唄う意味
路線と路線を繋ぐターミナル駅。その構内に見事なソプラノによる歌声が響いていた。無数の人が行き交う中、不意に彼はその歌声に釣られて足を止めた。
「……路上ライブか、懐かしいな」
歌声の源のほうへと目を向けるとそこでは路上ライブが行われていた。歌手兼ギターの一人しかいない本当に小規模な路上ライブ。
その歌声はアマチュアとは思えないほど美しいものだった。けれど、誰一人として彼女の前に足を止めるものはいない。
数分ほど、歌は続き、そして終わる。すると――
「ご清聴、ありがとうございました」
そういって、誰もいないのに笑顔すら浮かべて礼を述べた。
「……」
そんな姿を人ごみの中、足を止めて彼はじっと見ていた。
「――訳がわからん」
その一言に尽きた。彼女の歌になんの意味もない。道行く人の一体、何%が彼女の歌を記憶にとどめているのだろうか? いくら美しい歌声だったとしても忘れられては何の意味もない。
「少しいいか?」
それを惜しいと思ったのか、彼は彼女に声をかけた。
「はい。なんですか?」
「どうして、ここで歌っているんだ? もっと良い場所だってあるだろうに」
歌うのなら、人の行きかうだけの構内ではなく、出入り口の方が良いだろう。そう彼がいうと彼女は苦笑した。
「たしかにそうなんですけどね。でも、私はここがいいんです」
「――というと?」
構内がいい。そういう少女に彼は興味を抱いた。
「だって、ここならたくさんの人に私の歌を聞いて貰えるじゃないですか。例え一瞬でもいい。私の歌を聴いてなにか感じてもらえれば、それで十分です」
「――変わっているな」
どこか羨ましげにそう呟き、彼は苦笑した。
「よく言われます。でも、それが私の歌う意味ですから」
「そうか。せっかくだ、一曲お願いしてもいいか?」
「はい、喜んで」
頷いて、彼女の演奏が始まった。曲調は穏やかで語りかけるようで、まるで彼女の想いが伝わってくるようだ。その中で彼は思う。
――歌う意味か。
彼がかつて彼女のようにやっていた時はただ売れることだけが目的だった。売れて有名になりたいという思いだけが歌う意味だった。
そして案の定、挫折した。
「――いい歌だ」
歌が終わって、そう彼は最後に呟いた。気が付けば自分を囲むように老若男女様々な観客が集まっていた。
「いいものを聞かせてもらった。礼を言う」
「はい。どういたしまして。良ければまたいらしてください」
その数か月後、彼は彼女が歌手にデビューしたことをコンビニで呼んだ雑誌で知る。そして
「ああ、やっぱり」
羨ましげに呟くのだった。