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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第三章

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二十二

 作業を始めて数分でネズさんが、昼前にイノさんが、そして午後になっていよいよコウジまで苔桃摘みに飽きてきた。作業に()むたびに牛おっさんの


――おお、こんなにたくさん。


 喜ぶ顔などを想像して耐える。春祭り初日の夜に焚き火を囲んだ時、牛おっさんが食べさせてくれたスコーンのような菓子、それに添えられていた苔桃のジャムをコウジはしっかり覚えていた。あのジャムをたくさん作ってもらおう。そうしよう。

 それでもやはり単純作業にうきうきと取り組み続けるのには限界がある。ちりとりをざくざく茂みに突っ込んで苔桃を集めるだけの、文字通り簡単なお仕事だが長時間続くと飽きが来るだけでなく腰も痛む。



「さっきさー」


 ちりとりの中の苔桃の実にくっついた葉を摘まみ出して指でぴんこぴんこはじき飛ばしながらネズさんが口を開いた。


「炊き出しの列にかわいい()いたよね」

「どの娘?」


 ネズさんは視線を宙にさまよわせてひげをぴくぴくさせた。


「ああ、確かにかわいい娘、たくさんいたよねー。本日注目の美形はほら、あの娘」


 ネズさんはぱっと呼び名を思い出せないらしく、もどかしそうに身体をくねくねさせた。手にしたちりとりから赤い苔桃の実がだば、だばあ、とこぼれる。無言でイノさんがこぼれた苔桃の実をかき集め、ネズさんのかごに入れてやった。


「金髪でさー、ちょっときつめの顔立ちなのになんだかかわいい――ああ、そうだ、黄輪党の、確か黄三家の」


 コウジがちりとりを手に固まったのを見てイノさんがぎょっとした顔になった。びっくりした悪人みたいな顔だ。


「鼠の人、こぼした苔桃、自分で拾わんね」

「あ?」

「ほれ、あんなところまでこぼれたのが転がっちょるが。もったいなか」

「え? 苔桃なんていくらでも()ってるからもったいなくはな――ああ、うん、拾うね?」


 ネズさんがちりとりを手に少し離れたところへ転がっていった苔桃の実を拾い集めに行った。それをちらりと見遣ってイノさんはぐわし、とごつい手でコウジの肩をつかんだ。悪人めいた迫力のある顔面が近づいてくる。


「気にせんでよか」


 何を、という問いを発する間をコウジは与えられなかった。


「マレビトどん、誰に遠慮することもなか。どんと行け、どんと」


 いや、だから何の話、という問いを発する間を再びコウジは封じられた。


「なになに? マレビトさんってばあの金髪ちゃん狙いなの?」

「いや、その」

「あの娘、囚人たちの間でも人気あるんだよねー」

「え」


 そうなの? とネズさんに発するはずだったコウジの問いはみたび遮られた。


「いや、そげんこつなか!」


 イノさんはがば、と立ち上がった。勢いで跳ねたイノさんのちりとりから苔桃の実がだばあ、とこぼれ落ちた。


「ぜっんぜん、そげんこつなか! なかよ、人気、なかよ!」

「ちょ、猪の人、何言ってんの。黄三家さん、けっこう人気よ? あのほら、犬の人とか、鱗の人とか、狙ってる人、多いよ?」

「あわわわわ! マレビトどん、大丈夫、大丈夫じゃち。黄三家のお嬢さんはマレビトどんに一途じゃち」


 何か誤解がある。コウジが割って入ろうとしたところでネズさんから爆弾が投下された。


「猪の人、何慌てちゃってるのー? あ、分かった、紫五家さんね! 恋敵を減らそうって魂胆なんでしょ」


 意外にみみっちいなー、とにやにやしながらイノさんの腹を肘でちょいなちょいな、とつついた。そしてネズさんはイノさんの足下にしゃがみ込んで撒き散らされた苔桃の実をかき集めた。


「マレビトさんってば、紫五家さんに頼りにされてるし、今のところ恋人最有力候補でしょ」

「いや、」


 ただの同僚だし、というコウジの言葉はまたまたネズさんに阻まれた。ネズさんは集めた苔桃を自分のかごの中に入れた。


「紫五家さんは大人っぽくていいよねー。ボクら囚人の間では一番人気なんだよ」

「そうなんだ」

「ほら、この国の女の子はわりと硬派でさ、腕っ節も気も強いし、ボクら悪で鳴らした囚人に負けないでしょ?」

「ああ、」


 そうかもね、と同意したかっただけなのにその言葉も阻む弾丸スピードでネズさんはしゃべりまくった。


「ボクら囚人は男は強いものだ、女は守られるものだ、と思って生きてきたわけ。ここに放り込まれたらなんか違うからびっくりだよねー。でも、紫五家さんはほら、なんか儚くて守ってあげたい感じの女の子じゃない。色っぽいし。ねー、猪の人」


 イノさんの巨体がびくり、とおののいた。ちりとりにわずかに残っていた苔桃がこぼれ落ちた。ネズさんはここを先途としゃべりまくる。


「でもさー、ボクはみんなと違ってちょっと気の強い女の子が好みなんだよねー。顔もきりっとした、たとえばさっきの赤毛さんみたいな美人とか」

「赤毛とは私のことか」

「で、出たー」


 近くを警備していたらしい赤毛の兵士の出現にコウジたちはびくりとした。ネズさんは口できゃあきゃあ言っているものの美人に、しかも好みの美人に叱られてかなり嬉しそうだ。


「手が止まっているようだが」

「いやそのあの、えへへ」


 などとにやけながら言い訳しようとしているネズさんに赤毛さんを任せてコウジはイノさんと向かい合った。


「マレビトどん、俺はそげんつもりはなかったとよ」


 イノさんはしょんぼりしている。


「そげん、って」

「そのあの、恋敵を減らすとか」


 ああ、そのことか。コウジは苦笑した。

 確かに紫五家の若衆は美人だ。色っぽい。物腰がやわらかくて優しい。母乳が出なくなった後も自ら名乗り出て保育所に勤め続け、乳児の世話をきっちりこなす。仕事熱心なのだ。だからしっかりしていて気立てもよいことを、コウジは同僚として知っている。信頼もしている。目の前で意気消沈する悪人面の猪男の分厚い肩にコウジはぽん、と手を置いた。


「紫五家さんとはそういうんじゃないから」

「うん。でも」


 イノさんはごつい大きな手で厳つい顔面をごしごしとこすった。


「自分が恥ずかしか」


 イノさんは厳つい悪人めいた顔面のわりに繊細で優しいナイスガイだ。しかし恋するとライバルを蹴落とすために刹那的に小細工を仕掛けたり、後先考えずにそんなことをしてしまってから自分自身の小汚い部分に気づいて自己嫌悪に陥ったりする。コウジはそういう面を見てもやはりイノさんを好ましく思う。


「ぼく、気にしてないですよ」


 イノさんが悪人面の凄みある目をきらきらと輝かせてぐわし、とコウジの手を握った。痛い。


「俺、マレビトどんと黄三家のお嬢さんを応援しとる」

「いやその」


 惑星ナラクや人類拡散連盟銀河の人々は進んだ科学に基づいた高度な文明を築いている。コウジはマレビトと呼ばれているけれど、他惑星のマレビト伝説が実際にこの地で起きたなどと誰も思っていない。ごく一部を除き。


「ぼくとあの娘はそんなんじゃないんですよ」


 コウジは異世界から以前この地へやってきて柚子と一時、恋に落ちた。異世界から紛れ込んだ自分がこの地に災厄を振りまき、人々を苦しめた。結果としてイノさんたち囚人が故郷を遠く離れてこの星へやってくる原因もつくった。自分が異世界でのほほんと暮らす間に柚子は亡くなった。


――ぼくには恋をする資格などない。


 親しくなったイノさんに事情を説明したいけど、できない。

 イノさんの手に入った力が緩んだ。握られた手からたじろぎが伝わってくる。


「やっぱり衆道(しゅどう)……」

「違う。断じてそうじゃない」


 手を取り合うコウジと猪男の間に気まずい沈黙が降りてきた。



 ふと気づくと吹雪丸がコウジの背後にまわり、森の奥に向かって唸っている。


「吹雪丸、どうしたの」


 森の空気が変わっていた。


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