十七
外壁沿いの石畳の道、角を一つ曲がればシティ外に通じる門近くというあたりでコウジの前に馬に乗った馬頭の若者が現れた。
「う――」
うわあ、と驚きの声をあげそうになったが抑えた。声は抑えたが驚きを隠せないコウジにいぶかしげに首をかしげた若者がそれでもきびきびと礼儀正しく会釈をして通り過ぎる。
――馬の顔をした人が馬に乗ってる。
この世界では当たり前のことなのだろうが、しばらく惑星ナラクで暮らしてもまだコウジは慣れない。
記憶障害のある囚人、しかも人類拡散連盟加盟惑星の中でも珍しい真人類男性体の囚人を異星の伝承マレビトと称して特別扱いしていると本気で思い込んでいる人もいるとコウジは耳にした。異世界トリップなんて確かに現実的じゃないよな、コウジもそう思う。
この世界にはいろいろな姿をした人がいる。惑星ナラクは特殊な事情で真人類、頭から足の先まで全身ヒトの姿のままの女性体が存在しているけれど、よその惑星にはほとんど真人類が残っていないとコウジは聞かされた。ここ惑星ナラクでもクローンで女性体だけは残っているが、男性体の真人類はいない。だからコウジはとても珍しい存在なのだ。しかし建国以来真人類の男性体がいないためか、どうもこのナラク王国の女性たちの中にはコウジを女っぽいなどと勘違いしている者もいるようだ。
――心外だ。
ごつごつのマッチョでないのは確かだが日本で女性に間違われたことなどない。しかしここ惑星ナラクでは女性のほうが腕っぷしが強いのである。コウジは時々それを忘れてしまう。一度、薪割りをしている老女の手伝いを申し出てしまったことがあった。斧を振り下ろしているとおばあちゃんたちが珍しげに集まってきた。コウジは
「男のわりにやるではないか」
「よし、今度はわしと薪割り競争じゃ」
などとおばあちゃんたちの腕っぷし自慢にたっぷり付き合わされる羽目になった。遊牧やシティ防衛の一線からは退いていてもおばあちゃんたちはいざとなれば武器を取る現役の兵士であり狩人であるわけだ。ぼくが代わりましょう、などとかっこいいところを見せようとしたのが間違いだった。
「ほれ、腰がふらついておるぞ」
「降参かの、お若いの」
などとさんざんもてあそばれてコウジは翌日全身筋肉痛で悲鳴を上げた。この一件で硬派な老女たちの一部で
「あのマレビトとかいうの、意外にやりおる」
「男だと聞いているが、ゴメズの連中のようになよっちくないようじゃの」
などと囁かれているらしい。老女たちのほとんどは派閥でいえば先王派に属する。その先王と折り合いの良くない今上の王が春の祭りのどたばたに紛れて連れてきたコウジをあからさまに目の敵にする者が先王派を中心に少なからず存在した。その謂われない反感が薄まったのはコウジとしても嬉しい。しかし「男らしくない」という評判は嬉しくない。日本でいうところの「男らしい」と実質似たようなものだと分かっていても複雑な心境だ。ちなみに銀河の方々から集められた囚人たちと姿形はずいぶん異なっていても性別に関する価値観はコウジの育った日本とあまり変わらないようだ。つまり乱暴に言えば男は強い、強さが男の価値を決めるというものだ。こういうのは基本の原則にふさふさといろんな価値観がまとわりついていいも悪いもへったくれもなくなっているものだが、そこも異世界といえど日本とさして変わりないようだ。どういうことかというと頭から足の先までまるっとすべて人間の姿をしている真人類の男性体であるコウジは囚人たちから
「あいつ、女っぽい」
と思われているのである。王の客分であって囚人でなく、男性体だけれど真人類でこの星の女性に近い姿をしており、かといってこの星の女性体のように腕力体力に優れているわけでなく、しかも同居している牛頭翁と仲むつまじい。
ちょこちょこと耳に入る自分の評判が部分的に事実と異なるだけでなく望ましくない内容になっているようでコウジはげんなりしている。部分的に異なるだけに「そこは違うんですよ」「いえいえ、そこは間違っていません」などと細かくねちねち否定してまわるに忍びない。
今、コウジが向っている犬舎は硬派な女性たちが集う職場だ。折り目正しく秩序立っていて女性至上主義でマッチョなんである。筋骨隆々かどうかは見せてもらってことはないので分からないが間違いなく腕っぷしが強くそして精神的にもマッチョだ。当初
「わがきみが客人だとおっしゃるのだから」
と丁寧な物腰ながら腫れもののようにコウジを遇していた彼女たちのスタンスが変わったのは薪割りの件でなく吹雪丸がきっかけだ。強面な三頭犬の中でもことさら強面、ボス的立場にあり、時に王の命令にも従わないこともあるという気位の高い吹雪丸がくふんくふん、と仔犬のように甘え絶対服従するのがコウジだ。
「物腰やわらかく穏やかなお方だが侮ってはならない」
「吹雪丸ほどの三頭犬が傅くとは、男とも思えない」
ここでもコウジとしては複雑な気持ちにさせる評判が立っている。悪評でないだけに異世界で生まれ育った事情などとともにいちいち説明して否定してまわるに忍びない。
男だの女だの、それにまつわる常識だのしきたりだの、世界が変わるとこんなにも煩わしいものだとは。スムーズになじんだようでいてコウジはときどき肩の凝る思いをしている。
通いなれた犬舎の前で馴染みになった職員が声をかけてきた。
「吹雪丸なら今日は――」
「あ、今日は吹雪丸でなく――」
「あ、黄三家さんですね?」
「ええ、まあ。――黄三家のご当主、こちらの犬舎の長にお会いしたいんです」
案内しようとした職員が驚きに目を瞠った。
「長ですか?」
「ええ。できればこちらへおいでいただきたいんですが」
「吹雪丸にお会いにならないんですか?」
「そうではないんですが、長に相談したいことがありまして」
「――お待ちください」
まだ若い職員は首をひねりつつ一人で建物へ入った。




