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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第四章

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 シティから続く雪原と森の際。落ちた葉に代わり、木々の枝についた霧氷が陽光を受けきらめく。弩弓が弧状に設置され、それぞれに射手が複数名ついている。弩弓と弩弓の間に狙撃兵、歩兵のグループと三頭犬が静かに待機している。

 女たちと三頭犬は動かない。細かな雪を巻き上げる雪原を吹く風だけが時の経過を示す。

 陣を敷いた王は濃いグレーのバイザー越しにじっと森を見つめ、待つ。傍らで控える吹雪丸も森に向けた目を細めた。


     *     *     *


 雪を踏む足音も、息づかいも密やかに女たちが歩く。橘は同じ党のメンバーとともに王の敷く陣から遠く離れ、森を大きく迂回している。他の党も目標を囲い込むために別ルートで雪原を進んでいるはずだ。

 橘の役割は勢子(せこ)である。

 勢子は鬼熊を囲い込み、王の敷く陣へ向かって追い立てる役割を担う。気配にもにおいにも敏感な鬼熊に気づかれずに近づくのは至難の業だ。

 (はや)る三頭犬を抑え、黄輪党の長が立ち止まった。


――待機位置に到達した。足ごしらえを。


 バイザーに覆われた視界、目の前に実際に広がる景色と一部重なるようにキ神の通信窓が開いている。そこに党の長からのメッセージが表示された。女たちが無言で背中から荷物を下ろし、板を取り出して足に装着する。靴を固定する爪の具合などを確認し終えて橘はバイザーの画面を地図に切り替えた。


――まだ動きはないな。


 地図に赤い三角形の記号がある。今日の狩りの目標だ。地図記号の他に青い三角もいくつかある。これは冬眠している鬼熊だ。この青い三角を中心に警戒領域が灰色の円で示されている。冬眠中の鬼熊を刺激せずに目標を陣へ追い込まなければならない。勢子たちも小さな点、丸い記号で示されている。他党も所定の位置で待機しているようだ。


 ふ、とキ神の通信窓が消えた。


 橘がはっと顔を上げるその途中、通信窓が再度開いた。窓が消えていたのはほんの少し、瞬きにも満たない時間だった。周りの朋輩は気づいていないのか、じっと待機し続けている。ただ橘の視線の先で長だけがバイザーの端を押さえ、顔を勢子たちから背けた。


――何かあったのか。


 あったとしても勢子の自分は森の奥でじっと潜む目標――冬眠し損ねた鬼熊を追い立てるのが仕事だ。地図で示される目標の位置は遠い。しかしいつでも動けるよう、攻撃できるよう、橘は弓と(えびら)に触れて確かめた。


 地図の赤い三角が動いた。


――気づかれた。


 もぞもぞとその場を何度か回るように動いた三角が移動し始めた。目標は


――陣と反対方向か。


 紫輪党の勢子たちがいる方へ向かっている。顔を背け王や他党の長とメッセージを交わしていたらしい長が数秒遅れて勢子たちに声をかけた。


「行くぞ」


 応。女たちが立ち上がった。



     *     *     *


 陣はざわついている。


「わがきみ、狩りを中止されてはいかがでしょう」


 部下が兵たちを(なだ)めるのを横目で見遣りながら緑輪党の長が王へ進言した。


「ならぬ」


 王は吹雪丸とともに姿勢を変えず森を睨み続けている。


「目標が動き始めた。今狩りをやめれば勢子たちに、ひいてはシティに被害が出る」

「しかし」


 緑輪党の長が食い下がった。


「せめてわがきみだけでもお戻りになってはいかがでしょう。十年前のあの――混乱が」

「言うな」


 王は初めて視線を動かし相手を見つめた。


「先にこちらの片をつける」


 視線を森に戻した王が唇をかむ。色が変わるほどかみしめられた唇を見て緑輪党の長は言いかけた言葉を飲み込み、ざわめく部下を抑えるために(きびす)を返した。


     *     *     *


 狩りに向かった女たちを見送り、人々が緊張を解いた。狩りが終わるまでしばらくの間そのまま門の前で待つ者、自宅や職場へ戻る者、祭りの過ごし方は人それぞれであるらしい。


「マレビトどのはどう――」


 語りかけた牛おっさんが凍りついた。コウジは首を傾げ相手を見上げた。動きがない。

 子どもたちがはしゃぎまわり、牛頭、馬頭の男たちが語り合っている。視界の隅でイノさんがネズさんの肩をぽんぽん、とたたき失恋した者同士慰め合っている。周りは和やかにざわめいている。


 よく見てみると、様子がおかしいのは牛おっさんだけではなかった。


 少し離れたところにいる馬頭の頭領も、そして門の前の広場で年配の兵に囲まれている先王もこめかみに指をあて凍りついている。再びコウジが牛おっさんへ視線を戻す間に三人は動きを取り戻した。離れているのに三人で目配せしている。


――どうしたんだろう。


 門の外で何か起きたのではないような、そんな気がする。

 そこへ老婆がひとり、よろよろと駆け込んできた。大きく肩で息をしながら先王の前で(ひざまず)く。老婆の背格好、服装に覚えがある。臨時でベビーシッターを請け負ってくれたおばあちゃんズのひとりだ。

 馬頭の頭領から視線を目の前の老婆へ移し、先王が眉をひそめた。


「わがき――おおきみ、あか、あかあか、あか」

「黙れ」

「しかしわが――おおきみ」

「分かっておる。さっきまでいた場所へ戻れ」


 広場がしん、と静まりかえった。


「ああ、おおきみ、あの、あの恐ろしい病が」

「余計なことを申すな!」


 おおお、ともあああ、ともつかない(うめ)きをあげ老婆がぺたりとひれ伏した。


――恐ろしいって言わなかったか。

――やまい。恐ろしい病気ってまさか。


 叫ぶ者はない。走る者もいない。それなのに立ちすくむ人々にパニックの色が広がるのが見えた。


「マレビトどの」


 隣の牛おっさんがコウジの肩を抱き、歩き出した。


「おっさ――」

「しっ。――こちらへ」


 人々をかき分け広場を突っ切る牛おっさんに抱えられてコウジは歩くほかない。武器を携えた年配の兵、牛頭や馬頭の男たち。広場にいる皆が牛おっさんを、いや、


――ぼくか。


 コウジを見つめ驚愕の余り魂を抜かれたような表情をしている。イノさんやネズさん、囚人たちだけがきょとん、としている。だがそのグループから大きな男が進み出た。


「おいおい、待てよ」


 錆茶(さびちゃ)の縞模様をした山猫頭の男がにやにやと笑っている。コウジと牛おっさんの前に猫顔の男たちが立ちはだかった。


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