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第10話 宴・前篇 幸せのカタチ、あるいは肉のある食卓

 7日目の午前。

 今日は咲との約束で畑に収穫に行く。5日前に植えたのが【オニオン】(タマネギ)、【スピナッチ】(ホウレン草)、【キャロット】(人参)である。

 ランク1の作物であれば、わずか5日で収穫できるのはゲーム世界の特権だ。しかも畑からとれる人参はどれも肉厚でおいしそう。


「うちのお父さんも家庭菜園をしてたんだけど、こんなにおいしそうな野菜は作れないよ」


 咲のお父さんか。こんなに可愛くて優しい娘がいてうらやましい限りだ。俺なんかニンジンではなく咲に噛り付きたい気分だ。何言ってんだ俺。


「お庭のある一軒家に住んでるんです?うらやましいですね。」

「田舎なだけだよ。ほんと趣味でやってただけの小さな菜園なんだ」

「咲も、お手伝ったりしたんです?」

「全然。お父さんが家庭菜園してたのも今思い出したくらいだよ。お父さんはうちの家じゃ陰が薄いからね。日曜日くらいしか家にいないし」


 そんなことを淡々と話す咲。何とも悲しい日本のお父さんの悲哀を感じた。


「栽培の面白さがわかったのなら、また今度手伝ってあげたらいいですよ」


 咲は「うーん」と一瞬悩んだ末に「そうだね!」と元気に返事をしてくれた。

 どの父親も娘に構って欲しいものだと思うんだよ、と考えてしまうあたり俺はオッサン目線なのかな。

 今日の野菜はどれも土に埋まっているものばかりで、自然と服は土だらけになってしまう。今日は二人とも魔法少女デイライト・サキのコスチューム。それは真っ白な手袋をつけている格好なのだが咲は気にせずそのままで土をいじる。俺は何となく手袋を脱ぐ。MMOの世界には洗濯という概念がないので、【修復】した際に新品同様になっているという便利な話ではある。だから、土で汚れたところであまり不便はないのだが、いつもこのフリフリのコスチュームで活動していることには正直抵抗がある。例えばデイライト・サキの履物はヒールが高いブーツサンダル形態で、これもまた畑仕事に向いていると思えない。

 実は着替え用の体操着があるのだけれど、咲は恥ずかしいからという理由でこれを拒んだ。魔法少女のコスチュームと体操着どちらが恥ずかしいのかというのは難しい問題である。

 まあ、彼女たちは4年以上もこのコスチュームで戦ってきたのだから、恥ずかしいなんて気持ちは全くないんだろうな。むしろ、こんなことを考えている俺がものすごく失礼なのかもしれない。咲はたびたび、こちらにお尻を向けて屈むのでパンツというかインナーがずっとチラチラ見えているんですけどね。プリッとした可愛いおしりですよ。

 俺がそんなことを考えながら咲を見つめていると、彼女はこちらを振り向き土で汚れた顔を見せ、にっこりほほ笑んだ。


「今日の夜は歓迎会だから、美味しい料理いっぱい作らないとね」

「ちゃんとしたご飯を食べるのは久しぶりですよぉ」


 ああ、平和だなぁ。

 午前いっぱいかけて畑の農作物はすべて収穫。ついでに新しい種もまき、次の準備も完了である。単調な作業だけども、咲と雑談しながらのんびりと過ごしているとあっという間に時間は過ぎてしまった。咲は少し控えめなところがあって、そこが俺には心地いんだけども、若干距離を取り気味の俺の態度は可哀そうかなと思えてきた。まあ、お互い本音で話せる仲になろうといったところで俺が本当の本音を話すわけにはいかないんだけど。


「話したいことがあったら、まず私に話してくださいね」


 そんなことを呟いてみた。

 咲はうんとだけ返事をしてくれた。


                    ◇


 俺と咲はめでたく【栽培ランク1】を修得した。次はランク2の作物に挑戦だ。ランク2の栽培には8日間かかる予定だが、【植物栄養剤】を使用することでこれを4日に短縮する。


『植物栄養剤(錬金術1)= クッキングワイン×1 +コブタケ×1 +緑の錬金術薬×1』


 スキル上げ用に大量に作った【緑の錬金術薬】が大量に余っているし、コブタケは【銀狐の森】で時々見つかる。【クッキングワイン】だけは、今のところゴブリン族の行商人あたりとトレードするしかない。

 次の栽培作物は次の3つに決定した。【ポテトの種】、【キューカンバーの種】、【オリーブの種】。ポテトからは【でんぷん粉】が作れるので今後の料理の幅が広がるし、キューカンバー(キュウリ)はサラダ系の必須アイテムだ。そして、なんといってもオリーブ。オリーブから【オリーブオイル】を作ることで俺たちはいよいよ食用油をゲットすることになるわけだが、それだけではない。【オリーブオイル】は亜人どもに大人気の商品であり、ゴブリン族の行商人らへの交易品として注目しているのだ。【蜂蜜】も要チェック。

 午後はみんなとは別行動。近くの小川で釣りをする。釣りスキルを持っているものがいないので、【釣り】スキルの可能性を追求するという名目だが、一人でゆっくりとしたいだけなのだ。


「はぁ……」


 ため息をついてもひとり。

 オッサンに戻れる至高のひととき。

 何も考えずに4時間川面を見つける。

 村に戻るころには、【川ブナ】が20匹ほど釣れていた。塩焼きにしよう。


                    ◇


「先輩、ホント助かりました。ありがとうっす。チューです。チューチュー」

「気にするなって、今の状況がお前にストレスになっていることは私も分かってるんだよ。私もフォローするつもりだから、しばらく我慢してくれよな」


 歓迎会の準備で慌ただしい宿屋近辺を離れ散歩でもと歩いていると、広場の端でじゃれ合っている真希と結の姿が見えた。結は背中から真希に抱き着き、頬と頬を密着させている。


「結ぃ、元気にしてるです? 真希もごきようようです」


 二人もこちらに気付くと挨拶してくれた。話しを聞いてみると、みんなで【縞々海岸】まで採集に行っていたところ真希が採集ノルマに達しておらず樹里からこっぴどく怒られたということなのだ。本当のところを言うと採集をサボり気味だった結を真希が手伝っていたことが原因らしい。


「樹里先輩も、年長の真希先輩にあそこまで言わなくてもいいと思うんすけどね」


 自分が原因であることは棚に上げ樹里を非難する結。


「でも、本当は年長である私が仕切らないといけないところを全部樹里にまかせっきりにしちまってるところが悪いんだ。申し訳ないけど私はそういうのはホント苦手なんでな。私が悪いんだ。ちゅーわけで結も気にしないでくれ。結のサボり癖も大事な個性だと私は思ってるしな」

「なんなんですかぁ。褒めてるんですか貶してるんですか、どっちすか」

「お前が可愛いってことだよ」

「キャー。チューです。チューです」


 真希も結も、建前抜きで本音を出すタイプなので仲がいいのも頷ける。


「さてさて、結。ちょっと食堂の様子を見てきてくれないか」


 あれあれ、これは露骨な人払いである。結もすぐに気付いてビシッと敬礼をし、駆け出して行った。


「邪魔者はおさらばでーす。お二人でムフフなひとときをでっす」


 今日は随分テンションが高いな。結を見送ると


「あおい。どうだ、慣れてきたか」


 真希が真剣な顔をして俺に聞いてきた。


「はい、みなさん優しくしてくれたので」

「そうか。でも優しいばかりじゃいられないのかもな。本当は私たちの仲間全員と会って欲しいと思っているし、いろいろ説明しないといけないこともあるんだ。でも、なにしろこういう状況だからな。私たちだって慣れない状況にある。ストレスも少しづつ溜まっていくんだと思う」

「言いたいことは分かりますです」

「私が言いたいのはな。もうお前も立派な仲間なんだと思ってる。だから、みんなの悪い部分、ダメな部分。そういう部分を支えなきゃいけない場面も出てくると思うんだ」


 そこまでいうと真希は後ろを向いて、緊迫した空気を緩めた。


「何が言いたいのか分からなくなっちまった。私はお前を頼りにしてる。それはチームのみんなに言えることだが、特に今の状況ではあおいに頼りたくなる気持ちが強い。それだけ分かってくれ」


 そういうと、さあ飯だと言って食堂の方に歩みだした。

 170cmを超える真希。いつもは頼りがいを感じさせる背中だが、今日だけは結がしたように後ろからギュッと抱きしめてあげたい気持ちもした。

 今日は俺の歓迎会。お客様扱いも終わりにしなきゃということか。

 カワイイ女の子たちに頼りにされちゃう男は辛いですね、ホント。


                    ◇


 食堂には9人の魔法少女たちが集まっていた。真希、梨恵、咲、樹里、結。この5人は良く知っている。そこに遥、雛子、加南子の3人が加わる。クエスト開始2日目にはすでに合流していた彼女たちだが、戦闘不能状態のペナルティにより5日間ベッドの上で休養していたのだ。その間はどんな状態だったのかと聞くと、全身がピリピリと麻痺をして、力が全く入らない状態だったという。それが5日間も続くのだから結構な拷問である。


「というわけで、皆さんよろしくお願いしますです」


 今日は俺の歓迎会&彼女たちの復帰祝いである。まずは俺の自己紹介が終了していた。自己紹介と言いながらも、実際は俺が謎の存在である女子高生あおいちゃんの設定を勝手に想像しているだけである。あおいちゃんは童顔で少し抜けている雰囲気がある女の子だが、結構スタイルはよくて人並み以上には体を鍛えている。おそらく陸上か何かをやっていたのだろうと思う。 俺自身とかけ離れたキャラクターも演じられないので、田舎の中流の下くらいの家庭で育った、歳の離れた兄がいる女の子という設定にしておいた。大概まずそうな話は「田舎で育ったから」「年の離れた兄が好きだった」というマジックワードで切り抜けられるはずだ。こういってしまうと可哀そうだが、魔法少女たちもまた、まともな少女の生活を送っておらず全体的に浮世離れした大人びたところがあるので助かっている。

 続いて3人の自己紹介が始まる。


「えーっと、あおいちゃん、こんばんは。私は薊旗遥(あざみはたはるか)と言います。今日はこのような席にご招待いただきまして非常にうれしく思っています。えっと、遥ですが高校では弓道部の主将を務めています。魔法少女に変身するとチェリーブロッサム・ハルカって名前でやらせてもらっているんですが、やっぱり弓を使います。弓道を始めたのは高校に入ってからなので魔法少女としての経験が生かされたと思って、ああよかったなぁと思っていますが、今に思えば魔法少女になりたての頃は弓道のきゅの字も知らずに、本当に思いつくままに矢を射っていました……」


 遥は髪をポニーテールにまとめ、一見するとハツラツとした感じの女の子だった。しかし、自己紹介を始めるとガチガチに緊張しながら空中の一点をじっとと見つめて話しをしている。俺以外は見知った仲だというのにどうすればこんなに緊張できるのか。話の内容もどこかおかしい。見るに見かねて加南子が割って入ってきた。


「はいはい。次はー雛子ちゃん。いっきましょー」


 加南子は遥を席に着かせると雛子を引っ張り出してきた。

 みんなの前に立つ雛子は伏し目がちでおどおどとしている。


山査子雛子(さんざしひなこ)といいます。よろしくお願いします。おわり」


 消え入るようなか細い声でそういうと部屋の隅に消えていった。

 雛子は目つきの鋭い女の子で、髪の毛は俺つまりあおいちゃんと同じくらいで胸くらいまであるストレート。第一印象は『怖い系』だったけど、それは『暗い系』に変更された。


「雛子の源氏名はシャイニングムーン・ヒナコだよ」


 雛子がスーっと席に戻っていくと、すかさず加南子がフォローを入れる。源氏名という部分にはツッコまないでいよう。

 最後に前に立つ加南子の身長は150cmほど。背の高い魔法少女たちの中では際立って小さく見える。


「それでは、真打登場。加奈子様だぜ。俺様は猿猴加南子えんこうかなこ。ピッチピチの中学2年生。いわゆるJC2だ。魔法少女になってまだ4か月の期待の新人。あおいちゃんは、加南子姐さんと呼んでおくれよ。俺様がパイセンだからな。将来の夢は、世界のカリスマ。今は一人でガールズバンドをやってるけど近いうちにデヴューを済ませて、成人したらすぐにでもギター片手に世界を放浪する予定。好きな言葉は一撃必殺。ヨロシク」


 彼女は『痛い系』だな。

 咲のフォローによると遥は、結と同じ高校2年生でクラスも同じ。雛子は1年生。この場にいる5人が同じ高校に通う女子高生で、さらにひとりが教師だということになる。

 俺は思わず梨恵の表情をちらりと伺ってしまう。

 心なし教え子を見守る優しげな顔をしているような気がする、気のせいかな。

 加南子の濃いキャラクタも、他のみんなには見慣れたもののようで大したリアクションもなく雑談タイムへと突入する。

 今日は梨恵とお話ししてみようかなと近づくが、テーブルに並ぶ料理の方に目が止まる。

 いつも寂しかったテーブルには、咲が腕を振るった料理の数々が並ぶ。


『ウサギのグリル(調理1) = ウサギの肉×1+オリーブオイル×1+キャロット×1

                +スピナッチ×1+食塩×1』

『フナの塩焼き(調理1)  = フナ×1 +食塩×1 』

『どんぐりクッキー(調理1)= ライ麦粉×1+蜂蜜×1+どんぐり×1

                +井戸の水×1+食塩×1 』

『ベーコンエッグ(調理2)= 鶏卵×1+ベーコン×1+ブラックペパー×1+食塩×1』

『スピナッチのソテー(調理2)=スピナッチ×1+バター×1』


 テーブルが輝いて見える。

 何よりも肉の圧倒的存在感。

 人間もまた獣であると再認識される肉汁の誘惑。

 犬歯があってよかったぁ、突き刺さる歯が肉の触感をダイレクトに脳に伝える。

 香辛料のない味付けは、あっさりとしたものではあるが肉本来の味を楽しむにはいい機会だ。

 現世にいた時は、コイン1枚で手に入れることができた肉。

 それが今や俺はこの肉をもっともっと楽しむために世界の果てから果てまで冒険しても良い気分になっている。

 気が付くと目の前から一匹のウサギの姿が消えていた。

 今は女子高生の小さな体であるが、肉を食すことによって与えられた甘美な刺激が、一匹のウサギを胃袋に収めてなお何かを食したいという欲望を喚起している、

 【フナの塩焼き】が目に止まる。

 ごくりと喉がなる。


                    ◇


 ほとんどが女子高生という場である。一度話が盛り上がると永遠に終わらないのではないかと不安になるくらい延々と会話が続く。俺は常々ボロを出さないかと警戒しているけれど、こうなるとウンウンと頷くだけで時間はあっという間に過ぎていくので心配が要らない。

 楽しい食事も2時間が過ぎるとほんの少しだけ落ち着きを見せだした。それでも【どんぐりクッキー】に伸びる手は止まらないのだが。


「みんな聞いてくれ。」


 時機を窺っていた樹里が声を上げた。

 嵐の予感である。


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