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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第二章

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21/83

「人類拡散連盟との条約批准は――先王にとって大事なことだったようだ。それまで我らの祭祀塔でしかなかった軌道エレベータの先にポートと呼ばれる港が、そして我が星ナラクが属する星系上にゲートと呼ばれる転移門が建設される運びになった。連盟の技術と物資の供与によって」

「その港とか転移門とか、ぼくにはよく分からないけど、その連盟の中心部との行き来が便利になるんだよね、きっと」

「ナラク王国の先祖が属していた播種船団が千年かけてやっとたどり着くような遥か彼方にある連盟中心部まで数日で行けるようになるらしい」


 コウジには悪い話ではないように聞こえる。なのに橘の囁き声は暗い。


「政治のことは私には分からない。先王派だの今上派だのという、シティ上層部のもやもやとした(いさか)いに加えてこの空の向こうにあるとかいう連盟政策機関やら何やら、難し過ぎて分からない。――でも」


 あたたかい橘の頬、あたたかいけれど重いため息がコウジの肌をかすめる。


「やはり先王の批准された条約はちょっとおかしいと思う」

「どんなふうに?」

「ポートとゲートの建設費用はナラク王国が負担する。竣工後の運営費用は連盟と折半することになっていると聞いた。問題は」


 コウジの耳元でぐぐ、と鈍い音が聞こえた。


「連盟通貨だ。わが国には連盟が買い取る価値のある資源やら物資やらがない。だから連盟通貨が全くない状態で建設計画が走りだして――すべて借款となった」

「しゃっかん?」

「よく知らないがすごく大きい借金のことだそうだ。ポートにやってくる通商船から利用料を取って返済に()てて残りは国庫に、とかいう話なんだが」


 竣工後の運営は連盟と折半、つまり入ってくるポート利用料金も折半。そう言えばここ、惑星ナラクは辺境にあるんだった。――コウジは先を走るカートに乗っている王の言葉を思い出した。辺境にあって買い取り可能な資源も輸出できる品物もない。つまり借金を返せずにどんどん膨らんでいく。


「ちょっとどころじゃなくおかしいね」

「そうだろう? でも先王は批准された。当時春宮だった今上のきみがそれはもう激しく反対されたと聞く。そしてその少し前か――母者が発病した」


 発病するまで二日間、気づかずに柚子は周囲にうつしていたのだろう。発病後すぐに隔離されたが爆発的に水ぼうそうがシティ中に蔓延した。ここから目まぐるしかったようだ。連盟の死者が全員死亡し、王の交代があり、連盟による惑星ナラク封鎖措置が行われた。ナラク王国からすれば連盟の使者が来る前の状態に戻ったにすぎないが。


「母者はその頃の話をあまりしてくださらなかった」

「熱と痛みで苦しかったから覚えていないのかもしれない」


 しばらく重い沈黙が降りた。二人はカートの上でぴったりと身を寄せ合っている。振り落とされないように。身体が冷えないように。しかし心には隔てがある。その隔てはコウジの心中で背後の少女と同じ顔、姿をしている。


「使者がやってきて後しばらくのことはよく知らないのだが、一年前に連盟による封鎖が解かれた。そして再度連盟から人間がやってきた」


 コウジは橘の言葉に違和感を覚えた。


「使者じゃなく?」

「使者ではない。囚人だ」

「へ?」

「我が国の囚人ではないから移住者というべきか。連盟から加盟惑星の無期懲役囚を預かっている。わがきみによると外貨を得る手段として試験的に行っているそうだ」


 連盟からの封鎖措置は完全に解かれたわけではない。水ぼうそうウィルスの宿主となるくらいコウジと近い身体をしていながら、どうもガイア由来人類はこのウィルスと無縁であったらしい。惑星ナラクは現在も風土病の蔓延する禁足地という扱いなのだとか。王様はそれを逆手にとって囚人を預かるビジネスを始めようとしている。連盟もこの提案に乗り気だとかで、試験的に数名預かっているということらしい。


「連盟との共同研究というかたちになっているが実質はこちらで囚人たちを被験体にしていろいろ試している。その一環で我が国の女性との交配実験も行われている」

「こうはい……それで赤ちゃんが……」


 先ほどより重い沈黙が訪れた。


「赤子が生まれたのは二週間前だ。我が国始まって以来初めて自然に生まれた子どもだった。それなのに」


 ぐぐぐ、鈍く歯噛みする音が聞こえる。コウジは橘の表情を見ず前を向いたまま、しかし、少女の腕にそっと手を載せた。



 森の木々がまばらになり始めた、コウジが気づいたその時突如、視界が開けた。暗闇の中、丸い丘がいくつか、そして丘と丘の間から大きなビルのような建造物がぼんやりと見える。


「ナラクシティだ」


 耳元で囁いた橘は背筋を伸ばすと鞭を振るった。ぽつぽつと灯りのともる方へ馴鹿(じゅんろく)はカートを()き疾走する。

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