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着ぐるみ魔王  作者: 蔵樹りん
第1章
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第1話

 薄暗い世界の中に、激しい光が瞬く。それも一度ではなく、二つの影が交差するたび毎に。優れた動体視力と闇を見通す力を併せ持つものならば、飛び交うシルエットを視線で追う事が出来ただろう。

 一つ目の影。

 それは一言で言うならば、悪魔。

 強靭な漆黒の肉体を持ち、竜のような頭には捩れた二対の角が生え、鮮血のように赤く輝く双眼は、獲物を前にした肉食動物のように無慈悲な光を放つ。

 信心深い人間ならば、この姿を目にした時に素早く神への祈りの言葉を唱えるであろう。もちろん、正気を保ったままでいる事が出来たらの話だが。


 二つ目の影。

 それは一言で言うならば、天使。

 白き装束を身にまとい、背に翼をはためかせ、その手に持つ細身の剣は一切を浄化するかのようなまばゆい光を放つ。

 きっと、神に祈りを捧げた時に現れるものは、このような姿をしているに違いない。祈りに答え、悪魔をその白刃で刺し貫いてくれるであろう。


 だが、ここではその祈りも届かない。明らかに白い姿が劣勢だ。

 悪魔の振るう鉤爪が、彼女の身体を掠める割合が少しずつ増えていく。

 やがて、鋭い一撃が純白の天使を捕らえ、彼女は地面に叩きつけられた。

 天使は衝撃に息を詰まらせながらも何とか体を起こし、周りを見渡す。

 彼女の周りには幾人もの翼を持った者達が倒れている。皆、白き天使と共に悪魔に挑み、敗れた者たちだ。苦痛によるものか、数多の呻き声が辺りを埋め尽くしている。


 そして、その声を賛歌として聞いているのか、天使達が横たわる中を悪魔は悠々と歩いてきた。

 彼女は剣を地面に突き立て、杖代わりにして立とうとするも、無理だと悟ったらしい。代わりに残る力を視線に込め、悪魔を睨みつけた。

 悪魔は立ち止まり、まだ何か秘策を隠していると思っているのだろうか、探る様な瞳で白い女をじっと見つめている。

 だが、もちろん彼女にこの場を切り抜ける策などありはしない。

 今からおぞましい殺戮の宴が始まってしまうのだろうか?

 沈黙に耐えられなくなったのか、天使は声を張り上げる。


「くっ!! 殺すなら殺せ!! それともまずはワタシを犯すつもりか!?」


 今まで沈黙を守っていた悪魔は、しばらくして口を開けた。

 獰猛な牙が並ぶ顎から吐き出される声は、その姿に似つかわしく、とてもおぞましい響きだった。


「フン……ニオイで分かるぞ。貴様は処女だろう? 初めてはとても痛いらしいぞ……いいのか?」

「ッ!!」


 図星だったのか彼女の顔が青ざめ、悪魔の顔が愉悦に歪む。


「……そう。俺はそういう顔を見るのが好きだ。だから犯さないし、殺さない」


 そう言い捨てると、黒き悪魔は背中の皮膜を大きく広げ、悠然と飛翔する。白き天使はそれを見上げる事しか出来なかった。

 ガッ!!

 彼女の拳が地面に叩きつけられる。


「くそっ! 馬鹿にして……!!」


 彼女――第六天使長イーリス、生まれて初めての敗北である。





 黒い翼で大気を震わし、悪魔は薄闇の中を悠然と舞う。飛び続ける彼の目に、一つの集団が見えてきた。

 この悪魔が指揮する軍団なのだろうか、先ほどの白き者達が祈りにより天から現れる者だとすれば、彼らはさしずめ呪文により魔法陣から現れる者達だろう。

 三つの獣の頭を持つ者、猛禽類の特長を備えている者、大きな一つ目を顔の中央に張り付けている者、実に様々だ。

 やがて黒い悪魔はその群れの先陣に着地する。砂埃を舞い上げて地面に降り立った彼の前に、一匹の小さな異形が慌てて駆け寄った。

 その矮小な者を一瞥し、悪魔は口を開く。


「遅いな」


 ただ一言。

 それを耳にした彼ら異相の者達は、恐怖のあまり身体を硬直させた。真っ先に駆け寄ってきた先程の小さな姿が、地面に額づきながら何とか弁解の言葉を口にする。


「も、申し訳ありません、魔王様!! 何しろ、我らの部隊は足の遅い者もおりますれば、いや、こればかりはいかんともしがたく……!!」


 責任を転嫁させるかのような発言に、周りの者たちがざわめく。主の怒りが我が身に降りかからないように願いながら、彼らはただ成り行きを見守る事しかできなかった。

 魔王と呼ばれた黒の悪魔はそんな部下達をねめつけていたが、地面に這いつくばっている卑小なる存在を見下ろし、やがて。


「ふん、まあいいだろう。立て、ゼイモス」

「は、はいっ!!」


 慌てて直立するゼイモスと呼ばれた魔物。全身はぶよぶよとした赤茶色の皮に覆われており、小さな体躯は卑屈な視線で目の前の悪魔を見上げている。

 恐怖に引きつりながらも少し安堵したような顔をしているが、その視線が主人の背後に注がれた時、ゼイモスはあっと声を上げた。


「魔王様! 天使どもが逃げていきますぜ!!」


 ゼイモスの視線の先には、先程の白い翼を生やした集団があった。

 彼女達は、敗北に打ちひしがれながらも隊列を組んで堂々と去っていく。まるで再起を誓うかのように。

 ゼイモスの主人は振り返りもせずに言い捨てた。


「捨て置け、問題ない」

「し、しかし……前からお聞きしたかったのですが、なぜいつも奴らを殺さないんで? 特に今回の敵は新参者じゃあないですか。ここは一発ぶち殺して、ぱあっと士気を……」


 まあ、待て。とでも言いたげに手を振ってゼイモスの言論を封じる悪魔。そして物分かりの悪い子供に聞かせるような口調で続けた。


「ただ、殺す。それだけじゃつまらないだろう? 力の差を見せつけ、ねじ伏せる。会うたび毎にだ。そうすれば奴らは俺を見る度に身体の奮えが止まらなくなるだろう。俺は天使どもが恐怖に震える姿を永遠に見たいのだよ」

「……!! さ、さすがは我が王! 自分ごときにはそんな大それた事、考え付きもしませんでした!!」


 感動のあまりに声を震わせるゼイモス。周りの部下たちからも、おお……! といった、畏怖と歓喜が入り混じった声が上がった。

 悪魔は、恐れを抱いた目で自分を見つめる配下の魔物達を満足そうに見下ろし、やがて撤収の命を出した。


「引き上げるぞ。遅れるな」

「はっ!!」


 部下達の返事が合わさり、恐ろしい悪魔とその一団は続々と引き上げていった。魔王の名に相応しい、闇につつまれた彼の居城に。





 城門が荘厳な音を立てて開いていく。そして帰還した城の主を、美しい数多の声が出迎えた。


「お帰りなさいませ、主様あるじさま


 そこに並ぶのは、それぞれがどこに出しても劣らぬような、美しい娘たち。

 ドレスを着飾り、舞踏会に参加すれば、きっと男たちからダンスに誘われるに違いない。 だが彼女たちはこの悪魔に仕える者なのであろう、動きやすさを重視した、白いエプロン付きの黒い衣装を身にまとっている。いうなれば貴族に奉仕する小間使いといったところか。

 しかし、そんな美しい者たちを前にしてもこの悪魔の心は何も感じないのか、不機嫌そうに言い放った。


「ふん、いつもいつもご苦労な事だな。こんな出迎えなどは無意味だ。城の中の掃除でもしていろ」


 びくり、とするメイドたち。だが、一人の女がす、と前にでた。


「いえ、そういうわけには参りません。主様」


 答えたのは、緑色の長い髪を動きやすいように三つ編みにした、美しい紫の瞳を持つ可愛らしい女。

 そのアメジストのような虹彩を主人に向け、毅然とした態度で反論する。


「我々がこうしてこの世界に生きていけるのは、すべて主様のおかげです。その主人のお帰りをお出迎えするのは当然の事でございます」


 彼女は全悪魔の畏怖の対象となっている、自分の主に臆する事無く意見を述べた。とは言え、やはり恐ろしいのだろう、その身体はかすかに震えていたが。


「き、貴様!! メイド長ごときが魔王様に向かって何という言い草だ! は、早く発言を取り消せ!!」


 先ほど醜態をさらした自分と、堂々とした彼女を比較してしまったのか、メイド長に向かって吠えるゼイモス。

 しかし、彼らの主である悪魔は五月蝿そうに手を振って、いつものようにそれだけで彼を黙らせた。そして女に向かって口を開く。


「ふん、お前の言う事も一理あるな、フローラよ。俺の庇護のもとにいる者達の代表として素晴らしい発言だ」


 メイドのフローラは顔を朱に染めた。羞恥によるものか、怒りによるものかは分からないが。

 やがて悪魔はここにいる全ての者に聞かせるよう、声を張り上げる。


「いい機会だ。お前たちよ、聞け! 先ほどのフローラの言葉、すべてお前たちに当てはまる。長生きしたいのならば、せいぜい俺の機嫌を損ねないようにする事だ!」


 ビリビリと広間を揺るがす声が、眼前の小間使い達、彼の後ろの軍勢、その全てに突き刺さる。ゼイモスなどは立っている事も出来ず、平伏した。恐怖にすくむ配下の者達を満足げに睥睨すると、悪魔は悠々と自分の部屋に歩いていった。


「は、はい……それはもう……」


 広間では、彼がいなくなった事に気付かないゼイモスの声が虚ろに漂っていた。





 城内の奥深くで主の帰りを待っていた豪奢な両開きの扉が開く。ここはあの魔王が住みかとして使っている個室。入ってくるのはもちろん、この城を統べる黒い悪魔以外にありえない。

 名工の手によるものだろう、部屋の中には豪奢なベッドを含めた様々な美しい家具や装飾品が並んでいる。全て彼を恐れ敬う部下達からの献上品だ。


 やがて、魔王は大きな姿見の前で足を止めた。

 そこに映るものは、異形の悪魔たちですら見た者は畏怖の念を抱いてしまう、禍々しい姿。

 捩れた角も、大きな牙も、筋骨たくましい両腕の先についている鉤爪も、空を覆うかのような翼膜も、すべてが彼を悪の王として認識させている。

 そんな彼がしばらく鏡の中の自分を見つめた後。

 おもむろに首のあたりに両腕を伸ばし……なんと、自分の首を一気に引き抜いた!!

 戦いの連続でついに狂気にとりつかれてしまったのだろうか? 辺りにはどす黒い血が噴水のように撒き散らされ、豪勢な家具を血の色に染めていく……という事はなく、引き抜かれた首の辺りに新しい頭が生えていた。


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