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第3話 同じ赤い血を流す生き物なんですよ

 世界の辺境イスガルド村、あまりにも中央世界から遠いのでクエスト関係でサマダラに会いに行かされるたびに腹を立てたこともあったが、それも今ではいい思い出だ。


 イスガルド村のつくと、魔法少女たちは興味深そうに村人NPC達に話しかけていた。彼女たちの面倒もみなければならないが、それよりも気になることがあったので別行動。

 サマダラ・マハダラマの工房。

 俺のマイホームになるはずだった家である。

 石造りの2階建ての建物で、仕事場である工房が一体化しているのでかなり広い。

 近所に聞き込みした所、どうやらこの世界にはサマダラ・マハダラマという男は存在しないようだ。それは当たり前だ。サマダラとは本来俺が転生するはずの相手であり、俺は今この世界には存在しないはずの女子高生あおいちゃんになってしまっているのだから。

 詳しい仕組みは分からないがとりあえずサマダラが消失したことは確認できた。

 工房には結局誰もいなかった。NPCの存在しない建物は【空き家】としてPCが所有物にすることができる。本来イベントNPCであるサマダラの工房が【空き家】になることはあり得ないのだが、どうやらシステム上もサマダラの存在は消失しているのだろう。

 というわけで、寝室にあった【権利証】をゲットした俺は工房の所有者になった。

 ステータス画面上の位置情報も『サマダラ・マハダラマの工房【あおい】』に変化した。

 ここは元々俺の家になる予定だったのだから、俺のものにして何が悪い、という単純な話ではない。これは俺にとって非常にデリケートな問題に直結しているのだ。

 このまま夜になれば、寝床を確保することになる。イスガルド村にある宿屋は1カ所。魔法少女の三人はそこで寝泊まりすることになるのだ。


「あおいちゃんも一緒だよ」


 当然そういうことになる。はっきり言って今の俺にそこまでの覚悟はない。


「あおいちゃん一緒にお風呂に入ろうよ」


 当然そういう展開もあるだろう。


「あおいちゃん一緒に寝てくれない」


 当然そんなことだって。

 ダメダメダメ。男って奴は野獣なんですよ。今からみんなでクエストをクリアしようって大事な時に何かあったら困るじゃないですか。変な気持ちになったらどうなるんですか。

 今の体で変な気持ちになったらどうなっちゃうの?

 なんだか考えれば考えるほどエロい想像しか出てこないぞ。

 いや、純粋に知識の探求者として、気になっただけですよ。

 止まれよ俺の思考。

 宇宙のどこかにそれを望むお友達がいるのだとしても、俺は断固拒否する。

 俺の転生セカンド・ライフは枯山水よりも枯れたエブリデイ賢者タイムになる予定なのだ。

 あー、これ以上考えると本当にヤバいことになりそうだ。

 なので。

 真面目な話をしよう。

 サマダラ・マハダラマは、プレイヤーに生産のイロハを教える役割だというのは何度も説明した。生産スキルは、【鍛冶】、【木工】、【革細工】、【金属細工】、【裁縫】、【錬金術】、【調理】の製作スキル7種類と【伐採】、【栽培】、【採掘】、【狩猟】、【漁師】、【鑑定】の採集スキル6種類に分けられる。スキル上限の関係で通常2~3のスキルを極めるのが精いっぱいなのだが、サマダラは13種類の生産スキルをすべてをマスターしている。おそらくNPCのみに許されたユニークスキルの効果なのだろう。 俺が望んだそのスキルは手に入らなかったものの、生産に必要なアイテムはすべて揃っている。サマダラの工房ほど俺の拠点にふさわしい場所はない。

 『イスガルド村防衛線(殲滅戦)』序盤戦でおそらく最も必要になるアイテムは【傷薬】である。KFOキリングフィールドオンラインではMPは時間によって自動回復するが、HPは自動回復しない。基本的にアイテムか魔法の力を頼ることになる。宿屋にある【ベッド】でもある程度HPは回復できるが、その【ベッド】でさえ耐久値が設定されており、やがては摩耗破損してしまうのだ。


『傷薬    (錬金術) = 森の薬草×1+青い錬金術薬×1』

『青い錬金術薬(錬金術) = 川の水×1+岩塩×1+魚の鱗×1』


 とりあえずは、この傷薬を量産できる体制を確保したい。

 日が暮れるまでまだ時間がある。魔法少女たちの相手でもしてくるか。

 俺は工房に鍵をかけ、その場を離れた。


                  ◇


「父ちゃんが帰ってこないんだ。お願いだよ。様子を見てきてくれよ」


 村の広場でNPCの子供が真希に向かって話しかけている。真希は真剣にその話を聞いているようだ。

 俺はあることが気になり子供に近づいて、耳にふっと息を吹きかけた。


「わっ。お姉ちゃん何するんだよ。止めておくれよ」


 どうやら、普通にリアクションをするようだ。

 これからゲーム世界で生きていく俺としてはNPCが、ゲームのように決まった言葉だけを繰り返すようでは困ったことになる。そんな世界で生きていくのはむしろ拷問だろう。もちろん前世紀のゲームとは違ってKFOキリングフィールドオンラインでは各NPCごとに超AIが設定されており、かなりリアルに近い会話ができるようなシステムではあるのだが、今俺がしたようにゲームと全く関係のない行為に反応してくれるほど高性能ではない。

 やはり神様が作っただけあって、この世界のNPCには魂が宿っているのかもしれない。

 俺の行為を不思議そうに見ていた真希であるが、特に意味がないと悟ると


「お前の父ちゃんは、私が見つけてきてやるよ。安心しな」


 と子供に向かって笑顔で励ます。


「大丈夫です?そんなに安請け合いをして」

「子供が困っているんだ。助けないわけにはいかないだろ」


 なるほど。

 俺の不安が一つ払拭された。俺の不安というのは彼女たち魔法少女がこの世界のNPCを一人の人間として扱うのかどうかである。俺にとってはこれからの人生を共にする大切な隣人たちなのだが、彼女たち魔法少女にとってはただのゲームの中の存在。生きようが死のうが関係ないという態度を取られると、俺としては非常に困るのだ。


「真希先輩。私が一緒に行きます。二人でお父さんを連れて帰りましょう」

「おう。頼りにしてるぜ」


 これに似たミニクエストを俺は知っていた。こうやってNPCを助けておくと毎日素材アイテムを集めてきてくれるなどのメリットがあるのだ。

 イスガルド村周辺のマップはすべて頭に入っている。ちゃっちゃと済ませてしまおうか。

 咲には


『目玉焼き = 鶏卵×1   + 食塩×1』

『黒パン  = ライ麦粉×1 + 食塩×1 + 井戸の水×1』


の2つのレシピを教えておいた。

 美味くはないが夕食にはなるだろう。足止めとスキルアップを兼ねた一石三鳥の作戦である。


「真希先輩は普段は何をされているんです?」


 道すがら地道な情報収集。


「うーん。私ぃ?OLよ。普通のOL」


 おっと、ということは咲よりも年上になる。


「咲先輩はまだまだ……あの下っ端って言ってましたけど、真希先輩はキャリアが長いです?」


 若手という言葉はタブーだろう。


「私のことは真希でいいよ。先輩はいらない。そうだね、今いる3人の中では一番年上だ。もう10年目だな。分からないことがあれば何でも聞いていいけど、私あんまり他人に教えるの上手くないから。梨恵は学校の先生だからそういうの得意だと思うぜ」


 これも意外だな。てっきり梨恵さんが一番の年上だと思っていたのだけど。ちなみに魔法少女になると見た目の年齢はすっかり変わってしまうから注意だ。


「でもでも、OLしながら魔法少女とか大変じゃないですか?」


 魔法少女というけれど、おそらく年齢は24、5歳という計算になる。少女は厳しいだろう。言わないけど。


「あ、それね。魔法少女は夜寝ないんだよ。魔法少女の仕事はいつも夜なんだ。力を使うと回復のために寝ることはあるけど、基本寝なくて大丈夫。だから一般人より逆に時間は余分にある感じかな」


 これは重大な情報をゲット。夜寝ないというのは攻略上かなり大きい。その特性がゲーム上も引き継がれているのかは分からないが……。

 雑談も交えて30分も歩くと小川が近づいてきた。男の子の父親は漁師だといっていた。


「タ、助けてくれぇぇぇ」


 俺たちが近づいてきたのを待ち構えていたかのように助けを求める声が聞こえてきた。


ブルゥゥゥゥゥム、ブルゥゥゥゥゥム


 助けを求める男の声をかき消すように獣の唸り声が聞こえる。


ブルゥゥゥゥゥム、ブルゥゥゥゥゥム


 駆け付けた俺たちが見つけたのは巨大なイノシシとそれに襲われる一人の男。男は足から血を流している。


「この野郎。その父ちゃんから離れろ」


 真希は魔法のステッキを構える。真希が一瞬念じるとそれは巨大な両手剣に変身する。これが彼女の戦闘スタイルってわけか。


「うぉぉぉぉぉぉ」


 真希は剣を巨大なイノシシに叩きつける。


「なんだこいつ堅ぇぞ」


 真希が声を上げる。

 ワイルド・ボアはレベル15モンスター。通常レベル10のキャラ単体で敵う相手ではない。真希の規格外の高スペックな能力値により何とかそれでも五分五分の戦いにまで持ち込んでいるのだ。


「ダメです。ここはゲームの世界なんです。魔法少女の力もゲームのルールには逆らえないんです」


 俺は叫ぶ。実はこれも作戦のうちだ。ここでレベル上げの重要さを理解してもらうことが肝心なのだ。


 ちなみに真希のスキルは次のとおり

『戦闘スキル:【激怒I】【咆哮】【野生の直感】

 生産スキル:なし

特殊スキル:【魔法少女】』


 魔法少女の特性はすべて特殊スキルにまとめられているのね。ちなみに自分のスキルではないのでスキル詳細を見ることはできない。残念だ。

 結果は俺が加勢する必要もなく、辛くも真希の勝利。


「大丈夫です?真希」

「ああ、大丈夫だ。これくらいなんともない」


 残りHPは20。かなりきわどい勝負だったようだ。このゲーム、PCの最大HPは200点で固定である。HPではなく被ダメージ減少能力が上がっていく仕様になっている。

 俺は、ボアの死体から【ボアの牙】をゲットする。【ボアの毛皮】を手に入れるには【狩猟ランク2】のスキルが必要なので諦める。


「あの、これを使ってくださいです」


 俺は工房で見つけた【応急手当セット】を真希に渡す。真希は自分にそのアイテムを使うと、次にNPCである父ちゃんにそれを使う。


「その足じゃ歩けないだろ。負ぶって行ってやるよ」


 そういうと父ちゃんを背中に抱き上げる真希。

 この真希という魔法少女もいい子じゃないかと思う一方、ゲーム世界のNPCに対する思いやりを植え付ける作戦は順調だと考える俺は悪い大人である。

 村に帰るころには夜になる。そしたら、次は梨恵ちゃんにアタックかな。

 魔法少女が寝ないのなら一晩中採集をしてもらうって方法もあるけど、俺ってちょっと酷い奴ですか?

 しかしですよ、『イスガルド村防衛線(殲滅戦)』の元ネタである『聖都フェノリア防衛戦』のとおりだとすると、開始から10日ごとに大規模イベントが起こることになっている。最初の2回はチュートリアル的なもので問題はないが、30日目に起こる第3の大規模イベント。これが序盤の山場になるのだ。

 敵である八鬼将の中でも最弱である雷王シグルマの襲来である。イベントが元ネタ通りに起こる保証はないが、もし仮に雷王襲来イベントがあるとすれば村に4つある門を同時に守らないといけない。それまでに村の囲いの補強をして、村の守備力も上げておきたい。

 いや、本当に大変なんですよ。

 だから、MMOもRPGも知らない女の子たちを鍛え上げるために、すこーしくらい無茶なことをしても仕方ないと思いませんか?

 俺は頑張ってると思うんだけどなぁ。

                 ◇

夜が来る。

それは俺がこの肉体と向かい合わなければならないことを意味する。

その瞬間、俺はいったい……


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