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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第一章

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 美しい少年は無表情のまま弓をぎりぎりと引き絞る。


「ちょ……待――」


 制止する暇もなくびゅ、と矢が飛びコウジの頬を掠め、地面に刺さった。振り返るとそこに矢で貫かれた灰色の蛇がのたうっていた。

 少年が弓を背負い、こちらへ駆け寄る。視線で


――退け。


 と指示された、そんな気がしてコウジは三つ頭の仔犬を抱き、脇へどいた。少年は跪き、矢に貫かれのたうつ蛇をじっと見つめた。そしてやおら腰に下げたさやから大ぶりなナイフを引きぬくと、ざっくり蛇の頭部に刺しこんだ。刀身が吸い込まれてしばらく、蛇の動きが止まった。

 少年は近くの草で血を拭って、ナイフを鞘に納めるとこちらへ向き直った。首をかしげる。透き通った色白の頬、自然に結んだふっくらした唇、すっきりと通った鼻すじ、意志の強そうに見えた眉を下げ、はちみついろの瞳に困惑の光が揺れている。

 よくよく見ると、少年というより、女性かもしれない。その美人はじっとコウジを見つめ、


「おんな?」


 首をかしげた。


「おとこ?」


 反対側に首をかしげる。美しいかんばせが疑念と警戒に埋め尽くされた。



「ちょっと、ちょっと待って、待ってください」


 美人がすっきりとした鼻すじに皺をよせ、いったん鞘におさめたナイフをまたぞろ引き抜こうとするのでコウジは一生懸命止めた。文字通り、命が懸っている。


「あなたはおんな? おとこ?」


 やけに性別にこだわる。どっちかはっきりしないのは目の前でナイフを振りかざす美人なんであって、コウジはどう見ても男だ。これまで二十年少し生きてきて、女性に間違われたことなど一度もない。特にごついわけではないが、長身だし、女性らしさなど皆無なのだ。


「男――男ですけど、男って言ったら刺されちゃうのかな、じゃあ女でもいいです」


 美人のきりっとした眉が剣呑な角度に上がった。やばい、怒らせた。美人が怒ると怖い。はちみつ色の瞳に冷酷な光が凝る。


 わふわふわふわふ。

 コウジの胸元でおとなしくしていた三つ頭の仔犬がもぞもぞし始めた。尻尾をぷるぷる振りながら三つの頭総出でコウジの顎やら頬やら舐めまわす。


「こ、こらこらこら。ちょっと舐めるのやめて。今それどころじゃないからやめて」


 コウジがあたふたしていると、美人がふ、と気配を緩めた。物騒な光を放つナイフを再び鞘に納める。


「うちの三頭犬だ。どうもやんちゃでいけない。迷惑をかけた。すまない」


 美人は苦笑いして頭を下げた。



 コウジと美人は針葉樹の森のぽっかりと開けた明るい場所にいる。何かの目印なのだろうか、森の縁に大きな石がいくつか並んでいて、そのひとつの前に膝を抱えて二人は座りこんでいる。足下に三つ頭の仔犬が寝そべってすぴすぴと寝息を立てている。遠くで鳥の囀りが聞こえる。静かだ。


「仔犬とはいえ、三頭犬が懐くのだ。あなたは悪い人間ではないのだろう」


 美人はあっさりとコウジに対する警戒を解いた。

 コウジはためらいながら別の世界からやってきた旨、正直に話した。信じてもらえないに違いないと思ったのだが、案に相違して美人はうなずいた。


「なるほど、それであれば納得できる。それであなたは女のような姿なのだな」

「女みたい、なのかな」


 コウジは面接中の姿のままだ。リクルートスーツをきっちり着こんでいる。コウジの世界ではまず女性に間違われることのないいでたちだ。


「うん。我らの星では男は牛か、馬だ」

「へ?」


 よくよく話を聞いてみると、この世界では、もとい、美人によるとこの「星」では男性は頭部が牛であったり馬であったりするらしい。なぜそうなった。コウジは面食らった。


「そう言うわけで我らの星には頭から足まですべて人の姿をしているものは女だけなのだ。だから、あなたも女なのかと思った。不思議な感じはするが」


 確かにコウジの顔は馬面ではない。牛面でもない。頭部が牛や馬の人間というのはちょっと想像しづらい。ということは、この美人は女性というわけだ、コウジは得心した。

 美人がふと顔を上げ、遠くを見た。


「いけない、一度戻るか」

「どうかしたの?」

「母犬がこれを探している」


 美人が立ち上がった。三つ頭の仔犬も頭部それぞれにぴすぴすと鼻を鳴らしている。隈取マスクのような剣呑な顔が三つもついた仔犬を抱き上げた美人がコウジを振り返った。困った顔をしている。


「あ……、我は戻らねばならない。その、名を訊いてもよいか」

「ぼくの名はコウジ」


 美人は俯き、珍しい名だな、と呟きながら口の中で「コージ、コウジイ」と何度も繰り返し、そして顔を上げた。白い頬に血の色が昇り紅潮している。大きなアーモンド形の目を細め、美しい人が微笑んだ。


「我の名は柚子。――コウジ、我は後で戻るがあなたは自身の世界へ還るかもしれぬな」

「そうだね。きみを待っていられるといいんだけど」


 柚子という名の美しい人は長い睫毛を伏せた。睫毛で隠れた目の色に別れを惜しむ色はないかと、コウジはじっと見つめたがよく分からなかった。


「それでは、コウジ、また会おう」

「うん、柚子、またね」


 仔犬を抱いた柚子はコウジを置いて森へ去った。

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