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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第四章

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 広場に居合わせた年配の女たちが山猫男の腕、足と不躾(ぶしつけ)に視線を這わせた。

 この山猫男は半年前、春祭り初日に紫五家の若衆へ暴行を加えた(とが)で身体の一部、どこかを切除されたことになっている。あの事件以来初めて公衆の面前に現れた山猫男の腕も足もちゃんと揃っている。


――じゃあ、どこを切られたんだい?


 山猫男の頭部、錆茶(さびちゃ)の縞模様が春と比べて間延びしている。冬場で着ぶくれているだけでない明らかな肥満が見て取れた。


――ああ、あそこだよ、あそこ。

――あそこがなくなると急に肥えるって聞くねえ。

――あそこって……ああ、気の毒に。


 嘲笑混じりの囁きを聞き取ってか、山猫男がぶち切れた。


「やい、婆ども聞こえてるぞ。タマじゃねえよ、切られたのは指だよ指!」


 手袋を毟り取り小指の欠けた手を振り上げて見せた山猫男がへっ、と表情をせせら笑いに戻した。せり出した腹を揺すりながら先王の前へ進み出た。丸い背をさらに丸めて大げさにお辞儀をする。


「近頃はお召しがなくさびしゅうございますよ、麗しいお方」


 先王はあからさまに嫌な顔をした。目の前の山猫男を無視してコウジたちに声をかけた。


「牛頭翁よ、許す。ゆけ」


 牛おっさんがコウジを巨体で隠すようにして前へ出ようとするのを猫顔の男たちが再度阻んだ。山猫男が聞こえよがしにため息をつく。


「その真人類の男を行かせちゃって、いいんですかねえ」


 先王は鋭く目を細めたが何も言わない。先王の周りを固め直し年配の兵が一斉に槍を構えた。あひゃひゃひゃ。山猫男が太鼓腹を揺すり、頭蓋を貫くような声を立てて(わら)った。


「ナラク国民には知る権利があると思うんだがねえ」

「何のことだ!」


 先王を守る兵のひとりが槍をずい、と前に突き出し叫んだ。山猫男はふん、と鼻を鳴らした。


「そこの真人類野郎が十年前に持ち込んだのと同じ病気がよう、保育所で集団発生しているってことよ」


 十年前。コウジが持ち込んだ病気。


――水疱瘡。


 コウジは自分を抱え込む牛おっさんに、そして馬頭の頭領に、先王に視線を向けた。三人とも何も言わない。だが、それぞれの張り詰めた表情がコウジに山猫男の言葉が事実だと教えている。


――そんな、まさか。


 目の前が暗くなる。



     *     *     *


 橘は仲間たちとともに森の中を滑走している。

 待機位置についてすぐ、目標の鬼熊が女たちの囲い込みに気づいた。もぞもぞとその場で動き回っていたのはほんのしばらく。鬼熊は現在、紫輪党の担当エリアへ向かって猛スピードで突き進んでいる。

 紫輪党の勢子(せこ)たちはそのまま目標を惹きつけつつ王の張る陣へ向かって走る。他党の勢子たちは(おとり)となった紫輪党と鬼熊を囲むようにして彼らの進路を陣へ押しやる作戦だ。橘のキ神通信窓にリアルタイムで勢子たちの情報が流れる。


――紫輪党、進路変更できず。

――鬼熊が……速過ぎる!


 青輪党のグループが目標の進路に横から迫る。


――青輪党、攻撃開始。


 鬼熊を示す赤い三角が、雪原から森へと進路を変えた。


――目標、青輪党を追跡。

――青輪党、陣へ向かいます!


 囮が紫輪党から青輪党に代わった。橘たち黄輪党の勢子に長から指示が飛んだ。


「全員、加速装置を起動せよ」


 女たちの足に装着した板の下部に履帯(りたい)が現れた。


「進路再変更。我らが行く手にに冬眠熊の巣穴なし。はらからよ、目標を追うぞ!」

「応!」


 長の号令とともに一斉に加速装置のエンジンが起動した。雪を蹴散らし女たちと三頭犬が疾走する。


――速く。もっと速く!


 肌を裂くような風の中、橘は目標に向かって馳せた。



     *     *     *


「あのいけすかねえ痩せ女――おっといけねえ、今の王様だったな、とにかくあの女は麗しいお方から王位を奪ったってえいうじゃありませんか。ちょうどいい」


 あひゃひゃひゃ。山猫男が嗤った。


「痩せ女が狩りに夢中になっているうちに王位をかっさらっちまいましょうや。――玉座は麗しいお方、あなたにこそふさわしい」


 にやにやする山猫男を、先王は黙って見つめている。周りの兵がひとり、またひとり槍を下ろした。


「再びおおきみの治世に」

「我らも元の地位に戻れるのではないか」

「悪い話ではない」


 ひそひそと兵たちが言い交わす。それに力を得たか山猫男が声を張り上げた。その場を支配していると確信した者の余裕が見える。


「痩せ女たちを閉め出してやりましょう。さあ王様、門を」

「なにゆえじゃ」


 しばらく沈黙していた先王が腕組みをした。コートの上からもはっきりと分かるもりもりと盛り上がる豊かな胸部がさらに強調された。


「ですから、あの痩せ女を閉め出すために」


 先王は煩わしげに顔を(しか)めた。


「話は聞いておったから繰り返さずともよい。なぜわらわが再び王にならねばならんのじゃ」


 えっ、と驚きの声を上げて山猫男と年配の兵たちが先王を見つめた。


「ですから、十年前の恐ろしい病がこの国に戻ってきたのは真人類野郎のせいで――それはすなわち痩せ女の――今の王の責任だと……」


 遅れて年配の兵が山猫男に加勢した。


「人類拡散連盟とも自然生殖とも無縁の、元の我らに」

「誇り高い我らの人生を取り戻しましょう、おおきみ」


 先王は長々と嘆息した。


「おのれらは阿呆か」


 先王に寄り添う兵たちの肩がびくりと震える。


「例の病が再びこの国を襲ったとて、それが宮――今上の王のせいであるわけがない」

「しかし今上の王は簒奪者(さんだつしゃ)僭主(せんしゅ)ですぞ」


 思い切ったという風情で言い募る年配の兵の肩を持ち山猫男がにやにやと口を挟む。


「麗しいお方は痩せ女と違い人望がありますな」


 先王は近くに立つ年配の兵から槍を奪い、山猫男の足ぎりぎりのところに突き刺した。びいいん、と槍の柄が震える。


「貴様、初めから知っておったな」

「な、何を……」


 先王がずい、と前へ踏み出すのに合わせ山猫男が後ずさる。


り‐たい【履帯】⇒キャタピラー

 URL: http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/248646/m0u/%E5%B1%A5%E5%B8%AF/


キャタピラー【Caterpillar】

《芋虫の意。「カタピラー」とも》鋼板を帯状につなぎ合わせ、輪にして前後の駆動輪にかけ渡し、回転させて走行する装置。車輪より接地面積が大きく、悪路でも走行できるので、ブルドーザー・トラクター・戦車などに用いられる。無限軌道。履帯。クローラー。商標名。

URL: http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/54327/m0u/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%82%BF%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%BC/


提供元:「デジタル大辞泉」

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