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人魚とチシャ猫  作者: 種有バジル
4/11

白雪と人魚


 進級式の次の日。つまりは昨日。魚谷拓人は学校には来なかった。


 正確には来られなかったわけだが。彼からのメールによると、感染性胃腸炎だったらしい。昨日は魚谷が暇だったのか、私のスマホへのメールが止まらなかった。


 はっきり言うと迷惑だとさえ感じた。何事も適度にやらなければならないことを彼は知った方がいいと思う。


 そして、今日。魚谷は学校に来ていた。進級式の日と対して変わらず、誰とも目を合わさずに自分の席に座る姿を度々目撃していた。教室で私と魚谷が直接話すことはない。この年頃の女子生徒は、男女が一対一で仲良くしていれば噂にする。そうして、色恋沙汰のネタにする。


 そして、1日の5分の4を終えて迎えた昼休み。人魚王子をじぃっと見つめる姿があった。


 その男は、白石雪夫。類い稀なる中性的な顔立ち。まるでFが2つ並ぶゲームに出てくる主人公や登場人物みたいな整った顔。前年度の文化祭での女装コンテストでは圧倒的、そして堂々の1位を獲得した。顔だけなら、女子達にモテる。モテまくっている、はずだった。


 彼は残念なことに口が悪い。不良だとか、ヤクザだとかと同じ話し方の問題……ではない。息をするように毒を吐くのだ。


 おとぎ話の白雪姫は、物売りに化けた王妃から毒リンゴをもらい受け、それを口にしてしまう。そして、白雪姫は倒れてしまう。ガラスの棺に入れられた彼女を王子さまが見つける。棺の中の姫に恋した王子は、家来に棺を運び出させるも、その家来が足元の悪い道で躓く。その衝撃で毒を吐き出した姫は生き返る。これはオーソドックスな話だ。


 毒リンゴの欠片を吐くように、白石は毒を持った言の葉を吐く。それでトラブルが絶えないのだ。


 白石雪夫。こっそりと白雪王子と皮肉を混ぜた呼び方をされている。本人も認めているので、本人公認になった。白石自身も少し気に入っている。


 そんな毒男が、人魚をみつめている。何をするつもりだろうか?


 「魚谷」


 白石が声を掛けた。魚谷は少し驚いたように体がすこしだけ動く。少し怯えたような様子だ。


 「って、話すわけねーわな。悪かった。……少し、話があんだよ」


 魚谷が首を傾げた。話さない代わりに、相づちだけはしっかりしている。その相づちを見て、白石は話を続ける。今度は小声だ。上手く聞き取れない。


 魚谷は頷くと、白石とともにどこかへ歩き出した。


 魚谷拓人。他人との関わりを拒否してきた男。そんな男が他人と行動を共にしている。面白い光景だ。何を話すのか気になる。


 そのとき、私のスマホに通知が入った。


 『追ってきたら、さなちゃん呼びな』


 白石からだ。私のことを理解しているあの男は、私が動き出すタイミングも思考も、嫌なこともよくわかっている。……さすが幼馴染みだ。


 白石雪夫は私の幼馴染みだ。気付けばいつも隣にいた。


 幼いときから、言葉で相手を負かす男だった。しょっちゅう相手を言葉で負かし、泣かせては怒られて帰ってくるのだ。怒られたあとは必ず、私に八つ当たりをしてくる。傍迷惑なやつだ。そして、私に叩かれて泣くのだ。


 泣きべそをかきながら、その都度私に暴言を吐く。そして、私もその言葉に刺されて泣いていた。最低最悪な関係だったのかもしれない。


 「才川さん」


 ふと、誰かに呼ばれる。物静かで気だるそうな声だ。


 「ねえ、才川さん」


 私のカーディガンの袖を誰かが引っ張る。私はその手の先を見る。いつのまにか私の隣に小柄な少女が立っていた。ふんわりと毛の先にパーマを掛けた明るい茶髪の少女。目は大きくタレ目。頑張ればぱっちりとした目なのであろうけど、いつも半分しか開いていない。


 「……えっと?どちら様?」


 私はこの人を知らない。本当に誰だかわからない。部活の人ではない。


 「茨木み……すぅ……」


 茨木と名乗った少女は自分の名前を言い終わる前に寝てしまった。しかも、立ったまま。人は立ったまま寝れるものなのだろうか?どこにも支えはなく、自立したままで。


 「ちょっと!?おーい?茨木さーん?」


 彼女の目が少し開く。そして、こしこしと目を擦った。


 「……昨日、寝てなくて。あともう少しで、イズミとレンが……」


 とてもスローペースで茨木は話す。単語ごとに呼吸(ブレス)を入れているような気さえしてくる。


 「泉と煉瓦?」


 何を話しているんだろうか?泉と煉瓦で何を作ろうとしている?


 「すばらしいの……。寝ないで頑張る、の」


 「それが茨木さんが寝てない理由なの?」


 「そーなの。イベントで…………。あ、何時?」


 「え!?今、12時50分だけど……」


 「…………帰る。またね」


 茨木は私に背を向けすたすたと去っていった。話すスピードとは違い、とてつもなく早足だった。


 それにしても、泉と煉瓦とイベント。何のことだろうか?茨木の家に泉があるわけでも無かろう。かといって、最新作のRPGゲームにもそんなイベントは無い。


 取り残された私は泉と煉瓦とイベントという言葉と、先の白石と魚谷のことで悶々としていた。


 教室は魚谷が他人と会話?し、誰かと共に行動したということで大騒ぎになっていた。元々、噂大好き属性の高校生だ。高校生は噂を肴にジュースを飲むのだ。そりゃあ、話題にならないわけがない。


 主に女子生徒が騒いでいる。遂には、魚谷派、白石派。という話題に変わっていた。確かに、あの二人はタイプが違うように思える。態度がクールで文面がおしゃべりな魚谷と、態度はソフトなのに口から出るのが毒しか出てこない白石。派閥ができるのもわからなくはない。二人とも黙っていればそれなりにイケメンっぽいから。


 しかしまあ、なんでそんなに騒いでいられるのだろう?たかが男子高校生じゃないか。しかも、正確に超難有り。彼女たちにしては、アイドルみたいなものなんだろう。


 「ねえ!才川さん!!」


 女子の群れが私に集る。うるさいと思いつつ、愛想笑いで彼女たちを迎える。


 「どうしたの?」


 「白石くんと、幼馴染みなんでしょ!?」


 幼馴染み。幼馴染みだというのも面倒だ。昔から、幼馴染みだということで私が白石について根掘り葉掘り聞かれるのだから。


 本当にめんどくさい。ここでフラッと消えてやりたいものだけど、そろそろ昼休みも終わる。逃げられなさそうだ。


 「おーい、才川ー」


 白石と魚谷が教室に戻ってきた。ナイスタイミング。白石が珍しく満面の笑みで教室に入ってきた。魚谷は少し緊張しているようだ。


 私の周りにいた女子生徒たちは、白石と魚谷の方へと視線を向ける。魚谷が少し白石の背中に隠れた。白石は女子をグルっと見渡すとため息をついた。


 「人間のオス二匹が帰ってきただけで集まってんじゃねーよ。歩きにくい」


 すると、キャー!と歓声を上げながら白石と魚谷から女子の群れが引いていった。……なんだありゃ?


 「才川さん」


 茨木がまた私を呼ぶ。また泉と煉瓦とイベントのような、意味深なことを話すんじゃないかと少しばかり期待する。


 「しらうお、おいしいかも」


 「しらうお?魚はどれも美味しいでしょ?」


 「………………ぐぅ……」


 「ちょ、寝ないで!?」


 茨木はしらうおが美味しいと言ったまま、また立ったまま寝始めた。なんなんだこの人は。言動全てが意味不明。


 「才川、この茶番は何?お前、何した?」


 「何もしてないよ。私のせいにしないでほしんだけど」


 白石は私の目を見つめるとため息をついて席に戻った。続いて魚谷も席に戻る。若干動きがぎこちないのはさっきの女子たちのせいで間違いないだろう。


 きんこんかんこん。と予鈴のチャイムが校内に、教室内に響き渡る。


 「才川」


 「何?次は数学だよ。真面目にやれ」


 「お前、今年の写真のコンテストは勝てるぞ」


 それだけ言うと、白石はスマホのゲームを始めてしまった。授業開始1分前。授業を受ける気は全く無いらしい。


 魚谷は私の方を見ては力強い目線を送っていた。まるで、俺に任せろ。みたいな。……何をしたんだ白石。


 嫌いなタバコの臭いがだんだんと濃くなってくる。どうやら、授業開始まで残り30秒しかないらしい。私は机の中から教科書を取り出した。

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