第9話 夢の農場生活 さよなら黒いパン
6日目の午前。俺たちは【バスカロフの廃農場】へと足を運んでいた。イスガルド村から半日とかからない場所にある打ち捨てられた農場で、中心にある二階建ての母屋は雨戸が締め切られ邸内の様子を窺い知ることはできない。バスカロフの家族は流行り病にかかり一人残らず亡くなってしまった。やがて主無き農場に何者かが住み着き、その正体を探るものはことごとく殺されてしまったのだという。
とまあ、シナリオ的な説明はそんな感じで俺はもちろん何者かの正体を知っている。彼らは流浪のワーラットの盗賊団でありバスカロフの一家も今ではワーラットに成り果てているということである。ワーラットとはライカンスロピーに侵されたネズミ人間のことである。KFOでは、頭部のみがリアルなネズミで首から下は普通のオッサンというかなり不気味な風体をしている。ゲゲゲのアイツではない。
俺たちは結という新しい仲間を加え、明日には戦闘不能状態の3人の魔法少女が前線に復帰してくる。一気にメンバーが増えて生産力が増すことが予想される俺たちには、それに見合った拠点が必要になった。イスガルド村の周辺には、冒険者の拠点となるべき3つのポイントが用意されている。【バスカロフの廃農場】はその一つである。
結は『生徒会長のエリカ様』なる人物と一緒に行動していたそうで、それはつまり俺たち以外にもまだ魔法少女がいるということなのだろう。何人いるんだよ!という疑問もなくはないが、知らない名前が飛び交っても面倒なのでぐっと我慢している。
さて、ここ【バスカロフの廃農場】に巣喰う敵の紹介といこう。バスカロフの家族のなれの果て【ワーラット・コモナー】(モンスター・レベル15)は、噛みつき攻撃により【病気】を感染させてくるし、流浪の盗賊団【ワーラット・ローグ】(モンスター・レベル20)はバックスタブという盗賊技を得意としており、少しでも隙を見せれば一撃必殺の攻撃を放ってくる。しかし、何よりワーラットたちの一番厄介な点は、ヘイトを無視することにある。
ヘイトはMMORPGでしばしば用いられる概念で、簡単に説明すると、各プレイヤーが敵に与えたダメージ量がヘイト(憎悪値)という形で保存されており、そのヘイトの高いキャラクターを敵が優先的に攻撃するというルールである。これによって攻撃力はあるが、防御力が弱い魔術師などは、むやみやたらに攻撃ばかりできないし、防御力が高いタンクなどが、ヘイトを多くとることで他の仲間に攻撃が向くことを阻止することができる。こうしてより戦略性の高い戦闘が実現できるという仕組みである。
俺たちの攻略でも今までパラディンである樹里が【挑発】スキル等を使うことで敵の攻撃を集中させて、その隙に梨恵が強力な魔法攻撃で敵を掃討する戦術をとってきた。だがワーラットにはその戦術が通じず戦場にいる誰が敵の攻撃の対象なってもおかしくないということなのだ。
敵は【ワーラット・ローグ】6体と【ワーラット・コモナー】6体。敵味方合せて18体が入り乱れての乱戦である。
魔法少女たちもチーム戦といえば最大で5人までで、6人目はゲスト扱いとするのが一般的なようだ。なので丁度今くらいの人数が一番彼女たちも戦いやすいらしい。
さて、このゲームの世界に魔法少女たちを引き込んだ元凶は、できるかぎり普段の彼女たちの戦闘スタイルを再現できる形でクラスやスキルを割り振っているようだ。『元凶』のゲームバランスへのこだわりは相当なもののようだ。この戦闘を眺めながら、俺たちのチームの戦力を再確認してみる。
ライトブリンガー・ジュリのクラスは【パラディン】だ。近接武器で戦う【ファイター】の中でも特に防御力に優れ、神々の祝福を受けた存在である。戦術としては【挑発】によって敵の攻撃を自分に集中させ、味方を守ることに専念するのが通常だ。しかし、今回の戦闘ではそれが役に立たないことは説明済み。固有スキル【断罪の剣】は、再使用時間が制限されている必殺のスキルで、悪属性の敵にのみ大ダメージを与える。善悪の概念を持たない動物などには通用しないというわけだ。
樹里は左手に構えた大きな盾で【ワーラット・ローグ】の一撃を受け止めると、【断罪の剣】の青い聖光に包まれた魔法のステッキを振るう。
「私とて、大暴れするのが嫌いというわけではないではない!」
タイフーン・マキのクラスは【バーサーカー】だ。【ファイター】の中でも特に攻撃力に優れ、野性の力を開放し、獣じみた荒々しい戦闘をする。【野性の直感】は敵との遭遇を事前に察知し、不意打ちの確率を上げる。【咆哮】は、雄たけびをあげることで、敵を恐怖に叩き落とし一時的に移動を封じるスキルである。【激怒】スキルを使えば、回避能力を犠牲に与ダメージを上昇させることができる。
真希は元々魔法のステッキを両手持ちの剣に代えて振り回す戦闘スタイルだ。【激怒】スキルを発動させたうえで振り回す鉄塊は、弾丸のように走る列車と変わりない。哀れにもそれを避けそこなった【ワーラット・コモナー】は無残にも吹っ飛ばされ赤い塊になった。
「ワリィがとっとと終わらせてもらうぜぇ」
ストリーム・リエのクラスは【ウィザード】だ。攻撃魔法に長けた【スペルキャスター】の中でも最大の火力を誇る。四大の精霊を従え、属性を操る能力にも通じる。【精霊魔法】スキルは1ランクごとに4つの魔法を与える。1ランク魔法【火炎弾】は単体に、2ランク魔法の【熱線】は複数の対象に火属性ダメージを与える。さらに梨恵は【属性変換の呪印】により、これらの魔法を水や風、土といった属性に変換することもできるのだ。本来の魔法少女としてのストリーム・リエはその名の通り水を操る力を持っていたようで、水属性を好んで使う。
梨恵は1ランク魔法【アイス・スリック】を【ワーラット・ローグ】の足元めがけて放つ。摩擦力のない地面は敵の移動を阻害するとともにその回避能力を奪う。6人の中で俺を除けば最も防御が弱いのが彼女である。魔法の力を借りて慎重に敵との間合いを測っている。
「私は足止めに徹します。真希と樹里に掃討は任せますよ」
サンライト・サキのクラスは【ハイ・プリースト】。回復魔法に長けた【クレリック】の中で個別戦闘能力と回復能力の双方を備えている。【信仰魔法】スキルも【精霊魔法】スキル同様に1ランクごとに4つの魔法を与える。1ランク魔法【小治癒】も、2ランク魔法【中治癒】も仲間のHPを回復する魔法だ。さらに【癒しの光】は再使用時間制限はあるものの周囲の仲間全員のHPを回復するスキルである。
本来の魔法少女としての咲は、格闘戦を得意とする武闘派なのらしい。KFOにおいても、ハイ・プリーストは決して近接戦闘を苦手とするクラスではない。咲は魔法のステッキを振り回し、【ワーラット・コモナー】を四肢に強烈な一撃を食らわせていた。
「噛みつくなら私を噛みつきなさいよ!」
ワイアードエンジェル・ユウのクラスは【ダンサー】。瞬発的な攻撃力と回避能力に長けた【ローグ】の上級職で、戦闘支援能力に特化したクラスだ。【身かわし】は武器攻撃と同じように呪文攻撃を回避する能力。【ブレードダンス】は移動しながら、経路上の敵に連続攻撃を加えるスキルだ。【不屈のダンス】は仲間のHPを徐々に回復する。
元の世界の結は、もっぱらポータブル・コンピュータを駆使した情報収集や分析に徹していたそうだが、それはほとんど本人の趣味に起因するところで、時折見せるしなやかな体術の評価は高かったらしい。ローグ系のサガとして一撃でも食らえば大ダメージとなるが、回避能力についてはピカ一である。【ワーラット・ローグ】攻撃などは軽くこれをいなしてしまう。
「おーい、いつまで踊ってればいいんすか?」
そして俺、魔法少女あおい。クラスは【女子高生】。意味不明である。もちろんKFOには存在しない。レベルがあがっても戦闘スキルのようなものは入手できない。完全にいじめである。幸い能力値は一般のプレイヤー・キャラクタの平均程度はあるのだが、12レベルで20レベルの相手となるとさすがに厳しい。他の魔法少女たちのようなぶっ壊れたステータスは持ち合わせていないのだ。
もし、【ワーラット・ローグ】に襲われようものなら一撃で瀕死になりかねない。今日は一番強そうなライトブリンガー・ジュリのコスチュームを借りて登場しているのだが、なんとか俺に注意が向かないように祈るばかりだ。
真希と梨恵の連携は見事で、梨恵が敵の足場を凍らせるとすかさず真希が強力な一撃を振り下ろす。元々防御力には問題のあるローグである、一刀両断に切り伏せられる。
凍った足場は俺も利用させてもらう。機動力を武器とするローグたちは自ら進んでこの凍った領域に足を踏み入れることは好まない。俺は凍った足場を背にすることで、ローグたちのバックスタブを回避する。この攻撃は背面から受けた場合、致命的な大ダメージに案るが、そうでなければ通常攻撃程度の威力しか持たない。
樹里は【断罪の剣】のリキャストを待つ間は、咲と連携して格下の【ワーラット・コモナー】を屠っていく。怖い一撃のないコモナーは後回しでもいいのだが、この乱戦状態だ。頭数を減らすことを優先したい。
「あおい。危ない!」
咲の叫ぶ声が聞こえた。俺の背後に暗い影が見える。捨て身覚悟で俺の命を取るために凍った足場に踏み込んできたか。
俺の判断は安易だったろうか。しかし、相手が誰を攻撃してもおかしくない状況だ。結果論なのかもしれない。
俺のHPが0になった場合、魔法少女たちのように戦闘不能状態になるのだろうか。その保証はない。ゲームの住人だから不死である可能性もあるが、神様の口ぶりからすればそうではないだろう。本当の死、その可能性も捨てきれない。
悩んでいても仕方ない。こうなったら耐えきってみせると覚悟を決めた瞬間、俺は突き飛ばされた。
結だった。俺はいきおいそのまま地面に突っ伏し、ローグの攻撃は空を切った。ローグの次の攻撃、右からの一撃を結は手甲で受けとめると、右足を高く振り上げローグの右腕を蹴りあげる。高く上がった足は地面とほぼ垂直、180度の角度となり、今度はその足を振り下ろす反動で、逆立ち状態になり、左足をローグの顔面に叩き込む。そのまま地面についた両腕を軸に足を回転させると一撃、二撃、三撃と蹴り技を食らわせ、気が付くと、何とか地面から顔をあげた俺の方を向いて直立していた。俺にはほとんど何が起こったかわからなかったが、舞うように美しい連続技に心を奪われていた。
「この前のお返しってことでよろしくっす」
この前のお返しとは、仕事を休ませるように進言させたことだろう。どうやら今後も彼女が仕事をさぼることに協力をしてほしいということのようだ。
それで命が助かるなら安いものだ。
俺が立ちあがったころには、もう敵の頭数は半分になっていた。
そのころには放たれていくつもの【アイス・スリック】が地面にくっきりと陣形を描いており、俺たちの防御陣形を固めていた。こうなれば、一撃の恐怖はなくなったも同然だ。
梨恵の水属性に変換された【熱線】、【冷凍光線】というべきものが機能しだしたからにはもう戦いは一方的なものに変わった。2回目の【断罪の剣】が敵を屠ったとき、戦いは決着のときを迎えていた。
◇
【バスカロフの廃農場】は【バスカロフの廃農場【樹里】】に変化し、俺たち魔法少女の拠点となった。中はワーラットたちが生活していたこともあり、すぐに人が住める状況ではなかったが、1階に4室、2階に8室もの個室があり、整備すれば魔法少女一人一人に個室を割り当てることもできそうだ。そして何よりも広大な農地と牧草地。ほとんど朽ちかけている食料庫や物置を整理すれば、今までよりもずっと快適な生活ができることだろう。
この戦いを通じて、俺たちのレベルはおおむね13(結だけが11)になった。
【縞々海岸】攻略により俺たちが手に入れた数々の自然の恵み。【赤い丸太】、【まつぼっくり】、【ミツバチの巣】、【岩塩】、【コブタケ】、【オート麦】、【オリーブ】、【オレンジ】などなどを使って、新たな生産計画もある。特に
『赤い錬金術薬(錬金術) = まつぼっくり×1 + 獣脂×1 +馬のフン×1』
は、金属加工の基本アイテムであり、その量産により【鍛冶】を本格的に開始することができるのだ。【鉄鉱石】の入手のためには更なるエリア拡大が必要なのだが、しばらくは【銀狐の森】で入手可能な【銅鉱石】【錫鉱石】をつかった銅と青銅製品ランク上げだ。
なんだか楽しくなってきたぞ。
◇
そしてこの日の料理。
ついにこの日が来た。さよなら黒パン。もうアルプスの少女のような生活はまっぴらだ。
今日の三食の献立はこんな感じ
【ポリッジ】 +【目玉焼き】+ 【オレンジジュース】
これを三食。
ポリッジとはオート麦を使ったおかゆのことである。まあ、あんまりおいしくはない。
なあに慌てるでない。明日は怪我人の復帰祝いも兼ねた歓迎会だ。豪華な献立も考えている。
農場もフル回転するようになれば豊富な野菜が食卓を彩ることになる。
そんな明日を夢見て、今日はポリッジをすするのである。
『ポリッジ(調理) = オート麦×1 + 牛乳×1 + バター×1 + 食塩×1』
『バター(調理) = 牛乳×1 + 食塩×1』
『食塩(調理)×12 = 岩塩×1 +井戸の水×1』