表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

唄う意味

作者: ゆーじ

 路線と路線を繋ぐターミナル駅。その構内に見事なソプラノによる歌声が響いていた。無数の人が行き交う中、不意に彼はその歌声に釣られて足を止めた。

「……路上ライブか、懐かしいな」

 歌声の源のほうへと目を向けるとそこでは路上ライブが行われていた。歌手兼ギターの一人しかいない本当に小規模な路上ライブ。

その歌声はアマチュアとは思えないほど美しいものだった。けれど、誰一人として彼女の前に足を止めるものはいない。

数分ほど、歌は続き、そして終わる。すると――

「ご清聴、ありがとうございました」

 そういって、誰もいないのに笑顔すら浮かべて礼を述べた。

「……」

 そんな姿を人ごみの中、足を止めて彼はじっと見ていた。

「――訳がわからん」

 その一言に尽きた。彼女の歌になんの意味もない。道行く人の一体、何%が彼女の歌を記憶にとどめているのだろうか? いくら美しい歌声だったとしても忘れられては何の意味もない。

「少しいいか?」

 それを惜しいと思ったのか、彼は彼女に声をかけた。

「はい。なんですか?」

「どうして、ここで歌っているんだ? もっと良い場所だってあるだろうに」

 歌うのなら、人の行きかうだけの構内ではなく、出入り口の方が良いだろう。そう彼がいうと彼女は苦笑した。

「たしかにそうなんですけどね。でも、私はここがいいんです」

「――というと?」

 構内ここがいい。そういう少女に彼は興味を抱いた。

「だって、ここならたくさんの人に私の歌を聞いて貰えるじゃないですか。例え一瞬でもいい。私の歌を聴いてなにか感じてもらえれば、それで十分です」

「――変わっているな」

 どこか羨ましげにそう呟き、彼は苦笑した。

「よく言われます。でも、それが私の歌う意味ですから」

「そうか。せっかくだ、一曲お願いしてもいいか?」

「はい、喜んで」

 頷いて、彼女の演奏が始まった。曲調は穏やかで語りかけるようで、まるで彼女の想いが伝わってくるようだ。その中で彼は思う。

――歌う意味か。

彼がかつて彼女のようにやっていた時はただ売れることだけが目的だった。売れて有名になりたいという思いだけが歌う意味だった。

  そして案の定、挫折した。

 「――いい歌だ」

 歌が終わって、そう彼は最後に呟いた。気が付けば自分を囲むように老若男女様々な観客が集まっていた。

「いいものを聞かせてもらった。礼を言う」

「はい。どういたしまして。良ければまたいらしてください」

 その数か月後、彼は彼女が歌手にデビューしたことをコンビニで呼んだ雑誌で知る。そして

「ああ、やっぱり」

 羨ましげに呟くのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 純粋に唄を歌おうとする彼女とかつては歌っていて挫折した男性の対比が鮮やかです。 飽くまで挫折した側の目線で描かれているペーソスに味わいがあります。 [気になる点] 「美しい」といった直接…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ