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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第二章

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16/83

 王は座ったままで背伸びして紙袋の中を覗こうとしている。コウジのかばんと紙袋はテントの隅に寄せてあった。王の位置からは袋の中身は見えない。


「マレビトどのとその持ち物に触るな、とゴメズからきつく言われておってな。先ほど胸倉を掴んでしまったが。それにしてもおもしろげな」


 ひょこひょこと頭を動かす様子に先ほどまでの威厳はない。コウジは立ち上がり、鞄と紙袋を提げ元の位置に戻った。触るな、と禁じられているようなのでコウジは袋から大ぶりな缶を取り出し、王が見やすいように掲げた。


「粉ミルクです」

「こなみるく?」


 赤ちゃんに与える母乳の代わり――、と言いかけてコウジは口をつぐんだ。そう言えば何千年も、下手をすれば何万年も赤ん坊を育てたことのない人々の国なんだ。もしかしたら母乳のことも知らないのかもしれない。


「ナラク国には家畜がいますか」

「――いる。馴鹿(じゅんろく)やら針豚(はりぶた)雪鶉(ゆきうずら)を畜養している。馴鹿というのは車を牽いていた動物だ」


 ああ、鹿のような、とコウジはうなずいた。それがたとえとして妥当だろう。


「馴鹿が子どもを産むでしょう?」

「産むな」

「親は生まれたばかりの子にお乳をあげるでしょう?」

「――ああ、そうだな。春先に子を産むと母鹿が乳をやるな」

「人間の子どもも同じように生まれたばかりの頃は母親の乳しか口にできないのです。粉ミルクというのは、人工的に作った人間の乳です」

「人間の乳……?」


 王が首をかしげた。百代近く王の記憶を継承していても知らないことがあるらしい。コウジは袋の中から箱を取り出した。テントの外がにぎやかになった。少し離れたところで馴鹿やらカートなどが立てる音、柚子に似た娘と誰か男の語り合う声がする。

 王が食い入るようにコウジの手の中の箱を見ているので説明を続けることにした。箱を開けて中身を取り出す。


「これは哺乳瓶、そしてこちらは哺乳瓶につける乳首です」

「ち……」

「瓶の中に先ほどの粉ミルクとぬるめのお湯を入れて混ぜ、この乳首をつけて赤ん坊に飲ませるんです」

「ち……乳首?」


 王は眉をひそめてコウジの手の中の乳首を凝視している。


「乳首というと私にもついているアレか」

「え? ええ、まあ、そのたぶん」


 なんだか雲行きが怪しい。王は自分の胸元に目をやり、服の上からがし、と自分のおっぱいあたりを鷲掴みした。


「形状は似ていなくもないが同じものと言えるのか、これは。マレビトどのの国の民は乳首がことさら巨大なのか」


 王のそれは小さいのか、と想像しそうになってコウジは震えあがった。ぼろりとうかつに口に出そうものなら即座に処刑されるに違いない。名前だけであれだけもめるんだし。

 コウジは困った。心底困った。王様にはっきりと言いにくいがほんとうは言いたい。おっぱい付近から手を外してください、王様。お願いだからあからさまにご自分のおっぱいと哺乳瓶の部品である乳首を見比べないでください、王様。


「ぼ、ぼくはその、巨大なのかどうかよく分からないんですがその、あの、多分赤ちゃんが口に含みやすい形と大きさ――」

「わがきみ」


 テントに巨大な牛人間が入ってきた。さっき居合わせた牛人間とよく似ているが少し違う。なんとなく今度の牛人間のほうがおっさんくさい気がする。

 牛人間は驚いたように目を瞠った。そして、王の顔、コウジの顔、王が鷲掴みにしているおっぱい付近へと視線を移して王に語りかけた。低く響く、重々しい声だ。


「――これは失礼を。そういえば今は春祭りの最中でしたな」

「春祭り……ちっ、違っ、ごっ、誤解だ、待たれよ」


 これまでの鋭利な刃物のような雰囲気をかなぐり捨て、王はあわあわと胸もとから手を外し立ち上がると、牛おっさんを追いかけてテントを出た。


 訳が分からない。なんだかまずいような気がする。コウジはため息をつきながら哺乳瓶と粉ミルクを片付けた。外から


「そうじゃない。卿の勘違いだ」

「だから違うと」


 などと言い募る王の声が聞こえてくる。出入り口の布の隙間から外を覗いてみた。顔を真っ赤にしてわあわあ言っている王に対し、牛おっさんの顔は毛に覆われているので色が変わっているかどうか分からない。ただ、


「わがきみ」

「落ち着かれよ」


 と宥める様子が少し困っているように見えなくもない。

 王と牛おっさんの話は長引きそうだ。どうしたものか。ため息をつき、頭を引っ込めようとしていると、視界の隅にひらひら動くものがある。柚子に似た娘が離れたところから手招きしている。なんとなく(はばか)られ、こそこそとテントを出てコウジは少女のもとへ向かった。


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