初めての東京
あの人に会える・・・
そんな思いで空を駆け抜けていく一人の女性がいる。
施設にはゴールデンウイークなどはない。今年も慶子の施設にどんたく隊が来る。
施設の壁画には、花自動車に乗る三人と一匹がいる。自動車に“ZONDAG”のロゴがあるが、これはオランダ語で休日を表す言葉で、“どんたく”という言葉の由来だ。
慶子と英樹の“ZONDAG”は連休明けの水曜日である。
浜松町。
慶子はモノレールを降りる。
初めての東京。五月の陽気も手伝い、慶子の目にはそこが光の世界のように見えた。たくさんの人がそれぞれに無関心に肩を寄せ合って生きている。そんな印象を覚えた。右も左もわからない。ただ、英樹の言ったとおりに空港からモノレールに乗り、浜松町で下車した。
改札口に英樹が立っていた。慶子を見るとにっこりと笑った。やがて二人は肩を寄せ合って歩いていた。
「今日は天気が良くて良かったよ。上野動物園に行ってみる?」
「うん。」
慶子は、何が何やらわからず英樹の言うままにした。
「意外と人は少ないんだね。」
「平日はね。まあまあの混み具合で。オレはだいたい日曜日と水曜日が休みになってるから。」 「平日が休み?」
「うん。番組まわすためには、ローテーションでまわすだろ。だから、俺が持つ番組は月火金だからね。でも、休みの日に出て行ったり、残業も多いんだ。」
「残業って?」
「うん、帰るのが夜中の3時になったりする。月曜日の残業のときは家に風呂に入りに帰ってそのまま出勤だ。」
「英さん、そんな大変なのに東京に呼んでくれてありがとう。」
動物を見ながら歩いた二人は、出口近くにパンダ焼きという看板を見つけた。
「慶子、パンダ焼きって知ってるか?この前おれここを取材したんだ。」
「かわいいね。食べてみたい。」
二人は、パンダ焼きの袋を手に遊園地のほうへ歩いていった。パンダ焼きを頬張る慶子の隣で英樹は子どもたちと遊ぶ母親たちを見ていた。
「お母さんばっかりだね。」 という英樹に慶子は言った。
「だって、今日は水曜日よ。お父さんたち仕事じゃない。」
「そうか、お母さんたちも子育て大変だね。俺、忙しいから慶子と結婚しても慶子は一人で子どもの面倒を見るのかなあ。」
英樹は、慶子の顔を覗いた。そこへ、
「すみません。写真とっていただけますか?」
と声をかけられた。アジア系の男女だが、イントネーションからすると中国人らしい。英樹はそのカップルの写真を撮った。英樹が写真を撮ると、中国人の男性が言った。
「あなたたちも写真を撮りませんか?」
英樹と慶子は二人並んだ。
この二人の写真を、90歳になったときの慶子のアルバムから孫の咲良が見つけようとはこのとき誰が想像しようか。この写真がセピア色になるとき二人はどうしているのだろうか。
5月の清々しい風に乗って慶子のほうから柑橘系の香りがする。
と、そこに現れたのは慶子の施設の社長こと黒田虎五郎その人だ。虎五郎は妻と子どもたち二人をつれていた。
「うちの社長よ」
と、小さい声で慶子は言う。
二人は社長に挨拶する。
「こんなところで会うとはすばらしい偶然ですね。」
「奥様でいらっしゃいますか?」
と慶子が聞くと
「ピーチと言います。ここにいるのはモモとクロです。」
と奥さんが答える。
「家族旅行ですか?」
「そうなんですよ。ゴールデンウィークには何処も満席で、日程をずらして来たんですよ。私たちは、今から静岡に行きます。木下さんも楽しい休みを。」
「はい、気を付けて行ってらっしゃい。」
黒田一家は駅の方へ歩いていった。
慶子は英樹のお気に入りの食堂に案内される。
「ここは、親子丼が美味しいよ。」
と、英樹。
二人は親子丼を注文する。
店の人が、ゴマ和えと煮物をサービスする。
夕食を済ませ、英樹のアパートに行き、慶子は英樹の布団に英樹はソファに、そして、ひとつの布団に眠るのだった。
二人にとっての夢のような時間、
いつまでもこのときが続けば良いのに
と、作者は思ってしまうのだ。




