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苦手な方はご注意ください。

モフモフ転生シリーズ

じじぃ奮闘記 〜じじぃが空を飛ぶまで〜

作者: もふぷに

 えー、投稿第4弾となります。

 前回がカオスすぎたので、方向修正。

 今回はじじい主人公ということで、最初から最後までじじい満載でお届けしております。ご了承下さい。


モフモフ、ピヨピヨ

 ハア……


「思い起こせば、良い人生だったねぇ……」


「……あなた……」


「すまないね。君を残してしまうことだけが……私の、唯一の心残りだよ……」


 ベッドに横たわったままの私がそう口にすると、妻の瞳からハタハタと涙が零れ落ちる。

 あぁ、嬉しいものだ。自分の死を、悲しんでくれる人がいるということは。

 妻を1人残してしまう悲しみと、罪悪感に苛まれながらもそう思う。私は、果報ものだ。


「大丈夫ですよ。私も、きっとすぐいきますからねぇ……」


 妻がそう言ってくれる言葉が嬉しい。嬉しいと感じると共に眉毛がヘニャ、と曲がる。


「出来れば、君には少しでも……長生きをして、欲しいと思ってしまうのは……私の我が儘、なんだろうね……」


「っ……」


 あぁ、いけない。困らせてしまったかな。

 私がそう言うと妻は息を詰まらせながら、さらに涙を零す。どうか、泣かないで欲しい。涙を拭ってあげたいが、言うことを聞かない体はフルフルと震えるばかりで、手を持ち上げることすら出来ない。


 ハア……


「君と……過ごした日々は、とても楽しいもの、だったよ。本当に……ありがとう……」


 少しずつ、息をするのが難しくなってくる中、妻の目を見ながら言う。本当に、楽しかった。


「……えぇ。忘れられないわ……あなたが会社を退職してからも色んなところに行ったわね…

 フフ……まさか、この年になってバンジージャンプや、ロッククライミングや、スカイダイビングをするなんて……若い頃は夢にも思わなかったわ。知ってた? 私、高所恐怖症だったのよ?

 フフフ、それなのにあなたってば……」


 悲しみを残しながらも笑顔を浮かべ、妻がそう零す。

 それを聞いた私は、思わず眉毛が情けなくヘニャっと曲がった。


「ぅ、知ってはいたんだけど、ね……あまりにも美しいから……えぇと、その、君にも、どうしても是非見せたくなってしまって、だね……?」


 妻からの一言に、言葉を詰まらせながらも年甲斐もなく言い訳をする。うぅむ……わ、悪気はなかったんだよ? 本当だよ?


 クスクス……


「えぇ、えぇ。もちろん、知っておりますとも。だって、私を連れまわすあなたの顔、とっってもキラキラしてたのよ……? あなたとあの光景が見られたのは、何よりの宝物だわ……」


 クスクスと笑みを零しながら答える妻の顔に思わず見惚れた。あぁ、まだ、死にたくないな……。


「そう、言って貰えると嬉しいよ……あの空の美しさは、誰もが……見られるものではないから……ね……」


 もっと沢山のことを話していたい……。けれど、もう時間が来てしまった……みたいだねぇ……。


「ぅん……本当に、楽しかった……私と生きてくれて、ありがとう……」


 悔しいね……。最期にもう一度君の顔が見たいのに、もう、目が見えないみたいだ。

 開けたままの目尻から、耳の方へ涙が零れ落ちるのを感じる。

 零れ落ちた涙を優しく拭う、ヒンヤリとした手の感触がした。


「私こそ、本当に楽しかったわ……。こんな私と一生を生きてくれて、ありがとう……」


 ……私と妻に子供は出来なかった。妻がそれを悔いていたのは知っている。しかし、それでも私は君が良かった。君と生きたかったんだ。そう伝えたいのに、言葉がもう、出て来ない……。


「愛してるわ、あなた」


「あぁ、私も……き……ぁいして……る……」


 ちゃんと言葉になったのだろうか。自分が口に出した言葉ですら聞こえない。段々と薄れ行く意識の中、必死に目を凝らした私の目に映ったのは、笑みを浮かべながら涙を零す、妻の姿だった……。

 あぁ、ちゃんと聞こえてくれたのかな……。そうだったら良いなぁ……。


 そして、私は、死んだのだ。



 ***



(死んだ、はずだったんだけどねぇ……)



 ふ、と浮かび上がった意識に目を開けると、フワフワ、モフモフとした柔らかな何かに包まれた自分の姿だった。

 うぅむ、ここが天国なのかねぇ? ちょっと思ってたのとは違うけれど、フワフワと暖かくて、気持ちの良いものだねぇ……。


 ピヨピヨ


 うんうん、何とも心癒される音色だねぇ。まるで小鳥の囀り(さえずり)のようだよ。


 ピヨピヨ、ピヨピヨ


 うんうん……うん? 囀りのよう、じゃなくて、ひょっとして本物の囀り、なのかな?

 遠くから聞こえて来る、と思うにはあまりにも近すぎるその音に、1度閉じた目を再び開いた。


 ピヨピヨ、ピヨピヨ

 ピヨピヨ、ピヨピヨ


 私の周りには、白と茶色の産毛の生えた小さなヒヨコ達がミッチリと詰め込まれていた。

 えぇと。うぅん? これは、一体どうしたことだろうねぇ? 下手に動けばウッカリ潰してしまいそうだよ。とても可愛らしいけれど、どうにも、困ったものだねぇ……。


「ピヨ(はぁ)」


 おや?


「ピヨ(はぁ)」


 ……ひょっとして今の声は私が出したものなのかねぇ? えぇと、うぅむ、ちょっとあまり考えたくないのだけれど……。

 ゆっくりと、自分の体を見下ろす。

 すぐに一旦空を見上げてから、再び見下ろした。

 嘆息して、深く、目を閉じる。


 えぇと、うん。まさか、とは思いたいのだけどねぇ? ひょっとして、私は今ヒヨコになっているような気がするのは、気のせいかねぇ……。


 ピヨピヨ


 茫然とする私の周りで——気付けば自分と同じ位の大きさの——ヒヨコ達がピヨピヨと囀る。頭の中で混乱の渦に叩き込まれている私と違って、現実ではなんともほのぼのとした光景が繰り広げられていた。


「ピヨ(ハァ……)」


 愛する妻よ、私はどうやら、ヒヨコに生まれ変わってしまったようだよ……? 

 高所恐怖症の君をスカイダイビングとかに連れ出したバチが当たったのかねぇ……。

 あぁ、でもプルプルと産まれたての子犬のように震えながら、私の腕に必死でしがみ付く君の姿は何とも、可愛らしかったよねぇ……。もちろん、君に伝えた言葉は嘘じゃないんだよ? あの美しい光景を一緒に見たかったのは本当のことだ。けれど……


 1番の理由は、可愛らしい君の姿を見たかったから、というのは絶対に気付かれてはいけないことなのだろうねぇ……。


 あらあらウフフ、と笑顔でいながらも手を握り締める妻の姿を見たような気がした。


「ピヨ(ふぅ)」


 うぅむ、困ったねぇ。

 溜め息を吐く度に零れる鳴き声に、つい、困った時のいつもの癖で眉毛がヘニャっと曲がった。

 うぅむ、ヒヨコって眉毛はあるのかなぁ? などと取り留めのないことを思いながら、身動ぎ(みじろぎ)する度に感じるモフモフ、フワフワとした感触を楽しむ。

 はぁ、現実逃避だということは分かっているんだけどねぇ? これから、どうしたら良いんだろうねぇ。……どうしようもないのだろうねぇ。はぁ。


 ふ、と影が差した。


 うん? と疑問に思いながら見上げると、大きな鳥の影が近付いてくるのが見えた。危機感を覚えたのか、周囲のピィピィとした鳴き声が一層大きくなる。


 あぁぁ! いけない、隠れないとみんな食べられてしまうよ! 


 どんどん近付いて来るその影に気ばかりが焦る。慌てて辺りを見回すも、どこにも隠れられそうな場所はない。自分1人が助かっても意味はないのだ。生かすなら、老いた自分よりも幼い、この子達を……!


「ピヨ———!!(この子達を食うなら私を食えー!!)」


 バサバサッ


 …………。おや?

 その大きな鳥は、近くまで来ると翼を羽ばたかせ巣に舞い降りた。すると、口にくわえた虫のようなものを引きちぎりながらピィピィ、と甘えた声で鳴くヒナ達の口に押し込んで行く。

 その光景を見てガクッと(あご)が落ちた。


「ピヨ……(この子達の親だったのかい……ヒヨコじゃなくてヒナだったか)」


 ムッ、グッッ!


 ポカンと開けたままだった私の口にも何かが押し込まれて行く。思わずモグモグと口を動かしてからゴクリと飲み込む。

 うん……ちゃんと形のあるものを食べたのは随分と、久しぶりだねぇ……。でも、出来るならホカホカに炊いたご飯と、妻の漬けたカブの漬物が食べたかったよ……。

 ポロリと涙が零れた気がした。



 ***



「ピヨ(はぁ……)」


 昔はハチの子とか、ザザ虫とかよく食べていたから、虫を食べることに忌避感(きひかん)はないよ。ないのだけれど


「ピヨ……(塩とは、かくも偉大だったのだなぁ……)」


 どうやら味覚は人間のままのようで——濃い塩分の味に慣れてしまった現代日本人たる私には——素材そのものの味しかしない、というのはなかなかに厳しいものがあった。そして今日も眉毛が曲がる。

 妻よ……君の漬けた漬物が食べたいです……。


 脳裏で、あらあらウフフと笑う妻の姿が浮かんだ——しかし、漬物はしっかりと後ろ手に隠されていた——が、そう優しくはないようだ。

 晩年は塩分摂取量も厳しく言われていたからねぇ……。

 若い頃からの不摂生による自業自得ではあるものの、優しくも厳しい妻だった。

 そして、酒のツマミに虫を食べる私を見る妻の目はドン引きであった。


 今の私を見たら、やっぱり妻は驚くだろうか?

 いやいや、以外と豪胆なところのある君のことだから、あらあらウフフと受け入れてしまうのかもしれないね? 

 ふぅむ、それも良いかもしれないなぁ。また、君と生きられるのならば、これ以上の幸せはないだろうよ。


 バサバサッ


 ピィピィ、ピィピィ


 うん。まずは頑張って生きてみることにするよ。大きくなって、いつか君のところへ飛んでいけると良いね? もし、君のところへ行けなくても、あの世で君に話すことが増えるのならば嬉しいねぇ。


 さて、と。


「ピヨ————!(私にもご飯を頂けますかー!?)」



 ***



 私が再び鳥として目覚めて早6日。


 妻よ、私はあれから毎日すくすくと元気に育っているよ。最近ではモフモフとしていた産毛も少しずつ抜けて、少し鳥らしくなってきたんじゃないかな? 


 体色も茶色が濃くなって来て、親鳥に似て来たと思うなぁ。未だにどちらがお母さんで、どちらがお父さんなのか分からないのだけれどね……。

 そうそう、私の周りにいるヒナ達も、私と同じようにすくすくと育っているよ。


 けれど、やっぱり自然のものだからね、上手く育たない子もいたんだ……。動かなくなったその子を見た時は悄然(しょうぜん)としてしまってね、仕方ないとは思いつつも、やはり悲しかったよ。

 1番悲しかったのは、死んでしまった子を他の子達が巣から落としてしまったことだね……。君もテレビで見たことがあるだろう? 君も悲しんでいたけど、実際に見るものではないねぇ。ここにいるのが私で良かったよ。


 最初の時から2羽減ってしまった巣は、ヒナ達が大きくなったこともあってギチギチなのだ。端っこに押しやられると、ウッカリすると落ちそうになるので、私としてはヒヤヒヤものである。


 まだまだ翼は、幼く未熟で、空を飛ぶことは出来そうにない。ウッカリ巣から落ちてしまえば、獣の餌になってしまうことだろう。


 まだまだ、全員ご飯はたくさん必要なようだよ。

 最初の頃は親鳥が餌をちぎって与えていたのが、今では丸のまま食べられるからね。親鳥はとっても大変そうだよ。

 子育てって大変なんだねぇ……。


 そう言えば、鳥の性別ってどうやって見分ければ良いんだろうね?

 私は自分のことを勝手に雄だと思い込んでいたのだけれど、もしも女の子だったらどうしたら良いんだろうか?

 もし自分の娘さんの中身が、こんなじじぃだと言うことになれば親御さん達に申し訳が立たないよ……。どうにかして調べたいんだけど、どうすれば良いのだろうか……。

 そう悩んでいると、ついつい眉毛がヘニャリと曲がった。むぅ、いかんいかん。こんな小さな頃から眉間に(しわ)を寄せるなど、とんでもない!


 バサバサッ!


 ピイピイ!ピイピイ!


 あぁ、帰って来たか!


「ピイ! ピイピイ!(あぁ、すみません! 私にもご飯を……!)」


 あ……行ってしまった。

 最近では他の子達の食欲も凄くて、出遅れるとご飯が食べられないのだ。今は私も何とか頑張って食べているけれど、全く食べられない子もその内出て来るだろう。

 人間だった時は、こんなに食欲を感じたことはあっただろうか?若い時ならばともかく、年を取るにつれて食も細くなっていた。

 本当なら愛しい妻の作ったご飯が食べたいところだが……。

 なにはともあれ、私を含めて、今いるヒナ全員が無事に育つのを祈るばかりである。


 バサバサッ


「ピイ————!!(今度こそご飯を下さぁい!!)」



 ***



 さて、あれからまた数日が経って、おそらく今は生後10日頃だと思う、かな?

 餌を貰うことに必死になるあまり、曜日の感覚をつい、忘れていたようだ。いや、この年になって恥ずかしい……妻よ、君が知ったら笑うのだろうね?


 あぁ、私が元気な頃にはこんなこともあったっけねぇ……。


「あれ? 今度の水曜日って何曜日だっけ??」


 私が尋ねると、一瞬ポカンとした君はフルフルと震えながら


「水曜日はいつになっても水曜日ですよ」


 と、答えたのだっけ……。

 それを聞いて今度は私が口を開けたまま、ポカンとしてしまって。少し考えてから自分の言ったことに思い至り、大笑いをしたものだったよ。

 そして君は口元を押さえて控えめに笑った後、隣室に姿を消して私に隠れて大笑いをしていたね。声を出して笑っていなくてもね、スタタタタタタタンッ! と連続して小刻みに机を叩いている音が聞こえているから。妻よ、隠してるつもりでもバレバレだったからね?

 君は結構、笑い上戸だったからね……。


 うん、懐かしいことを思い出したねぇ。あぁ、いけない。本題からずれてしまっていたよ。すぐに話しがずれるのは、やっぱり私がじじぃだからなのかねぇ?


 うん、そうそう。私はね、あれからさらに大きくなって幼鳥、と言っても良いんじゃないかな。結構立派になったんだよ? やっぱり、まだ空を飛ぶことは出来ないけどね、少し活動範囲も広がって、巣の外にも出るようになったんだ。

 とはいえ、ほんのちょっと。すぐ近くにある枝までなんだけれどもね。それも短時間だけで、すぐに巣に戻ってしまうからねぇ。……慣れない体で動き回るのは、まだちょっと怖いんだよ。


 それと、残念な知らせもあるんだ。

 私達ヒナが全員育てば良いね、と言ってたんだけれどね。あの後、また1羽ヒナが減ってしまったんだよ。

 あれは私達も油断していたんだろうね。


 いつものようにバサバサと翼を羽ばたかせる音が聞こえて来た。私もてっきり、親鳥が戻って来たのだと思っていたんだけれどね。

 次の瞬間、巣の中にいた1羽があっという間に(さら)われてしまったんだ。鳴き声1つ上げることもなく、一瞬の出来事だった。

 ほんの瞬き(またたき)1つの間にヒナが1羽減っていたものだから、私にはしばらく何が起こったのか分からなかった。

 当然ながら、その子は帰って来なかったよ……。


 これまで、自然に死んでしまうことはあっても、誰かに襲われたことはなかったんだよ。改めて自然の厳しさを思い知らされたね……。

 でも、その時私は攫われたのが自分じゃなくて良かった、と思ってしまったんだよ。死んだらあの世で君を待てば良いと思っていたのにね。


 いつの間にか、死にたくないと思うようになっていたんだ。


 最初は死ぬなら自分が先に、なんて考えていたのにねぇ……。今は無性に君に会いたいよ。また、話しがしたいなぁ……。


 あぁ、湿っぽくなってしまった。すまないね。年寄りはどうにも愚痴(ぐち)っぽくて困るよ。

 今日は夢で君に会えると良いなぁ……。



 ***



 妻よ、今日も元気にしているだろうか? 私が死んだ後も、ちゃんと笑えているのだろうか。

 あれから、ずっとそのことが気がかりでならないんだ。


 あぁ、今日も私は元気に過ごしているよ。今はだいたい、生後20日頃になるね。

 あれからはヒナが減ることもなく、みんな元気にしているよ。元気過ぎてもうあっちでバサバサ、こっちでバサバサと、巣にいるのが辛いくらいだよ。


 君が最初の頃の私を見ていたら、きっと驚くと思うよ。

 それだけ私達は立派になったからねぇ。鉤爪も太く、しっかりとしてきて。それに、翼を強く羽ばたくと、時々フワリ、と浮くような気がすることもあるんだよ!


 そういえば、つい先日気付いたばかりの事実なのだけど、どうも私は猛禽類(もうきんるい)のようだよ。餌として肉も早くから食べていたのに、ずいぶん気付くのが遅かったものだ。

 相変わらず自分の性別は分からないままなんだけどねぇ。


 そうそう、活動範囲もどんどん広くなっていてねぇ。今ではいくつかの枝に移れるようになってきたんだよ!

 他の枝に跳び移れるようになったのは、他のヒナ達より遅かったんだけどね。慣れたら早いもんだ。今では誰よりも身軽に動けるんだよ。

 もっとも、寝る時は私は枝から落ちるのが怖くてねぇ。私1人だけは巣に戻って寝ているんだ……。他のヒナ達は枝に止まったまま寝られるんだけど、器用だよねぇ。手先の不器用なじじぃにも出来るのか、ちょっと自信はないんだよ……。

 落ちた時の事を考えると、やはり眉毛が歪んでしまいそうだよ。


 そういえば、そろそろ巣立ちも近いのかもしれないね。

 親鳥も、もう、巣には戻って来なくなった。餌をくわえたまま、少し離れた枝の上からじっとヒナを見ている。

 親鳥の元まで行けば、餌が貰えるんだけど、なかなか難しくてね。

 餌欲しさに頑張って近付くんだけど、そうするとまた、親鳥が離れて行く。そうやって、少しずつ体を慣らしているのだ。


 こうして考えると、人間は随分と甘やかされて生きているものだね。この体になってから、まざまざと思い知らされているよ。

 雨が降っても家の中に入ってしまえば濡れずに過ごせるだろう? ここではそうもいかないんだ。葉の茂った枝の陰でも限度があるからね。

 うん、なぜ急にこんなことを言い出したか知りたいかい?


 本来、君のような女性に話すことではないのだろうから、ちょっと恥ずかしいんだけどね……この鳥の体では、その、トイレがね。外、なんだよ……。

 それも、巣や枝の外にチョンと突き出してね、それで終わりなんだ。以前のような()に悩むこともないのだけれど。

 妻よ、私は家のウォシュレット付きのトイレが恋しいです……。


 未だに、慣れてくれないんだよ……。



 ***



 やぁ、少し間が空いてしまったね。心配させてしまっただろうか。

 妻よ、私はこの通り元気でやっているよ。君もきっと元気で過ごしているのだと思いたい。


 あぁ、そうそう。今日の出来事はね、なんと、とうとう巣立ちをしたんだよ!


 ふふ、残念ながら、私じゃなくて別のヒナなんだけどね。

 その瞬間はとても感動的なものだったよ……。



 その日は朝からヒナ達みんながなんとなくソワソワとしていた。

 あるヒナは片脚を上げたり、下げたり。

 また、とあるヒナは枝をしっかりと掴んだまま、バサバサと立派になった翼を羽ばたかせたり。

 私も、ついつい釣られてしまってね。あっちの枝へ、こっちの枝へ、と跳び移ってみたり。年甲斐もなくはしゃいてしまっていたみたいだ。


 そうしている内に、遂にその瞬間が訪れた。


 1羽のヒナが枝の上を力強く踏みしめ、頭を軽く2〜3度上下させた、と思ったら!


 バサバサッ


 と、隣の木へ飛び移ったのだ!

 残念ながら、親鳥達のように華麗にとは行かず、ヨロヨロとした若干不恰好なものではあったのだけどね。

 それでも、間違いなく空を飛んだんだ……!


 すると、そのヒナに釣られてか、別のヒナもおなじような動きをしだした。

 さっきのヒナと比べると、随分と慎重だな、と思うほどに何度も飛び立とうとしてはやめて、また飛び立とうとしてはやめて、と。

 それでも、覚悟を決めたのか勢い良く脚で枝を蹴り離した……と、思った直後。木の下の方に落ちて行ったときは驚いたよ。

 慌てて下を覗き込んだら、下の方にある枝に無事止まっていた。それを見た時は安心したなぁ。


 ここまで育ったのに、死んでしまったら悲しいだろう?


 それに、木の下を覗き込むとね、時々狼が通る時があるんだよ。1回だけじゃなく、何度も見ているんだ。それも1頭だけではないんだよ。体の色から見るに、多分3頭はいるようだよ。

 そういえば、時々小さな黒い何かが狼の背中に乗っているように見える時があるのだけれど、何だろうね? うぅん、ひょっとしたら気のせいかもしれないねぇ。


 それにしても、もし、下まで落ちたら狼じゃなかったとしても、きっと食べられてしまうだろう? ここまで一緒に育ったんだ。私にとっては兄弟みたいなものだからね。

 自分の兄弟が食べられてしまうなんて、もう経験したくないからね……。


 未だに全員の性別は分からないから兄弟かどうかは分からないんだけど、ね。

 うん、ちょっとしつこいかな? でも、じじいになるとね、細かいことがいつまでも気になったりするものなんだよ。


 まぁ、そんな感じで、今日は2羽のヒナ達が巣立って行ったんだ。

 実は数日前から親鳥が戻って来なくなってね……ある程度覚悟は決めてたんだ。本当だよ?


 その日の巣立ちは2羽でお終い。残るは私ともう1羽を残すのみとなった。

 今度こそ、覚悟を決めきらないと、ね。

 残った1羽も今日は寂しいのか、一緒に巣で寄り添って寝ているよ。


 妻よ、くれぐれもヤキモチは妬かないでもらえるかい? 私が愛しているのは、鳥になっても君1人だけなんだから……。



 ***



 やぁ、おはよう。

 今日はね、私も遂に巣立ちをしようと決心したんだよ。


 妻よ、どうか、私の無事を祈ってくれるかい? もし、祈ってくれるのなら、これ以上心強いものはないからね。

 うん、この年になって情けないんだけどね、凄く緊張しているんだよ。

 けれど、このままでいてもきっと死んでしまうだろうから、君にもう1度プロポーズするつもりで頑張ってみるよ。君がOKしてくれるのは知っているからねぇ。



 私の隣では残った最後の1羽が一生懸命、翼を羽ばたかせて練習をしているよ。


 うぅむ、この子には悪いんだけど、私はちょっと向こうに行かせてもらおうかねぇ……うん、翼が凄く当たるんだよ。


 さて、この辺なら良いだろうかね?


 それにしても、ちょっと木の下が気になるよ。

 なにせ1頭の狼がこっちを見上げながら、物凄い勢いで尻尾を振っているのだから……。

 狼君、期待している君には悪いのだけれどもね、失敗するつもりはないんだよ。


 さて、それじゃあ、頑張ってみようかね……!



 まずは脚を上下に動かして動きを確認。うむ、異常なし。

 次に、緊張をほぐしておこうか。頭を軽く振ってから、体全体を揺する。そうすると、羽と羽の間に風が通るのをしっかりと感じる。

 うん、緊張も少しほぐれたみたいだね。完璧にというのは無理だろうけれど、私には愛する妻の守りがあるからね。


 だからね、そこの狼君。舌舐めずりをしながら、こっちを見上げてウロウロするのはやめて欲しいんだよ……怖くはないんだけど、気は散るんだよね……。


 バサバサバサッ!


 うわっ!? おぉ……うむ。

 驚いた。やれやれ、先を越されてしまったか。

 さて、行こうか。


 グッ、と脚に力を込めると枝からギシリ、と軋む音がきこえた。

 翼を大きく広げ2度、3度と軽く羽ばたかせる。すると、羽先までしっかりと感覚があることに驚いた。

 うむ。これなら上手くいきそうだ。

 飛び移る先の枝を、睨むようにして見据える。

 風が吹いて揺れる枝を慎重に見つめると、自然と頭も上下していた。


 風が、止んだ


 瞬間一気に翼を最大限まで広げ、体を軽く沈み込ませてから勢い良く枝を蹴り離す……!

 フワリ、と宙に浮くのを感じ、そのまま大きく翼を羽ばたかせた。


「ピィ——————ッ!!」


 腹の底から込み上げてくる感動を、胸の高まりのままに高く、鋭く叫んだ。



「ピィ——————ッ!!!」

 今作品にも友情出演をチラッと入れてみました。



最後の狼は一体、ナニイロなんだ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この作品を作っていただきありがとうございます。 家族を連続で亡くし気晴らしで転生小説を読んでいる時に見つけました。 感想を書いている時も涙が止まりません。 ありがとうございました。
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