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 夏の太陽が照りつけるプールサイド。ゆらめく水面に空の色が映っている。

 僕はぼんやりと、青空の中を泳いでいるような、朱里の姿を目で追っていた。

「どうだった?」

 水を弾かせるように顔を上げて、ちょっと首を傾けながら朱里が聞く。朱里の頬を伝わる雫がやけに眩しい。

「ねえ、真尋? あたしの泳ぎ、見てなかったの?」

 ああ、見てなかった。僕は朱里の泳ぎなんか見てなかった。

 ただ……しっとりと水に濡れた朱里の顔は、ものすごく綺麗だった。

「……ごめん、ぼーっとしてた」

「もう、なんなの? フォーム見てやるって言ったの、そっちじゃない」

 朱里がため息をつきながら、プールサイドにあがる。僕はそんな朱里から目をそらし、他の一年生と話し込んでいる美穂の姿に視線を移した。

「あたし、美穂ちゃんに感謝されちゃった」

 朱里もいつの間にか、僕と同じ方向を見つめていた。幸せそうに笑っている美穂の顔を見て、朱里が小さく微笑む。

「蒼太の電話番号教えただけなのにな」

 美穂と蒼太が付き合い始めたことは、水泳部でちょっとした噂になっていた。だけど僕の頭の中には、あの河原で見たキスシーンがぐるぐると渦巻いているのだ。

「おれには全然わかんねぇ。蒼太の考えてること」

 朱里が不思議そうに僕を見る。

「どういう意味?」

「……なんでもないよ」

 なんだか無性にイライラした。いい加減な態度の蒼太にはもちろん、何もかもが中途半端な自分にも腹が立っていた。


 思った通り、今日発表された大会の選手に、僕の名前は入っていなかった。

 去年は一年生ながら選手に選ばれ、そこそこの成績だって残したというのに。

 だけど、努力とか根性とかとは無縁のこの部活で、中学から水泳をやっていたのは僕だけだったから、それは当然といえば当然のことだ。

 周りからはそれなりにちやほやされたけど、僕が取ったそこそこの成績は、自分自身が納得できるものではなかった。

 僕が密かに目標としていたタイム――それは兄が高一の時に出したタイム。

 その記録に追いつき追い越すことが、僕にはできなかった。

 そしてそれは、高二になった僕が追い越しても、全く意味がないのだ。

 目標を失い、うまく泳げなくなった僕は、今年選手に選ばれなかった。


 いつもの校門で朱里を待つ。夕焼け空を見上げて、ふうっと息を吐く。

 このまま僕は、だらだらと水泳を続けて、だらだらと朱里のそばにいるのだろうか?

 でもそんな人生が、こんな僕には合っているかもしれない。

「真尋」

 突然名前を呼ばれて振り向いた。

 僕の目に映ったのは朱里ではなく、あの蒼太の姿だった。


「なにやってんだよ? 部活もやってない人間が、こんな時間に」

 僕が聞くと、蒼太はいつものように軽い調子で答えた。

「補習、補習。出席日数足りないから、このままだと留年だぞって担任におどされてさぁ」

 確かに。高二になって、学校で蒼太の姿を見ることは、めっきり減っていたから。

「美穂だったら、さっき女の子と帰っていったぞ?」

 僕は蒼太から顔をそむけて言う。

「ああ、そう」

 どうでもいいような態度の蒼太にまた腹が立つ。

「お前、本当に美穂のこと、好きなのか?」

「好きじゃない」

「ええっ?」

 思わずうろたえてしまった僕を見て、蒼太が口元をゆるませる。

「好きじゃないって言ったのに、それでもいいってあの子が言うからさ」

「それで付き合ってるのか?」

「そうだけど?」

 あきれた。理解不能。蒼太はもちろん、美穂もだ。

 そして何も言い返せない僕のことを、また蒼太が笑っている。


「あれぇ?」

 そんな僕たちの後ろから声がかかった。

「誰かと思ったら……蒼太?」

 朱里が跳ねるように駆け寄ってきて、蒼太の顔をのぞきこむ。

「美穂ちゃんなら、とっくに先に……」

「らしいな。じゃあ、おれひとりで帰るから」

 そう言って背中を向ける蒼太を、朱里が呼びとめる。

「待って、蒼太! たまには三人で帰ろうよ」

 朱里は振り返り、控えめな笑顔を僕に見せる。

「ね? いいよね、真尋」

 そんな顔してそんなことを言われたら、僕は断ることなんかできないじゃないか。

 何も言わなかった僕の顔を、蒼太はやっぱりふざけた表情で眺めていた。

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