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着ぐるみ魔王  作者: 蔵樹りん
第3章
9/20

第9話

 ここは泣く子も黙る、恐ろしい悪魔の王の部屋。そんな禍々しい場所で、美しいメイドと可愛らしい少年が、お互い向かいあって正座していた。

 魔王の下で働く者達は、この魔窟でそんな事が起きているなど、夢にも思えるだろうか? もちろん、そんな事を夢にも思っていなかったフローラが、少年に向かって確認の意味で問いかける。


「ふう……つまり、貴方が魔界を支配しようとした時からずっと、あの着ぐるみを着て戦っていた、と」

「う……は、はい……」


 少年――ノエルは恐る恐る答えを返す。その姿はあの悪魔の振る舞いの面影が一つも無い、とても弱弱しいものだった。まるで姉に叱られる小さな弟のよう。実際、ノエルの心境は似たようなものだった。


 結局、ごまかす事など出来ないと思ったノエルは、フローラに今までの経緯を全て喋ってしまっていた。ずっと重荷のように感じていた事を吐き出せたからだろうか。ノエルは、ほんの少しだけすっきりとした気持ちになっていた。


 ――しかし……いつかこんな日が来るんじゃないかとは思ってたけど、よりにもよってフローラさんにばれるなんてな……。


 ノエルは上目遣いにフローラを見た。彼女は凄く不機嫌そうな顔をし、彼をさらに詰問する言葉を捜しているようだ。


 ――そりゃあ、不機嫌にもなるよな……ずっと彼女達を騙していたんだから……。


 それに加え、今日、フローラに買い出しを命じた時のような、彼女を傷つけるような数々の暴言。それが、こんな魔王の姿を笠に着た、ノエルのような少年の口から出ていたと知ったのだから。


 ノエルが、いつか謝る事が出来ればと、そして、いつか仲良く出来ればと密かに願っていた相手、メイド長のフローラ。だが、結局それも叶わなかった。彼女も、もうこの城にはいてくれないであろう。せめて彼女が出て行く前にこれだけは伝えたいと、ノエルは必死に喉の奥から声を搾り出した。


「あ、あの……フローラさん……」


 自分をさん付けで呼んだ事に驚いたのだろう、フローラが目を瞬く。ノエルは勇気をかき集めて、たどたどしく続ける。


「その、今まで酷い事をたくさん言ってごめんなさい。フローラさんや、他の皆を傷つけてしまって……本当に……」


 泣きそうな自分を叱咤しながら、ゆっくり、ゆっくりと、謝罪の言葉を口にするノエル。

 それをじっと見つめながら聞いていたフローラだが、思考をまとめるかのように目をつぶり……しばらくして開かれたその両目は、とても冷たい光を放ちながらノエルを睨みつけ、フローラの手が大きく振りかぶられた。


 叩かれる! そう思ったノエルはぎゅっと目をつぶり、痛みに備えて歯を食いしばる。だが、やってくると思われた痛みはいつまでも感じない。やがて、ノエルを何かがやさしく包む。慌てて目を開いたノエルの瞳に映るものは、いつの間にか自分の側に近づき、優しく抱きしめてくれているフローラの姿だった。


「フ、フローラさん? ど、どうして……」


 驚きと、女性に抱きしめられるという慣れない事態の両方に目を丸くするノエル。そして、自分の顔が彼女の豊満な胸に埋められている事に気付いた彼は、顔を真っ赤にしながら慌てて離れようとする。しかし、そんなノエルをフローラは優しく、だが離す気は無いとばかりにさらに強く抱きしめた。


「大丈夫ですよ。分かってますから……私達を守る為に、あんな恐ろしい魔王の振りをしていたんですよね?」

「!?」


 ノエルは驚きに目を見開いた。まさか、フローラさんはずっとその事に気付いていたのだろうか?


「ずっと、一人で戦っていらしたんですよね? 悪魔達の間で戦いが起きないように、そして、天使達との戦いでも、誰も死ぬ事が無いように」


 フローラは優しくノエルの頭を撫でながら話しかけた。昨日までは推測に過ぎなかった、だけど先程から確信に変わった、彼女の考えを。


「今まで、孤独だったんですよね。ごめんなさい。私達はずっと貴方の事を怖がるばかりで。その寂しさを理解しようとすらしなかった……」

「フ、フローラさん……」


 ついにノエルの目から、先ほどまで堪えていた涙の粒がこぼれ始めた。それは、悪魔の王と呼ばれていた者には全く似合わない、綺麗な光を放っていた。


「はい……寂しかったんです……ずっと……ずっと……でも自分が望んだ事だから、仕方ないって……」


 ノエルは泣きじゃくりながら、今まで心につかえていたいろんな思いを吐き出した。フローラはそれを聞きながら、やさしくノエルの頭を撫で続けた。そんな二人を、小さな子ねこの瞳だけが不思議そうに見つめていた。





 やがてノエルが泣き止んだ後、二人は照れくさそうに座ったまま距離をとった。ノエルの顔も、フローラの顔も、同じように朱に染まっている。どちらもお互いを正視できずにちらちらと視線を交わしていたが、やがて、フローラの方が居住まいを正し、先に口を開いた。


「ええと、その、主様。先ほどは急に……あの、抱きしめたりしてしまって、申し訳ありません……」

「フ、フローラさん!? あ、主様と呼ぶのはもう止めてください!」


 先ほどの二人の距離が失われてしまうと思ったのか、再び泣きそうになりながら叫ぶノエル。その声にびっくりしたフローラは目を丸くする。そして、困ったような顔をして、自分の主にある事を伝えた。


「その、お恥ずかしい話なのですが……私を含めてこの城にいる者は誰も、主様のお名前を存じていないのです……」

「あ……」


 一瞬呆け、それから顔を真っ赤にして俯いてしまうノエル。彼は、自分の配下達の前で一度も名前を名乗った事がなかったのだ。悪魔達は彼の事をそれぞれ、あのお方、とか、魔王様、とか、主様、とか、そういうふうに呼んでいた。

 心の底では自分の事を理解してほしいなどと思いながら、彼らに名前すら名乗っていなかったとは、とんだお笑い種だ。


「ご、ごめんなさい……フローラさん。そんな事すら僕はしていなかったんだ……」


 恥ずかしさと情けなさがこみ上げ、フローラの顔を見る事ができないノエル。そんな彼にフローラは温かい笑みで応えた。


「ふふっ、では改めて自己紹介をお願いします。でも私なんかが主様のお名前を最初にお聞きしてよろしいのでしょうか?」


 ノエルはあわてて顔を上げ、フローラに対して必死に思いをぶちまけた。


「そ、そのっ! フローラさんに一番に聞いて欲しいんだ! 今さら遅いかもしれないけど……でも……」


 言い募るノエルをフローラが優しく制する。


「ふふっ、では聞かせてください。貴方のお名前を……」

「は、はい……」


 緊張したノエルは何度か深呼吸して心を落ち着かせ、やがて口を開く。誰も知らなかった自分の名前を今、フローラに伝える為に。


「その……僕の名前は、ノエルっていいます」

「ノエル……可愛らしくて、素敵なお名前ですね」


 にっこりと笑うフローラ。自分の名前が正直、女の子の様だとずっと思っていたノエルは、その反応にまたも頬が熱を帯びていくのを感じてしまう。でもフローラの笑顔を見ていると、不思議とそんなに悪い気分にはならなかった。


「ふふ……では、これからもよろしくお願いしますね、ノエル様」

「フ、フローラさん、出来たら様を付けるのは止めてほしいんだけど……」


 ノエルは慌ててフローラに今日何度目かのお願いをした。昨日までのような、居丈高な命令ではなく。


「あら、ではどうしましょう? 私はただのメイドですし……」


 いたずらっぽく微笑むフローラ。何だか今後、彼女に頭が上がりそうにない自分を予感しながらも、ノエルはさらなるお願いをする。


「その、ノエル君、とかじゃ……駄目かな……」


 自分で言ってて顔がどんどん火照っていくのが分かってしまうノエル。フローラはそんな彼を優しく見つめつつ、折衷案を口にした。


「ふふっ、それでは、ノエルさんとお呼びしますね。今後、二人きりの時は」

「う、うん……それでも構わないです……そして、その……フローラさんには、僕の友達になってほしい……」


 ノエルの本日最後のお願いに、フローラはにっこりと微笑んだ。


「はい、ではこれからずっと、お友達ですよ。ノエルさん」


 フローラの慈愛に満ちた笑顔に、ノエルはいよいよ顔を真っ赤にしながらはにかむ。

 魔王とメイド、遥かな主従関係の垣根を越えた、平凡な、しかしとても優しくて暖かな約束だった。





 二人の心が結ばれたあの後、ノエルとフローラは仲良くベッドの上に腰掛け、ナナがミルクを舐める姿を一緒に見つめていた。ノエルにとってこんなに心が安息できた日は、あの魔王の姿を取る事を選んでから、初めてかもしれない。


「可愛らしいねこちゃんですね」


 ちょん、とナナの頭をつつくフローラ。ナナは驚いてフローラを見上げたが、空腹を満たす事が大事なのか、すぐにミルクの皿に顔を戻した。


「うん……少し前に中庭で見つけたんだ。理由は分からないけど、僕と同じで一人ぼっちだったみたいで……」


 少し寂しそうに呟くノエル。フローラはそんなノエルを安心させようと口を開く。


「ノエルさん。もうノエルさんは、一人ぼっちなんかじゃありませんからね?」


 そして悪戯っぽく微笑むフローラ。さっきの出来事を思い出し、ノエルの顔はまたも赤一色になってしまう。


「う、うん……その、ありがとう。フローラさん」


 照れながらも、彼女にお礼を言うノエル。


「ふふっ、どういたしまして」


 二人はまた飽きもせず、ナナが食事を続ける姿を見守った。ある意味、この子ねこが二人を引き合わせたのだ。いろいろと胸に去来する事があるのかもしれない。


「そういえば……ふふふっ」


 急に思い出し笑いを始めたフローラに、いぶかしげな視線を投げるノエル。


「? どうしたの? フローラさん」

「いえ、ちょっと先ほどの事を思い出してしまって……うふふ、にゃあにゃあにゃあ」


 彼女は先刻のノエルの口真似をしているのだろう。またもや頬を朱に染めるノエル。一体今日だけで何度、彼女に恥ずかしい姿を見られているのだろう。誰も見ていないと思っていたのが運の尽きだ。


「わ、忘れてください! フローラさん!」

「うふふ、分かりました。なるべく思い出さないようにしますね」

「ううう……」


 ノエルはフローラを正視出来ずにそっぽを向く。油断していたとはいえ、さすがにあの時のねこ語は恥ずかしすぎる。だが、それも見られた相手がフローラならば、まあいいかな、とノエルには思えるのだった。


 しばらくの間、くすくすと笑っていたフローラだったが、程なくして少し寂しそうな顔になり、口を開いた。


「ノエルさん。私はそろそろ行かないと……皆が探しているかもしれません……」

「うん……」


 ノエルも彼女の立場を忘れていたわけではない。フローラは数少ないメイド長の一人なのだ。彼女の指示がないと回らない部署もあるだろう。自分が寂しいからという理由で、彼女を引き止めていい道理はない。

 もちろん魔王としてそういう命令を下せば、彼女をずっと側に置いておく事も出来るだろう。だが、ノエルはそれをしなかった。何より、フローラがそれを望まないだろうと思ったから。


「そうだね……名残惜しいけど、またこうして会えるよね? フローラさん」

「はい、もちろんです。ノエルさん。でも……」


 フローラはベッドの上でノエルににじり寄り、蠱惑的な笑みを浮かべ、耳元でこう囁いた。


「あんまりこの部屋に出入りしてると、へんな噂が立っちゃうかもしれませんね?」

「~~~~!!」


 今日何度目の赤面なのかは分からないが、今までで一番自分の顔が熱を持った事をノエルは自覚した。慌てふためくノエルを横目に軽快にベッドから降り、フローラはメイド服の裾を両手でちょこんと摘んで一礼する。


「では、私は仕事に戻ります。ごきげんよう、主様」


 最後にノエルに対してにこやかに微笑み、やがて彼女は魔王の部屋を後にした。残された主は、彼女が出て行った扉を放心したまま見つめるばかりだ。


「へ、へ、へんな噂って、つまり……い、いや、僕は何を考えているんだ!」


 我に返ってベッドの上でじたばたするノエル。そんな自分の飼い主を見上げながら、ミルクを平らげご満悦のナナは、愛らしく喉を鳴らした。





 その日から、ノエルの魔王としての生活は孤独ではなくなった。

 もちろん、他の悪魔達がいる前では今までのように傲岸な振る舞いを余儀なくされたが、それでも彼女と目が会うとフローラは優しく微笑んでくれた。ノエルも、マスクに遮られて見えていない事は分かっていたが、彼女に対して微笑み返した。今までずっと一人で戦い続けていた彼にとっては、それだけでも十分幸せだったのだ。


 問題は、フローラに部屋に来てもらう理由を考える事だった。

 しばらくはあの日のように、メイド達の休憩室に押しかけ、怯える他のメイド達を尻目に、やれベッドメイキングをしろだとか、やれ本棚の整理をしろだとか、そんな理由をつけて連れ出していた。だが、さすがにそういうやり方をずっと続ける訳にもいかない。


 そんなある日の事、一緒に寛いでいたフローラが、ちょっとした出来事を思い出してノエルに話しかけた。ちなみに今回は、部屋の大掃除をさせるという理由でフローラを連れ出している。


「そういえばノエルさん、少し前に厨房のミルクが無くなる事件が起きてたんですけど、あれってもしかして……」

「あ……は、はい。御免なさい……あれは僕の仕業です……」


 一城の主が厨房に忍び込んでミルクをくすねて来るなど、冷静に考え直せばずいぶんと滑稽な話だ。ノエルは決まりの悪さを感じながらも素直に認めた。さらに言うと、事が露見したあの日に関しては、食物をくすねてきていたわけだが。さすがにこれは言わずに置いた。


「やっぱりそうだったんですか。実はあの時犯人探しが行われていたのですけれど、もし発覚していたら今頃どんな事になっていたのでしょうね」


 フローラはクスリと笑う。だが実際に犯人探しをしていた悪魔が真実に辿り着いていたとしたら、顔を青くして城から逃げ出していたかも知れない。それこそ秘密を墓まで持っていく覚悟でだ。

 恐ろしい魔王が厨房からミルクを盗んでいく理由……一体彼らはどんなおぞましい事を想像しただろう?


「うん……反省してます……もう二度とやりません……」


 羞恥のあまり下を向き、もごもごと謝罪を口にするノエル。フローラはやはりくすくすと笑っている。


「ふふっ、気持ちは分かりますけど、そういう事をしては料理担当の者が困ってしまいますからね」

「うん、大丈夫です。次からはフローラさんに……ああっ!?」


 ある考えを思いつき、顔を上げて大声を発するノエル。フローラはびっくりして彼の横顔をまじまじと見つめている。


 そうだ、どうしてこんな事に気付かなかったのだろう。ノエルは勢い込んでフローラに向き直り、素晴らしい思いつきに上気した顔で捲くし立てた。


「そうだよフローラさん! 今度からフローラさんにミルクを持ってきてもらえばいいんだ!」


 そうすれば、毎回捏造した理由で彼女を連れ出す必要が無くなる。これはいいアイディアだとノエルは思った。しかしフローラはそうは思わなかったらしい、首を傾げながら疑問を口にした。


「でもノエルさん。結局他の悪魔達が納得できるような理由を作らないといけませんよ?」

「……あう」


 よく考えてみればそうだった。他の悪魔達から見たら、ミルクをくすねて来るのも、ミルクを小間使いに持って来させるのも、大した違いではないだろう。どちらにしろ、ミルクという物が魔王に全く相応しくないアイテムである事は変わりがない。


「うーん、そうだった……結局一緒だね……」


 ノエルは腕を組んでうんうん悩み出す。その様子がおかしかったのか、フローラは微笑を浮かべながら、彼女の膝で丸くなっているこの話の当時者を優しく撫でた。そしてからかうような口調で意見を述べる。


「言えばいいと思いますよ? 可愛らしい子ねこを飼ってるんだって」


 頭を撫でられているナナは気持ちよさそうに眠っている。それを見ながらノエルは首を振った。


「駄目だよ……魔王が子ねこを飼ってるだなんて、威厳が無くなっちゃうよ……」

「やっぱり大事ですか? 魔王としての威厳というものは……」

「うん……正直、皆が僕に従っているのは、やっぱりあの姿をしている事が一番の理由だと思うから」


 悲しそうに呟くノエル。彼の力は本人自身の物だが、こんな女の子のような顔をした少年が自分達の王だったと知ったら、彼らはどんな反応をするか見当もつかない。


 今は恐怖によって押さえつけられている彼らだが、この本当の姿を見た後もその恐怖心によって縛られつづけてくれるだろうか?

 もし反乱などが起きてしまったら、また力のない女子供が犠牲になってしまうだろう。それだけは避けなければならない。


 ノエルの苦悩が分かったのだろう、フローラも真剣な表情になった。


「そうですね……ごめんなさい、からかうような事を言ってしまって……」

「い、いや! 別にフローラさんが悪いわけじゃないし! それにペットを飼っているっていう理由は、この場合一番もっともに思えるし……」


 あたふたとしているノエルの脳裏に、よりよい方法が浮かんだ。そう、少しだけ内容を改変すればいいのだ。一部を皆が納得するような情報に書き換えて。


「フローラさん。僕は先日からヘルハウンドを飼い始めたんだよ。きっと魔王の気まぐれで!」


 フローラの目が大きく開かれる。

 ヘルハウンドとは悪魔達の尖兵としてよく使われる、黒い大型の魔犬の事だ。時には地獄の番犬とも呼ばれる。

 彼らは成長すると、その二つ名に恥じない大きさと容貌を備え、口からは燃え盛る炎を吐く。といっても、これはあくまで成犬した時の話だ。生まれたばかりの頃はとても小さくて可愛らしく、女子供に人気があり、よく飼われる事があるという。

 だが、成長した時の姿があまりに恐ろしいので、体が大きくなるにつれて飼い主が犬を捨ててしまうといった事例が後を絶たず、一時期社会問題になっていた。


 たしかに魔王が飼う生物としては、そこまで悪くない選択のように思える。ノエルは照れながら喋り続けた。


「恐ろしい魔王だからたくさんのヘルハウンドを飼ってるんだ。それが理由でフローラさんには毎日ミルクのビンを持ってきてもらわないといけないんだよ」


 しばらく呆気に取られていたフローラだったが、やがて恥ずかしそうに俯いた。


「もう……そんなに私に毎日会いたいんですか? 主様」


 ノエルは思い切った発言をしてしまった事に気付き、やはり顔を赤らめた。そして上目遣いに聞く。


「う、うん……駄目かな……?」


 フローラの顔も赤くなっている。しばし逡巡した後、彼女は顔を上げ、いつものように魅力的な笑みを浮かべた。


「うふふ、駄目じゃありませんよ。でもナナちゃんだけじゃ、ミルクをそんなに飲みきれませんから、ノエルさんも頑張らないといけませんよ?」

「は、はい。頑張ります……」


 二人は顔を朱に染めながらも、微笑み合った。





 しばらくして魔王の城は、彼らの主がヘルハウンドを飼い始めたという噂で持ちきりになっていた。もちろん、その噂にいろいろと尾ひれをつけたのはあのゼイモスである。


「なんでも部屋中に犬どものガキが敷き詰められているって話だぜ! なんせメイドが運ぶでかいミルクのビンが一日で空になるって話だからなあ……こいつはいよいよ……おっぱじめるんじゃねえのか?」

「おっぱじめるって何をだよ?」

「馬鹿やろう! 戦争に決まってんだろ!! 天使共とのよぉ!」


 ゼイモスは戦争で天使達を蹴散らす自分を夢想した。もちろん、主様から与えられた数多の魔犬を自分が率いるのだ。この、魔界第二の実力を持つゼイモス様が……。


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