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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第二章

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13/83

 どうも柚子の世界に来ると調子が狂う。

 コウジは謎の球体に解放されてしばらく経ってようやく帰り道を確認していないことに気づいた。辺りを見回してもそれらしいがさがさしたところもなく、何かに呼ばれ引っ張られるいたたまれない感じもしない。五年ぶりに道を踏みはずしたが、数分で帰還ということにはならないらしい。時間が経って帰り道が消滅したのか、そもそもあのがさがさした帰り道自体現れなかったのか。

 膝かっくんになる直前の、恐怖の後輩女子社員と道路に自分を押しだそうとした酔っ払いをコウジは思い出した。


――まあ、いいか。


 身に危険が降りかかる度合いで言えばこちらの方がまだマシと言えなくもない。柚子に似た少女はひとまずナイフをしまってくれたし。コウジはひとまず様子を見ることにした。どうあがこうとも帰還方法はあのがさがさした帰り道しかない。そしてそれはコウジの意のままにならないのだから。


 この世界に立ち寄り、帰還して五年――。

 ふわふわの仔犬だった吹雪丸は巨大で強面のケルベロスへと成長した。出会った美しい人には娘がいる。娘だというその少女はあの時の美しい人瓜二つどころでなく、彼女そのものの姿だけど、同じ人ではない。

 時間の進み方が違う。それだけではない。コウジは違和感を持て余した。



「わがきみ。御自(おんみずか)らそのような」

「だからといって人数を増やせないであろう。それとも何か、王であるこの私では信用に値しないとでも?」

「しかし――」


 細身の女と牛人間、馬人間が口論している。


「いったい何の話をしているんだろう」


 思い切って柚子に似た少女に訊いてみた。少女はじっと三人を見つめ口を開いた。


「さて、何だろうな。――な、なんでもよかろう、ま、マレビト風情が気にすることではないわ!」

「ぼく、マレビトって名前じゃないんだけどな。名前は――」

「なななな、名乗るな! 名乗るんじゃない! やめろ!」


 隣で少女が手を振って止める。顔を真っ赤にして怒っていたが、コウジがしょんぼりうなだれるのを見てすまなそうな顔をした。


「その――、マレビトの住んでいる場所では名乗り合う……ものなのか」

「普通出会ってすぐ名乗る」

「う。そうなのか。はしたな……いや、なんでもない。じゃあ――母者にマレビトから名乗ったのだな?」

「うーん、ちょっと違う。柚子が先に名を訊いてきたんだ」

「――冗談が過ぎるぞ、マレビト」


 少女の目に怒りの光が凝り始めた。


「これ以上母者を侮辱すると許さない」

「黄三家の、いいかげんにせぬか」


 細身の女がコウジ達のもとへやってきた。


「しかしわがきみ、この者の言葉は我が家を侮辱するもので――」

「異なるしきたりに則って暮らす者へ説明もなしに暴力をふるうことはそなたの家を(おとし)めぬのか」

「――わがきみ」

「控えよ。家のためではない。我らの矜恃(きょうじ)のために控えよ」


 少女が膝をつき、(こうべ)を垂れた。コウジと大して年齢は変わらないように見えるのに、ここの人々の王だという女は威厳に満ちている。




「すぐにシティにお連れしたいのだが、事情があってな。マレビトどのには申し訳ないのだが最短で一晩、長くて一週間ほどここで過ごしていただかなくてはならないのだ」

「わがきみ! 『申し訳ない』などともったいない……」


 記憶にあるのとは違う、ずいぶん大きなテントに招かれた。中に焚火まであって驚いた。馬人間と牛人間はどこかへ行ってしまった。


「天幕が珍しいかな?」


 王はコウジがきょろきょろ珍しげに見まわす様子を興味深げに見守っている。


「ええ。――えっと、わがきみ?」

「ああ、いや、マレビトどのは我が国の民ではないのでな、なんと呼んでいただこうか。私はエンマ・ラージャ九九八世だ」

「わがきみっ」


 少女の声がひっくり返った。コウジは気まずさにいたたまれない。この名前問題をどうにかして理解しないといちいち面倒な事態に叩きこまれる気がする。


「黄三家の、いちいちやかましいぞ。我が名は個人の名前ではない。王の名前だ」

「しかし――」

「あの――、名前に関する習慣があまりに違うようなのでできれば教えていただきたいのですが」


 おずおずとコウジが口をはさんだ。


「ざっくり言えば、家の名前で呼ぶのはよいが個人の名前で呼ぶのは芳しくない。ごく親しい間柄、有態(ありてい)に言うと個人の名前を教え合うのは肉体関係がある場合だけだ」

「に、にく……肉体関係?」

「いかにも。我らの間では妹背(いもせ)(ちぎ)りと言うてな、――ほう、マレビトどの、覚えがおありか」


 赤面したコウジを見遣り、王はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。少女はむっすりと黙り込んで大きな金盥(かなだらい)のようなものの中で赤々と燃える薪を火ばさみでつついている。


「先ほどのそなたの(いい)だと黄三家の――柚子から先に名を求めたということか」

「――」


 王はむくれる少女の背中を見遣って苦笑いした。


「黄三家の娘は気にせんでよいぞ。正直に、な」

「――はい。柚子が先に」


――名を訊いてもよいか。


 すこしぶっきらぼうで古風な言葉遣いをしていた美しい人を思い出す。どうして柚子はここにいないのだろう。コウジは俯いた。


「そうか。――私はマレビトどのの名を知っておる」


 王の言葉にむくれていた少女が振り返った。驚きに目を(みは)っている。王が切れ長の目を伏せた。


「柚子はここには来ぬよ」

「なぜですか」

「柚子は死んだ」


 コウジは言葉を失った。

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