第8話 恵多き一日に感謝を
【海賊の隠れ家】のボスは【ソルトリザードマン・キャプテン】とその部下【ソルトリザードマン・シャープシューター】×2+【トレインド・アイアンタートル】×2である。この戦闘で一番厄介なのが【トレインド・アイアンタートル】の【カヴァー】。1ターンの間、対象の味方1体に与えられるダメージをすべて自分に移し替えるというスキルだ。とにかく固い亀さんが仲間をかばいまくる間に、残りの遠隔攻撃クラスがHPを削ってくるというわけだ。一部の『亀にあえてカヴァーさせ集中的に亀を倒す戦略、通称亀ヤル派』もいるが、一般的には『亀よりも先にトカゲを掃討する戦略、通称亀ムシ派』が人気である。
今回は、樹里、真希、梨恵の3人に授けた後者の方法を解説する。まず防御の堅い樹里が先行、【断罪の剣】を連打し、シャープシューターを自分に向けさせる。同時に【挑発】を使い、もう1体のシャープシューターの敵視を取る。梨恵が【熱線《ヒートレイ》などで全体攻撃をすれば亀2体に対しトカゲは3体、カヴァーが漏れる敵が出てくる。そこを真希が集中攻撃という算段である。訓練されているとはいえ所詮は亀だ、【カヴァー】の連続使用は4回が限度。序盤に均衡さえ崩してしまえば、カヴァーの弾切れタイミングを狙って残りを掃討すればいい。
俺がその場にいることができないのは残念だが、三人は歴戦の戦士だ。俺の心配などは不用だろう。
◇
「姿を現しなさい」
咲の一撃が積み上げられた木箱を倒す。
陰から姿を現したのは一人の女子学生だった。倒れる木箱身軽に躱し、何事もなかったかのようにニヤニヤとこちらを見ている。髪は短髪、中性的な顔立ちでスポーティッシュな印象を受けるが、紺色のブルマに半袖の体操着という姿から女の子であることは間違い。
何故こんなところに女子学生がいるのだろうか。
「あー、結ちゃん。なんでこんなところにいるのよ」
咲は、この女の子と顔見知りのようで、構えていた魔法のステッキを下ろす。
「ちーっす、咲先輩。盗み聞きじゃないっすよ。ボクが寝てるところに二人が来ただけっすよ。怒るのは無しでお願いします」
そういうと手を合わせて懇願する仕草をする。
「あのう、咲。この子も魔法少女なんです?」
「うん。魔法少女ワイアードエンジェル・ユウこと玉葛結ちゃん。うちの高校の2年生で、えっと新体操部は辞めちゃったんだっけ」
「彼女たちとは、体操に対する考え方が違ったようなので。今は、プログラム・アンド・自由体操同好会に所属してるっす」
「あ、そうそう。新体操部を追い出されて、プログラム同好会に無理矢理入り込んだんだよね」
「ちがうっすよ。追い出されたんじゃないです。ボクが出て行っただけなんす。プログラム同好会もボクの才能を買って是非というから入ってあげただけっす」
「あおい。結はとっても面白い女の子なんだよ。新体操の天才なのにハッカーなんだよね」
「『なのに』っていうのは納得いかないっすよ。ボクにとって体操は人生で、ハッキングは趣味です。入力と出力みたいなものですよ」
カワイイ顔で咲に抗議をすると、今度は俺に向かって
「わーお、新人ちゃん、かわいいですね。よろしくっす」
と挨拶してくれた。
「結さん。よろしくお願いしますです。新人魔法少女あおいです。よろしくお願いしますです。二人は同じ学校なんですね。仲良しさんですね」
「あ、そっか。あおいには言ってなかったっけ。私たちはみんな同じ学校なのよ。樹里も、梨恵も。その方がいろいろ便利だからね」
「あおいっちもすぐに転校手続をするといいっすよ。」
梨恵とは同じ学校の先生と生徒ということか。随分やりにくくないですかね、それ。
咲と梨恵たちのスクールライフなら覗いてみたいが、自分が当事者になるには面倒くさそうだな。俺が現世に戻ることはないだろうけど。
結という少女、初日に仲間たちとはぐれてしまい、その後ずっとこの食料倉庫でゴロゴロとしていたそうだ。食べ物に困らないし、【暗視】を持つ魔法少女にとっては快適な空間らしい。体操着はたまたま持ち合わせた私物を部屋着として使っていたということ。咲から戦闘に私物を持ち込んではダメよと叱られたが、結はごめんなさーいと空返事をするだけだった。
さて、そろそろここを出ようかというと
「ボクだって、みんなと一緒に行きたいっすよ。でも、ダメなんす。この世界ではボクはタダの役立たずなんす。みんなに迷惑をかけることはできないっす」
と結がなんだか渋りだした、そういえば彼女はさっき「味方でもない」と意味深なことを言っていたはずだ
「どういうことです。結さんも魔法少女なんでしょう。みんなでこの世界から脱出するんじゃないです?」
俺と咲が心配そうに見つめると、脇からラップトップ型パソコンを取り出した。フレームは鏡面のように光る銀。金の象嵌が丁寧に張り巡らされており、ところどころに宝石が埋め込まれている。実用面ではむしろ不便がありそうなそれは、魔法のステッキが変形した魔法のラップトップ型パソコンらしい。マジカル・パワーで駆動しているためにバッテリーの心配がないことと、定期的に基盤も更新されるらしく無限の拡張性がある点で優れているそうだ。なにそれ超欲しい。
「見てください。ネットに繋がらないんですよぉ。これじゃあワイアードエンジェルじゃなくて、ただの天使っすよ」
しくしくと泣き真似をする結。俺は正直どう反応していいのか分からなかった。
「ネットがなくても戦闘はできるでしょ。ワガママ言ってないで、みんなと合流しましょう」
「咲先輩。ボク嫌な予感しかしないんですよ。ここはMMOの世界っすよ。樹里先輩とか容赦なくボクに労働を強制するに決まってますよ。ネットはボクのバッテリーなんす。もうボクは空っぽなんす。ほっといてくださいよ。しくしく」
結という女の子、どうやらネット中毒者のようで、MMOにもそれなりに詳しいのだろう。たしかに今俺たちがやってる日課は労働といってよい。結はそれを強制されることを嫌がっているのだ。今まで出会った4人の魔法少女たちが皆、勤勉であったから分からなかったけど、魔法少女も色々な個性があるんだな。
しかし、結局のところもったいぶって言ってるけれど、ネットにアクセスできないからやる気が出ないってだけの話だろそれ?
「働かざるもの食うべからずです。ここのMAPもクリアしましたから時期に食料庫の中も空になるですよ」
「ええー。それは非道いっすよ。ボクを楽園から放逐することは誰にもできないっすよ。許されないっすよ」
残念だけど、彼女の楽園は終わりを遂げたのだ。食料庫から出るとすっかり辺りの空気が変っていた。樹里たちがボスを倒したんだ。
俺たちは嫌がる結を無理矢理に連れ出した。服装はすぐに魔法少女のコスチュームに着替えさせた。ワイアードエンジェル・ユイのコスチュームの基調は銀色。ビキニ・タイプの上にボレロのような上着を付けた感じでかなり露出部分が大きい。少し痩せすぎで筋肉質な彼女の体であったけれど、それが逆にコスチュームにマッチしていて美しく感じられた。モチーフは天使とワイヤー。目を覆う金属製のバイザーは格好良かったが、結は邪魔だとすぐに外してしまった。
◇
「樹里せんぱーい。助けに来てくれてありがとうございまーす」
「結。貴様はエリカ様と一緒じゃなかったのか」
「生徒会長ですかぁ。なんだかみんなは南の方に行くって言ってたっすよ。ボクは樹里先輩にそれを伝えるために残ったっす」
敬礼の動作をする結。樹里はじっと彼女の眼を見つける。
「敵につかまっていたというのであれば、責めるのは酷だな。無事合流できたことに感謝しよう」
「はい。樹里先輩。結もとてもうれしく思うであります」
こんな調子で結は最初の難関を難なく切り抜けていた。
【海賊の隠れ家】で得られたものは大きい。
宝物庫にあった武器と防具、そして財宝。加えて、食料庫の食料。おそらく数時間後には消滅してしまうことから各自の所持限界量までしか持てないが、それでも俺たちの生活が激変することは間違いなかった。食料庫からは3人分ということで木箱3つを持ち帰ることとした。【ナツメグ】×100と【ブラックペパー】×100。それと雑多な食糧を木箱に入る限りつめこんだ。
村に戻ると魔法少女たちはすぐにも【縞々海岸】へと戻り、採集を開始するのだという。本当に働きものだ。結が泣きそうな顔をしていたので、俺が「今日まで監禁されていて、いきなり働くのはかわいそうです。1日くらいはゆっくりベッドで休ませてあげたらどうです?」と提案したところ受け入れられた。この恩は一生忘れないと彼女は言うが、どれほどあてになるのだろうか。
みんなで食べる夕食のタイミングを逃してしまったので、今日も夕食は【黒パン】+【目玉焼き】+【牛乳】の三点セット。しかし、これも今日で最後なのである。ここでみんなを裏切ってハムなどには手を付けない。何というか、大人の余裕を醸し出しつつ結といっしょにご飯を食べた。
ネット中毒者の彼女との会話は盛り上がった。彼女はプログラミングばかりで、ネットゲームは全くノータッチらしいがネットスラングやネットで起こった事件などには造詣が深く、そんなこんなで大いに盛り上がった。結という女の子はとにかく他人から命令されるのが嫌いで自分で好きなように生きるのが好きなようだ。魔法少女という集団もあまり好きではないらしいが、決して正義感が薄いというわけではなく、むしろそんな苦手を克服してでも街のみんなの平和を守りたいのだと語っていた。
気が付くと俺はまた一人素敵な仲間が増えたことを素直に喜んでいた。
◇
その夜。俺は結から体操着の外見データをコピーしてもらい、体操着とブルマという姿で眠りについた。決して女装趣味に目覚めたわけではない。結もオススメするようにこれが随分と居心地がいいのだ。
ブルマを履いてみたところ男の俺にとってはほとんどパンツ一丁で過ごしているような気持ちだった。
俺もオッサン・ボディのころはパンツ一丁でよく眠っていたわけで、本当にこれが快適なのだった。
色っぽいシーンを期待している諸兄には申し訳ないが、見た目は女子高生でも俺は立派なオヤジなのだ。どうせ誰も見ていないのだ。股を開いて豪快に眠るだけだ。
ブルマ最高。ブルマ最高。ブルマ最高。
そうつぶやきながら俺は夜の闇に沈んでいった。
『名前:ユウ
クラス:ダンサー レベル10
STR(筋力):16
VIT(生命力):24
AGI(敏捷力):26
DEX(器用さ):14
INT(知力):18
MEN(精神力):22
戦闘スキル:【身かわし】【不屈のダンス】【ブレードダンス】
生産スキル:【調理ランク1】
特殊スキル:【魔法少女】【集中力ランク2】』