兆し
豊治に何が起こったのか・・・
そして、慶子と英樹にも変化の兆しが・・・
豊治の左手が上がらない。昼食のときに慶子は豊治を見た。
「豊治さん左手はテーブルの上に置いてください。」 豊治は左手を動かさず、慶子を見た。
「どうしたの?左手が動かないの?」
慶子は、医務室の坂田看護師に見てもらった。 豊治の目には涙が浮かんでいた。
昼過ぎ、坂田看護師は豊治を車に乗せて桜田病院に行った。
「脳梗塞を再発しているかもしれないので、CTを取ってみましょう。」
車椅子に乗った豊治はCT検査室へと入った。
一方、フラワーフィールドカンパニーでは、慶子が絵画教室をしていた。もうすぐ花見の季節になるから、サクラの花のある風景画の線を慶子が引き、それにサクラやトシヱが絵の具で色を塗っていた。慶子もサクラも豊治のことが気になっていた。しかし、それをいうと他の利用者が落ち込んでしまう。だから、それを出さないように普通どおりに振舞っていたのである。
「私は慶子ちゃんが書く絵が好きなんだよ。慶子ちゃんの絵はほわほわっとしてなんか癒されるんだよ。」 「私には少し塗るのが難しいね。花が小さすぎて。」
そう言って利用者は塗り絵を楽しんでいた。
坂田看護師が戻ってきた。豊治が入院になったので、衣類や洗面用具を準備してほしいと言われた。 豊治がいつ帰ってくるのか、そんなことを聞いてもわかるはずがない。明日は、慶子は休みになっていたので、桜田病院に行ってみようと思った。
翌日、慶子は桜田病院にいた。豊治の病室である。豊治の妻信子も来ていた。
「若いときはね、強くて亭主関白だったんだけどね」
「そうなんですか?わたしはてっきり優しくてストレスをためやすい方とばかり。それで病気になられたと。」
慶子が言うと、
「いいえ、主人は塩辛いものが昔から好きで、魚の塩焼きにもさらにしょうゆの海ができるほどかけていました。それで高血圧になったんだと思います。」
と話した。そこへ、細身で背丈は普通の男が入ってきた。左手にはヘルメットを持ち、手にはグローブをつけたジーパン姿の少し髪の伸びた男である。豊治の息子である。ティッシュやタオルなどの入った紙袋を信子に渡してすぐに帰った。 慶子は豊治に話しかけた。
「豊治さん。今の人、息子さん?」
豊治は頷いた。
「かっこいいですね。お名前はなんと言うの?」
豊治は懸命に話そうとした。しかし、声は出なかった。慶子がこの男性の名前を豊治から聞くことができるのは三ヶ月先だということを作者が予告する。
そのころ、英樹は東京の放送局で新人研修を終え、卒業式のため、福岡へ帰ってくるために羽田空港にいた。4月からはADとして、事件現場などでロケをすることになるのである。慶子にラインを送る英樹。
・・・今日の昼の便で帰るから、あえますか?・・・
病院から帰るとき、慶子はラインを見た。慶子はそのまま空港へと向かった。
大勢の人の中から、すぐに英樹を見つけた。
小説を読むとき、今後の展開を暗示するものを読み取るのも楽しい。そして、それをしてくれる作家を選んで読んでいる。