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 真っ暗になった土手の上をひとりで歩く。毎日朱里と歩いた帰り道が、こんなに長い道のりだったと、僕は今はじめて気づく。

 所々にぼんやりと灯る薄暗い街灯。遠くに見える家の灯り。それ以外はなにも見えない。虫の声がかすかに聞こえるだけの、本当に寂しい田舎の町。

「真尋?」

 生ぬるい風と一緒に、僕の前から声がかかった。

「やっぱり真尋だ」

 息を切らしながら駆け寄ってくるのは朱里だった。


「今、真尋のうちに行ったら、まだ帰ってなかったから」

 朱里はいつものように僕の隣に並び、歩幅を合わせて歩き出す。

「おれに何か用?」

 冷たい口調になってしまうのは照れくさいから。朱里とこうやって歩くのは一週間ぶりだった。

「ん、あのね……」

 朱里は小さく咳払いをしてから、姿勢を正して僕に言う。

「無断で部活休んでごめんなさい!」

 僕は立ち止って朱里を見る。

「それを言いに?」

「うん」

「……なんだよ。おれのほうこそ、謝ろうと思ってたのに」

 そう言いながら、僕もとりあえず姿勢を正す。

「なんか、おれ……どうしようもない鈍感で……とにかく、ごめん」

 朱里が僕の前で、はにかむように笑う。

 朱里のそんな笑顔も、ヘンに真面目なところも、今もまだ兄のことを想ってるところも、全部が全部愛おしい。

 僕はこんなにも、朱里に惹かれてしまっているんだ。

「朱里」

「ん?」

 斜め下から僕のことを見上げる朱里。

「おれ、朱里のこと、好きだなぁ」

「ええっ?」

 朱里が意表をつかれたような顔をしている。僕は夜空を仰いで、もう一度言う。

「おれ、朱里のこと、すっごく好きだぁ」

 僕たちの上には満天の星空。きっと空の上から僕の兄も見ているだろう。

「真尋……」

 ゆっくり視線を移すと、朱里が僕を見つめて静かに微笑んだ。

「ありがとう、真尋」

 その言葉だけで十分だった。

 朱里と両想いになりたいとか、付き合いたいとか、キスしたいとか、そういう気持ちは不思議となかった。

 どうしてだろう。カッコつけてるつもりはないけど、朱里にはただ、幸せになってもらいたかったんだ。

 夜の道をふたりで歩く。本当はずっとこうしていたい。ぬるい水の中をゆらゆらと漂うように……面倒なことはなんにも考えないで……。

 だけどそれは無理なんだ。僕たちは少しずつ変わっていく。変わらなければいけない。


 小学校のプールで泳いだ夏の午後。心地よい疲れの中、朱里と蒼太と畳の上に寝ころんだ。

 目を閉じると、気持ちのいい眠気に包まれて、僕はまた水の中を泳ぐ夢を見た。


 ***


「あ、幼なじみくんだ!」

 夏休みも終わり、二学期が始まって少しした日。三年生の教室をのぞいていた僕に、聞き覚えのある声がした。

「違います。真尋です」

「ああ、真尋くんね。あいかわらず細かい子ねぇ」

 僕の前でおかしそうに笑うヨシノさん。最後に彼女と会ったのは、確か夏休み前だった。

「なにしてるの? こんなところで」

 昼休みの廊下は三年生ばかり。二年生の僕には場違いな場所だ。

「あの……ヨシノさんを捜していたんです」

「え、やだぁ、あたし? 困っちゃうな」

「言っとくけど、告白とか、そういうんじゃないですから」

 うふふっと笑うヨシノさんは、なんだか楽しそうだ。僕をからかうのが、そんなに面白いのだろうか。

「で、あたしに何の用?」

「えっと……」

 僕の頭に朱里の不安そうな顔が浮かぶ。

 二学期になって、蒼太が一度も学校に来ないと、朱里から聞いたのは昨日のこと。

 いつものように「ほっとけよ」と言ったけど、うつむいて黙り込んでしまった朱里を見たら、どうしてもほっとけないじゃないか。

「あの、蒼太のやつ……もしかしてヨシノさんちに行ったとか、ないですよね?」

「蒼太だったら来たけど? 昨日、夜遅くに」

「えっ?」

 あいつ……昨日、僕が蒼太の家の前で、何時間待っていたと思ってるんだ。

「『泊まってく?』って聞いたら、断られちゃったんだけどね」

「じゃあ何しに?」

 ヨシノさんは一瞬口を閉ざしてから、かすかに微笑んで僕に言う。

「……お別れしに来たんじゃないのかな?」

「お別れ?」

「蒼太がね、『軽い気持ちでキスとかしてごめん』なんて言うの。謝られたら、あたしがみじめになるからやめてって言ったんだけど、もうすぐ会えなくなるからって」

 もうすぐ会えなくなる? どういうことだ?

「引っ越すみたいなこと言ってた。親の都合とかで」

「……聞いてない」

 呆然としている僕にヨシノさんが教えてくれた。

「駅前の居酒屋でバイトしてるみたいよ。年齢ごまかして夜遅くまで」

 僕は顔を上げてヨシノさんを見る。

「会って来れば? 大事な幼なじみなんでしょ?」

 そう言って笑ったヨシノさんは、どこか寂しそうだった。

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