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There persons and a dog   作者: 浜崎汪《はまさきめーる》
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社会人一年生

介護は技術勝負!!

決してラクな仕事ではない。

楽しさの反面、厳しさもある。

慶子は一ヶ月でそれを体験する。

社会人一年の慶子は、何かと気を使うことが多かった。最初は、知らない人たちの中で働き午後には吐き気をもよおし、トイレに何度となく駆け込んでいた。最初の二週間に、研修がびっしりとつまっていたが、利用者に対する知識や理念、移乗やおむつ交換、食事介助などの技術はすぐに覚えることができた。

 主要道路の桜並木は薄い緑色になっていたが少し冷たい風に吹かれている。遅出業務も覚え、今日は10時からの勤務である。施設に着いた冷えた慶子の頬は、温かい空気をおびすぐにピンク色になった。


 午後2時より、オムツ交換をする。

「パット交換をします。」

ゆっくりと声かけする慶子に対し、利用者はにっこり笑う。

その同じ部屋で、オムツ交換をする先輩は声かけもせずにさっさと一人の利用者を終わらせ、次の利用者に進む。慶子が一人の利用者のオムツを変える間に先輩は三人の利用者のオムツを変えている。

「声かけをしながら、もう少し手を早く動かせんかねえ。」

先輩が少し苛立ったように言う。

「あ、はい。」

と返事する慶子。

しかし、慶子には利用者の表情が見え、心の声が聞こえる。

「あなたが来てくれて良かった。かわいい子だ。早く育ってね。」

そんな風に聞こえたのである。


オムツ交換が終わると、四時ごろまでホールで起きておられる利用者を見守りする。その間に記録をしたりレクリエーションをしたりする。慶子はこの時間が好きだ。

「今から、ゲームを始めますよ。」

と、考えてきた楽しいゲームをする。特に準備などはしないが、クイズやじゃんけんゲーム、トークや歌などあっという間に時間が過ぎる。

車椅子に乗った少し小柄の、白髪の利用者が慶子に声をかける。

「最近は、こんなレクリエーションの先生が来てくださるようになったんですねえ。これからもまた来てもらえるのでしょうか。」

「あ、わたしはここの職員ですよ。木下と言います。」

ホールにおられる利用者は慶子のことが大好きになった。


それから間もなくのこと、慶子は副主任から相談室に呼ばれた。

「業務のほうはどうですか。」

と、聞かれ、

「楽しいです。」

と答える。ところが、副主任の反応は意外だった。

「そう。木下さんが利用者が好きなのはわかる。でも、与えられた業務を時間内にこなす力があるかどうか考えてみて。」

慶子のオムツ交換の時間は先輩の三倍かかる。いろんなことにおいて時間がかかる。そして、困ったことには、

「そしてね、最近夜勤をしているスタッフからこういう声があがってるの。利用者がコールを押して、木下さんを呼んでくれと何回も訴えられて仕事ができないって。」

ということだ。


どうしたら良いのだろうか。慶子は、涙をぐっとこらえた。


慶子は副主任の言葉にどんどん消極的になっていった。

 ところが、利用者はどんどん慶子に依存してくるようになった。

「木下さんならわたしを助けてくれるでしょう。」

「木下さん」「木下さん」

と利用者は頼ってくる。慶子が利用者にかまいすぎたからであろう。

最初の「利用者が大好き」という思いは、ここから逃げ出したいという思いに変わっていった。


 施設にはゴールデンウイークなどない。連休の初日の朝、浮かない顔で朝のおむつ交換をしている慶子に副主任から声がかかる。またもや相談室へ行く。

「木下さんに、お知らせがあります。異動です。2階フロアーに変わってもらいます。木下さんの利用者への対応はまだ一年生で、いろいろと学ぶべきところがあります。2階には藤原さんというベテランの教育係がおられます。利用者の歴史もよく知っておられ、木下さんを立派に育ててくれるでしょう。木下さんはこのフロアーで、利用者にかまいすぎて利用者や他のスタッフとの関係がきつくなりました。そういったこともそこでは改善できると思います。」

と、副主任に言われると慶子の口元が緩み涙があふれてきた。苦しみから解放されたという安堵の涙だった。


慶子は、中庭の青葉を見ながら必死に涙を抑え、このフロアーで最期の業務へと向かったのだった。



2階フロアーへと異動になった慶子に、

素敵な出会いが待っているのであろう。

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