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Lover Tamer  作者:
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未知との遭遇



 スパンッッ



 と、小気味よい音に周囲が振り返った。

 注目を集める場所には、まるでどこかにカメラでもあって撮影しているのか?ときょろきょろしてしまいそうな美男美女。

 ばっちりメイクのモデル体型美人に、これまた非の打ち所のないイケメンが平手打ちを食らっていた。

 まあ、平手打ちを食らうような何かをしでかしたのだろう、というのが通常であれば順当な周囲の感想だろうに……。叩かれた方がうなだれて困惑顔。それに対して振り抜いた手をしばらくそのままにして、そのうち握り拳を固めてふるふるとようやく下ろした美人は気の強そうな顔でギリと奥歯をかみしめる様子がうかがえるとなれば。

 気の強そうな女に捕まって、気の毒に。

 他にいくらでも相手はいそうなのに。

 などと、どうも周囲の同情は男性に傾いている様子。

 そうさせてしまうような雰囲気を持っているのがなおさらいい男、ということなのか。



 でも、わたしは知っている。

 というか、みんなが振り返る前にあそこの派手なやりとりが聞こえていた。

 声は低く、静かなやりとりだったけれど。通り過ぎようとした時にちょうど言うんだもの。

「君、わたしのことをふってくれ」

 すれ違いざまの言葉に、驚いて。その場で振り返らないの、がんばりましたよ。

 本当は立ち止まらずに行きたかったけれど、何せここが友だちとの待ち合わせ場所。少し離れて、約束の場所で立ち止まってみれば聞こえちゃうじゃないか。しかも気になるからしっかり、注意はそっちに向いちゃうし。

 いけないいけないと思っているのに。

「何を言ってるの?」

「紹介してくれた人への義理立ては十分だろう。だがわたしの方から断るのは君に悪いからね」

「義理立てって……」

「それに君、わたしといても楽しくないだろう?わたしも」

 そして、皆まで言わせずに平手が飛んだ。

 わたしとしては、よくぞ、と手を叩きたい。

「こっちから、願い下げよっ」

 低い、語尾が震える声で彼女が言う。

 でも、彼女の方の動きを追っていたからなのか、気づいてしまった。揺れる目で泳いだ視線。一瞬、一カ所をかすめて戻って、止まって。そしてまた、目の前の彼に据えられた。

 一瞬止まったところは、彼女たちと同年代の男の人。

 気遣わしげに彼女だけを見ている。

 ……そういうこと?

 にぶいって言われるんだけどね。うといって言われるんだけどね。

 でも、自分が絡まないと、案外気がつくこともある。

 そう思いながら、ついつい野次馬根性というか好奇心というか。戻してしまった視線が不意打ちで、それまで俯いていたはずの男の人とばっちり合ってしまった。

 合ってしまったし……あの人、知ってるよ。

 知ってるというか、見たことあるよ。

 バイト先によく来る人。人の出入りが多いバイトだから、全員覚えるわけはない。ただ、そこそこ定期的によく来て、特徴のある人は覚えちゃうくらいには続けているバイト。ほんの少しだけ言葉を交わす時に、いつも同じように親父ギャグを言うおじさんとか、いっつもぎりぎりに走ってきて無言のやりとりができるまでになってしまった高校生とか。

 この人の場合は、他のバイトのお姉様方が来るとひそひそと教えてくれるから。

 そして、目が合った瞬間、向こうは怪訝な顔になった。

 複数回顔を合わせているから、見覚えあるな、くらいには記憶にあるのかもしれない。

 ただ、その目が不敵な色を帯びた瞬間、背筋がぞわぞわした。

 踵を返して、待ち合わせ場所だろうと何だろうと放棄しようとした瞬間、一歩出遅れた。周囲の注目を浴びている舞台から、客席側であるはずのこちらに足を向けたその人は、こともあろうにまっすぐにこちらに歩み寄ってくる。

「せっかく、君のプライドを守ろうと思ったんだけどね。今、この子を懐かせているところだから義理立てに時間を割く暇はないんだよ」

 あなた、にっこりと極上の笑顔でなに言いくさってるんですか?

 ああ、口汚い言葉が浮かんでしまったじゃないか。

 ほら、お姉さんの顔、凍り付いてますよ。

 というか、わたしまで注目の的じゃないですか。やめてください。そんなメイクばっちり美人さんと、すっぴん女子大生、どう考えてもあり得ないですって。この天秤。

 苦情を申し立てようとした瞬間、彼の目が先ほど、一瞬彼女が目を止めたところに向けられて、そして戻された。

 この人も、気づいているんだ。

 プライドをたてる、というよりも、きっかけをあげようとしたってこと?

 今の視線でそれをこちらに悟れと?いやまさか。

 やり方は大問題だけど。

 でも、お姉さんのきつ~い視線が気づけばわたしに刺さってるんですけど。どういう事情にせよ、衆目の中、結局ふられるていのお姉さん。しかも原因がこんな小娘。

 そりゃあ腹に据えかねるよね。しかももしかしたら、わたしが勘ぐるような事情があったとしても惜しいと思っちゃうようないい男が相手。

 でも、それで睨まれたんじゃわたしも納得いかないんだけど。口を開ける余裕はさすがにない。

「そんなんだから、大事な恋人なくすのよ」

 捨て台詞。

 靴音高く、堂々とした後ろ姿は目を逸らすギャラリーの中、向こう側に見えなくなっていく。

 そして、捨て台詞にびくりと身を震わせた。

 表情が消えたよ。

 けれど、すぐにそれは気のせいかと思うほどの営業スマイルとしか思えない笑顔が顔に張り付いて、こちらを振り返った。

「というわけで、お礼にお茶でもどう?」

「な……なにを」

「ずっとこっちを見てたからね。興味あったんだろ?」

「あなたがああなるように仕向けるからでしょう」

「そこから聞いてたのか」

「聞こえたんですっ」

「……君、ぽんぽんぽんぽん、言いたいこと言うね」

「あなたに言われたくないです」

「いや、不思議だと思って。こんなに初対面の相手にぽんぽん言えるとは」

 開いた口がふさがらなくなるかと思ったよ。

 本気でこの人、おもしろがっている。

 しかもおもしろがっているくせに、心ここにあらず。とまではいかないんだけど。投げやりな感じ?っていうのが一番しっくりくるかもしれない。

 女の人の視線を集めるのに慣れている人。それが当たり前だと思っている人。

 視線に気づいても平気で無視していられるし、当たり前すぎて気づきもしない。

 気づけば、平気で利用だってしちゃえる。

 優しい人に見えた時も、さっきからのやりとりの中であったのに。なんだかアンバランス。

 いやいや、いかん。

 面白そうとか興味持ってる場合じゃない。こんなオトナにわたしがかなうわけもなければ、確実にからかわれておもしろがられて終わるのがいいところ。

 タイミング良く、待ち合わせていた友だちの頭が見えた。人混みの中、きょろきょろしてからわたしを見つけて、怪訝そうに一緒にいる人を見る。サークルに行く前に、必要な買い出しをしてからと先輩達に言われて普段は来ないところに来てみればまったく災難。

「コドモからかって遊んでないでください。もう、用は済んだんだからいいでしょう?」

 迷惑に思ったのが顔に出たか。

 物珍しそうな顔。

 要するに、こういうリアクションを向けられることがなかったのね。やっぱり。

 背を向けて、友だちの方に駆け寄ろうとすると、今度はなんだか、さっきよりも興味ありそうな声が追いかけてきた。

「本当に懐かせたくなったな」

「ばかなこと言わないでくださいっ。大体もう会うことないし。通りすがりを適当につかまえといて」

「会うだろ?」

 ばれてる……ってこと?

 う、と言葉に詰まったのをしっかりと見られた。

 にやり、と浮かんだ笑み。

 こわい、こわい、こわいよ~。

 かま、かけられたんだ。見覚えある、くらいだったのを確認されたんだ。

 もう、口を開けばろくなことはない。

 でも、悔しいから一睨みだけして、友だちの方に今度こそ駆け寄った。その背中を、楽しそうな笑い声が「はっ」と、短く一声、追いかけてきた。




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