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着ぐるみ魔王  作者: 蔵樹りん
第2章
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第5話

「うぐぐ、なんで今日はいつもよりあんなに多かったんだろう……」


 普段より二割増しだった朝食を時間をかけつつも平らげ――大部分は着ぐるみの中に隠して部屋に持っていく途中だが――ゆっくり、ゆっくりと自室に向かって歩いている恐ろしき悪魔の王こと、ノエル。


 先ほど何人かの悪魔が視界に入ったが、彼らは慌てて曲がり角の向こうに消えていった。負のオーラを出しているように見えてしまったのだろうか。正直、自室まで連れて行ってもらいたかったのだが、そんな事頼めるはずもない。


「フン。所詮、王というのは孤独なモノよ……」


 魔王の声を出してみるが、もちろん何の慰めにもならなかった。

 ノエルは魔王の仮面の下から窓の向こうを見た。いつものように薄い闇が広がっているが、その明るさから朝食に時間をかけ過ぎた事を知る。


「はあ、朝から軍議があるんだよね……なるべく急ごう……」


 ノエルは一人呟きながら歩みを速めた。





 床には折れた剣や破損した鎧が散乱し、薄汚れた床にはなんのモノかも分からない染みがこびり付いている。

 壁の周りにはおどろおどろしい拷問道具が所狭しと並び、絶えて久しい犠牲者を求めているのか、蝋燭の明かりを浴びて鈍い光を返している。


 ここは悪魔達の軍議が行われる場所。この情景に相応しい、恐ろしげな姿をした者達が思い思いの場所に座り、雑談を交わしていた。予定の時間になっても現れない、主の到着を待ちながら。


「だからよぉ……やっぱりこの俺様がナンバー2だと思うんだよなあ」


 そこここで交わされるたわいも無い話に混じって耳障りな声が聞こえてくる。発言者は先日の戦で主に対して平身低頭を貫いていたゼイモスだ。周りの悪魔達は、またいつもの戯言が始まった、というような冷めた目で彼を見ている。


「ほら、俺ってさぁ……あのお方の一番の旧臣だろ? きっと魔王様も俺を一番信頼してくれてると思うんだよなぁ……」


 一番の旧臣といえば聞こえが良いが、実際は魔王が魔界統一を開始した時に、たまたま最初にゼイモスの領地が攻め滅ぼされただけだった。それ以来ゼイモスは彼の主の機嫌を損ねぬように従っていただけなのである。それを知っている他の悪魔達は呆れたように口を開く。


「あのな、ゼイモス。お前が今の地位にいる事ができるのはただの僥倖だろ? 正直ちょっとでも機嫌を損ねたら、あっという間にああいうご褒美を頂戴できるぜ」


 壁際にある鉄製の拷問道具を指さしながら、ゼイモスに対して嫌味を言う悪魔。その口調からは、調子に乗ってんじゃねえぞ、このイモ野郎。というようなニュアンスが感じられた。

 それを敏感に感じ取ったのか、にひひと下卑た笑いをあげるゼイモス。


「馬鹿野郎、あのお方が俺みたいな優秀な奴を処分とかするわけねえだろ?」


 だんだん気が大きくなってきたのか、大げさな手振りをしながら、一際大きな声で常々思っている事をぶちまける。


「なんつうの? 俺はあのお方の手足みてえなもんなんだよ! 俺がいなくなったらやべぇって分かってるはずだ……」


 ついに腰掛けていたガラクタから立ち上がり、妄想じみた事を口にし始めた。他の悪魔達も驚いてゼイモスの方を向く。自分が注目されている事に気付いた彼は、高揚した気分のまま演説を続けた。


「おい。おめえらもちゃんと聞いとけ! いいか、今はこんな地位に甘んじているけどよお……俺の本気はこんなもんじゃないぜえ……」


 唾を飛ばしながら喋り続けるゼイモス。彼を見ている悪魔達の視線が、実はゼイモスのさらに後ろに注がれている事に気付かない。そして、場がすっかり静寂につつまれている事にも。もちろん、自分の背後に立つ大きな影にも。


「今はこんな感じだけどよお……あのお方だって不死身じゃねえはずだ……」


 ゼイモスと最初に会話していた鳥類の頭を持つ悪魔が、それ以上はやめとけ! といった視線をそのつぶらな瞳から投げかけてくれているのだが、当然そんな事に気付くゼイモスではない。醜悪な笑みを浮かべつつ、さらなる弁舌を続けてしまう。


「もしあのお方がよお……ちょーっとした不幸でやられちまったりなんかしたらよお……そんときゃ俺様が大将だよなあ!?」

「ほう、面白い事を言うな。ゼイモス」


 その瞬間のゼイモスの行動は他の悪魔達も驚く速度で行われた。

 天井にまで届くかというほど飛び上がり、慌てて振り向き、四つんばいになり、地べたに頭をこすりつける。ここまでが瞬く間に行われた。そしてすぐに哀れを誘う声が彼の口から漏れ始める。


「こ、こ、こ、これは……ま、ま、魔王様!! さ、先ほどのあれはあくまでも、その、か、仮定の話であり、貴方様に対して不遜な事を考えているような事は決して……!!」


 先刻までの態度もどこへやら、がくがく震えながらひたすらに許しを乞おうとするゼイモス。

 自分の足元で震える彼のちっぽけな頭を見下ろし、不機嫌そうに魔王が口を開く。


「ふむ……なあゼイモスよ。お前は先ほど、自分の事を俺の手足だとほざいていたな? だが俺の手足はこの通りここに付いている。おかしいな?」

「は、は、はいっ! か、かかか、勘違いをしておりましたっ! おおおおお、お、お許しをっ!!」

「その通りだ。お前の思い違いを正さねばな。お前は自分の事をどう思っているんだ? 言ってみろ」


 上段から投げつけられた言葉に、床を見ながら恐る恐る返答するゼイモス。この状況で主を見返すような度胸など彼にはなかった。


「は……その……私は魔王様の副将、第一軍団所属の悪魔ゼイモスでございます……」

「……思った通りどうやら勘違いしているようだな。……もう一度聞く。お前は何だ?」


 再び魔王の口が問いかける。ゼイモスはあまり上質ではない頭を必死で回転させ、答えをひねり出す。


「は……私は……ま、魔王様の配下の一悪魔……ゼイモスでございます……が……」

「……なるほど、それがお前の考えか。だが俺のそれとは違うな。もう一度だ。お前は何だ?」


 だんだん主の声のトーンが下がっている事に気付いたゼイモス。半泣き状態で必死に続ける。


「わ、私は……貴方様の卑しい下僕、ゼイモスでござ……」

「もう一度だ!! お前は!! 一体!! 何だ!? 言ってみろ!!」

「!! わ、私はぁぁぁっ!! ただのゴミクズのゼイモスでございますぅぅぅっっ!!!」

「そうだ!! 所詮お前などただのゴミに過ぎん……!! それがこの俺の後を引き継いで大将になるだと!?」

「も、も、申し訳ありません……!! ど、ど、どうかお慈悲を……!! お願いでしゅからあっ……!!」


 ついに大声をあげて泣き出すゼイモス。ひたすらに許しを請いながら薄汚れた床に何度も自分の頭を叩きつけている。彼らを囲む悪魔たちは固唾を呑んで見守り続けた。口出しできる者などいようはずもない。

 赤く光る目で自分の足元の物体を睨み続けていた魔王だが、やがてその目から光が薄れていった。


「ふん……まあいい、今日のところは大目に見てやろう」

「お許しくだひゃい……!! お許しくだしゃいぃぃ……!!」


 許しの言葉にも気付かず、ひたすらに頭を下げ続けるゼイモス。魔王はそんな彼を一瞥し、口を開けた。


「今日は気が削がれた。軍議は無しだ。それからお前たち!!」


 突然の大声にビクっと身体を硬直させる悪魔達。魔王は構わず続けた。


「今日の事は忘れずにおけよ。それからこれの面倒を見ておけ」


 足元でまだ震えているモノを顎で示しながら、魔王は踵を返した。


「ごめんなしゃい……! ごめんなひゃい……!!」


 その物体は主が去った事にも気付かず、ただひたすらに謝りつづけていた。





「うーん、あれでよかったのかなあ……」


 廊下をのしのしと歩きながら小さな声で呟くのは、もちろん悪魔達の主、魔王の皮を被ったノエルだ。着ぐるみに遮られ、彼のつぶやきは外には漏れない。


 先ほどのゼイモスに対しての対応は、あれで問題なかっただろうか? ノエルは自問する。


「しかし、彼はいつもああいう事を言い出すから、ついつい僕も言い方がきつくなっちゃうんだよね……」


 卑屈でプライドが高く、しかも功名心も高いという面倒な性質をもつゼイモスは、魔王のノエルから見てトラブルの種だ。一度彼のせいで、天使達との戦いが突発的に発生してしまった事がある。


「いっその事、本当に処分……い、いや、何恐ろしい事を考えているんだ僕は!?」


 魔王歴が長いせいか、段々思考もそれに染まってきたのだろうか。頭を振ってその考えを追い払う。


「全く、危ない危ない。僕はただ皆が平穏に暮らせる為にこんな事をしているのに……」


 最初に制圧した場所がたまたまゼイモスの領地だった事が、ノエルにとっての不運だったのだろう。だがある意味ゼイモスは、魔王の恐ろしさを他の悪魔達に再認識させるという意味では役に立っているのかもしれない。


 しかし、結局軍議はお流れになってしまった。正直、ノエルは軍議などしたくもないのだが、自分しか天使達との戦いを行っていない今の状況では、悪魔達のガス抜きに丁度いい。


「今のやり方にもいつか限界が来るかもしれない……僕の目の届かないところで戦争が発生したりしないように気をつけないと……」


 また悪魔達の間で天使討伐の機運が高まる時が来るだろう。その時もいつものように、先駆けして戦いを終わらせる事ができるといいのだけど。


 ノエルは、先日初めて戦った、黒髪の美しい天使の事を思い出した。


「また、会えるかな……」


 戦争を望んでいるわけではないが、またあの少女に会いたいという気持ちが、心の中のどこかにずっと残っていた。孤独な魔王としての生活がそうさせるのだろうか。もちろん、所詮は敵同士での邂逅になるのだろうけれど。


 悲しい気持ちになりながら歩くノエルの耳に――正確には集音機能が付いている着ぐるみの耳に――かすかな声が聞こえた。


「ん……? 何だろう今の……」


 どこか遠くから小さな小さな声が聞こえてくる。どうやら話し声の類ではないようだ。


「動物の鳴き声……? こっちかな?」


 ノエルは小さな声の持ち主を求めて歩き出した。





 声の主を探して歩いたノエルは、やがて中庭にたどり着く。空はいつものように薄暗いが暖かく、絶好の昼寝日和だ。もちろん、魔王になってからはそんな無防備な姿を晒した事は一度も無いが。


「たしかにこっちから聞こえたんだけどなあ」


 散策するくらいの気分でのんびりと歩くノエル。悪魔達に中庭で昼寝をするなどといった趣味を持つ者などいない。メイド達も自分の仕事で忙しいのだろう。彼の他にここで動く者はなかった。


「……なんだかホントに昼寝をしたくなってきちゃったな。誰もいないし」


 ノエルはその誘惑に耐え切れず、背もたれに出来そうな大きな木の下へ歩み寄る。その時、彼の足元で小さな影が動いた。


「にゃあ!」

「わっ!?」


 びっくりしてつい大きな声を上げてしまう。誰も聞く者がいなかった事にほっとしつつ、慌てて下に目線を向ける。その先にいた生物を見て、被り物に隠されたノエルの表情が驚きに染まった。


「……魔界ねこ……? なんでこんな所に……」


 そこにいたのは、ふさふさの毛、大きな瞳、愛嬌のある尻尾で、女子たちの人気も高い、魔界ねこ……の子供だった。

 ノエルの姿が怖くないのか、小さな身体をすりつけながら、可愛らしい鳴き声をあげている。


「どうしたんだい? 君も一人ぼっちなのかい?」


 鉤爪で傷つけないように注意を払いながら、彼から見ると豆つぶのようなその動物を優しく抱えあげるノエル。ねこは嬉しそうに、彼の着ぐるみの頭を舐めまわした。


「ふふっ、この格好をしてる時にこんな気持ちになったのは初めてかもな……」


 いつも畏怖の感情がこもった視線を感じていた悪魔の王。だがこの動物はとても無邪気に、安心したような表情で彼の身体にじゃれついている。恐ろしい形相のマスクの下から、優しい瞳でねこを見つめるノエル。先ほどまでの落ち込んだ気分がすっかり消えてしまっている事に気付いた。


「……ねえ君、僕と一緒に来るかい?」


 ノエルはねこに向かって尋ねてみる。にゃあという元気な声が、それに対する答えだった。





 こっそりと自分の部屋に先ほどのねこを持ち込み、扉を閉める。

 彼の手から抜け出したねこは、落ち着かないように部屋の中を歩きまわっていたが、やがて彼の豪華なベッドが気に入ったのだろう。寝台に飛び乗ると、シーツにくるまって気持ちよさそうな声をあげた。


「よいしょっ……と」


 ノエルはいつもの着ぐるみを脱ぎ、魔界ねこの横に腰かけた。彼の変貌を気にしていないのか、ねこはノエルにじゃれついてくる。


「ふふっ、くすぐったいよ……」


 こそばゆさにくすくすと笑うノエル。やがて、ねこを持ち上げ、宣言する。


「よし、君の名前を決めよう! う~ん、どんな名前がいいかな……」


 ノエルは首を傾げながら一所懸命考え始めた。このねこもそれを真似ているのか、やはり首を可愛らしく傾げながら彼を見つめている。


「むむむ、こういう事って経験が無いから中々思いつかないな……う~ん……」


 しばらく悩み続けるノエル。火にかけられたヤカンの水が泡立ちはじめるくらいの時間が経過した後、ようやく決まったのか、ねこを見つめて彼は元気よく告げる。


「うん。決まった。君の名前はナナにしよう!」


 時間が掛かった割りには正直普通の名前ではあったが、ノエルは自信満々に命名した。ねこ――ナナも満足そうに一鳴きして名付け親の頬をぺろぺろと舐める。


「ん、にゃあにゃあ。君も気に入ったかにゃ?」


 ねこの物まねをしながらナナとじゃれつくノエル。それは全く魔王としての風格も威厳もない光景だった。



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