第4話 思い通りにいかないのが世の中なんて割り切りたくないから?
KFOの世界に来て最初の夜。
いきなり女子高生になるわ、魔法少女の戦いに巻き込まれるわと大変な一日だったが、それ以降の俺の計画は順調に進んでいた。その反動かもしれなないが、これからは予想外の出来事の連続に俺が戸惑った話をする。
まず第1の想定外。
「いただきまーす」
村唯一の宿屋『女神の三礼亭』の1階。木のテーブルを囲んでの夕食。メニューは黒パン1個、目玉焼き1個、牛乳1杯。
確かに咲にお願いしていた料理がそのままテーブルに並んでいる。
はじめての【調理】としてはそこそこの出来だ。品質は【標準】である。
しかし、なんといえばいいだろうか想定以上にガッカリ感ある食事なのだ。
現世では食べたことがない黒パン。噂に聞いてはいたが石のように固い。味わうというよりもこのパンを攻略してやるという気持ちで噛り付いていたら、いつの間にか無くなっていた。
副菜も調味料もない、塩味の目玉焼き。
自然の美味しさといえば聞こえはいいが、飲みなれた成分調整乳とは違う天然の牛乳。ワイルドといえば聞こえはいいが、クセがって毎日飲むにはきつい。
パラメータ的には何の問題もないのだが、精神的ダメージが大きい。明日から毎日3食これを食べることになるのか。
テーブルを囲んだ4人とも会話もなく黙々と食事を終えた。
「咲先輩。とてもおいしかったです」
誉めてやらねば人は育たじ。咲も微妙な感じでありがとうと返してくる。
【調理】スキルは【MEN】依存なので、咲に割り振ったが一日も早い成長を期待する。
次の想定外は食事が終わった瞬間訪れた。
「みんな聞いて。あおいちゃんに関することで、重大な話があるの」
梨恵からの奇襲攻撃。いったい何が始まるというんです?
「みんな。あおいちゃん注目して。私たちは大切なことを忘れているでしょ」
3人の視線が俺に集中する。
なんだろうか。あ、歓迎会かな。いやいや、さすがに歓迎会を開くような状況じゃないし、それって重大な話でも何でもない。
「はい、わかったよ」
咲が手をあげる。
「なるほどね。私もわかった」
真希も分かったと言ってますよ、本当に?っていうかクイズ形式なの。
俺には全然わからない。
「ごめんなさい」
とりあえず謝る俺。
「あおいちゃんが謝ることじゃないよ。あおいちゃんだけ粗末な服を着たままなのに私たち全然気付いてあげられてなかったよ」
え?服の話?
中世風の宿屋の1階でフリフリで色鮮やかすぎる服を着て、何食わぬ顔で黒パンを食べている光景は結構異様だったんですが。
あ、でもコスチュームはチーム意識の端緒でもありますからね!
「魔法のステッキがないから、私たちで作ってあげるしかないのかな」
「そうだね。いくらなんでもこのままでは可哀そう」
可哀そう?そういう発想はなかったわ。
しかしこれはまずい展開である。
『あおいちゃん、服の寸法を測るから服を脱いで』
『あら、あおいって案外胸が大きいんだな』
『どれどれ、ちょっと触らせてぇ』
あり得る。これはあり得る展開ですぞ。
俺が冷や汗をかいている中、俺の服の話はとんとん拍子で進んで行っている。
「モチーフを何にするかですね」
「私的にあおいちゃんのイメージカラーは青なんだよ」
「でも梨恵と被るしなぁ。私はどちらかというと黒か紫というイメージなんだが」
「それには私も賛成です。あおいちゃんは女子高生ですからセーラー服のアレンジではどうでしょうか」
「ああ、一時期流行ったけど今は制服モチーフいないもんね」
女子同士話が盛り上がっている。
ちなみに魔法少女たちの装備欄ってどうなってるんだ?と真希に頼んで確認したところ
『 メインアーム:グレートソード(D)
体 :布の服(D) 』
と表示された。(D)マークは、ドレスアップマークといって、ある装備品の上に別の装備品の外見イメージだけを張り付けることができるKFO上のギミックの一つである。見た目はセーラー服、だけど実は中身はガチガチのフルプレート・アーマーといったことができる遊び要素なのだ。シリアス派だった俺はこのシステムが大嫌いだったのだが、まさかこんなところで俺の助け舟になるとは思っていなかった。
先ほどの装備欄を説明すると、真希は魔法少女のコスチュームを着て、魔法のステッキで戦っているように外見上は見えるのだが、データ的には普通のグレートソードというかなり低レベルの武器をもって、俺と同じ布の服を着ているにすぎないのだ。
本来の魔法のステッキと魔法少女コスチュームは装備不能アイテムとして道具袋の奥底で眠っていた。ちなみ魔法少女装備はアイテム・レベル666という超強力装備なのだが、装備可能クラスが存在しないため使用できないというバグアイテムになっている。
俺は魔法少女の誰かからコスチュームを借りてそれを布の服にドレスアップしてしまえばいいのだ。コスチュームが被ってしまうのはアレだけど、それはこの際問題ない。
魔法少女サンライト・サキのコスチュームは、全体的に黄色系の配色。向日葵をモチーフにしたかわいい系のデザインだ。
魔法少女タイフーン・マキは赤基調。サムライを意識した上着とトラ柄の腰巻が付いていて全体的にワイルド系のデザインである。
魔法少女ストリーム・リエは青基調。水流をモチーフにしていてカッコイイ系のデザインかな。なるほど3人揃って信号の色になっているのか。
うーん、どれにしようか迷うなぁって、おい!
体は女子高生でも、心はオッサン。フリフリ魔法少女コスチュームを楽しげに選んでいるなんて場面恥ずかしいわい。俺は絶対に吹っ切れたりはせんぞぉ。
「……というわけでどなたか、私にコスチュームを貸してはくれませんか?」
丸投げしたんだが、ここからも予想外の展開。
「じゃあ、私が貸してあげるよ」「いえいえ、私が貸してあげましょう」「なに、私が貸してやる」
火花散る三人の魔法少女たち。譲らない三人。案外自分のコスチュームを他人に来てもらうのって楽しいものなのかな。そこらへんの感覚は俺には分からない。ここで揉めても仕方ないので1日交替で着替えることにした。俺の頭の中でサキ→マキ→リエの順番は出来上がっているのでその順番で、ただし今日は残り少ないのでストリーム・リエのコスチュームを着ると提案した所、皆さん納得してくれました。
◇
さて、とうとう夜になったわけだが、どうやら魔法少女たちは本当に夜眠くならないらしい。スキル解説を読んでもらったところ『睡眠不足に対する絶対耐性』を持つとのこと。これは頼もしい。夜の時間を有意義に使ってもらうために、彼女たちには生産活動に勤しんでもらう。
まず咲には、
『ゆで卵 (調理)= 鶏卵×1 + 井戸の水×1』
のレシピを渡す。
サマダラ・マハダラマの工房で【鶏卵】100個を見つけたので一晩中卵を茹でてもらう。目玉焼きにしないのは【食塩】が貴重なためだ。【井戸の水】は井戸で無限に入手できる。
真希には
『木の柵 (木工) = 白い丸太×3 + 麻のロープ×1』
『麻のロープ(裁縫)= 麻糸 ×5』
『麻糸 (裁縫)= 麻 ×2』
のレシピを渡す。木の柵はイスガルド村の防御力を上げるためのアイテムだ。【伐採】スキルが【STR】依存なので、これからしばらく真希には木こりに専念してもらう。
最後に梨恵。【INT】が高い彼女には【錬金術】スキルを上げてもらいたいので
『傷薬 (錬金術) = 森の薬草×1 + 青い錬金術薬×1 』
『青い錬金術薬(錬金術) = 川の水×1 + 岩塩×1 +魚の鱗×1』
を渡す。
【魚の鱗】は川魚を釣って確保するとして、【岩塩】不足をどう解消するかが当面の課題だ。東にいった【縞々海岸】で入手が可能だが、あそこの適正レベルは20レベル。まだ俺たちには厳しい。
『緑の錬金術薬(錬金術) = ダンデライオン×1+牛乳×1+腐った野菜×1』
需要はないがこっちのレシピも渡しておこう。素材が手に入りやすいのでスキル上げにはなる。
ちなみに【ダンデライオン】とはタンポポのこと。
◇
俺は梨恵の部屋を訪れてみた。梨恵と俺は同じ魔法少女コスチュームを着ている。お揃いだねと言われたものの、想像以上に恥ずかしい。股がスースーする。どうぞ椅子にかけてと言われたけど、こんな短いスカートで座っても大丈夫なんでしょうか?両手でスカートを押さえて、ゆっくりと腰を掛けてみる。やはり違和感。生前から思っていたが女子という生き方はワイルドだなと思うんです。
そんな事を言っていても始まらないので。
「梨恵先輩は学校の先生なんです?」
「そうよ。誰から聞いたのかな」
誰からといっても二人しかいない。単なる相槌のようなもので本当に知りたいわけではないのだろう。
「真希……先輩からです。科目は何を教えているんです?」
「ああ、私も先輩は付けなくていいよ。梨恵って呼んで。みんなそう呼ぶことにしてるのよ。私は体育教師をしています。あらためてよろしくね」
梨恵もちょっと意外だな。てっきりインテリ系だと思っていたんだが。もちろん実際には体育教師だって頭は使うだろう。完全な俺の偏見である。
梨恵は今、自室でイスガルド村の村民のリストを作っていた。こういうまめさは教師らしい。全部で200人くらいいるはずだからまだ数日はかかるだろう。それからあれこれと梨恵のプライベートについて聞いてみると
「ずっと水泳をやっていたのよ。結構いい所まで言ったんだけど、結局は妹には勝てなくってね。悔しかったな」
とのこと。【AGI】の高さは水泳で鍛えた体からということか。妹に対してライバル意識ありとメモしておこう。
「梨恵。私、今日であったばかりの新人なのにゲームのことでアレコレ指図してゴメンなさい。でも……」
「気にしないでいいよ。誰でも最初は張り切っちゃうもんなんだから。ゲームとか得意な子がいなくて困ってるのは本当なんだし、私たちは仲間なんだから遠慮はなしよ」
研究熱心な梨恵は俺が真希と出かけていた間、村中の人に話を聞き、かなり現状を把握したらしい。今のところは俺の話が的確だということで従っているけれど、いつまでも新人の俺が主導権を握れるとも思っていない。今日は話題にはしなかったが、他の魔法少女の仲間というのも気にはなってはいるんだ。
はぁ、マジで人間関係とか面倒くさいんだけど。
◇
マダラ・マハダラマの工房に戻った俺。魔法少女たちには「お留守番クエストなんです」と適当に行って誤魔化してきた。
工房には大きな姿見がある。
タイム・ハズ・カム
俺は俺自身を受け入れなければならない。
見た目は女子高生、でも中身はオッサン。
机の前に座り、精神統一。
【羊皮紙】を広げ、【インク壺】と【羽ペン】を用意する。
俺は勢いよくペンを走らせた。
『 お っ ぱ い 』
我ながら、上出来だ。
おっぱい。
それは哺乳類のメスが持つ授乳器官。ヒトが幼児に栄養を与えて育てるために持つ重要な器官。おっぱいがあるからこそ人類の繁栄があるのだ。それは生命の神秘。なにも卑猥なものではない。
俺は決断した。
「おっぱいはセーフ」
この瞬間、おっぱいまでは見てもいいという自分がルールを確立した。
俺は姿見の前で両足を肩幅に開いてこれに相対した。いわゆる自然体。
ゆっくりと魔法少女のコスチュームを脱ぐ。上下が一体化しており、背中から脱いでスカートを下ろす形で脱ぐことができる。チョーカー、ネックレス、イヤーカフス、ブレスレット。全身を装飾するアクセサリもすべて取り外す。実は装備変更のコマンドで一発で脱ぐこともできるのだが、そこは気分の問題。
最後に残ったのは胸を隠す胸巻きとパンツ。KFOのシステム上、取り外すことができない事実上の丸裸状態。しかし、俺はその限界を超えて胸巻きに手をかける。いける、いけるぞ。するすると胸に巻きつけられた布を外していくと、そこにはぽよよんとした二つの塊があった。塊というは柔らすぎる。俗にマシュマロだとか、時速80キロメートルで走行した際の風の抵抗のそれだとか言われるそんな感触だが、プルプルと揺れるその様子からだけでも十分伝わってくる。
「たかだか乳のことで何をうろたえるか」
ちょっとカッコよく言ってみた。
姿見に映るのは幼さを残す一人の少女の姿。目はパッチリとして目鼻立ちが整っている。笑顔を作ってみると愛くるしいという言葉がバッチリと当てはまる。中身はともかく純真そうな風貌で、いわゆるカワイイ系の女の子だ。髪の毛は丁度胸のあたりまで伸びている。今日一日動き回ったせいか髪型は乱れてしまっている。うわ、手が長いと思ったがそうではない。顔が小さいのだ。いわゆる八頭身という奴だ。話題沸騰中のおっぱいについては、丁度両手を開いて片方の乳房を全部隠してしまえるかどうかというところ。かなり大きい方ではないだろうか。
モデルっぽいポーズをとってみたりすると自然と様になる。
これ、一体誰の体なんだろう。
小一時間ほどマジマジと自分の体を観察したが、それは決してエロい気持ちなどではなかった。ああ、これが俺の体なのか、という単純な興味。
腰を覆う最後の一枚の布が存在し続けるが、これについては手を付けずにいた。
俺だってまだオッサンに戻って生きていくことを諦めたわけではない。
超えてはいけない一線はあるのだ。
替えの下着などはないのだが、おそらくシステム的には【修復】アクションで修復すればいいのかな。それは明日考えることにする。
もうエッチなことを考える余裕がないほど俺は疲れていた。ベットに入るとそのまま泥のように眠った。