第2話 本当は俺の言うことだけ聞いててほしいんです
俺はサマダラ・マハダラマ改め女子高生あおい。
KFOのNPCに生まれ変わった元29歳のオジサンだと思っていたら、いつのまにか女子高生になっていたでござる。
それ自体かなりの大問題なのだが、それはこの際、脇に置いておこう。
俺の目の前には、魔法少女たちがいる。
俺もゲームの世界の住人という非現実的な存在なのだ。
いまさら、魔法少女の実在については疑うつもりはない。
魔法少女を知らない人に説明すると、魔法の世界からやってきた妖精から魔法の力を授かったりその他いろいろな方法で魔法の力を身に着けた女の子のことである。それではほとんど説明にはなっていないが、最近だと変身ヒーローの女の子版という感じで日夜悪と戦ってくれたりするのだ。
状況を分析すると、彼女たちは目の前にいる敵(多分人類の敵)の攻撃でこのゲームの世界に閉じ込められてしまったらしい。
魔法少女 ドリーム☆シューティングスターズ!
第×話『ゲームの世界に閉じ込められちゃった』
たしかに、魔法少女アニメなどではありがちなストーリーである。
しかし、ゲーム世界の住人側にしてみれば、そんな、はた迷惑な話はない。そういうことは、他所でやってくれ。
ゲーム世界の住人を代表して、彼女たちをこのまま放っておくわけにはいかない。
俺は、魔法少女になりそこなった女子高生あおいとして、彼女たちを手伝うことにした。
「一体どうなってるんだこれ?」
「分かりません。ただ、まわりの風景を見る限りここは日本ではなさそうですね」
魔法少女たちは自分たちの置かれている状況を把握できていないようだ。
仕方ないので、とっとと応援に駆けつける。
「おーい、おーいでーす」
俺が駆け寄ると三人の魔法少女が一斉に俺の方を振り向く。
「あの、あの……」
やばい、この状況どう説明すればいいものか。勢いだけで助けに来たものの、全然考えてなかった。
「あなた、あおいちゃんだね。ポインゴが言ってた新しい魔法少女」
うん、それで多分間違っていない。俺はうなずいた。
「あ、あの。ここはゲームの中の世界なんです。どういうわけか、みなさんゲームの世界に閉じ込められちゃったんです」
俺がそう説明すると、魔法少女たちと対峙していた巨大な黒い猫が少し残念そうな表情で語り始めた。
「あなた誰でしょうか?私の計算には入っていないお方のようですが、まあ、よしといたしましょ。ネタばらしされてしまったのは興ざめですが、早速本題に入れるというもの。それはそれで、よござんしょ」
「なんだって。ゲームの中の世界だって!?」
「ゲームの中に世界なんてあるものかしら」
「でも、あるって言ってるんだから、仕方ないんじゃない」
魔法少女たちは、一瞬動揺したが、すぐに状況を受け入れたようだ。
この巨大な猫が元凶ならば、こいつさえ倒してしまえば事件は解決、だと思うがそう簡単にはいかないだろうなぁ。
魔法少女たちの攻撃も全然効いてなかったし。
とりあえず石つぶてで攻撃をしてみる。
俺が投げつけた石つぶては堅い金属の壁にぶつかったかのように、高い音を立てて跳ね返された。黒い巨猫は涼しい顔だ。
「ふふふ。無駄ですよ。私はゲーム外の存在です。ゲーム内の存在であるあなたたちに私を倒すことはできません。まあ、反対に私もあなたたちを殺すことはできないのですケドネ」
随分と余裕を見せつけてくれる。攻撃するなら、してくれてもいいのだが。
「フェアに行きましょう。貴方たちがここから出る方法はただ一つ。今から始まるクエストをクリアすること。そうすれば元の世界に帰ることができます。私はゲームには一切手出しはしません。このクエスト自体私のオリジナルですが、安心してください。ちゃんとクリアできる難易度に調整していますから。フフフ。なぁにゲームを楽しんでくれさえすれば私は満足なのですよ。それが永遠といえるほどの時間続くとしても私はそれを見守りましょう。それではごきげんよう」
黒巨猫の姿はみるみる薄くなり、やがて消えてしまった。その直後
『イスガルド村防衛戦(殲滅戦)』
目の前にクエストタイトルが表示される。
とりあえず、彼女たちがこのクエストをクリアすれば、元の世界に帰れるようだ。
◇
「ポインゴのお墓作ってあげないといけないね」
登場早々にお亡くなりになったマスコットキャラクターのお墓を作ろうという優しい女の子は魔法少女サンライト・サキこと小豆葉咲。ショートボブの明るい感じの女の子だ。
「あの野郎、一体どこに逃げやがったんだ。ひっつかまえてぶっ殺してやる」
悔しげに彼女たちをゲーム世界に閉じ込めた元凶である巨猫に対し悪態をついているのが魔法少女タイフーン・マキこと燕麦真希。腰まである長い髪は良く手入れされている艶々して綺麗だ。言動は乱暴そうだが案外女性らしいところがあるのかもしれない。
「とりあえず離れ離れになった仲間たちと合流することを優先しましょう」
冷製に次の行動を考えているのが魔法少女ストリーム・リエこと水芭蕉梨恵。センターパートでおでこをしっかり見せている。三人の中では一番落ち着いていてリーダー的な存在のようだ。
「あおいちゃん、魔法のステッキを壊されて大変だけど大丈夫だよ。」
三人はあっさりと俺を受け入れた。加入早々トラブルに巻き込まれた可哀そうな後輩として色々と面倒を見てくれるそうだ。
どうやら彼女たちには他にも仲間がいるようだが、仲間との合流よりも先にしなければならないことが俺にはあった。
「だから、あの猫野郎を見つけてぶっ倒せばいいんだろう」
「そうじゃないです。クエストをクリアしないといけないです。さっきの話聞いてました?」
「クエストってなんだよ」
「クエストっていうのは、システム側がプレイヤー側に出す課題で、これをクリアすると経験値とか報酬とか貰えるです。今回の場合はこの世界から出られるのが報酬ですね」
「課題とか面倒くせぇ。ようは敵を全部倒せばいいんだろ」
「ここはゲームの世界なんです。だから、敵はいくらでも出て来るです。クエストをクリアしないといつまでもここからは出てこれないです」
彼女たちはMMOどころかいわゆるRPGというものさえ知らなかったのだ。俺は「兄に誘われて少しだけMMOをしたことがあるんです」とKFOについて説明をしてみたのだが、全く話が進まない。ゲームの世界では強い敵を倒すにはレベルを上げないといけない、そんな説明から始めなければならなかった。それどころか。
「愛と勇気があればどんな困難にも負けないです」
「戦いは理屈じゃねぇンだ」
「みんなが集まれば怖いものなんてないです」
こんな調子で俺の言うことを真に受けていない始末だ。
『名前 :あおい
クラス:女子高生レベル10
STR(筋力):12
VIT(生命力):12
AGI(敏捷力):12
DEX(器用さ):13
INT(知力):13
MEN(精神力):13』
これが俺のステータス。KFOではゲーム開始時に割り振る能力値は原則として不変であり、キャラクターの方向性を決める重要な要素なのだ。能力値は10が一般人の平均。プレイヤー・キャラクターの平均が12.5である。俺のパラメータはやや精神系能力値が高いが、全体的にほぼ平均である。
『名前:マキ
クラス:バーサーカー レベル10
STR(筋力):26
VIT(生命力):24
AGI(敏捷力):20
DEX(器用さ):20
INT(知力):14
MEN(精神力):16』
これが真希のステータス。はっきり言ってゲーム上はあり得ない高ステータスだ。これは魔法少女としての真希の能力をそのままゲームに取り込んだ結果だろう。クラスがバーサーカーとなっていたのは意外だった。てっきり『クラス:魔法少女』かと思ったが、そうではなかった。バーサーカーはファイターの上級職(※1)であり、KFOのルールの中の存在だ。
『名前:リエ
クラス:ウィザード レベル10
STR(筋力):12
VIT(生命力):16
AGI(敏捷力):24
DEX(器用さ):20
INT(知力):26
MEN(精神力):20』
『名前:サキ
クラス:ハイプリースト レベル10
STR(筋力):18
VIT(生命力):20
AGI(敏捷力):14
DEX(器用さ):20
INT(知力):22
MEN(精神力):26』
ウィザードはスペルキャスターの上級職、ハイプリーストはクレリックの上級職である。この事件の元凶は「フェアに行こう」と言っていた。どうやら、アイツは魔法少女たちにきちんとゲームを楽しんでもらいたいようだ。
このまま魔法少女の仲間が増えて行けば、いつまで俺の話をまともに聞いてもらえるかわからない。人数が少ないうちにでも彼女たちにきちんとゲームをプレイするスタイルを叩きこんでおかなければ大変なことになる。
【銀狐の森】には、低レベル生産に必要な採集アイテムが溢れている。イスガルド村のサマダラ・マハダラマは、PCに生産職を理解してもらうためにいるNPCであるから当然の配慮である。
「【森の薬草】、【小川の水】、【白い丸太】、【銅鉱石】あたりを拾って帰るです」
村人が喜ぶと言いくるめて需要の多いアイテムを収集させた。
「なんだこれ、めんどくせぇ」
「もっと他にすることがあるんじゃないの」
文句を言いながらもなんとか今日のところは俺の言うことを聞いてくれた。俺の予想が間違いなければ、素材アイテムの収集は絶対に欠かせないはずだ。
『イスガルド村防衛線(殲滅戦)』と名付けられた今回のクエスト。俺には大体の内容が予想がついた。
クエスト説明にはこうある
『鬼王配下の八鬼将の軍勢がイスガルド村を包囲した。援軍の到着までは最低でも100日が必要だ。君たち冒険者には、100日間孤立したイスガルド村を八鬼将の軍勢から守ってもらう。
勝利条件:100日の経過
敗北条件:イスガルド村の陥落』
KFOのヘビーユーザーであった俺にはこの内容を見ただけでピンとくるものがあった。『聖都フェノリア防衛戦』。それはKFO3周年を記念して催された大規模キャンペーン・クエストである。キャンペーン期間中、聖都フェノリアエリアと他のエリアの移動は一切禁止され、NPCが販売するいわゆる店売りアイテムはすべて販売中止となる。キャンペーンに参加した全プレイヤーは協力して迫りくる八鬼将の軍勢と戦うというものだ。アイテムの生産や修理もすべてプレイヤーの手で行わなければならず、生産のために必要な素材の収集も参加プレイヤー頼みである。はっきりいってお祭りイベントであり難易度は大したことなかったが、あの一致団結した雰囲気はいい思い出である。
おそらく、今回の『イスガルド村防衛線(殲滅戦)』は『聖都フェノリア防衛戦』をベースにしたクエストなのだろう。
その上で俺たちに不利な点が3つあった。
1:参加プレイヤーが俺たちだけだということ
2:防衛対象が城壁に囲まれた聖都ではなく、イスガルド村だということ
3:シナリオの改変がされている可能性があること
(いわゆる極ハードモードって奴?)
しかし、ハードモードだろうとなんだろうとKFOを知り尽くした俺ならば、それなりに戦いようはある。クリアできるというあの黒猫の言葉を信じるならば、これは俺に対する挑戦のようなものだ。
俺の頭の中には完璧な作戦計画が完成していた。あとはどうやって彼女たちに言うことを聞かせるかだが。
イスガルド村へ戻る道すがら俺は少し積極的に動いてみることにした。
「先輩、先輩」
「なあに、あおいちゃん」
「魔法少女って普段は何してるんです?」
「え?どういうこと」
「ごめんなさい。私聞いちゃいけないこと聞いたですか」
「違う違う。あ、そっか。あおいちゃんは何も知らないんだね。今まではポインゴに全部任せきりだったから、そういうところが気になるとか全然わかんなかったよ。ゴメンゴメン」
そういうと咲は照れながら満面の笑みを見せてくれた。俺は3人の中で一番話しやすそうな彼女から攻めてみることにした。
「私もあおいちゃんと同じ女子高生だよ。あおいちゃんみたいに高校生から魔法少女になるのは珍しんだけどね。魔法少女になったのは中学2年生のときで、今で4年目。魔法少女の中では若手になるんだけどね」
4年目で若手なのか。魔法少女も結構大変だな。
昼間は普通の女子高校生、夜は魔法少女の二重生活をずっと送っているらしい。あの黒猫のような化け物が世の中にはウロウロしているということだ。そういうのから一般市民を守っているのが魔法少女という認識でいいらしい。ちなみに報酬はない完全ボランティア。
「咲先輩。特技とか趣味とか聞いてもいいですか。部活はなんですか?」
「私?特技とかあんまりないけど趣味は読書かな。部活は帰宅部。来年受験だからね」
「受験ですか。私全然考えてなくて、すごく大変だって分かるんですけど。どんなところ受けるんですか」
「皇都大学だよ。もし行けたらだけど。将来は弁護士になって弱い人のために働きたいんだ」
皇都大学といえば日本で一番難しい大学じゃねーか。これは意外、本当に意外だった。咲は明るく物腰も和らいので勝手に将来の夢はお嫁さんでもおかしくないと思っていたのだが、案外しっかりしているんだな。正義感強し、と。これは利用できるかもしれない。
「咲先輩すごーいです。咲先輩には絶対社会で活躍して欲しいです」
とりあえず褒めておこうという気持ちだったが、嘘でもない。ヒーラー(※2)はパーティ全員のステータスを管理しなければならない司令塔のような役割である。人当たりの良い彼女は人の上に立つには適任であると思う。
イスガルド村が見えてきた。
さてさて、忙しくなりますよっと。
(※1)上級職 KFOの世界のキャラクターはそれぞれクラスと呼ばれる職業を1つづつ持っている。PCははじめ、ファイター、シューター、ローグ、クレリック、スペルユーザーの5つのクラスからひとつを選んでキャラクタをデザインするが、成長に伴って、より一部の技術に特化した上級職と呼ばれるクラスにクラス・チェンジできる。
(※2)ヒーラー:MMOの世界では複数のPCがパーティを組んで冒険をすることが多い。そのパーティ内での役割に応じて『ロール』などと呼ばれるものに分類される。『ロール』にあたるものがシステム上決まっているゲームもあれば、単にユーザー間の俗称である場合もある。一般的に使われるものとして
タンク:前衛に立ち、敵の攻撃を一手に引き受ける役割。
ダメージディーラー(DD):敵にダメージを与える役割。
クラウドコントローラー(CC):敵の行動を制限し、制御する役割。
バファー:味方のパラメータを上げる(バフ)等の補助アクションに専念する役割。
ヒーラー:味方のHPや状態異常の回復に専念する役割。
KFCの世界ではシステム上、『ロール』は規定されておらず、あくまでユーザ間での俗称である。