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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第三章

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31/83

 生命の危機に瀕してもあのがさがさとした帰り道が現れない。膝かっくんで元に、家族の暮らす日本に戻れない。

 コウジは意識の表面でないどこかで安穏としていた。いつか日本に戻れると。問題の多い後輩女子社員が横断歩道の向こう側で睨んでいたり、酔っ払いに身体をぶつけられたりする今ひとつよろしくない場面だけれど、それでもナイフで刺されるよりましだ。コウジはより安全な方に自分はいられるのだと、自分の居場所がここでないから時間が止まったように身体の変化がなくなったのだと思い込んでいた。


――どうなっているんだ。


 牛おっさんだけでなくキ神や王、馬頭の頭領も交えて何度も検討するための話し合いがもたれ、仮説はいろいろ立てられたものの結論は出なかった。



 初めての春祭りが終わってしばらくの頃、王が牛おっさんの居室へやってきた。


「マレビトどの。私がそなたを『歓迎する』と話したのを覚えておいでか。そしてそなたが私の役に立つと約束したことも?」


 厳密には約束と言えないとちらりと思ったが、コウジはうなずいた。


「そなたに頼みがある」


 こうしてコウジは異世界で職を得た。



 草に覆われた丸い丘はなだらかな稜線を描きつながっている。草が萌え、円楼群が緑に包まれた。

 春、といっても惑星ナラクに四季はない。冬と冬っぽくない季節、のふたつだけだ。ナラクシティは惑星の赤道付近に位置している。それなのに真夏もひんやりと涼しい。惑星ナラクは王に教えられた通りの雪と氷に鎖された星だった。

 経験してみてコウジは知った。春祭りはカップル成立祭りというだけではない。というのも、恋人を持たない主義というのがあるらしく、祭り装束を身につけ祭りに参加するけれど、特に恋人を探さない者も少なくない。コウジが暮らしていた日本では恋人がいないと人間としての能力が疑われるような気持ちになり肩身が狭かったりしたものだが、それは男女間の恋愛に結婚、出産、育児へつながる社会のシステムの一部という側面があったからなのだと今なら分かる。ナラク王国においてはそうでない。幼年体と呼ばれる子どもはクローン体で分娩を経ずに生を享け、ごく弱い時期を培養ポッドの中で過ごす。生殖の本能が失われつつある社会なのだ。

 春祭りになるとパートナーを求める者が多いことを以てまだ生殖本能の失われていないことの証左と見なすことも可能かもしれない。それでも王が危惧する通り代を重ねるごとに本能は失われていく。

 それでも大きな変化が起きた。建国以来ずっと失われていた自然分娩が復活したのだ。初回こそ出産後すぐ亡くなってしまったが、その後、数は少ないものの自然分娩が成功した。

 惑星ナラクの厳しい風土によるものなのかどうか、分からない。この国で新たに生まれる子どもは男女半々なのに、例外なく生き延びるのは女児だけだった。男児の赤ん坊は生後数時間から数日で亡くなってしまう。それでも今、ナラク王国には三人の赤ん坊がいる。


 コウジの仕事は赤ん坊の世話、保育所の運営だ。

 最初のうちはたったひとり、二十四時間体制で三人の新生児の面倒をみるという超絶ブラック労働環境だったがすぐにキ神からストップがかかった。かといってすべてキ神主導で体制が整えられるわけでもない。それでもナラク宮の医療部の隣に保育所がつくられた。医療部は国民の医療を担うと同時に王と国民のクローニングのアシストをする部署でもある。泰山府君祭システムの中心部である霊廟も近い。するとこの霊廟にあるクローニングされている子どもたちの培養ポッドや、キ神の本体、結果としてメンテナンス担当の牛頭翁のオフィスもまた近い。つまるところ朝から晩までべったりではないがなんだかんだでコウジはずっと牛頭翁の近くにいるわけで、コウジとしては橘を除けば最もなじみのあるナラクの民だし個人的にも好ましい人物だから嫌ではないのだがしかし、困ったことに


「牛頭翁が側に常に置いておきたいとおおせになったのだとか――きゃ」

「あら、マレビトさまが牛頭翁と離れるのを嫌がられると聞いたわよ――きゃ」


 衆道的関係は事実とみなされているらしい。嘆かわしいことだ。



 保育所や医療部、泰山府君祭霊廟の近くには幼年体の教育施設もある。王や牛頭翁、医療部の長である馬頭の頭領の計らいでゴメズの少年たちが交代で保育所の手伝いに来てくれることになった。牛頭、馬頭の少年たちは成人後、ナラク宮に所属して第三次産業に従事する。王の補佐をして政治に携わるだけでなく、食品の加工や販売、衣類の製造、医療などサービス業、生活に密着するたいていのことが男たちの業務と定められている。女たちの仕事はだいたいが馴鹿の放牧などの第一次産業なのだが、全員が狩人と兵士であることを義務付けられている。コウジからすると男女逆転しているように見えるのだがここナラク王国はこの仕組みで数万年続いている。王によると


「女しか生まれなかったからだろうな。男を保護するためにこうなったらしい」


 とのことだが、ナラク王国建国前の歴史なのではっきり記憶にないのだという。

 男女逆転。やはりこうして自然生殖が失われた社会だからこそ可能な性別役割分担だ。


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