夏だ!!祭りだ!!就活だ!!
福岡の町に、また山笠の季節がやってきた。
夏だ!!慶子も利用者も夢を大事にするために熱くなる。
そして、英樹は就職戦線に熱くなる。
そしてまた、この章ではフラワーフィールドカンパニーの伝説の砂時計が登場する。
慶子は、天神から中洲方面へバスで行き土居町で下車し中洲の紙問屋へ歩いていった。
そこには、大きな模造紙や和紙がたくさんあり、慶子は目を見張った。施設からもらった予算ではちょっと買えないような金額である。確かに慶子が手出しすれば良いのだが、慶子の中には「他の職員に気を使わせず、みんなの心を元気にする壁面画を作ろう」という思いがある。色とりどりの紙をイメージの中に焼きつけ、店を出た。
・・・百均で買った障子紙に絵の具で色を塗ればきれいな色和紙になるし、染めるのもみんなで楽しめるし・・・
通りには、法被にふんどし姿の男衆たちが歩き、広場のテントではごりょんさんがアサリ汁とおにぎりを男衆に振舞っていた。
「そうか、山笠だな・・・」
慶子の脳裏に、5年前のことが甦った。慶子が高2の夏バスの臨時便に乗って英樹と一緒に7月15日の追い山を見に行ったのである。
「まだ、始まらないね。」
と言う二人。男衆たちは、広場で掛け声をかけながら気合を入れている。
アナウンスが入った。恵比寿流れだ。
「オイサオイサオイサオイサオイサオイサ・・・・
あっという間に山をかいた男衆たちは神社のほうへ消えてしまった。
「ただいまのタイム、34秒です。」
観客の中から歓声が起こった。
最後の川端流れを見て、二人はミスタードーナツへ行って朝食を摂った。
「なんか、あっという間に終わったね。近所の人から面白いって話聞くけどきっとあれは山をかいたり、料理をしたりして参加するから面白いんだよね。」
「そうだね。地元の企業に就職したら山笠に出ないといけないこともあるらしいから。そしたら、面白いことになるね。」
・・・英樹が地元の企業に就職すれば、二人にとって楽しいことがたくさんあっただろうに。
英樹は、大学4年で現在就職活動をしている。英樹は大学で法律を学んでいるが、放送業界に就職し、そこで学んだ社会についての見識を報道という立場で生かしていきたいと考えていたのである。
地元福岡での就活は、かなり苦戦している様子で英樹の友達のほとんどは内定をもらっているが英樹は放送局数社をまわったもののなかなか内定が貰えない。NHKと東京の民放を受けてみることにしたようだが、就活の話題は慶子との間で出なくなってきた。そして、慶子が紙問屋へ行ったこの日。
二人は、近所のファミレスで食事をしていた。慶子は、英樹から何か言われるんじゃないかと予感し、来るべき運命を変えんとばかりにどんどんおしゃべりになっていく。そんな慶子の気持ちを英樹も痛いほどわかっていた。しかし、就活という課題はそれ以上に英樹には重たかったし将来に対しての楽しみでもあった。
「慶子、ごめん。しばらく電話もできない。そして、会えない。しばらく距離を置こう。」
慶子は、不思議な言葉を聞いたような気がした。慶子も高校受験の頃、付き合っている男の子に「距離を置こう。」とは言ったことはあるが、この年になれば、現実と上手に折り合いをつけながら、うまく距離をとっていけると思っていたのだが・・・しかし、これは英樹が決めることである。慶子は、
「わかった。」
と返事して俯いた。
家に帰って、いろんな思いがめぐった。介護福祉士の受験勉強も手につかない。来週から実務者研修がある。これが始まれば、きっといろんなことを忘れられるはずだ。そう思って気持ちを切り替えた。
翌日、豊治の家族から連絡が入った。三男の信哉に女の子が生まれたということである。名前は“李花”。すももの季節なのでそう名づけたようである。息子夫婦から、生後間もない李花ちゃんの写真が送ってきた。豊治はそれを見ると今度は「ほっ」とため息を吐き、そして写真をじっと見ていたのである。
写真を見ながら話をする慶子と豊治を見て、近くにいたサクラが人寄せを始めた。
「あんた、私のところへも来んね。こっちにおいでよ。」
サクラが慶子のほうを見た。サクラの周りにはぬいぐるみがたくさん置かれていた。慶子は、棚の上にある砂時計をくるりと逆さに向け、サクラに話しかけてみた。一人の利用者と話しすぎないようにである。
「私ね、きのう失恋したの。この人に振られたの。」
と、サクラの前にあるぬいぐるみを指差した。もちろん、ぬいぐるみは例えである。
すると、サクラがそのぬいぐるみを手に取り慶子の前にパンと立たせた。そして、話し出した。
「慶子ちゃん、私もね、慶子ちゃんぐらいの頃にはいろんなことがあったよ。慶子ちゃんの彼は、慶子ちゃんのことを大事に思っているから慶子ちゃんに辛いところを見せたくないんだよ。慶子ちゃん、そんなことは忘れて、私たちと一緒に楽しくしようよ。」
「ワシがついてるよ。」
豊治も言う。そして、まおが
「ワン」
と吠える。
・・・今三人と一匹の前に、夢の世界が広がった。
今から山笠が始まる。そして、豊治が言う。
「慶子ちゃん着替えて。早く。砂時計が終わるまで夢の世界で楽しいことができるから。」
はっぴ姿の、サクラと豊治、そして慶子。まおは大きくなり山の上の武者の格好をしている。
「オイサー」
という声とともに、三人と一匹の乗った山は走り出すのである。山はジェットコースターのように速く、櫛田の杜を駆け抜けた。
そして、三人と一匹はいつものフラワーフィールドカンパニーに戻っていた。
今生きている、この現実を楽しく生きよう。
そこに夢がありファンタジーがある。
これから、この現実とファンタジーをいかに描くか?
これからの楽しみどころである。