第6話 みんな友達ってのが一番怖いのです
これは2日目の夕方の話。
村に戻ると俺たちと樹里との間で情報交換会が始まり、それはいつの間にかいつ終わると知れない雑談へと変化していった。せっかくの再会だ。流石に【牛乳】と【黒パン】だけでは可哀そうだと、秘蔵の【どんぐりクッキー】と【オレンジジュース】を振舞ってやった。怪我人3人が回復したら本格的な歓迎会をやろうという話がまとまったけれど、それまでには【黒パン】地獄とは、おさらばしていたい。
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので女子会話が止まりそうになかった。なので俺はとっとと自室に戻り、これまた秘蔵の【ワイン】を開けて、そのままふて寝した。
勝手気ままな魔法少女たちのせいで俺の計画はなかなかうまく進まない。もちろん、こんなところで酔っぱらっていても何の解決にもならないのだが、まぁいいではないか。
「明日から本気出す」
そういうことで、おやすみなさい。
◇
そして、3日目の朝である。
トントン トントン
戸を叩く音がする。まだ眠いと抵抗する眼を擦りながら玄関へと足を運ぶ俺。そういえば魔法少女のコスチュームのままで寝てしまっていた。ゲーム上の処理に影響はないが人間としては問題がありそうなので今夜からはちゃんと着替えることにしよう。
「はいはーい、どなたです?」
あおいちゃんモードに切り替えて応対。ちなみに今日の服はタイフーン・マキのコスチューム。赤色基調のワイルド系だ。
「樹里だ。朝ごはんを持ってきた」
おやおや、これはいったいどういうことでしょう。
新キャラさんが向こうからやってくるとは。
ドアを開けると樹里がトレイに朝ごはんを載せて運んできてくれていた。樹里は銀色を基調とした甲冑をモチーフとした魔法少女コスチュームを身にまとっている。甲冑といってもアニメ的なデザイン優先で機能面ではあまり意味はなさそうである。樹里のクラスはパラディン。防御能力重視のファイターの上級職だからピッタリの衣装ではある。朝ごはんを持ってくるには一番不似合なコスチュームである。
そっと周りを見渡すが他には誰もいない。どうやら一人だけのようだ。
「私だけでは不満かな」
俺は慌てて首を振る。
「私たちはあの中で一番若い咲とでも、もう4年の付き合いになる。私もゲームの世界に来て色々あったものだから、ついつい話に花が咲いてしまった。新人のあおいに対する配慮が足りなかったと思っている。どうか、私のことも嫌わずに気軽に声をかけて欲しい」
どうやら、昨日俺が先に部屋に戻ったことを気にしてのことらしい。俺は女子の中にオヤジが1人紛れ込んだ気分でいるのだが、彼女たちから見れば俺もカワイイ?後輩なわけで邪険には扱えないのだろう。気を遣わせてしまったのは悪い気がする。
「いえいえ、ごめんなさい。私はよく天然系って言われるんです。悪いことだと思うんですけど、あんまり他人のことに気が回らなかったりするので、部屋に帰って寝てしまって。全然気にしてないというか。えーと、えーと、とにかくこれからもよろしくお願いしいます」
自分で天然系という女に本当の天然はいない、そんな言葉がふと頭をよぎった。
「では、一緒に朝ごはんを食べようではないか」
「は、はいです」
家の中には入れたくなかったので、中庭に案内する。確かガーデンテーブルがあったはずだ。
朝ごはんはいつも通りの【黒パン】、【目玉焼き】、【牛乳】の3点セット。堅いパンをほおばると牛乳を口に含んで柔らかくして飲み込む。
「この世界に連れてこられて2日間。ここがゲームの世界だということを嫌というほど学んだつもりだ。あおい。これからは君の力が必要不可欠だ。遠慮などせず私たちにどんどんを指示を与えてくれ」
「は、はい……でも、指示とか、そういうわけじゃなくて……」
樹里は優しげな顔で俺を見つめている。
「とりあえず、昨日の成果を報告しておこう。真希は【木工ランク1】と【裁縫ランク1】、【伐採ランク1】を取得した。私は彼女をサポートする形で【木工ランク1】と【伐採ランク1】、【狩猟ランク1】。梨恵は【錬金術ランク1】と【伐採ランク1】、咲は【調理ランク1】と【狩猟ランク1】だな。」
「え?」
思わず、俺は口にくわえていたパンを落とす。すぐに樹里のパラメータを確認する。
『戦闘スキル:【断罪の剣I】【パワーブレイク 】【病気に対する絶対耐性】
生産スキル:【木工ランク1】【伐採ランク1】【狩猟ランク1】
特殊スキル:【魔法少女】【教導ランク2】』
昨日確認したものから明らかに成長している。
「真希と梨恵が自分の職務を放棄して私たちを助けに来たことは聞いた。そのおかげで私たちは助かったわけだが、それとこれとは別だ。私と咲の二人でサポートして必要分の資材は揃えたつもりだ。もちろんその後も徹夜でノルマ分の作業も行ったぞ」
「ノ……ノルマとかそんなつもりじゃ……」
どうやら律儀に後れをリカバリィしてくれていたようだ。樹里は他の3人とは違って随分と物分かりのいい魔法少女のようだ。
しかも、いつのまにか【教導ランク2】という特殊スキルまで入手している。
『教導ランク2:自分よりスキル・ランクが低いキャラクタと共同作業をする場合に与えられる共同作業ボーナスが50%になる』
共同作業ボーナスとは複数のキャラクタが共同して製作や採集を行う場合に他のキャラクタよりもスキル・ランクの低いキャラクタに入るスキル経験値が増えるというものである。
本来のKFOでは試験に受かったボランティア・ユーザにのみ配布されたスキルだった。なぜそれを彼女が取得できたのかは分からないが、やはりこのクエストはオリジナルから改変されている部分があるようだ。しかし、プレイヤー側に有利な改変もあるというのは意外である。このクエストの創造者はバランス調整にはかなり拘りがあるのだろう。
「おいしかったです」
「本当にそう思うか?」
「い……いえ……」
「私たちが協力すれば、すぐにもっとマシな料理が食べられるようになるんだろう」
「はい」
「あおい。君の知っていることをもっと教えてくれ。もし時間があればこのあと一緒に作戦会議をしようじゃないか」
樹里の積極さは魔法少女たちにはプラスのはずだ。新入りの俺が前に出るよりも彼女を中心としてまとまってくれた方がいいかもしれない。
「わかりました。私にできることであれば、全力でやらせてもらうです」
「ありがとう」
とりあえず、早くマトモな朝食を頂きたいものだ。
◇
宿屋の1階で行われた作戦会議は、朝9時から夕方5時までみっちり8時間続いた。
7つ【スキル製作】と6つの【採集】の内容と相互関係、2ランクまでの主な製作アイテムと素材アイテム。序盤で急所となりうる問題点などを一通りレクチャーすることができた。
樹里は目的意識が高くゲーム経験がない女の子には難しいと思っていたRPGのイロハもみるみる吸収していった。
「なるほど。つまりリソースの管理こそがRPGの肝ということだな」
「そうですね。『時間』という最も一般的なリソースを、最大効率でゲーム上のリソースに変換ことが大事なんです」
「あおいは本当に詳しいな。ここにお前がいてくれて本当によかった」
「そ、そんなことないです。私も難しいことはほとんどわからないです。今お伝えしたのは本当に本当に基本的なことだけなのです」
俺が謙遜を態度でしめしていると樹里が突然俺の手を握ってきた。
「ひゃあ」
突然のことでかなり驚いたが、オッサンが出てこなくてよかった。
「あおい。あおいはもう私たちの仲間だ。君の悩みはすべて私たちの悩みだ。そして、君のすべては私たちのものでもある。わかるかい?」
「ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン?」
「その通り。私はね、君が眠っていると聞いて、ああ懐かしいなと思ったんだよ。夜が来れば眠る、そんな当たり前のことを私はもう5年もしていない。君も間もなくそうなると思う。魔法少女の世界へようこそ。ふふ」
優しい顔をしていた樹里が突如、真剣な顔になった。
「全く残酷な話だけど、君はもう後戻りはできない。泣こうが喚こうが運命を変えることはできない。でも、前に進むことはできる。終わることのない戦い、そんなくだらないことをいう奴もいるけどね、私は戦いを終わらせるつもりでいるよ。」
樹里の手に力が入る。
「あおい。忘れないでくれ。私たちはチームだ。チームである以上個を犠牲にしても全体の秩序を守らなければならない。ああ、勘違いしないでくれ。君が昨日席を外したことを責めてるんじゃあない。あれは本当に私が悪かったと思っているんだよ。いつでもどこでも仲良しこよしをやれと言ってるわけじゃない。でもね、我々には秩序が必要だ。そのことだけは忘れないで欲しい」
そういうと樹里は満面の笑顔を俺に見せ、握りしめたその手を放すと席を立った。
「私と君は、もっともっと話をしないといけないのかもしれないな」
その言葉を残し樹里は去って行った。
ふむ。
最初の3人を見て魔法少女は気楽な友達感覚の集まりだと思っていたのだけど、やはり組織でもあるのだな。
樹里という子は組織を早くまとめあげたいと思ているが、それもうまくいかず焦ってる。そんな印象を受けた。
このまま魔法少女の数が増えていくと、色々と面倒くさそうだ。
◇
あっというまに4日目の夕方。
樹里が音頭をとってくれたおかげで順調に採集と製作が進んでいる。
今日は樹里と一緒に森で【地鶏】を捕獲する。もう20羽以上捕まえた。【鶏卵】さんにはまだまだ活躍してもらうつもりだ。
俺たちは大きく行動予定を
『朝ごはん→午前の部→昼ごはん→午後の部→夕ごはん→宵の部→深夜の部→早朝の部』
に分けた。
このうち深夜と早朝は俺は寝ている。【魔法少女】でないのは辛いところだ。あー、そういえば樹里から教えてもらったのだが、魔法少女は『闇を見通す目』を持っているらしい。ゲーム的に言えば【暗視】ですな。至れり尽くせりである。
予定のうち午後の部は【銀狐の森】を中心とした哨戒活動を行う。このときばかりは積極的に敵を見つけては撃破するよう伝えている。『イスガルド村防衛戦(殲滅戦)』では、エリアごとに制圧率というパラメータがある。敵を倒すごとにこの数値が増えていき同時に出現する敵の数が減る。採集を効率よくするにはこの数値は上げておく方がいい。それだけでなく制圧率が下がっていくとアレコレと悪影響が出てくることになっている。
反対にこの時間を除いてはできる限り戦闘は避けるようにもいっている。序盤は十分に装備の【補修】ができず、装備の摩耗は深刻な問題なのである。4日目までに初期装備のほとんどが耐久力0に。何とか間に合わせの装備でこれを補ってはいるが、その分スペックは落ちてしまっている。特にヒーラー装備の摩耗が厳しいことから【傷薬】の量産を急いだわけである。
生産スキルがランク2に到達するのは通常は10日目以降、しかし昼夜問わず製作と採集を行っている魔法少女たちであればあと5日ほどでランク2に到達可能である。生産スキルがランク2に達すれば戦略はさらに広がる。
さて、2日目から4日目にかけてじっくりと生産に時間を割けたことで、現状ではできないことが気になってきた。
丁度この日、全員が12レベルになり新たな戦闘スキルを獲得した。戦力として十分とは言えないが今後の戦略を考えるとこのタイミングで採取物のレパートリを増やしておきたい
次のステップに進むためには避けては通れない作戦がある。それを実行に移す時が来たようだ。
◇
「私は【縞々海岸】攻略作戦を提案するです」
この日の夕ごはん。私は満を持してこの作戦を提案した。
基本的に早くこんな世界から出たいとくすぶっている魔法少女たち。反対の声はない。
問題となるのはパーティ編成だが。
「選抜メンバーを決めるってことか」
KFOでは基本的に3人で1パーティを編成する。さらにクエストごとに1PTクエスト、2PTクエスト、3PTクエストなどがあり、複数パーティで攻略を行うのが通常なのだ。
「ごめんなさい。私はほとんど戦力にならないので、3人の討伐パーティと私と護衛のペアということになるです」
「真希がどうしても剣を振るいたいというなら、私が護衛役を引き受けよう」
真希の性格をよく知っている樹里がそう提案する。
真希、咲、梨恵の初期パーティコンビは、【バーサーカー】、【ハイプリースト】、【ウィザード】とたしかに良バランスである。樹里のクラス【パラディン】は護衛向きであり、順当な選択肢だとは思う。
「ご、ごめん。護衛役は私じゃダメかな」
そこに咲が手を上げる。
「樹里はどうです?」
随分と前のめりになるが、【パラディン】がダメージ・カット優先でうまく立ち回れば悪くない構成ではある。
「実は私も剣を振るいたくないわけではない。咲が望むのであれば、反対するつもりは無いぞ」
「では、それで行きましょう。目標は【縞々海岸】にある【海賊の隠れ家】です。ここの海賊を殲滅すれば【縞々海岸】の制圧率は一気に上がるので今後は採集場所として選択肢に入ってくるのです」
「腕がなるぜ」
「海に行くんですね。とても楽しみです」
「重要な作戦だからな。うまくいことを願っている」
「あおい、明日はよろしくね」
こうして魔法少女たちとの最初の遠征が始まろうとしていた。
『名前:あおい
クラス:女子高生 レベル12』
『名前:マキ
クラス:バーサーカー レベル12
戦闘スキル:+【怖いもの知らず】』
『名前:サキ
クラス:ハイプリースト レベル12
戦闘スキル:+【信仰の活力】』
『名前:リエ
クラス:ウィザード レベル12
戦闘スキル:+【属性変換の呪印】』
『名前 :ジュリ
クラス:パラディンレベル12
戦闘スキル:+【挑発】』