第2話
「ふう……」
僕はこの着ぐるみの頭を外すと、ほっと一息ついた。
全く、やはりこの仰々しい被りものをつけているのは疲れる。今後の課題は軽量化だろうか。
僕は一人考えながら、ボディパーツの解除に取り掛かる。
といってもこちらは簡単だ。着ぐるみの中にあるボタンを順序通りに押していけば、たやすく左右に分かれるようになっている。
「よいしょっ……と」
やがてパーツの前方は音も無く二つに分かれ、僕の身体を自由にした。先程まで五体を納めていた魔王の体から飛び降り、鏡を見ながらストレッチで全身を解す。
やっぱり、生身の方が気分がいいな。
鏡の中には、先ほどまでの恐ろしい姿とは真逆の、自分で言うのもなんだが、可愛らしい女の子のような顔立ちの男が立っている。
自己紹介をしよう。
僕の名前はノエル。
正直、さっきまでの姿からはイメージできない、女のような名前の、だがれっきとした男だ。
なぜ、僕があんな着ぐるみを着ているかというと、多少の説明が必要になる。
ここは悪魔たちが住む世界。
先ほどの軍団、大勢のメイドさん、そして僕ももちろん、全て例外なく悪魔だ。
そして、僕がさっき戦いを繰り広げていた相手が、天使。
この世界は彼女達天使と、僕たち悪魔によってずっと戦いが繰り広げられていたんだ。ほんとにずうっと、気が遠くなるくらい。
さらにそれだけでなく、悪魔たちは常に自分が一番偉くなってやろうと、いつも内紛のような事を繰り返していた。
天使との戦い、そして悪魔たちの内部争いにより、常に誰かが犠牲になっていた。もちろん最初に死んでいくのは、弱い女性や、小さい子供たちだ。そんな事も気付かずに悪魔たちは馬鹿な戦いをやめなかった。
そこで、僕はこの世界を平和にする為にどうすればいいだろうと考えた。
その答えが、これだ。幸い僕には力があった。足りないのは、他の悪魔たちをも恐れさせるような外見だけ。
信じられないかもしれないけど、先ほどの天使達を壊滅させた力は僕自身の物だ。あの着ぐるみにそういう能力はない。
それで僕はあの格好をし、乱れていた魔界を瞬く間に統一した。そして天使達との戦いも、部下達が到着する前に一人で決着をつけているというわけだ。
ただ、行き過ぎたのか、最近いろいろと大仰になってきてしまって……メイドさんたちのお出迎えなんて正直恥ずかしいのだけど。
先ほどの広間でのやり取りを思い出して憂鬱な気分になる。魔王として必要な演技だったとはいえ、メイドのフローラさんを怖がらせてしまったやり方に。
彼女はとても優しく、可愛らしい。フローラさんみたいな悪魔を守る為に始めた事なのに、傷つけるような発言をしてしまうなんて。
「いつか、ちゃんと謝れるといいな……」
あと、いつか謝ると言えば。
僕は今日の天使との戦いを思い出した。
こんな事を言うと、悪魔の世界ではおかしい奴という烙印を押されるのだが、出来る事なら僕は天使達とも仲良くしたいと思っている。
今日も派手に暴れたりはしたけれど、身体に痕が残るような怪我はさせていないはずだ。 彼女達のリーダーだったんだろう、最後まで僕に戦いを挑んできた天使は、強くて気高く、そして美しかった。
正直戦いながらも見とれてしまったくらいだ。
だけど、その彼女にも酷い事を言ってしまったんだった。
よりによって、しょ、処女め、みたいな事を言って馬鹿にするなんて!!
情け無い話だが、僕はそういう話にめっぽう弱い。あの時、どもらずに言えたのも、着ぐるみにいくつも付けている機能の一つのおかげだ。ちなみに、他にも声色を変えたり、目を光らせたりだとかいった、魔王っぽくなる演出機能には事欠かない。
当てずっぽうで言った事なんだけど、彼女の反応からするとおそらく当たりだったんだろう。まったく馬鹿な言葉をぶつけてしまった。
僕は自己嫌悪に陥りながらも、あれは仕方がなかったんだと思い込もうとした。もちろん、そんな簡単に割り切る事など出来なかったけれど。




