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プロローグ〜親子の再会

 わたしがタケルと並んで歩いていると、必ずと言って良いほど、すれ違う人々に声をかけられる。


「おっ? 華菜(ファナ)ちゃん、今日も勇者様とお出かけかい? ほんと仲が良いね〜」

「華菜ちゃま、今朝採れたての新鮮なリンゴウの実だよ。後で勇者様に食べさせてあげなね」

「ファナねーちゃん、ボク、ゆーしゃさまと握手したい。一生のお願いっ!」


 このように大抵の人々は、わたしではなくタケルに興味があるようだ。


 人々の反応からお分かりだと思うが、タケルは〝勇者様〟として、異世界から召喚されてきた日本人だ。

 そんなタケルは、ここ『ヘウベカ王国』の公用語であるヘウベカ語が全く話せない。

 たまたま異世界召喚の儀式を見学に来ていたわたしが、彼の通訳を買って出たのだった。



 あれは、今から半年ほど前のこと――


 その日、王都の神殿では、国王様の命令で、勇者召喚の儀式が行われていた。

 この儀式が行われるのは、今回が2度目だ。

 4年に一度〝闇の龍〟がこの国を訪れて〝生贄〟を一人要求してくるため、前回から〝生贄〟を異世界から調達しようということになった。

 つい先日、最初の〝勇者様〟が〝闇の龍〟に捧げられて、帰らぬ人となったばかりで、今から次の犠牲者を召喚しようというところなのだ。

 当然、異世界からの来訪者には〝生贄〟のことは伝えられず、〝わたしたちの代わりに死んでもらえる勇者様〟として、国民総出で歓迎されるため、異世界人は、大歓迎ムードの中、訳もわからずに〝闇の龍〟に食べられることになっている。


 そんな勇者様召喚の儀式は、一般人が拝謁することを許された儀式の一つであり、多数の見学者が今度の勇者様を一目見ようと、神殿の広場に描かれた複雑な魔法陣の周りに設けられた閲覧席に詰めかけていた。

 そして、わたしもその見学者の一人だった。


 わたしたちが見守る中、儀式は続けられていた。


「今度の勇者様は、どんなお方なのじゃろうな」

「わたしたちの国を守るために犠牲になってくださるのだから、せめて最期まで楽しんでもらわねば」


 観客たちは〝勇者様〟が召喚されるのを、複雑な心境で見守っているようだ。

 やがて、魔法陣があやしく光り、その中心に一人の中年男性が現れた――新しい勇者様の登場だ。


「おお、異世界より来たりし勇者よ。そなたのことを待っておったぞ」

 神官がヘウベカ語でそう言ったときに、勇者様が返した言葉は、

「あぁぁ? お前ら、何言ってるか全然わかんねーよ。ちゃんと日本語で喋れよ」だったのだが、それを受けた神官たちが、

「今、勇者様はなんとおっしゃったのだ?」「勇者様はお怒りのご様子であるぞ」などと、ざわめいた姿はとても滑稽だった。

 前回の勇者様は、ヘウベカ語が話せたので、今回も会話ができるだろうと誰もが思っていたのだが、現実は違っていた。


 会場の全員がぽかんとしている中、一連のやりとりに思わず吹き出してしまったわたしは、神官たちに捕まり、〝勇者様〟の前に連れてこられてしまった。


「娘よ、お主には勇者様の言葉がわかるのか?」

 一番偉そうな神官が、威圧するような態度でわたしにそう言った。

「ええ、わかります」

 わたしがそう答えると、観客たちがざわめいた。

 

「あの娘、勇者様の言葉がわかるだと?」

「いやいや、ありえないだろう。あんな小娘に勇者様の言葉がわかるなんて……」

「あーあ、あの娘、とんでもない嘘を吐きやがって。ありゃ確実に死刑だな。可哀想に」

 観客たちの声が、わたしの耳に届く。なんだかわたしのいうことが全然信用されてないみたいで悲しい。まあ、町民の娘でしかないわたしのいうことなんて、信じてもらえないのも無理はないだろう。


 神官たちがわたしを取り囲んで詰め寄ってくる。

「それで、勇者様はなんとおっしゃったのだ?」


 この質問に素直に答えてしまっても、きっと「ニホンゴとはなんだ?」と聞かれるのがオチだ。だから、わたしはあえて翻訳せずに(・・・・・・・・)こう答えた。


「えーっとですね。勇者様は、『んんん、ようほえ、りつっあなと お ずをずを ゆーぬをおろ。てをゅた げをへな づ ゆるぶゃさ』とおっしゃいました」


 観客席から、どっと笑い声が聞こえる。


「……確かにそう聞こえたが、それは、言語なのか? やはり勇者様のおっしゃった言葉などわかっていないのではないか?」

「あの嬢ちゃん、やっぱり死刑だな。でも面白かったぜ!」

「すげーな、完コピじゃねーか?」


 まあ、そのまま伝えてしまったら、こうなるのは当然だよね。だからわたしは取引を持ちかける。


「仕方ないですね。では、わたしを勇者様専属の〝翻訳者〟として雇っていただけませんか? そうしたら、勇者様の言葉を通訳しましょう」


 この世界を渡り歩くには〝カネ〟が必要だ。ましてや今年10歳になったばかりのわたしには、まだ働き口がない。これはわたしの特性を活かした、またとないチャンスだった。


「お主が本当に、勇者様の言葉がわかるというのならば〝婚約〟を許可しよう。だが、まずは本当に通訳できるという証明をして見せよ」


 ……なんか〝翻訳者〟を〝婚約者〟と聞き間違えられてるみたいだけれど、まあいいか。


「わかりました。では、まずは勇者様の名前とかを聞いてみますね」


 そう言って、わたしは日本語で、勇者様とのファーストコンタクトを始める。


「こんにちは、勇者様。わたしは華菜(ファナ)って言います。ここは『ヘウベカ王国』。ズバリ、貴方が住んでいた〝日本〟がある〝地球〟とは全く異なる世界です。

 突然知らない世界に飛ばされて、さぞ驚かれていることでしょう。心中お察しします。

 とりあえず、貴方のお名前を教えてくれませんか?」


 言葉が通じる人物が居たことに、勇者様が驚愕の表情を見せる。


「……えっと、勇者様。お名前を教えてください」

「おう、悪りい。俺は〝タケル〟ってんだ。よろしくなファナ」


 ファーストコンタクトは成功だ。わたしは、彼と会話を続けることにする。


「タケルさんですかぁ。ふふっ。なんだか懐かしい名前です。タケルさんは、おいくつなんですか?」

「俺は今年で32歳なんだ。ちょうど、ファナくらいの頃に交通事故で両親を亡くして、ずっと一人で生きてきた。そういや、俺の母親も〝ハナ〟って名前だったっけ。なんかファナと雰囲気が似てるわ」


――その時、わたしはとても大切なことを思い出した。心臓の音が高まる。


「えっ? 本当にタケルなの? ちょっと確認したいんだけど、貴方のお尻には、ホクロがあるかしら?」


 わたしは、そう言ってタケルのズボンを下ろして、パンツに手をかける。


「ちょっ? 何すんだよ、ファナ! こんな大勢いる前でズボンを下ろすなんて」

「あっ……」


 うああ、失敗した。公衆の面前で勇者様のズボンを下ろすとか、とんだハレンチ娘だよ。


「あーっ、こほんっ――」

 わたしは気を取り直しつつ、神官様に勇者様の名前を教えることにする。

「えっと、彼の名前は〝タケル〟と言うそうです」

「うむ、それはわかったが、今、お主は何をしていた?」

「ええ〜っと、勇者様のズボンを下ろして、パンツも脱がせようとしてました」

「それは、何ゆえ?」


 ううう、ここで本当のことを言うわけにはいかない。


「えっと、彼が舐めろと言ったので、嫌々……」

「お主、嬉々としてパンツに手をかけていたではないか。それに勇者様は嫌がっておったようだが……」

「あ、あはは……」

「ええい、この痴女を牢獄にぶち込んでおけ!」


 神官たちがわたしを取り囲み、わたしを逮捕しようとした時、勇者様が庇うようにわたしを抱き上げた。


「タケル……」

「なんだか知らないけど、ファナは俺が守ってやる」

「ありがと、タケル。愛してる……」


 わたしは、そう言ってタケルの頰に口づけをする。

 タケルが少しニヤリと口角を上げたのが見えた。


「んじゃあ、ちゃんと捕まってろよ」


 そう言ってタケルはわたしをおんぶすると、神官に殴りかかろうとする。


「わわっ、ダメだよタケル。神官様に殴りかかったら、それこそ死刑になっちゃうよ」


 わたしは、慌てて制止する。


「神官様には、ママがちゃんと伝えてあげるから、ちょっとだけ待っててね」

「えっ? ママって……」

「あっ……。えーっと、それも後で教えるから、待ってて」


 わたしは、タケルにおんぶされたまま、神官様に話しかける。


「神官様、わたしとタケルはご覧の通り、すっかり仲良しです。ですので、パンツを脱がせようとしたのは、愛あればこその行動。このような場所でしてしまったことは反省します。ごめんなさい」


 神官様たちが円陣を組んで協議を始めた。

「愛ゆえの行動なら仕方がない」

「いや、しかしあのような行為はハレンチでは」


 すると、いつの間にか魔法陣の中央にまで来ていた国王様が、高らかに宣言をした。


「まあ、良いではないか。今回の件は、全てワシが赦す。そこの娘は要望通り、勇者の〝婚約者〟になることを認めよう。娘、そなたの名はなんと申すか?」

「は、はい。国王様。わたしは、華菜(ファナ)と申します。孤児のためファミリーネームはありません」

「ふむ、孤児とな? それは辛い思いをしたであろう。これからは勇者の嫁として生きるが良い。

 ここにいる国民に告ぐ。これからはこの娘――華菜(ファナ)を勇者と同格とみなし、それ相応の待遇をするように。ワシからは以上だ」


 勇者様と同格ということは即ち、わたしも〝闇の龍〟の生贄に選ばれたということだ。しかし今度こそ愛するタケルと一緒に死ねるのなら、それは嬉しいことなのかもしれない。でも愛する我が子には、長生きをしてもらいたいことも確かだ。


 わたしが、思考を巡らせていると、タケルが聞いてきた。

「なあ、ファナ。いったいどうなったんだ?」


 わたしはタケルに、ことのあらましを告げる。本来なら〝勇者様〟が知るべきではない〝生贄〟のことを含めて全部だ。


 話を聞き終えたタケルは、拳を振りかざして言った。

「だったら、俺がその〝闇の龍〟っていうのをぶっ殺してやる。そうすれば、俺もファナも助かるんだろう?」

「それは、そうだろうけど……無理よ。闇の龍ってものすごく強いのよ。昔、10万人の大軍隊で倒そうとしたことがあったけど、倒せなかったって話よ」

「へっ、そんなの関係ねーよ。どのみち、倒さなきゃ死ぬんだろう? だったら、最後の悪あがきをするくらい良いじゃねーか。だって、俺は〝勇者様〟なんだろう?」

「タケル……。立派に育ってくれて、ママは嬉しいわ」

「その、ママってのはいったい……?」

「あのね、わたし、前世の名前はハナっていう日本人だったの。

 それで死んだ時に『息子にもう一度会いたい』って神様にお願いしたら、この世界に生まれ変わっていたのだけれど、どうやら今日、そのお願いが叶えられたみたいなの。

 タケルのお尻にホクロがあれば確定なんだけれど――だから後で良く見せてね」


 タケルが驚いた顔をして尋ねる。

「えっ? ファナが……こんな小さな女の子が俺のママだって?」

「間違い無いわよ、タケル。あなたのことは全部思い出したわ。

 例えば、そうね……タケルはいつもおとなりのサクラちゃんに泣かされてたでしょ。

 それに、3年生になるまでずっとオネショしてたよね。それから――」

「わああぁぁっ! わかった。ファナが俺の母さんの生まれ変わりだって認めるから、それ以上はやめてくれ!」

「ふふっ。可愛いわね。でも一応、後でお尻だけは見せてね」


 事実を知ったタケルは、額に手を当て口を半開きにしていたが、やがて立ち直ったのか、わたしに言った。


「だったら尚更、〝闇の龍〟を倒さないといけないな」

「うん、わたしもできる限り協力するね」


 こうして、わたしたちは、自分の運命をかけて、〝闇の龍〟と戦うことを決意したのだった。


 ――〝闇の龍〟が現れるまで、後1200日――


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