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そしてぼくは道を踏みはずす (一)  作者: まふおかもづる
第二章

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12/83

――ぶ……ん。


 がくり、と膝から力が抜ける。コウジは目の前の大きな石に縋って身体を支えた。


「ここは――」


 針葉樹の森の縁。ぽっかりと開けた明るい場所。見覚えのある大きな石が並ぶ。

 柚子の世界だ。この五年、心の中の大事な場所を占めつづけた美しい人との思い出の場所だ。感慨深くコウジは深呼吸した。強い日差しのわりにひんやりとした空気が快い。

 でも、何かが違う。景色に違和感がある。

 コウジが道を踏みはずした時に(すが)った大きな石。五年前は森がこの大きな石を呑み込みそうなくらい木や苔が茂っていたはずだ。他の石は五年前より苔生(こけむ)し、半ば森に呑み込まれている。それなのにこの石のまわりだけ森が大きく後退している。周りに草も苔も生えていない。コウジは地面をじっと見つめた。地面に埋まる石くれがところどころ黒くすすけている。


――しばらく前に焼き払った痕。この辺りだけ、入念に……?


 石くれを拾おうと身をかがめた時、ざり、と砂を踏む音がした。


「動くな」


 振り返ると、そこに少年のようないでたちの美しい人が立っていた。弓を構えている。

 透き通った色白の頬、自然に結んだふっくらした唇、すっきりと通った鼻すじ、意志の強そうに見える眉を顰め、はちみつ色の瞳に戸惑いと敵意が揺れている。記憶そのままの美しい姿なのにどこか違う。同じ姿かたちなのに違う。


「柚子――? いや、柚子じゃない。きみは誰だ」


 少女の美しい瞳に敵意と怒りがみなぎる。柚子に似たその少女は弓と矢をかなぐり捨て突進してきた。上体をひねりながら大ぶりなナイフを鞘から引き抜き、コウジを背後の大きな石に押しつけた。


「その名をどこで知った」


 少女は憎悪を露わにナイフを振りかざした。刀身がぎらりと光る。


「柚子が教えてくれた」

「う、嘘だ」


 少女は目を瞠った。コウジの頬すれすれのところでナイフがぶるぶると震える。


「は、母者が名を教えるなど、あるわけが――」

「母?」


 この少女は柚子の娘なのか。親子にしても似すぎている。年齢もおかしい――この世界でどのくらい時間が経過したのか分からないけれど、それにしてもどうなってるんだ。コウジの違和感は目の前の少女の憤りに吹き飛ばされた。


「おのれ、母者を何と言って脅した!? ――言え、お前は何者だ!? どこの星の者か、連盟の間者かッ」

「ちょ……待――」


 ナイフを振りかざす少女の向こう、森の奥から何かが近づいてくる。


 ど、どど、どどど。


 大きな何か、牛よりも大きな三頭犬と、立派な角をした鹿、バギーが立て続けに森の中から飛び出してきた。

 白い毛にグレーの隈取模様、青い目がらんらんと輝いている。巨大な三頭犬は三つの頭すべてをこちらへ向けはふはふ、と荒く息を乱している。記憶の中の姿とずいぶん違うけれど、もしかして――。


「――吹雪丸、待て」


 巨大な三頭犬は背後からかかった声に反応した。耳を寝かせ、困った顔をする。

 バギーから降り立ったのは背の高い女だった。

 女が毛皮のコートのフードを背後へ押しやると、プラチナブロンドの髪が出てきた。陽光を集め、眩しくなるくらい明るい。褐色の肌。切れ長の目。静かで穏やかなたたずまいながらグレーの瞳に覇気がうかがえる。コウジと年齢が変わらないように見える若い細身の美しい女には威厳があった。


「刃をおさめよ」

「し――しかし、わがきみ」


 柚子に似た少女の手に力が籠る。ナイフの震えが大きくなった。顔の肉を削がれそうでコウジはひやひやした。


「王命だ。――刃をおさめよ」


 ぎりぎりと歯を食いしばる音が聞こえてきそうな悔しげな顔をして少女がナイフを鞘に納めた。コウジから離れようとする少女を苦笑しながら細身の女が制した。


「ならん。そのまま。――まあ、大丈夫だと思うが念のため、な」


 細身の女が振り返ると、森の奥から鹿に引かれたバギーが二台飛び出し、広場で停止した。二人の男が降り立った。隆々とした細身の身体に馬の頭、分厚く巨大な身体に牛の頭。


――我らの星では男は牛か、馬だ。


 柚子が言っていたのは本当だった。コウジは口をあんぐりと開け、男たちに見入った。本人は気づいていないが、その場の全員がコウジの驚愕の表情を注視している。


「あれの言うた通りであるな。――マレビトか」

「わがきみ。まさかほんとうに――」

「うむ。他惑星の言い伝えにあるという――」


 細身の女が牛人間や馬人間とぼそぼそ話し合っている。細身の女の向こうで吹雪丸が巨体を伏せ、三つの頭すべてでコウジに見入り、尻尾をばっさばさ振っている。五年前、吹雪丸は柚子のものだったはずだが、今は「王」と呼ばれている細身の女が飼い主なんだろうか。ばっさばさ尻尾を振りながら隙を見てにじり寄ろうとする三頭犬をコウジは制した。


「吹雪丸、駄目だよ」


 ぴすぴす、と吹雪丸は巨体に似合わない情けない様子で鼻を鳴らし、地面に伏せた。


「吹雪丸が……あんなに誇り高い三頭犬が……」


 柚子に似た少女が隣で呆然としている。細身の女が話すのをやめコウジをじっと見ている。


「吹雪丸に名をつけたのは自分ではない、と母者が言っておられたがまことであったか」

「確かにぼくだけど……」


 仔犬に名前をつけたのはいけないことだったらしい。

 細身の女が離れたところから声をかけてきた。


「マレビトどの」

「まれ……ぼくのことですか」

「いかにも。――我が国の客人としてそなたを迎え入れたいのだが、事情があってな、少々検査が必要だ」


 検査? メディカルチェックのようなものだろうか。コウジは首をかしげたが


「分かりました」


 と応えた。細身の女は脇に控える馬人間を振り返った。


「予備もあるな。――では黄三家の娘にも」

「わ、私もですか!?」


 隣で少女が素っ頓狂な声を上げる。


「そうだ。ちゃんと言っておいたであろう。それらしい者を見つけても近づいてはならぬ、と。そもそも無許可で侵入したものに近づくのが不用意というものだ」


 牛人間がバギーからボールのようなものを二つ取り出し、宙へ放った。馬人間が手の中の何かを指でいじるとボールのようなものがコウジと少女に向かって勢いよく飛んできて目の前でぼわっと広がりぼすっ、と顔を覆った。


「むが」

「マレビトどの、少々我慢されよ。――聞こえないか」


 細身の女が苦笑した。そして側近くで伏せる吹雪丸の頭のひとつを撫でた。


「よかったな、吹雪丸。おまえのあるじが帰ってきて」


 伏せる吹雪丸の三つ頭のうち二つはコウジをじっと見つめ、残りひとつは細身の女に撫でられるにまかせながらぴすぴすと鼻を鳴らした。



 やがて手の中のパネルのようなものを弄っていた馬人間が顔を上げた。


「わがきみ。ふたりともすべての項目において陰性です」

「連盟基準で?」

「いいえ。当惑星の――全検査項目です」


 馬人間は細身の女と牛人間に向かって頷いた。少女が球体から解放された。窮屈だったのか、顔をしかめている。


「それにしてもマレビトどのはずいぶんとキ神に気に入られたな」

「それはそうでありましょう」

「キ神があそこまで激しく反応したのは十年前のあの件のみ――。おそらく我が国始まって以来はじめてのことだと思われます」

「キ神は怠惰だからな。――あれはもしかしたら我々の行く末に興味がないのかと思っておったわ」


 細身の女と馬人間、牛人間の注視する中、コウジはまだ球体に頭部を拘束されたままだった。

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