奴隷街 カーターレン
どれぐらいの時間走り続けただろうか。
時に休息を挟みながらも俺たちは月明かりに照らされてかすかに見える山道を夢中で走っていた。
そして、月が沈み太陽が出始める時には開けた小山に出た。ここからは廃れた建物が多くある少し大きな村が見えた。
「はぁはぁ…。いやぁ、どこだよここ…」
方角も分からずに王都を飛び出したため、ここがどこだかも分からない。
この小さな独り言にユキが反応した。
「はぁ…多分、だけど。あの汚くてボロくさい感じ、カーターレンかも」
ユキがそう言うと膝に手をついて息を切らしているハンネがビクッと身震いを起こした。
「へ?カーターレン?」
「やっぱりエイジは知らないかぁ。カーターレン。通称 奴隷街。場所としては東に位置する、主に奴隷の売り買いをするちょっと嫌なところだよ」
完全に息切れが直ったユキが淡々と説明してくれた。
その説明を聞くなりハンネは地面に座り込んだ。
「カーターレン……。」
そう呟いた彼女は目を大きく見開いて涙を流し始めた。
「お、おいどうした!大丈夫か?!」
「エイジ」
震えるハンネのそばに駆け寄った俺をユキは呼ぶ。そしてハンネから俺を離した。
「ここは私に任せて。」
「ハンネ、怖いよね。そうだよね。ここで一旦寝てようか。身体魔法 《スリープ》」
そう魔法をユキがかけるとハンネはぱたっと寝てしまった。
「なんで寝かせたんだ?」
「……それしか思いつかなかったもん。多分なだめても無駄だっただろうし。…トラウマってそう簡単に消えないじゃん?例え記憶喪失で全ての記憶が消えた身だったとしても。」
なるほど、全てが繋がった。ハンネが魔王幹部の手下だったのはここの奴隷街とやらで買われて奴隷ではなく自分の従順な手下にされたからなのだと。そりゃ、ここの地の名前は嫌でも脳みその奥深くに刻み込まれてるよな。
「ハンネ、このままにしとくか?それともおぶる?」
「寝かしてても大丈夫だとおもうよ。どうせあの街にエイジ行くでしょ?連れてく方が可哀想だよ」
そう言ってハンネに駆け寄るとユキは魔法を唱える。
「光魔法 《リファクション》」
魔法を唱えるとハンネの姿が消えた。
「うお。すごいな。どういう魔法なんだ?それ?」
「魔法の膜で光の屈折を変えて透明にしてるの。簡単でしょ?」
ユキはちょっと自慢げな顔でこっちを見た。
「簡単なのか……?うん、まぁ、行こうぜ?」
「うん。でも私もあんまり好きな場所じゃないから早めに戻ろうね?」
と俺の裾をギュと握った。
俺らはそのまま小山から駆け下りるとその村の入り口に真っ直ぐ歩いていく。
その入り口が近づくにつれてなんとも言えない、だがとても良いとは言えない臭いが鼻を突くようになった。
「着いたよ。ここがカーターレンの入り口。」
その入り口は真っ直ぐ続く大きな通りになっていて汚い檻が沢山並んでいる。
客は見る限りそんなに多くないようだ。というか全然いない。
「じゃあ、行くぞ?」
ユキにそう聞くとコクリと頷いて俺の手を握ってきた。
「あの、怖いとかじゃなくて、すごい心が苦しくなるの。絶対、離さないでね。」
「分かったよ。」
強く握られたユキの左手はなんだか落ち着きがなかった。
奴隷街 カーターレン