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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第三章

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二十五

 王が眠そうにしているのでコウジは牛おっさんを呼びに行くことにした。自分の部屋に帰れ、と言いたいのはやまやまだがやんごとないゲスト相手にそんなことができるはずがない。

 居室から外へ出ると、牛おっさんが扉横の壁にもたれて立っていた。


「ちょ――」


 ちょうどよかった、お待ちかねですよ、と声をかけようとすると牛おっさんが自分の唇に指を当て止めた。そしてハーフコートのような上着を脱いでコウジの肩に掛け軽くぽんぽんとたたき、扉を開けると居室へと姿を消した。

 鼻先で静かに、しかししっかりと扉を閉じられてコウジは気づいた。

 閉め出された。

 あー、なるほど。やんごとないお客様がお見えだから外せ、と。あったかい上着を貸してやるからしばらく外せ、と。要するに若い恋人としっぽりしけこむから遠慮しろ、と。

 そりゃあコウジだって至近距離できゃっきゃうふふされてはたまらないので遠慮するつもりでいた。だからと言って申し出る前に「外せ」と言わんばかりの態度をとられたとなると話が違う。


――あんの色ボケ牛が!


 腹立ちに任せて階段を下りたり上ったり、適当に足の向くまま歩いていたのがいけなかったのだろうか。


「ここ、どこだ?」


 ナラク宮から外には出ていないはずだ。深夜、人気のない建物内をずんずん歩くうちに踏み入れたことのない場所に来てしまったらしい。静かだ。そして照明が少なくて暗い。上部に窓のついた金属の大きな筒のようなものがたくさん並んでいる。ぼんやりとした灯りに整然と並ぶ奇妙な金属筒群が浮かび上がる。寒くないはずなのにコウジは牛おっさんの上着の前を両手でぎゅっと合わせた。

 ふと、視界で何かが動いた。

 コウジは巨大な金属筒をざっと見回した。すべて同じ色、形。何の変化もないはず。コウジの胃のあたりにあと少しで恐怖になる兆しが大きく育ちせり上がってきた。

 ふわり。再び、視界の隅で何かが動く。

 その何かのほうに視線を向けても何の変化も見出せない。他の金属筒と同じだ。コウジはそちらに目を据えたままじりり、と後ずさった。

 ふわり。コウジのすぐそばの金属筒の窓に影が差した。

 おそるおそる視線をそちらへ向けてコウジは腰を抜かしそうになった。


――人間?


 その金属筒の窓から見えているのは子どものようだった。濃い茶色の髪が透明な液体の中でふわふわと揺れている。眠っているのか、目は閉じたままだ。しばらく窓から寝顔を見せていた子どもは現れたときと同じようにゆっくり、ふわりふわりと沈み姿を消した。

 見回してみると他の金属筒の窓にも子どもらしき影がふわりと浮かんだり消えたりしている。小さな足だけが窓から見えていたり、ゆらゆら浮き上がって窓におでこをつけたり、再び沈んでいったり、よくよく見るとゆっくりではあるが動きがある。


「これ、何だ?」

「培養ポッドだ」

「おわああああ」


 文字通りコウジは腰を抜かした。



「あまり騒がないでほしい」


 馬頭(めず)の頭領が手を差し出した。薄暗い室内でも月色の毛並みはメタリックな光沢を失わない。深夜であってもきらきらしいイケメンっぷりだ。コウジはイケメン馬男の手を取り、立ち上がった。


「この子らの眠りを妨げられては困る」

「す、すみません」

「ここで眠っているのは誕生を待つ次代のナラク国民だ」


 馬頭の頭領によるとこの部屋は女性体ばかりが集められているという。


「他に男性体の培養ポッドの部屋、王の培養ポッドもある。――ところでマレビトどの、こんな時刻に霊廟見学かな」

「いいえその、眠れなくて」


 答えがざっくりしすぎているきらいはあるが間違っていない。馬頭の頭領はコウジの羽織っている上着をじっと見つめ


「牛頭翁のお召し物であるな」


 とつぶやき、得心したように苦笑した。


「ああ、わがきみのお渡りが」


 これはまずいんじゃなかろうか。コウジは懸命に記憶を探った。確か、


――わがきみがだれに惹かれているように見えようともそれを言葉にしてはならない。


 橘にそう言われたんだった。ここは営業若手のホープとしてモンスター顧客とも渡り合ったスキルを活かすべし。ポーカーフェイスでごまかすべし。今、異世界で初めて営業スキルが役に立つ。


「マレビトどの、追い出されたか」

「う」


 役に立たなかった。コウジはがっくりとうなだれた。自然環境の厳しいど辺境の零細国とは言え行政トップのひとりとして辣腕を振るう知力気力段違いの美丈夫相手に、ぺーぺーの営業スキルなんぞ紙防御のようなものだった。



「なるほど」


 きらきらイケメンはやすやすと紙防御を突破し、コウジから情報を引き出した。


「ぷんぷんと怒りにまかせて歩いていたら偶然霊廟に辿り着いてしまった、と」

「すみません」

「よくこういうことがあるのか」

「そういえば、初めてです」


 月色の被毛をきらめかせ、馬頭の頭領はほろ苦く笑んだ。


「お忙しいお二人だ。たまの逢瀬くらい大目に見てさしあげてはどうか」

「そうですね」


 しんしんと冷え込む深夜に放り出されたのも、睡眠を必要としない体質になってしまっているから、そこを頼りにされたのだとコウジはポジティブに好意的に解釈することにした。

 そういえば馬頭の頭領こそこんな時刻までお仕事ですか、と訊こうとしてコウジは気づいた。ほのかに香水のにおいがする。蠱惑(こわく)的な香りに覚えがあった。先王だ。


――そういえばこのイケメンは王様の政敵の愛人だった。


 部屋を貸してくれる牛おっさんとは微妙な関係だというのにほいほい紙防御を突破させてしまった。基本のスペックに差があるけど。コウジは自身にがっくりきた。


「なにをがっくりしている」


 きらきらイケメンが小首を傾げた。そんな仕草もさまになる。

 膝かっくんでずっこけて道を踏みはずし惑星ナラクにやってきて数ヶ月、獣頭の男たちを見慣れてきたがやはりこの馬頭の頭領は特別に美しいとコウジは思う。顔がきれいなだけではない。細マッチョで性格もよく、仕事もできて知的。非の打ち所がない。強いて欠点を挙げれば五十歳過ぎのおばさんの愛人をやっていることくらいか。それも彼の政治的立場を強くしたりしないはずだし、何より女なんぞ選びたい放題に違いないのに美魔女めいて年齢不詳とはいえ年の離れた女を恋人にしているのだ。しかもその美魔女(先王)は複数の愛人を侍らせ、飽きたらぽいぽい捨てるともっぱらの評判だ。長年にわたり先王の寵を受けているというがむしろこのイケメンが惚れ込んでいるという可能性もある。


――なんだか、ばかばかしくなってきた。


 いずれにせよ、コウジには何の関わりもないことだ。どうせ恋人なんぞできはしないし、つくる気もない。コウジはこの惑星の人々にとって災厄そのものなのだから。


「リア充、爆発しろ」


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