魔術盤を操作する。ちょっとカッコ良くて憧れちゃう。
操作を終えたお姉さんが言った。
「さっきの詠唱はね、ここだけの話なんだけれど、実は……偽魔法なの」
「えっ? どういうこと?」
「ファナちゃん、さっきの私を見てカッコ良いって思わなかった?」
「ちょっと思いましたけど……それが何か?」
「そういうことよ」
お姉さんが何を言いたいのかよく分からない。
「つまり、どういうこと?」
「ああ〜っ、もう! カッコ良いからやっているだけよっ!」
ああ、なるほど。ただの中二病ってことか……って、あれ? わたしの前世にそんな言葉無かったけど…………あっ、これ、咲耶ちゃんと親友だった頃の言葉だ。
今、わたしは、とんでもないことに気づいてしまった。わたしの前世――ハナだった頃より、その前世のさらに前世――カナだった頃の方が未来の出来事だったのだ。
おかげで、わたしは未来の日本に関する知識まで得ることが出来たみたい。
「すごいっ! お姉さん聞いてっ! 『昭和』の次は『平成』になるの! こんなこと知ってるの、きっとわたしだけよ!」
「えっ? あの……ファナちゃんが何を言っているのか、さっぱりなんだけれど?」
「あっ、そうよね。わたしがこれを言っちゃって、歴史が変わったらマズいもんね」
「ファ、ファナちゃん。とりあえず落ち着いて? ほら、冒険者カード更新できたわよ……って、何このステータス?」
お姉さんが驚いた表情をしながら冒険者カードを渡してくれるので、受け取って確認をする。
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名前 :ファナ
所属ギルド :ヘウベカ王都
冒険者ランク:S5
職業 :魔法少女
使用可能魔法:白魔法・光魔法・天使の御業・削除魔法
特殊職業1 :勇者様の嫁
特殊職業2 :サクヤ教の巫女
特殊技能1 :全異世界の言語が理解出来る
特殊技能2 :他人の能力を操作することが出来る
特殊技能3 :創造魔法
特殊技能4 :変身能力
特殊技能5 :全属性攻撃(5つまで同時使用可能)
特殊技能6 :概念召喚
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あれ、咲耶ちゃんの魔法やナギサちゃんの魔法まで入ってるけど、オマケしてくれたのかな。でも、これだけあれば、もう絶対に〝闇の龍〟に負ける気がしないね。
「こ、こんなの絶対おかしくないですか? ランクS5なんて、聞いたことないですよ?」
お姉さんが疑問に思うのも無理はない。でも、これが今のわたしなのだ。
「ふふっ、これ全部、神様に貰ったスキルなんですよ」
「ええっ? サクヤ教なんて宗教、聞いたこともないけど、一体……」
わたしは、くるりと回ってから、お姉さんに言った。
「うふふ〜っ。入信したら、教えてあげますよ」
この日、わたしは新興宗教の教祖になったのだった。
おしらせ
作中に出てきた神様〝咲耶ちゃん〟のお話をもっと知りたい方は、同作者の『恋カス!(この異世界転生はなんだか損をしている気がする)』で確認してください。