第1話 魔法少女はおかしいでしょう
「ゲ、ゲームの世界に転生?」
俺は思わず声を出して驚いてしまった。
光に包まれた白一色の世界で、俺はふわふわと宙を浮いていた。いや、そうではないのかもしれない。俺には肉体がなく、意識だけが何となく世界を眺めている、そんな感じもする。すべてが曖昧ではっきりとしない。
神を名乗る存在が俺に話しかけてきたときも、俺はまあそういうものだろうとすべてを受け入れていた。
記憶もまた曖昧になっていてよく思い出せないが、俺は女子高生の命を助けた。
代わりに俺自身が死んでしまったわけだが、それはそれでいい。夢も希望もない29歳のオヤジよりも、女子高生の命の方に価値があるのは当たり前だ。俺好みの可愛い女の子だったし、彼女が幸せになってくれるなら悔いはない。
しかし、神様が突然ゲームの世界に転生させてやると言い出したのには驚いた。なんというかそれこそマンガみたいな発想だと思ったからだ。
生き返らせてくれるのならそれでもいい。別の人間に生まれ変わる、それも分かる。しかしゲームの世界とはどういうことだ。ゲームの世界といってもそれはあくまでプログラム上の存在で、現実世界と違う世界がどこか別の場所にあるわけではない。
などと理屈っぽいことを考えていたら神様の機嫌がだんだんと悪くなってきた。これはまずい……。
神様が言うには最近ゲームの世界への転生を希望する若者が多いのだという。このサービスはなかなか好評のようで、神様の力であれば不可能はないのじゃと誇らしげに言われた。
まあ、死んでもいいと思ってたわけだから、ゲームの世界に転生でもいいですよっと気軽にOK。
転生先である世界最大のVRMMORPG(※1)「キリングフィールド・オンライン」は俺も一時期かなりはまっていた。
チートでもOKじゃよと神様はいうのだが、はっきりいってそんなものに俺は興味がなかった。
「イスガルド村のNPCサマダラ・マハダラマに転生させてくれ」
俺がそう望むと神様は困惑していた。そんなのでいいのか、皇帝でも魔王でも何でもありなんじゃぞとしつこく言ってきたが、俺の決意は変わらない。
サマダラはPCにアイテム生産のイロハの教える重要なNPC(※2)だ。その後も何度となくPCを助けることになる。俺はサマダラになって世界の辺境でほそぼそと生産を楽しみたいのだ。時々訪れるPCたちの面倒を見てやるのもいい。
神様もとうとう納得して俺を送り出してくれることになった。せっかくだから一つだけ俺専用のユニークスキルをプレゼントしてやろうと言い出し、断るのも大人げないのでそれは受け取ることにした。
KFOの世界に生まれ変わるのか。
まあ、楽しみでないと言えば嘘になる。俺のゴミのような人生と比べればどこへ行っても天国だよ。そういえば自己紹介が遅くなったが俺の名前は……いや、俺の名前はサマダラ・マハダラマだ。それ以上でもそれ以下でもない。
光が収束していく。
白い世界は暗転し、俺の意識は濁りの中へ沈んでいく。
◇
北に見える白い山々は、天を支える天柱山脈。
緑がまぶしい広葉樹が生い茂るここは銀狐の森。
赤い土が露わになっている整備された道はイスガルド村へと続く北の交易路に違いない。
空には赤と緑の二つの月。円環を携えた太陽が空に浮かぶ。
目に見えるすべてのものが俺の古い記憶に照会されていく。
間違いない。ここはKFOの世界だ。
なぜNPCである自分が北の交易路の道半ばにいるのかはわからなかったがイスガルド村までは半日もかからない。イスガルド村にはサマダラの工房がある。そこに戻れば俺の新しい人生が始まるのだ。
村へ戻ろうとすると、ほんの数十メートル先に何人か人がいるのが見える。PCパーティだろうか。NPCとしてはあまりゲームの仕様を無視して動き回るのは良くないのだろうが、せっかく転生したのだから少しは好き勝手させてもらおう。
「おーい」
俺は人影に向かって声をかける。
どうやらモンスターと戦闘中のようだが、構いやしない。俺のチャット窓はいつでもフルオープンだぜ。
そこにいたのは3人。全員が女の子のようだ。
全員がフリルのついたパニエスカートを履いていて、スカートの丈は無駄に短く太ももが露わになっている。服のデザインはそれぞれ個性的であるがどれも乙女チックでカラフルで無駄に付属パーツが多い。いわゆる魔法少女って奴かな、俺は思った。
イベント用に世界観とはちょっと合わないような服装(セーラー服やスクール水着、パンダの着ぐるみやサンタクロースなんかもある)が配布されることはMMOではよくあるのことなのだ。俺は世界観重視なので、そういうお遊びはあまり好きではなかったけれど。
(魔法少女パーティか。中身も本当の女の子だと楽しんだけどな)
俺がNPCという役職を利用して女の子たちと楽しいトークができると気が付いたのはたった今のことである。
(オジサンがいろいろ教えてあげるよ……ってサマダラはそんなキャラじゃねーよ! でもまぁ……)
葛藤はあったが、俺はフリーダムに生きてやることにした。
俺は心躍らせて女の子たちのところに駆けつけた。
「マキちゃん。なんだか私たち森の中にいるみたいだけど」
「あの災夢が何かしたんだろうな。でも関係ねぇ。ぶっ倒すまでだよ」
「サキさん。サポートを頼みます。マキ、左右から同時に攻撃しましょう」
「OK、リエ,任せておけ。いくぜぇぇぇぇぇ」
3人の息はぴったりだ。かなりのベテランプレイヤーのようだ。
災夢とは聞いたことがないが新しいモンスターの名前だろうか。
大きな黒い猫のような化け物が彼女らの前に立ちふさがっていた。
俺は戦闘を眺めているが、彼女たちは劣勢だ。いや、劣勢というより全く攻撃が効いていない。
加勢するか?
でもどうやって?ただの村人の俺に一体何ができる。
俺が悩んでいると突然目の前に奇妙なモンスターが飛び出してきた。
「あおいちゃん!君には魔法少女になる才能があるンゴ。魔法少女に変身してみんなを助けて欲しいンゴ」
奇妙な羽の生えた青緑色のぬいぐるみが宙に浮かんでいる。目玉はただの黒い点。太い眉毛と富士山型の口が特徴的で全く可愛げがない。ゲーム中でこんなマスコットは見たことがないのだが。
そいつは必死に俺に語りかけてくる。
「あおいちゃん!早く変身して欲しいンゴ」
何のイベントかは不明だが、俺はNPCだから話しかける相手を間違っていると説明した方がいいのだろうか。それにしても、あおいちゃんとは誰のこといってるんだ?
俺は嫌な予感がして自分のステータスを確認することにした。
「ステータス・オープン」
俺はシステム・コマンドを叫ぶ。
『名前 :あおい
クラス:女子高生レベル10』
ステータス画面中央に表示されるドールは、俺の外見を縮小して表示したものである。そこに映っているのは、どこからどう見ても若い女の子のそれである。
村人の着る粗末な布の服を着ているために女子高生かどうかまでは分からないが。
ハハハ、まさかなと思い胸に手をやってみるとなんとも柔らかい感触がする。
これはもしかして。
ごめんなさいと言いながら俺はそれを揉んでみる。
やっぱり、これはあれだ。
29年間俺が一度も触れることのなかった、あれだよ。
とりあえずもう一回揉んでみた。
これはただ揉んでみたかっただけだ。
このパターンだと、次はあそこを触って『あれ』がないと叫ぶところだが、いやいやちょっとまて。今の俺には刺激が強すぎる。慌てるな。まだ慌てるような時間じゃない。超えてはいけない一線を超える前に、ちゃんと神様に元通りにしてもらえばいいだけだ。
神様ったら、とんだイージーミスをしてくれたものだ。
おーい、神様ぁ
神様ぁ
神……
返事がない。
「早くするンゴ。みんなが死んじゃうンゴ」
青緑色のぬいぐるみがしつこくせっついてくる。
俺はそいつに掴みかかった
「おい、お前は何者だ。ここはKFOの中じゃないのか!」
「い、痛いンゴ。ボクはポインゴ。夢の世界から着た希望の妖精だンゴ。悪い災夢と戦う魔法少女を探してるんだンゴ。横浜市西区桜木町駅あたりで戦っていたはずが、突然こんなところに飛ばされたンゴ。全くボクには訳が分からないンゴ」
良く分からないが、この世界に来る方法は他にもあるということか。
「分かった。魔法少女にでもなんでもなるから早くしてくれ」
「そうか。よかったンゴ。あおいちゃんは事前に調べたデータと違って随分ワイルドンゴ」
ポインゴがプルプルプルと体を揺さぶった後、体をぱぁっと開くとそこにカラフルで宝石などが散りばめられた魔法のステッキが現れた。
「これを使って魔法少女に変身するンゴ」
ポインゴが叫ぶ。
俺はステッキを受け取ろうとしたが、その瞬間、世界が赤く明滅した。
『チート行為を感知しました』
『チート行為を感知しました』
『チート行為を感知しました』
『チート行為を感知しました』
機械の音声が鳴り響く
「な、何が起ころうとしているンゴ?」
首を傾げるポインゴ
次の瞬間、目の前のポインゴの体が256分割された。そして、それぞれの破片もまた256分割され、見えないほど小さくなった何かは淡い光を発して消滅した。
『 ポインゴ はBANされました』
『 ポインゴ はBANされました』
『 ポインゴ はBANされました』
『 ポインゴ はBANされました』
再び機械の音声が鳴り響く。
BANとは、ゲーム上のキャラクターが運営側の処理により抹消されることだ。抹消されたキャラクターはいったいどうなるんだろう。背筋がゾッとした。
その場に残された魔法のスティックもポインゴ同様に消滅していった。
ゲーム外からアイテムを持ち込もうとしたから、BANされたのか……ステッキを受け取っていたら俺もああなっていたのか。なんにせよ俺はもう魔法少女には変身できないようだ。
このままここでボーっとしているのも納得いかない。
できればあの猫をとっ捕まえて事情くらいは聞き出さないと安心して転生していられない。
必死になってステータス画面を開いてみる。
『所持品:布の服』
だめだ。布の服しかない。
クラスは女子高生のようだが、現世の持ち物は持ち込めなかったようだ。
『戦闘スキル:なし』
『生産スキル:なし』
『特殊スキル:神の愛』
所有スキルは一つしかない。神の愛。どうやら神様がサービスしてくれたユニークスキルのようだ。チート能力はいらないといってしまったが、なんだかよく分からない今の状況を考えると少しでも強力な力が欲しい
『神の愛:対象のキャラクタと唇同志を重ね合わすことにより、対象のキャラクタの持つスキルを好きな数だけコピーすることができる。ただし、レベルによる所持スキル数の上限を超えることはできない。スキル上限を超えた場合、既存のスキルを1つ選択して破棄することができる』
おお、コピー系能力じゃないか。チート系ではお約束の超強力スキル!
でもよ。
接吻が条件とか完全にエロゲーじゃねぇかコレ。やたらとスキルを押し付けようとするから何かと思ったら、あの神様はエロ爺だったのか。このスキルで俺に何をさせようと考えていたんだ。ていうか、今の俺は女体だぞ。どうしろっていうんだよ。馬鹿か、馬鹿なのか。
俺が途方に暮れていると、魔法少女たちの動きが止まった。
いっさいの攻撃が無駄だと悟ったのだ。
俺がこんな姿になったのもこいつらのせいなのか?だとすれば、放っておくとまずいかもしれない。
「ちょっと待てー……じゃない。待てですよー」
俺はなれない女子語で叫ぶ。
こうして、俺の転生ライフは、大失敗と大混乱の中で始まったのだった。
(※1)VRMMORPG:Virtual Reality Massively Multiplayer Online Role-Playingの略。MMOとは、ネットワークで繋がったプレイヤーたちがコンピューター上の一つの仮想世界を共有し、そこでの擬似生活を楽しむことを目的としたロールプレイング・ゲームのこと。五感さえも擬似的に再現した高度な仮想現実空間上でこれを実現するのがVRMMORPGである。
(※2)NPC:ゲーム世界のキャラクタのうち、操作するプレイヤーの存在しないもの。通常のMMOの世界では、プログラムされたとおりに動く(対義語:PC)。